東京で暮らす女のとりとめのない日記

暮らしとカルチャー、ミクスチャー

魅力的な悪役は仮面を被っているーー ゴールデンカムイ 、鶴見篤四郎の仮面を読み解く

はじめに

ゴールデンカムイも残すところあと1話となった。
今は気持ちが落ち着いてきて「ああ、終わるんだな。それを見届けられるんだな」という感慨の方が大きい......

そう思っていたのに、第313話を読んだらそんな凪いでいた気持ちもひっくり返ってしまった。鶴見篤四郎...鶴見篤四郎!これまで大義のためなら犠牲を厭わない鶴見篤四郎という人間が好きではなかったのに、まさか最後の最後で彼に魅了されてしまうなんて。いまだに313話を読み返しては、うめき、奇声をあげ、悶え苦しみ、そして彼のことを考え続けるようになってしまった。もしかして、これまでの鶴見篤四郎についての解釈は誤っていたんじゃないか?

最後の最後に魅せていった男、鶴見篤四郎。今になって夢中になってしまった苦しみ。せめてこの苦しさを紛らわせるために、彼について考察したことを書いていきたい。

※ 以下ネタバレを含みます。ご注意ください。

魅力的な悪役の条件

魅力的な悪役は素顔を見せない。機動戦士ガンダムシャア・アズナブルスターウォーズのダースベイダー、るろうに剣心の志々雄真実、ノー・タイム・トゥ・ダイのサフィンダークナイトライジングのジョーカー....

人は社会で生活をする上で、誰しもが仮面を被っている。仮面というのは、相手や社会から求められるイメージに良い形で応えようとする、いわば内面の最も外側の部分だ。時に仮面は人間同士のコミュニケーションを円滑にし、社会で求められる役割を果たす機能を持つ。

一方で仮面というものは、何かを隠すという役割も併せ持つ。仮面によって隠されているのは、弱くて惨めな自分、情けなくてダサい自分、他人に知られたくない秘密を抱えている自分などといった、役割や規範に呼応できない内面だ。行き過ぎた仮面は、自らを抑圧する対象にもなり得る。

このようにアンビバレントな機能を持つ仮面を、人々は実に巧みに使い分けながら生きている。しかしながら、悪役たちの仮面の使い方は、普通の人々のそれとは一線を画している。彼らは自ら進んで仮面を被り、様々な人間のイメージをそれに投影させることを望んでいるのだ。

仮面という器

社会と自己との関わりを円滑にするための仮面。魅力的な悪役たちはそれを、他者の理想を受け止め象徴になるために利用してきた。
例えば機動戦士ガンダムUCでは、悪役であるフルフロンタル(シャア・アズナブルのクローン)が、主人公のバナージ・リンクスに向かって次のような言葉を放っている。

今の私は自らを器と規定している。
空に捨てられた者たちの想い、ジオンの理想を継ぐ者たちの宿願を受け止める器だ。
彼らが望むなら、私はシャア・アズナブルになる。
このマスクはそのためのものだ。

ーーーーエピソード2「赤い彗星」より

本来脆くて内部との結びつきが強い仮面だが、悪役たちはそこへさらに物理的な仮面を被せる事によって、私的な感情の揺らぎを取り除く事に成功し、確固たる象徴になることに成功する。彼のパーソナルな願いや想い、弱さや哀しさなどは決して外部に流出することがない。そして仮面には、彼らが属する組織の構成員ひとりひとりの願いと理想が投影されていく。

物理的な仮面を被るという行為は、滅私と秘匿という2つを両立させ、全員の理想を反映した象徴になるということだ。よく優れた悪役はカリスマ性があると評価されるが、そこには実体がない。超人的、かつ全ての人間の理想に寄り添う底なしの「イメージ」が彼らの魅力の根源となっている。

鶴見中尉という仮面

では鶴見篤四郎の仮面とはなんだったのだろうか。彼はこれまで被ってきた、3種類の仮面について考えたい。

まず一つ目は彼がウラジオストクでスパイを行なっていた時にかぶっていた「長谷川幸一」という仮面。この時の仮面は職務に従ずるため生み出されたものであって、装着に主体性はない。その証拠にロシア人に攻撃された時に、流れ弾を受けて倒れた妻が「А кто жe т ы?(あなたは誰なの?)」と尋ね、彼自身が眼鏡を外して「鶴見篤四郎」と名乗った時、すなわち任務の失敗と同時にその仮面は剥がれている。

二つ目は二〇三高地時点以前での「情報将校 鶴見中尉」という仮面。この時も職務を全うするための仮面ではあるものの、長谷川幸一の時よりも仮面が増幅するイメージを意図的に使用しているという点で、装着には幾ばくかの主体性がある。

鶴見はその仮面のもとで、のちの第七師団のメンバーとなる鯉登少尉、月島軍曹、尾形上等兵、宇佐美上等兵らと言った主要なキャラクターをたらし込んでいき、彼らにとっての唯一無二の存在へとなっていった。様々な登場人物の中に存在する「情報将校 鶴見中尉」というイメージは常に運動していて「理想の人」でありながら、捉え所がない。そして彼らのイメージは、戦後北海道で暗躍する「鶴見中尉」に受け継がれていくこととなる。

そして三つ目が、琺瑯の額当てをつけた「鶴見中尉」という仮面である。
この時初めて作中では、彼が自ら物理的な仮面を装着するシーンが描かれている。

琺瑯で作らせた
どうだ、似合うか?

ーーーゴールデンカムイ  15巻 第150話「遺骨」より

この時私は彼の琺瑯を「傷跡を隠すためにつけたのだな」と思っていた。しかし改めて読み返してみると、彼がその傷を隠すために額当てをつけたという描写が見当たらない。中には自らの傷を肯定するかのような発言もしている。

頭蓋骨と一緒に前頭葉も少し損傷してまして
それ以来カッとなりやすくなりましてね 申し訳ない

それ以外はいたって健康です
向かい傷は武人の勲章 ますます男前になったと思いませんか?

ーーーゴールデンカムイ 第2巻 第13話「憑き神」

自分の傷を肯定しているのにも関わらず、なぜ彼は琺瑯の額当てをつけることを選んだのだろうか。彼が額当てをつける事によって隠そうとしたのは、本当に傷跡だったのだろうか?おそらく鶴見篤四郎は、自分が牽引する組織の象徴となる覚悟のもと、三度目の仮面を被ったのではないだろうかーー。その証拠を裏付けるかのように、作中で彼の金塊探しの目的は次のように描かれていた。

金塊をただ分け合うのでは駄目だ 資金にして武器工場を作る
夕張の石炭 倶知安の鉄鉱石
高品質な兵器を国内生産するための大きな拠点を資源の豊富な北海道におく

父親を亡くした子供たち 息子を亡くした親たち
夫を亡くした妻たちに... 長期的に安定した仕事を与える
凍てつく大地を開梱し 日々の食糧の確保さえままならない生活から...救い出す

それが死んでいった戦友たちへの せめてもの餞である

ーーーゴールデンカムイ 第4巻 第31話「二〇三高地

作中で描かれる金塊探しの目的の中では最も重い。普通の人間ならここまでの責任を負おうとはしない。けれど鶴見はそれを引き受け、額当てをつけることを選んだ。そしてその額当てには部下たちの理想の人としての鶴見、満州の地に眠る戦友たちの無念、そして新しい理想郷へと人々を導くリーダーというイメージが常に循環し続ける。

今回、313話に至るまで彼の額当ては衣類と同じ意味合いのものだと思っていたが、それは違っていた。鶴見篤四郎は、琺瑯の額当てという仮面を着けることによって、自ら第七師団の象徴的存在になったのである。そしてそれが、本作における「鶴見中尉」のイメージになっていった。

だが一方で、もう一つの疑問が生まれてくる。それは「鶴見中尉は額当てを着けてまで、何を隠したかったのか?」ということだ。

鶴見中尉の仮面の下にあるもの

最後の「鶴見中尉」の仮面が外れたのは、第313話「終着」でだった。仲間を失って一人追い詰められる鶴見中尉。図らずも杉本が彼に加えた一太刀によって額当てが外れる。切り裂かれた懐からはウラジオストクで喪った母子の指の骨、そして奪っていたアイヌの土地の権利書がこぼれ落ちた。

これまでの「鶴見中尉」であれば、迷わず後者を奪取しただろう。けれど鶴見篤四郎は一瞬迷い、そして権利書を奪いつつも、視線は指の骨に送り続けることを選択した。そして電車に轢かれて指の骨が砕け散った様を見届けた時、読者は初めて鶴見篤四郎という男の素顔に出会うことになる。彼のこの一連の流れから、そのまなざしに至るまで、一体誰が予想できただろうか。

これまでも物語の中では、鶴見中尉に対して「本当の目的は戦友らの弔いではなく、私怨を晴らすためなのではないか」という疑いが度々かけられていた。しかし、その本心は藪の中。現にソフィアに「全部...恨みだっタの?」と聞かれた時、鶴見中尉はこのように答えている。

あくまで私の目的は日本国の繁栄である ロシアの南下...
他国の脅威から日本を守るために戦い続ける軍資金が必要だ
我々が進むべき道のかたわらに
自分の小さな小さな個人的な弔いがあるだけ
(中略)
だがその個人的な弔いだけのために 
道をそらすなどということは断じてない
ーーーゴールデンカムイ 第27巻 第270話「全ての元凶」

結局、鶴見は五稜郭で戦い、多くの部下を失い、そして最後は一人になった。話が進んでいく中で、やはり彼にとっての目的は大義名分だったのだと納得したし、私怨はすでに彼の中で消化しきったのだとも思った。ところがそうではなかったのだ。これが私はたまらなく嬉しくて、あの一コマでこれまでずっとやっていたオセロが一気にひっくり返るような気持ちよさを感じた。

彼の仮面の下に隠されていたのは「小さな小さな個人的な弔い」に囚われ、苦しみ、もがきながらも、その先に進み続けようとする、情けなくて愚かで哀しい男だったのだ。

鶴見篤四郎という味わい深さ

誤解なく言えば、私はここにたどり着くまで鶴見中尉のことを疎んじていた。彼は都合のいいように部下をたらしこみ、それでいて捨て駒にすることは躊躇わず、その死すら組織を指揮するために利用する冷血な人間だと思っていたからだ。

もちろんそれも彼の一側面なのだろう。そして大義名分のため、というのも一つの真実だったのかもしれない。けれどもしかしたらそれは部下たちの理想に応えたが故の、仮面の表層にすぎなかったのではないだろうか。(現に月島軍曹は、鶴見の目的が私怨だった場合「それが本当の目的なら ぶっ殺してやる」とすら思っていた)裏を返せば「鶴見篤四郎」というのは、組織の中で最後まで私を優先することを拒否され、弱い人間であることを許されなかった男だった、そう取ることもできる。

人は仮面を被る。おそらくは死ぬまでそうだろう。そして魅力的な悪役たちは、その仮面すらコントロールしきた。しかしそこに収まりきらない弱さというもの、その悲哀が悪役たちの本当の魅力なのではないだろうか。ダースベイダーの仮面が外れた時のように。

第313話で、鶴見が悪役から普通の人間に一瞬でもなれたことが、かえってこれまでの彼の魅力を増幅させる装置として機能しているようにも思う。あの時の言葉はどんな意味だったのか、あの時の表情はなんだったのか...そうした味わい深さを残していった鶴見篤四郎は、最後まで素晴らしい悪役だったと言えるだろう。

終わりに

まさか、まさか最後の最後になって彼にたらし込まれるとは思わなかった。以前の自分に「鶴見を思って毎晩胸が張り裂けそうになっているよ」と言っても絶対に信じないだろう。ゴールデンカムイ を見ていると「この人はこういう人だから」というイメージがいかに頼りなく、そして傲慢な目線なのかということを常に感じさせられる......たまらないですね。

残すところあと1話。4月28日までは全話無料公開です。

tonarinoyj.jp

 

 

 

冬の北海道を巡る旅#6 ザ・バードウォッチングカフェでシマエナガと出会う。旅の終わりは味噌ラーメンで

いよいよ旅も大詰め。今日はシマエナガの写真を撮るため、朝早くホテルを出てセコマでおにぎりを買い、車の中で食べながら撮影地へと向かった。車を走らせて向かった先は千歳市にあるザ・バードウォッチングカフェ。

以前水道橋にあるバードウォッチング専門店のホビーズ・ワールドで、北海道の自然を伝える写真雑誌faura(ファウラ)に出会い、その中で紹介されていたことがきっかけでこのお店を知った。北海道ではシマエナガに出会いやすい場所として、野鳥愛好家たちに愛されているらしい。もし北海道に行く機会があれば、ぜひ訪れたいと思っていたのだった。

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お店について予約名を告げると、フォトブースへと案内された。フォトブースの窓にはカモフラージュの迷彩ネットがかかっている。また感染症対策で、席ごとに仕切りが設けられていた。撮影可能な時間は朝の10時から16時10分まで。ワンドリンクオーダー制で、基本的に飲食は店内で行うことを推奨されているが、飲み物やソフトクリームなどは店員さんがフォトブースまで運んできてくれる仕組みになっていた。私はコーヒーを、夫はカフェラテとソフトクリームを頼む。シマエナガソフトクリームはぽってりとした見た目が可愛らしかった。

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無事シマエナガに会えるだろうかとドキドキしながらカメラを構えていると、一番初めにやってきたのはヒヨドリだった。グレイッシュブルーの羽模様が朝日に透けてうつくしい。他の野鳥に比べると体躯がやや大きいので、あまり人気はないようだけれど、主食が花の蜜という慎ましい生態も含めて私は大好きだ。

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続いてやってきたのはスズメ。こんなに寒い土地でもたくましく生きているのか!心なしか、本州で見かけるスズメよりとキリリとして見える。

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可愛いなぁと眺めていると、くるりとこちらを振り返ってくれた。朝日のスポットライトを浴びて踊っているみたいだ。小さな影すら愛おしい。

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続いてやってきたのはシジュウカラ。ネクタイ模様に白いほっぺが可愛らしい。警戒心が強いらしく、餌台の中から餌を選んだ後はその場で食べることはせず、少し離れた枝にとまってゆっくりとご飯を楽しんでいた。

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しばらくすると、トトトト...という何かを突く音がリズミカルに聞こえてきた。あたりを見回すと、アカゲラが巣箱の周囲を一生懸命つついている。もうすぐ春が近いので、ドラミングで求愛をしているのだろうか。そう思ってあたりを確認してみると…

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いた!メスのアカゲラだ。オスのドラミングをじっと見つめている。これからつがいになるのだろうか?巣箱はよく音も響くので、ドラミングにはうってつけなのかもしれない。

時計をみると、ここまでで約30分ほど時間が過ぎていた。少し手を休めるためにコーヒーに手を伸ばそうとすると、誰かが小さな声で「来たッ!」と叫んだ。

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急いでファインダーを覗くと、シマエナガがいた!初めてみた感想は意外とスムースでアザラシみたいだなという印象。小さなくちばしで一生懸命に餌を啄んでいる。頭の上下に合わせてヒョコヒョコと動く尾羽が可愛い。

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1羽が餌台でのんびりしているのをみて警戒心が解かれたのか、もう1羽もやってきた。バルルルル...という小さなヘリコプターのような羽音が聞こえてくる。

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そうしているうちに、あっという間に餌台はシマエナガたちでいっぱいになった。こんなに一気にシマエナガを目の当たりにできるとは思わず、混乱しながらもひたすらにシャッターを切る。おそらく初めの2羽がリーダー的な存在なのだろう。群でいると尾羽がユニゾンをしているみたいだった。

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5分も経たずしてシマエナガたちは去っていき、しばらくするとさっきまでドラミングをしていたオスのアカゲラが餌を食べにやってきた。十分小さいはずなのに、シマエナガを見た後だと大きく見える。ドラミングをしてヘトヘトになったのだろうか、一心不乱に餌を食べ続けていた。

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別の餌台にはヤマガラがやってきていた。丸々としたフォルムが愛らしい。よく見ると、足の付け根の部分まで、羽毛に覆われていることに気がつく。

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しばらくあれでもない、これでもないと気に入らない餌をポイポイ選別した後、お気に入りの餌を見つけたらしく、満足そうに咥えて自慢するように見せていた。

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程なくして、またシマエナガの群がやってきた。さっきの食事で安心したのだろうか?今回は一気に群ごと飛来してきた。この餌台には砕いた胡桃などが入っていて、カロリーの高いものを好むシマエナガにとってはご馳走なんだそうだ。道内では酪農家が撒いた牛脂などをかじる姿も目撃されているのだという。

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一心不乱に餌をついばむ姿に野生を感じる。油分を豊富に含んだナッツ類や牛脂の他にも、小さな木の芽や昆虫を食べるシマエナガの姿も報告されており、基本的には雑食らしい。特に樹液が好物らしく、冬になるとホバリングをしながら凍って氷柱状になった樹液を舐めるシマエナガが観測されるそうだ。

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小さなくちばしで餌を啄んでいく可愛らしさ。こうしてゆっくり観察しているとと、彼らのまぶたは黄身がかっていることに気付く。まるでたんぽぽ色のアイライナーをキュッと引いているようだ。

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しばらくしてシマエナガの数が減ると、チャンスとばかりにシジュウカラが間に割り込み、小さな体で威嚇して彼らを追い払っていった。小さな生き物同士の闘争を見て、彼らはあくまでも野生動物なんだということを思い出す。

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シジュウカラが去った後は、おそらく近くで様子を伺っていたであろうシマエナガが2羽で戻ってきた。

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続いてアカゲラもやってきた。アカゲラがとまると餌台が揺れて、シマエナガたちも振り子のようにブラブラと揺れる。しかし、そんな揺れは何のその。シマエナガたちはめげずに餌を啄み続けていた。

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ここまで撮影したところで時間は午後の13時。流石にお腹が減ってきたので、店内でサンドイッチを注文してガツガツと食べた。サンドイッチにはミネストローネもついてきて、フォトブースでキンキンに冷えた身体が温まる。カフェスペースはお日さまの光がさして心地よく、ここからも野鳥たちを眺めることができた。恋人どうしや年配の女性たちなど、多種多様な人たちが静かに野鳥を眺めている。

しばらくするとカフェの中にピンポーンというベルが響きわたった。なんの音かと首を傾げていると、店員さんが「今ちょうどシマエナガがきたみたいです」と教えてくれた。フォトブースには呼び鈴が設置してあって、シマエナガが来たら撮影中のカメラマンが善意で知らせてくれるらしい。店内にいる人たちが、一斉に窓を覗き込む。「あっ、見えた!」「あの鳥かぁ」などと、和やかな雰囲気が店内に満ちていった。

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あとからその時の写真を夫に見せてもらうと、珍しく枝にとまってるシマエナガの姿があった。ああ、私も見たかった...

これまでやってきたシマエナガの中では比較的冬毛がフワフワしていて、イメージするフォルムに近い。ジュルリジュルリと地鳴きをして様子を伺っていたらしい。

マシュマロのようなぽてんとした体、小さなくちばしにつぶらな瞳が愛らしい。

警戒しているのか、上や横を気にしているようだ。しかし、どの角度でもかわいらしいな。

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しばらくしたあと、シマエナガは餌台とは違う方角に飛び立っていったそうだ。羽の一枚一枚が光に透けて美しい。

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そうして私がサンドイッチを食べている間、続けてもう1羽のシマエナガがきていた。小さな足、フワフワのお腹。己の食欲が恨めしい。

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こちらのシマエナガもキョロキョロと左右を気にしていたそうだ。餌台には近寄らず、またこのあとの出現頻度が低くなったことから、もしかしたら近くに猛禽類がいたのかもね、とフォトブースのカメラマンたちが話をしていた。

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横から見た飛び立つ姿もまた美しい。流線型のフォルム、紅茶色の羽毛と墨色の羽のコントラスト。

結局午前の部で観察できたのは合計4回(うち1回は見逃し)だった。しっかりお昼も食べたので、気合を入れ直して午後の部の観察も始める。

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スーッと目の前を横切って目の前に現れたのはゴジュウカラ。スタッと餌台の縁に立ち、サッとひまわりのタネを咥えると、そのままサーッと飛び去っていった。なんてエレガントなんだ。

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続いてヤマガラもやってきた。同じようにひまわりの種を咥えるが、どう見てもサイズに見合っていない。流石にそれを食べたら喉につまらせるんじゃないかとハラハラして見ていると…

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流石に無理だと分かったのか、餌台にひまわりの種を戻していた。

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徐々に日が陰って寒くなってきた。思わずたまらなくなってホッカイロを購入する。戻ってファインダーを覗くと、遠くでコガラがふくふくとした冬毛を風にそよがせていた。

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しばらくすると、またシマエナガがやってきた。しかしあたりを気にしているようで落ち着かない。結局すぐまた飛び立っていってしまった。時間は夕方の15時を回ろうとしていたところ。夜行性の動物たちがそろそろ起きてくる頃合いだからだろうか。

f:id:lesliens225:20220414103806j:plainそんなシマエナガの警戒心には我関せず。マイペースに餌をついばむシジュウカラにはたくましさを感じる。

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遠くで遠慮がちに見ていたコガラも、この時ばかりは積極的に餌を啄みにきていた。残り時間は後30分ほど。今日観察できるシマエナガはこのくらいかなと思いつつも、時間いっぱいまでは粘りたいと思いホッカイロを握りしめる。

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そんな願いが通じたのか、1羽だけ餌台にやってきてくれた!これで見納めだと一生懸命シャッターを切る。

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やはりややあたりを警戒しているものの、比較的長い時間餌を啄んでいった。途中シジュウカラが来たので、また追い出されるのだろうかと冷や冷やしたものの、群れでなければ気にしないのか、二羽で仲良く餌を啄んでいた。

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あっという間の6時間。結局この日観察できたシマエナガは以下の通り。

午前 (10:00〜13:00) 4回

午後 (13:10〜16:10)  2回

ずっと座っていたのでお尻が煎餅のようになったけれど、貴重な野鳥たちの生態を間近で観察することができたので、喜びの方が大きい。カフェ内のバードウォッチャーのマナーもよく、鳥を脅かないような工夫をしていたりと、安心して観察する事ができた。自然に介入して自分のエゴを優先している以上、せめてマナーだけは守って鳥たちが健やかに過ごせるようでありたい。

ところでシマエナガアイヌ語で「ウパ」と言う。意味は雪の鳥。冬になると群れになって雪の上に降り立つため、この名前になったのだという。これから彼らは春にかけてつがいを見つけ、群れで子育てをし、夏には雛たちが北海道のあちこちで見かけられるらしい。

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そのまま時間になったのでお店のスタッフにお礼を言って車に乗り、新千歳空港にあるレンタカー屋さんへと向かった。3泊4日の旅もこれで終わりだと思うと寂しい。久しぶりに仕事から離れて大自然の中で過ごしたことで、思っている以上にリフレッシュできたことに気づく。車内では旅の思い出や、東京でのこれからの生活の話などをした。

空港についてから出発まではしばらく時間があったので、思い切って味噌ラーメンを食べていくことに。あまりの寒さに体が芯から冷え切っていて、なんとなくカロリーがあるものを食べたい!という気分になっていた。もしかしたらシマエナガもこういう気持ちなのかもしれない。

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立ち寄ったのは新千歳空港の中にある北海道ラーメン道場の一角にあった「ラーメン空」というお店。こってりした味噌に炒めたとうもろこしが甘くてまさにこれが食べたかったという味。旅で食べるラーメンってどうしてこう格別に美味しいんだろう。

「今日はもう晩ご飯作らなくていいね」「うん、後は適当にお土産を見て帰ろう」と言って新千歳空港内を散策する。そのまま飛行機に搭乗した後は、疲れ切っていたのか二人ともすぐさま眠ってしまった。

 

 

<余談>
バードウォッチングカフェの撮影ブースは、被写体を撮ることに特化した造りになっているので、窓や空調はない。真冬は気温がマイナスの世界に長時間いることになるので、防寒対策は万全にしていく必要がある。

# 参考までに当日の私の服装を以下に記すので、もし行かれる人は参考にしてください。ダウンはフィルパワーが750以上あった方が安心です。

当日の衣類

・mont-bell スーパーメリノウールラウンドネックシャツ・タイツ・腹巻
・PETIT BATEAU タートルネックシャツ
・mont-bell スペリオダウンラウンドネックジャケット
・MAMMUT Xeron IN Hooded ジャケット
・mont-bell パウダーグライド パンツ
・smart wool ハイキングミディアムクルー
・THE NORTH FACE ヌプシブーティ ショートタイプ
・mont-bell クリマプロ200 グローブ

これでも正午以降は寒くて手足がかじかんでくるので、靴の中にいれるホッカイロと張らないホッカイロは絶対に必要だと感じました。ただ成人男性はそれほどでもないのか、比較的薄着だったり、私とほぼ同じ格好をしていた夫も「まぁ寒いかな?ってくらいだったよ」とのことなので、男女差があるのでしょう。
ドア・トゥー・ドアであれば、上記のような徹底した防寒対策は必要ではないと思いますが、そうは言っても慣れない雪道を歩いたりと危険はあるので、冬の北海道にはアウトドアスタイルで行くのが無難だと感じます。万が一に備えてmont-bellのスノースパイクシングルフィット(持ち運び可能なミニアイゼンみたいなやつ)も持っていったのですが、アイスバーンがデフォルトな北海道では歩くときにかなり重宝しました。むしろ北海道では凍っていない道を探す方が難しい。
何より楽しい冬旅をするためには、やっぱり万全の装備でいくことに越したことはないと感じます。後日、札幌出身の友人に「この間札幌に行ったんだよー」と報告すると、「今年は特に積雪量が多くて厳しかったんだよ」と教えてもらいました。

冬の北海道を巡る旅#5 札幌グランドホテルにステイ、夕食はGRISで

車を走らせること数十分。今日の宿泊先は札幌グランドホテル。1934年に北海道に初めて誕生した洋式ホテルだ。故秩父宮殿下がこの地を訪れた際に、札幌五輪の開催を見越して「札幌に本格的な様式ホテルをひとつ建てたら」と提案したことで、開業にまで至ったという歴史がある。ちなみにこの年は、北海道に住む人々の人口が300万人にまで増えた年でもあった。

創業時の旧館はすでに解体されてしまったものの、クラシックホテル好きとしてはぜひ行きたいと予約をしていた。しかし到着して館内を見ると、なぜだか既視感がある。あっと気がついて「ここ、昔泊まったホテルだわ」ということを思い出した。すっかり忘れていたが、5年ほど前に友人が札幌で結婚式を挙げたときに、このホテルにしっかり宿泊していたのだった。

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正面入口のスズランをモティーフにした引き手の可愛らしさは健在だ。

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エントランスの蝶々のようなこの壁面も可愛らしい。

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ロビーに入ると、1941年から受け継がれているオニキスでできた荘厳な柱が出迎えてくれる。フロントへ向かおうとすると、スタスタと係の方が近づいてきてくれて、荷物を持ってベンチへと案内された。疲れていたので、夫がチェックインを済ませている間、ありがたくそこで休ませてもらう。由緒正しいホテルだからだろうか、華やかな人たちが楽しそうに横切っていく姿を何度も見かけた。

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チェックインを済ませると、そのままエレベーターホールへと案内された。エレベーターの近くにはバーもあり、ここでお酒を楽しむこともできる。宿泊者以外の人も利用でき、その敷居の低さがありがたい。

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バーに続くまでの道も雰囲気があっていい。思わず当時の記憶がよみがえって「そうそう、ここでお酒を飲んだわ。懐かしい」と言う。友人の結婚式に参列する前夜、なぜか目が冴えてしまったので、ナイトキャップがわりにマティーニを作ってもらったのだった。つかず離れずの接客が心地よく、バーテンダーのパリッとした白いスーツに蝶ネクタイという清廉な姿が印象に残っている。

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そのままエレベーターを降りて部屋へと向かう。ロイヤルブルーの絨毯は清潔で、フカフカとしていて気持ちがいい。

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今回宿泊するのはスタンダードデラックスツインルーム。ドアを開けると予約サイトで確認していたよりも、かなり広々としている印象だった。

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ベッドの真ん中にはメモや時計、ルームサービスにつながる電話などが置かれている。必要であればモーニングコールもしてもらえるらしい。また連泊する際は、ベッドリネンの交換を申請する必要があるとのこと。

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さらに扉を開けると、聖書や古事記などの書物が入っていた。

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ベッドの前にはテレビもあるので、ゴロゴロしながら放送などを見ることもできる。

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ルームウェアは一枚で着るタイプ。胸元に入ったマークが可愛い。

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さらにベッドの奥にはこぢんまりとしたテーブルと椅子が置いてあり、奥にはプレッサーも用意されていた。ビジネスや冠婚葬祭のために宿泊する人もいるのだろう。細かいところまで気が利いている。

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ミニバーは無料のミネラルウォーターが2本と、緑茶とほうじ茶のティーバッグが備え付けられてあった。

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扉を開けるとミニ冷蔵庫にグラスとマグカップ、それからケトル。必要なものは揃っていて、尚且つ視界に入らないところに収納されているので、ノイズが少ないなと感じる。

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ベッドの脇には机もあり、なんとライト付きの拡大鏡まで備え付けられていた。メイクをするときに助かる。ちゃんとコンセントもあるし、リモートワークにも良さそうだ。

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テーブル周りには観光案内やホテルからのインフォメーション、ライトニングケーブルなどが一式揃っている。他に必要なものがあればフロントにお願いすればいいらしい。なんとも使い勝手がいいなぁ。

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バスルームは洗面台が2つあり、白いタイルを基調とした清潔感のある空間だった。これなら二人以上の旅行でも気兼ねなく使えていい。

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アメニティは歯ブラシにヘアブラシ、綿棒にコットンなど、必要なものは一通り揃っていた。スタンダードルームのスキンケアのアメニティはフロントにお願いすると持ってきてくれる方式らしい。コンフォートルームやスイートルームではアメニティが変わってくるらしいので、こだわりのある人は事前に確認しておいた方が良さそう。

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ドライヤーはパナソニックのEH-NE4E-PN。申し分ない風量だし、音もそこまで煩くないのがありがたい。

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バストイレは別で、バスルームはやや狭めながらも落ち着いた造り。華やかさや色気はないけれど、家にいるかのような安心感があってこれはこれでいいなぁと思う。シャンプーやボディソープはPOLAのシャワーブレイクシリーズだった。

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タオルはロゴが色分けされているので、誰がどのタオルを使ったのかが一目でわかる。たまに「あれ?これって夫が使ったやつだっけ?」とわからなくなってしまうことがあるので、これなら間違えなくて済む。

ホテルは広々としていてのんびり過ごせる間取りが印象的だった。確かに古いところは否めないけれど、きちんと清潔感が保たれているし、新しいものと古いものの取捨選択のバランス感がいい。どうせ寝に帰るだけだからと安価な部屋にしたけれど、このホテルを拠点に札幌を楽しみたい時は、コンフォートルームやスイートにするのも良さそうだ。スタッフの目配りや気配りも徹底されていて、素晴らしい仕事ぶりだった。

部屋を確認した後はタクシーに乗って、今夜の夕食のため予約していたお店へ。

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タクシーを降りてあたりを見回すと、雑居ビルの看板にお店の名前が見えた。お店に行くにはどうやら階段のみらしい。いざ4階までと、気合を入れて登っていく。

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お店の入り口は波模様のガラス扉でできていて、中の様子がぼんやりと見える。恐る恐る「こんばんは」と言ってドアを開けると、古民家の中にいるような暖かみのある空間が広がっていた。

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落ち着いていて、それでいながら非日常感が溢れるしつらえ。ほーっと見惚れていると、小柄な女性が明るい笑顔で出迎えてくれた。予約していた名前を告げて、席へと案内される。

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私たちの席にはぼんやりとした電球が浮かび、壁には燕のモチーフが並んでいた。かわいいね、この仄暗さが落ち着くねぇと、席についてすぐ自宅かのようにくつろいでしまう。

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この日お願いしたのはお任せコース。お料理が来る間は、渡されたメニューから飲みのものを選んでいく。ビールやワインだけでなく、ソフトドリンクのメニューに中国茶があったりと、下戸にも楽しいラインナップだ。

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夫はビールを、私は白のグラスワインをお願いした。旅が始まってから初めてのアルコールに喉が鳴る。ビアグラスの下に置かれたコースターも可愛らしい。ここで使われている道具の一部は、同じビルの中にある小道具十一月というお店で選ばれたものなんだそうだ。次に来た時は行ってみたい。

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そうこうしているうちに、前菜が運ばれてきた。野菜のお浸しの盛り合わせとニシンのフリット。宝石のようにぴかぴかで鮮やかな野菜に目が釘付けになる。一口食べて、その瑞々しい味と出汁の美味しさに目を見開いた。ちゃんと野菜の味がする。1つ1つの野菜がキラキラしている。そして時折光るのは、かそけき出汁。ニシンのフリットの衣は軽やかで身はふわふわ。どちらも塩が素材の美味しさを利かせる程度の塩梅なので、単調さが無く食べていてまったく飽きがこない。

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続いてやってきたのはミニせいろの中に入った焼売と南瓜の春巻き。焼売はもちろん、この春巻きがとっても美味しかった。昔、何かの本で「春巻きは蒸し料理」と書いてあるのをみたことがあるけれど、その意味が今日初めてわかった。ホクホクに蒸された南瓜、パリッとした皮。間にある野菜の食感がコントラストになっていてしみじみ美味しい。

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メインはお肉とさつまいも。お肉はもちろんのこと、やはり野菜の調理がいい…美味しいねぇ、美味しいねぇといいながら、ふたりであっという間にお皿の上を平らげた。

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もう一皿は鰆。付け合わせの人参、芽キャベツがやはり瑞々しい。野菜がとにかく美味しいので尋ねると、美瑛の農家さんからお願いして取り寄せているとのことだった。北海道はまだまだ冬だと思っていたけれど、もうこんなに美味しい野菜が出回っているんだ。そういえば魚も春のもの。ずっと先だと思っていた春の訪れを、お皿の上に並ぶ食材から教えてもらう。

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最後はご飯とお味噌汁。枝豆の乗ったおこわはホクホクで胡椒が効いている。ご飯ものだけれど、これでお酒もいけちゃいそうだ。大根のお味噌汁は赤味噌のキリリとした味。事前にお願いすれば、これをおつまみセットに変えることも可能。「二人で別々にすることもできますよ」と教えてもらい、夫はいそいそとおつまみセットに変更していた。

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おつまみセットは趣味のいいプレートにピクルスやドライフルーツ、チーズなどが盛り合わせられていた。夫は「えー、どれにしようかな」とニコニコしながら、ビールと一緒に楽しんでいた。

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最後はデザートが出るというので気になっていた中国茶をお願いした。ふくよかな香りにほっと癒される。器が2つ運ばれてきたので夫にも注いで渡した。昔はアルコールに強かったのにね、やっぱり外食しなくなってからお酒に弱くなったよね、なんだかこういうのがしみじみ美味しいと感じるようになったよね、などと会話に花が咲く。

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最後のデザートはカカオのチュイルがのったチョコレートのアイスクリーム。パリパリ、ひんやり、とろりの食感がリズミカルで楽しい。実はチョコレートの酸味と渋みが不得意なのだけれど、ここのデザートは苦味が強く酸味の薄い構成だったので、最後まで食べきることができた。

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すっかりいい気分でお店を出て、ほろ酔いで狸小路を歩く。かわいい名前だなと思って調べると、昔このあたりには売春宿があったらしく、客引きをする娼婦を狸になぞらえたことからこの地名になったらしいことが書いてあった。

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そのままホテルのある方角へ向かうと、テレビ塔が見えてきた。夫が近くに行って写真を撮りたいと言うので一緒に向かう。以前ここにきたときはビアガーデンが開かれていて、結婚式前夜の友人がわざわざもてなしてくれたことを思い出した。あの時は楽しかったなぁ。今は雪がうず高く積もっていて、踏むとこ踏むとこみな白い。

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真っ白な雪にぼんやりとたたずむテレビ塔は情緒があっていい。札幌で過ごすうちに心の風景になっていきそうな気配がある。

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なんだかすっかり楽しくなってきてしまって、なんとなくホテルにはまだ帰りたくないなぁと思う。そうだ、昔来た時に友人と見た時計台を夫にも見せよう。そう思って誘ってみると、いいよ行こう行こうとふたつ返事で乗ってくれた。近くの入り口から地下道に降りて時計台へと向かう。地下道の中は少し暖かくて、外とは別世界だった。よく見ると柱には2030年札幌オリンピックの招致に関するポスターがあちこちに貼られていた。

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地下道から出て歩くこと数分。時計台にたどり着いた。相変わらずきれいだ。日本三大がっかり名所と言われているけれど、そう感じたことは一度もない。むしろ見るたびにしみじみといい建築だなと思う。どうかいつまでもこの建物が札幌に残り続けてくれますように。一緒に見ていた夫に「波よ聞いてくれのオープニングにも出てたね」と言われ、そう言われれば確かにと気がついた。

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時計台の隣には、ミニチュアの氷でできた時計台もあった。精巧な作りに感心する。そういえば今年はさっぽろ雪まつりもなかったんだよなぁ。来年はできるといいよね、その時はまたここに泊まって美味しいご飯を食べて、公園をのんびり歩きたいねと言う。

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時計台の写真を撮ってホテルに帰ろうとすると、足元のマンホールに目がとまった。鮭が時計台の周りをぐるりと回遊するようなデザインが格好いい。アイヌの人にとっても、そして北海道に移住した和人にとっても、鮭というものはこの土地の象徴的存在なのだろうか。

もし私が東京のマンホールに絵柄を描くとしたらなんだろう?荒川を渡ってスカイツリーが見えると「東京に来たなぁ」と思うから、やっぱりそのふたつを描くかもしれない。

 

#6に続く

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冬の北海道を巡る旅#4  サッポロピリカコタンから開拓の村、そしてサッポロビール博物館へ

帯広から山を越えて高速で約3時間半、向かう先はサッポロピリカコタン(札幌市アイヌ文化交流センター)だ。セコマで買ったおにぎりを食べ、車を走らせていく。札幌市内に差し掛かると積雪量が目に見えて増えていくのがわかった。札幌出身の友人によれば、札幌以西は日本海側にあたり山も多く、またシベリア大陸からからっかぜが吹くので、東と比べて積雪量が多くなるらしい。

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途中、休憩を挟みつつやっと目的地までたどり着くことができた。積雪量はゆうに1mは超えている。積もった雪にもたれかかると、フカフカのパウダースノーで身体がズズ...と沈み込んでいった。

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駐車場に車を泊めて敷地内に入ると、復元されたアイヌの住まいと、ゴールデンカムイにも登場したペペレセッが目に入った。ペペレセッとは小熊を育てるための檻。アイヌは狩猟の際に出会った小熊は、カムイから養育を任されたものとして生け捕りにし、コタン(集落)で育てる風習があったと言う。そういえば狩猟の様子は以前東京ステーションギャラリーで展示されていた「藤戸竹喜展 アイヌであればこそ」にもあったな、ということを思い出した。頭の中にある記憶がその土地にある記憶と結びついていくのを感じる。

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そのまま雪道を進んでいくと、左手にはプ(倉)右的にはチセ(アイヌの住まい)が見えてきた。

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チセの中に入ると土間のような玄関があり、広々とした間取りの住居スペースが目の前に広がっていた。想像していたよりもずっと大きく、大人が十人以上入ってもまだまだ余裕がある。そして意外と暖かい!

中央にはアペオイと呼ばれる炉が据えられていた。この中には火の神様であるアペフチカムイがいるとされ、大事にされてきたそうだ。アイヌはこの上にトゥナという炉だなを設け、保存食を作ったり調理をしたりと工夫して生きてきたのだという。

また、チセにはいくつか窓が設けられているので、思っているよりもずっと明るい。向かって正面の窓はロルンプヤㇽと呼ばれ、明かり取りだけではなく、カムイが出入りする窓(=カムイプヤㇽ)として大切にされてきたそうだ。住居ひとつとっても、生活の至るところにカムイがいる。

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屋根の組み方も興味深い。おそらく地組で屋根の骨格を決めた後、それに合わせて放射状に細い木をのせていき、最後に藁などを載せているのだろう。断熱としても優れているし、同時に煙を外に逃すことも可能だ。これなら雪深い北海道でも、生きていくことができる。

聞くところによれば、北海道に入植した和人たちも、このチセを真似て住居を構えていたという。始めは本州の住まいを模して板張りの家を作ったものの、そうした住居は北海道の厳しい寒さに耐える事ができず、結果的にチセを真似た住居に住んでいた和人の方が生存率は高かったらしい。

またアイヌたちは老人が亡くなった時は、カオマンテというチセを燃やす儀式を行い、死者を弔ったという。これはあの世に行く死者に家を与えるという意味があったそうだ。この儀式は1871年同化政策のもと開拓使によって禁止を言い渡され、また明治以降チセは建造されなくなっていった。

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奥に進むと、野外にはアイヌが外洋のために使用したとされる、イタオマチㇷ゚も展示されていた。この舟でアイヌは漁だけでなく、海を渡って交易なども行なっていたのだそうだ。イタオマチㇷ゚は1本の木からベースとなる舟底を削り出し、そこに波しぶきを防ぐための羽板やとも板、飾り板などを貼り付けて作り上げられたもの。造船に使える道具が限られているにも関わらず、このような優れた舟を作る技術があったことに驚く。 

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さて、外を見学した後は、いよいよサッポロピリカコタンの中へ。

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館内は地下に向かって進む構造になっており、展示室に向かう道にはアイヌの工芸品などが展示されていた。流線が美しいこのストリートギャラリーは、緩やかな川の流れをイメージして作られたのだという。

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展示の一部には、皮剥用の小刀「イリマキリ」と子供用の鹿の毛皮である「ユゥクㇽ」、手を守るために使用された手甲「テクンペ」に、狩りに行く時にすねあてとして使用されていたという「ホ」などがあった。アシパさんが使っていたものに似ている。

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また、狩猟や採集には欠かせない「マキリ」に女性向けの小刀「メノコマキリ」、女たちが代々受け継ぐ装飾品「タマサイ」も展示されていた。特に興味深かったのが「タラ」と呼ばれる荷物を背負うための縄。ニペと呼ばれるシナの木の皮を編んだ紐に、タリペと呼ばれる額当てのついた不思議な縄。これはアイヌたちが万が一熊に襲われた時に、頭を後ろに引けば即座に身軽になれようにと考えられた末の形状なんだそうだ。彼らの工芸品から、どのように狩猟を行い、生き延びてきたのかを知っていく。

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館内の奥にある有料の展示室の中には、狩猟道具を始め、衣類や食器などの生活用品、さらには育児用品や、楽器などといった多種多様な文化資料が展示されていた。

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その中でも一際目を引いたのは鮭の皮を用いて作られた「チェプケレ」と言う靴。アイヌにとって鮭とはカムイからの贈り物。そのまま食べるのはもちろん、干せば保存食にもなり、骨や軟骨、皮までも余すことなく使い切ることができる。それをまさに体現した靴だった。(館内の映像コーナーでは彼らが鮭を調理する過程を知ることができる。鮭の頭蓋にある軟骨をなめろうのようにチタタㇷ゚したものがとても美味しそうだった)

「どの部位をどのように使えば生活にとって最も役立つのか」と思考を巡らせ工夫を重ねて、1足の靴を鮭の皮から作る、その発想の柔軟さと豊かさ。アイヌの人々にとって自然とは制圧や所有の対象ではなく、あくまでも共生を念頭においた関係だったのだろう。

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そしてもう一つ印象深かったのが、このメノコイタ。現代におけるまな板とボウルを組み合わせたもので、来客用のいわゆるカッティングボードとしても利用されていたという。現代の生活様式にあってもおかしく無い、むしろ画期的な生活用品だ。

ちなみにこのメノコイタは、2020年東京五輪のライセンス商品としても販売されていたらしい。2022年4月現在、北海道で伝統工芸品として認められているのは二風谷イタと二風谷アットゥシの2つのみだという。

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館内にある化粧室でも、積極的にアイヌ語が使われていて勉強になった。「メノコ」は女性、「オッカヨ」は男性を指し、「ル」は便所という意味。

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内部にはチャヌプーウシ(情報コーナー)も設けられており、アイヌに関する書物や絵本などを読むことができる。この他にも館内には、アイヌたちの生活史を映像で見られる場所があり、アイヌの食文化や生活様式などを様々な媒体を通して学ぶことができた。*1こうしてアイヌに関する潤沢な資料に出会える喜び。それでも全て読みきることはできないので、気になったものはスマートフォンに書籍のタイトルをメモしていった。

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また、館内には「アイヌ神謡集」の作者、知里幸恵が残した<銀の滴降る降るまわりに 金の滴降る降るまわりに>と言う有名なフレーズが、一枚の大きな白紙にのびのびとした書体で記されていた。写真には収めず目に焼きつける。

そのまま作品の隣に掲載されている釈文の続きが気になったので「アイヌ神謡集」を開いてページをめくる。そこにはアイヌの言葉を心血を注いで残そうとした女性の、胸を打つような言葉がしたためてあった。*2

私たちを知って下さる多くの方に読んでいただく事が出来ますならば、私は、私たちの同族祖先と共にほんとうに無限の喜び、無情の幸福に存じます。

そう語る彼女のことを、彼女の言葉を、私は今日この時初めて知った。アイヌの両親から生まれ、類稀なる言語能力を持ち、同化政策の元で消えていこうとするアイヌと、そのユーカラを一冊の本としてまとめあげた知里幸恵。あの時代に、このような女性がいた。次に北海道を訪れるときは、登別にある彼女の記念館を必ず訪ねよう。そう心に誓った。

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続いて向かった先は、北海道開拓の村。チケット売り場はこの館内にある。建物の名前は旧札幌停車場。現在のJR札幌駅の先輩に当たる建物だ。

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ここに来るまで登ってきた階段を振り返ると、埋れて雪で出来たかのようになっていた。携帯していた簡易アイゼンがなければおそらく滑って転げ落ちていたに違いない。

そして驚いたのがその敷地の広さ。訪れるまでは江戸東京たてもの園ぐらいの規模感を予想していたのだが、なんと敷地面積は54.2ヘクタールとその約8倍。東京ドーム約11個分と、とても1日では回りきれない広さだ。村内の案内図を見て、呆気に取られてしまった。

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こ、こんなの今日だけで見れるわけがない!サッポロピリカコタンで時間を使いすぎてしまい、この時すでに時間は15時になろうとしているところ。閉館までは1時間半しかない。自分のリサーチ不足を呪いつつ、とにかく走って見るしかないと、ダッシュで回る。

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入ってすぐ左手には復元された開拓使札幌本庁舎が存在していた。これまで見てきた洋風建築とは異なり、上部には展望台が備え付けられている。ウー、じっくり見たい!

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そしてその向かいには、ゴールデンカムイの第50話「春雷」で殺人ホテルとして登場した旧浦河支庁庁舎があった。実物はパステルピンクの外壁にえんじ色のラインがアクセントになっていて、なんとも可憐な造り。ああ、中に入って見たい!

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そのまま左手の道に入り、北海道開拓の立役者となった福士成豊が住んでいたとされる旧福士家住宅、村民によって創建された旧雲龍寺、鰊建網漁で一財を築いた旧青山家漁家住宅などを急ぎ足で見ていく。

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さらに神戸から結社移民として入植したキリスト教徒たちのために建てられた旧浦河公会会堂、長野県出身の入植者たちが多く住む信濃開墾地に建立された旧信濃神社、大正末期にアメリカの様式に倣って建てられた旧小川家酪農畜舎なども息を切らしながら見る。
キリスト教神道に仏教と、北海道の入植者が自分たちの拠り所となる宗教建築を無作為に建てていった事がこれらの建物からもよくわかる。アイヌたちはこの建物を見て、いったいなにを思ったのだろう。

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しかし走れども走れども回りきる事ができない。走りすぎてみぞおちは痛いし、口の中は血の味がする。意図せず第7師団に追われて逃げ回る杉本の気持ちを味わえちゃったな、ハハ...と力なく笑っていると夫に励まされた。

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駆け足で回っていたはずなのに、時間はすでに閉館15分前を回ろうとしている。山村郡の建物を見る時間はさすがに無いと判断して、泣く泣く元きた道を引き返す。

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また農村群から市街地群に戻ってきた。足がちぎれそうになりながら、大正後期に建てられた旧山本理髪店、明治期に皇太子の行啓に合わせて煉瓦造りで建造された旧札幌警察署南一条巡査派出所、そして木造建築の病院として建てられた旧近藤医院をダッシュで見ていく。

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もう一歩も進めないくらい疲労しているが、出口まではもう少し。洋風事務所建築の特徴をたたえた旧開拓使工業庁舎、札幌軟石を外壁に用いた旧小樽新聞社、石川から小樽へと移住した人間によって経営された旧三〼河本そば屋を、足を引きずるようにして見ていった。

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最後は屯田兵として入植した来正策馬が、退役後に待合室兼旅館として開業した旧来正旅館。尾方が鴨を採ってきた場所でもある。振り返ると来た道にたくさんの旧建築が軒を連ねているのが見えた。建築の中に入るのを我慢して走り回ったのにも関わらず、まだ半分しか見れていない事実に愕然とする。

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ヘトヘトになって開拓の村をあとにすると、全身の汗が一気に冷えていくのを感じた。風邪をひかないように急げ急げと駐車場へと向かう。無事車に到着すると、夫がエンジンをかけながら「ここ、今度は夏場にリベンジしようよ」と言うので、ゼエゼエしながら「そうだね」と答えた。次に来るときは丸々1日時間をとってこよう。

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開拓村を出た後は、夫がサッポロビール博物館に連れていってくれた。「昔きた事があってね、見せたいと思っていたんだ」と言う。サッポロビール博物館の裏手にはショッピングモールのArioがあり、名古屋にあるノリタケの森を思い出した。(ノリタケの森には明治末期に建造された煉瓦造りの旧整土工場が残っており、その隣にはデカいイオンモールがあるのだった)

入り口には大樽が並んでいて、何か文字が書いてあるものの下段が雪に埋れていて解読できない。調べると、この大樽には「麦とホップを製すればビールという酒になる」と言う文字が書いてあるらしい。国産のビール作りという事業がいかに困難な挑戦であったのかが、この一文から窺い知ることができる。

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閉館10分前ということで資料館の中には入れなかったものの、外から見ているだけでも充分満足だった。星をかたどったステンドグラスに押上式の窓。開拓時代のトレードマークである五稜星も健在だ。レンガはイギリスで製造したものと、一部道内で製造したものが使用されている。現在は建物保存の観点から重要文化財の登録は辞退しており、サッポロビール自身が管理を行っているのだという。

ところでこの工場は、元は札幌製糖所の建物だった。元々は札幌で甜菜を育てて砂糖にする事業を始めるために建造したものの、蓋を開けてみれば甜菜に含まれる含糖率は著しく低く、価格が高い割に品質は既製品に劣っていたことなどから、徐々に経営は赤字となっていったそうだ。この経営難から株券の偽造などの不祥事が相次ぎ製糖事業は解散、結局ビール事業で儲かっていた札幌麦酒株式会社が工場を買収して現在に至るのだという。(なお、この黎明期における失敗は、のちの台湾製糖事業にて活かされることとなった)

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現在は工場内の見学ツアーなども開催しているとのことなので、次に札幌に来ることがあればぜひとも参加したい。心ゆくまで建物を眺めた後は、ガーデンショップでお土産とホテルで楽しむ用にサッポロクラシックと開拓史麦酒を購入。

ホテルへと向かう道すがら、運転する夫に「そういえば私が初めてサッポロビールを飲んだのは、大通公園のビアガーデンでなんだよ」と言う。毎年夏の北海道で開催される、まるでフェスのようなビアガーデン。そういえば昔、札幌出身の友人が「上京したてのとき、都内のビアガーデンがどれもしょぼいことがショックだったんだよねぇ」と言っていたことを思い出す。確かにこの規模感だと、都内のビアガーデンは箱庭のように見えるかもしれない。

そんな私を横目に「いいなぁ、俺も行きたいな」と夫が言う。あの晴れ渡った空の下で、大勢の人たちがビールを片手に賑わう光景を眺めながら、喉を鳴らして飲む黄金色のサッポロビールの美味しさを、いつか夫にも教えてあげたい。

 

 

 #5に続く

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注:本記事におけるサッポロピリカコタン内の写真は、事前に掲載許可をいただいております。無断転載、恣意的な引用は固くお断りいたします。

冬の北海道を巡る旅#3 旅の拠点はHOTEL NUPKA。平和園でジンギスカンを食べ、帯広の夜を過ごす

やっと帯広に着いたのは夕方6時半を過ぎた頃。今回宿泊する場所はHOTEL NUPKA(ヌプカ)のHanareと言う施設。前身のホテルみのやが2012年に廃業されたことをきっかけに、地元の出身者らが建物を引き取ってフルリノベーションを施し、新しい宿泊施設として立ち上げたローカルホテルだ。

リノベーションを手掛けたのは、HOTEL CLASKAなどを手掛けたUDS株式会社。町の人たちに長年愛され続けてきたホテルみのやの外観はそのままに、よりシームレスにホテルが街と繋がれるよう宿泊兼ハブとしてデザインされているのが特徴だ。ヌプカとはアイヌ語で原野という意味で、帯広で暮らす人々や旅行者が集える施設になるようにとの願いが込められている。

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提携している駐車場に車を止めて、早速HOTEL NUPKAのロビーでチェックインを済ませる。入り口のドアを開けると、皮張りのベンチに一枚板のテーブル、そして奥には薪ストーブも置いてあった。

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入って右に進むと、ホテル内にあるカフェバーとフロントがあった。このカフェバーでは、十勝で収穫した食材を使った料理とクラフトビールを提供しているとのこと。とりあえず街を歩く前の1杯を飲むのに良さそうだ。

フロントでチェックインの手続きを済ませ、ついでに部屋で飲む用のクラフトビールを1本購入した。受付のお兄さんにお礼を言ってカードキーを受け取り、部屋のあるHanareへと向かう。

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今回宿泊するHanareはフロントがある建物から歩いて5分ほどのところにある。HOTEL NUPKAはゲストハウスのような造りなのに対して、Hanareは全室個室でゆとりのある間取りが特徴だ。ひとり旅ならNUPKA、二人以上ならHanareという風に使い分けても楽しいかもしれない。

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入り口は18時を過ぎると施錠されるので、フロントで手渡されたカードキーで開錠する必要がある。この他に部屋があるフロアの入り口、そしてもちろん部屋にも開錠が必要な箇所があり、全体的にセキュリティがしっかりしている印象を受けた。

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Hanareのロビーに入ると、間接照明が効いたおしゃれなロビーが現れた。こうして見るとHanareのロビーはNUPKAと比べてコワーキングに特化した造りになっている。もちろん利用できるのは宿泊者のみだ。

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ソファスペースは足元にコンセントの挿し口があり、席の感覚もゆったりしていた。気分を変えてパソコン作業をしたいとき、2人以上で黙々と作業をしたい時に良さそうだ。

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ロビーに入って左手にはカプセルオフィスもあった。防音仕様なのでワーケーション中に会議や打ち合わせが入った時に良さそうだ。ワーケーションが流行って久しいけれど、こうした設備を置いているホテルは見たことがなかったので驚いた。

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また、入って右側には観光向けの情報が掲示されていた。旅先のタウン誌などが好きな人間としては、これはかなりうれしい!

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ラックにはホテルがおすすめする帯広市内の観光情報が並んでいた。どれもガイドブックには載っていないようなローカルな情報ばかりでありがたい。

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ラックの上には十勝地方の生活情報をまとめたフリーマガジン、Chaiのバックナンバーも置いてあった。地域に根差したスーパーマーケットから、十勝で作られている美味しいクラフトビール、その土地で愛されているお菓子の話、または帯広の銭湯めぐりのススメなど、街で楽しく暮らすための情報が盛り沢山だ。その土地で暮らす人たちの視座を知ることができるような情報が満載で、読んでいるだけでワクワクする。

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壁面には十勝地方の地図がポップなイラストで描かれているのもいい。さっき通り過ぎてきたところ、明日いくところ。今度きたら行ってみたいところなどを、地図を見ながら妄想する。

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少しロビーでのんびりした後は、エレベーターに乗って今日泊まる部屋へと向かう。エレベーターを降りると目の前に自転車が置いてあった。雪が溶けて晴れた日には、この自転車に載って街を散策することもできるらしい。

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今回泊まる部屋はスタンダードダブル。白とグレーをベースに、ブラックとウッディなアクセントを聞かせた内装がとても可愛い。ベッドの上にある寝巻きは上下セパレートタイプ。あの浴衣みたいなテロンとした上下一体の寝巻きが苦手なので嬉しい。肌触りもよく、くつろいで過ごすことができた。

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ベッドの左右には小さな読書灯と、物をおける台があるのもいい。本を読むときはこの台に積んであれこれ読み耽った。

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ちなみにベッドの正面には49型とワイドな液晶テレビがあり、HOTEL NUPKAの楽しみ方や、インフォメーションなどを読むことができる。もちろんミラーリングも可能だ。さらに室内にあるケーブルを使えば、PCとテレビをつないで仕事をすることもできる。

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またテレビの下にはホテルのスタッフがセレクトした本が置いてあった。不思議なラインナップだけれど、どういうコンセプトで選ばれているのだろう。

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洗面所は独立式でバストイレは別。洗面所前には引き戸がついているので、着替えなどをするときは閉めておけばベッドルームからは見えない。このタオル掛けのアイアンがとても格好よくて、家にも導入したいなぁと思うなど。

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ドライヤーはサロニア。今回初めて使ったけれど、コンパクトな見た目の割に意外と風量があって、思いの外よく髪が乾いた。アメニティはコットンセットに歯ブラシ、髭剃りにヘアブラシと、必要なものはだいたい揃っている。ただしスキンケア用品はないので要持ち込み。

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よく見ると洗面台の壁面は小さなタイル張りになっているのも可愛い。同じ色味で統一しつつ、質感を変えることで空間にメリハリがついていた。このアプローチは尾道のLOGでも取り入れられていたはず。

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部屋には浴室はなくシャワーのみ。HOTEL NUPKAには限られた部屋を除いてほぼ浴槽がなくシャワーのみ設置されている。これは帯広が温泉を誇る街なので、宿泊客が外で湯船に浸かってくることを想定してなのだろう。

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そして嬉しいことにシャンプー・コンディショナーとボディソープはプレディア。KOSEのスパラインで、これで洗うと肌がすべすべになった。ちなみにシャワーヘッドはINAX。水圧もよく、角度を微調整できるのもありがたかった。つくづく水回りのアメニティが気の利いたものだったり、ストレスフリーな工夫がされていると、ホテルに対する満足度がじわじわ上がることを感じる。

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ベッド脇の入り口付近のスペースは、加湿付き空気清浄機とゴミ箱、スリッパに冷蔵庫、ハンガーにミニバーなどがついていて、必要なものは一通り揃っていた。

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さらに引き出しの中には金庫と、PCとテレビを接続するためのケーブルもあった。こんなにコンパクトな空間なのに、痒いところに手が届く工夫があちこちにされていることに驚く。

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ミニバーには珍しい和紅茶や煎茶、そしてオリジナルブレンドのコーヒーなどが並んでいて、どれを飲もうか迷ってしまう。かなり良いラインナップで、お茶好きとしてはテンションが上がりまくりだった。

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早速シナモンが入った和紅茶を飲む。冷えた身体にじんわりしみる。美味しいので調べてみると、静岡の飯塚園というところが作っているらしい。紅茶を飲みながら、今夜の晩ご飯について夫と話をしていると、どうやらこの近くにジンギスカンを食べられる焼肉屋があるようだ。そういえば昔、帯広出身の元上司が「帯広で食べるジンギスカンだけが本物!あのぺらぺらの肉をジンギスカンだと思ったら大間違いさ!」と豪語していたことを思い出し、真相を確かめるためお店に向かうことにした。

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お店の名前は「焼肉 平和園」。店を探して慣れない雪道をヨタヨタと歩いていると、一際目立つネオンサインが現れたので、迷わずたどり着くことができた。

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お店の入り口には暖簾がかかっていて風情がある。「ジュ〜ッと北海道」という枕詞もいい。こういうお店は絶対に美味しい。期待に胸を膨らませて店の中に入ると、係の女性が待合室に案内してくれた。

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待合室として案内された場所は、趣がある噴水が鎮座した広場のようなところだった。まさか焼肉屋にこんな場所があるとは思わず驚く。テーマパークに来たようなワクワク感を感じながら、目の前にあるベンチに腰掛けて待つことにした。中では金魚たちが気持ちよさそうに泳いでいる。のんびり待っていると、目の前の個室のふすまが開いて、上機嫌になったおじさんたちが出てきた。

そのうちの一人と目が合い「どうも、長居しちゃってごめんね!」と言われたので、いえいえと返す。「どちらからいらっしゃったんですか」ともう一人のおじさんに聞かれたので「東京です」と言うと「そうなんですね!帯広、いいところでしょう!」と笑顔で返された。謙遜せず、自分の街をいいところでしょうと言い切れるところに、土地への愛着を感じる。「はい、とてもいいところです」と言うと「楽しんでいってくださいね」と微笑んで去っていった。前のペンションのおかみさんといい、帯広のひとといい、みんな雪国の人とは思えないくらいよくしゃべるし、ひとなつっこいなぁ。

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おじさんと入れ替わるように係のお姉さんが現れ、個室へと案内された。2畳半くらいの小さな部屋にはガスコンロを囲むようにして机があり、まるで秘密基地のような空間だ。

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メニューはジンギスカンや焼肉を中心に、スープやおつまみ、サラダにご飯ものと、とにかく充実している。盛り合わせや定食などもあり、おひとりさまや子ども連れにも優しい。

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本当は焼肉とビールで一杯やりたいけれど、明日の朝も早いので、この日は烏龍茶と一緒に楽しむことにした。この可愛い羊は平和園オリジナルのマークらしい。

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味のあるアルミプレートと共に運ばれて来たのは、特上ジンギスカン。確かに身が厚い!聞いたところ、平和園のジンギスカンは一枚一枚を手作業で切り分けしているらしい。そして何より美味しい!マトンの臭みが抑えられていて、肉質は柔らかい。元上司の言っていたことは本当だった。帯広で出会うジンギスカンこそ真のジンギスカンなのだ。

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こちらはタン。きれいな色で鮮度の良さが窺える。

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そして夫が好物のハラミも頼んだ。すでにフロアは熱狂に包まれている。

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そして焼肉にはやっぱりサンチュ。夫にサンチュ過激派と呼ばれるくらい好きなのだが、平和園のサンチュは萎びているのが一つもなく、みずみずしくて新鮮だった。薬味で白髪ネギが添えられるのも嬉しいし、つけだれも甘辛で美味しい。

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キムチ、カクテキ、オイキムチのキムチ盛り合わせもしみじみうまい。箸休めについつい摘んでしまう。

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寒くてたまらなかったので、思わず頼んでしまったユッケジャンスープも抜かりない美味しさ。具沢山で見た目に反して程良い辛さ。コクもあってじわーっと胃袋にしみていった。

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テーブルの上はもはやちょっとしたパーティだ。机の上にズラーっと並んだ肉を焼いてはうまいうまいと食べる夫を見ていると気持ちがいい。

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肉を焼く間、今日までの旅の思い出をのんびり振り返る。鍋や焼肉をするときの、この何かをしながら徐々に会話に花が咲いてく時間が好きだ。最近は忙しくて焼肉もできておらず、夫とこうして過ごすのは久しぶりだなと嬉しくなった。

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帰り道、夫がコンビニに寄りたいというので、一緒にホテルの近くにあるセコマへと向かう。中に入ると道民と思しき人たちが、コートのフードをかぶったままでいるのが印象的だった。おそらく何度もかぶったり脱いだりするのが面倒なのだろう。かくいう私たちもフードをかぶったまま商品を選んでお会計までしていた。

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ホテルの部屋に戻る途中、ロビーにあった気になる情報誌などをもらってきて、部屋で緑茶と一緒に楽しんだ。美味しいお茶を一口飲むと、冷えて縮こまった体がフーッとほぐされていく。

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夫はホテルオリジナルのクラフトビールを楽しんでいた。一口だけ飲ませてもらう。ピルスナーのふくよかな香りと爽やかな余韻が心地よく、まったり過ごしたい時にちょうどいい味だった。

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シャワーを浴びた後は、ベッドに転がって持ってきた本を読んだり、ゴールデンカムイを見たりと気ままに過ごす。久しぶりに仕事から離れて何もしない週末が嬉しくて、横にいる夫に何度も「こういう週末が人生には必要なんですよ」と絡んでは鬱陶しがられていた。

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朝、目覚めてチェックアウトの準備をし、フロントへと向かう。チェックアウトを済ませると、無性に誰かが淹れてくれたコーヒーが飲みたい気分になったので、ドリップコーヒーをテイクアウトすることにした。

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カウンターにはホテルに展示されているアート作品の解説があったので、コーヒーを待ちながら読む。あたりにはコーヒーのいい香りが漂い始めた。

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できましたよー、と声をかけられていそいそとカウンターでコーヒーを受け取る。お世話になったお礼を言って外に出ると、コーヒーのいい香りに誘われて思わずひとくち飲んだ。美味しい。深入りの香ばしい香りと、冴え渡るような苦味に寝ぼけ眼が少しずつ開いていく。朝の冷えた空気の中で飲む淹れたてのコーヒーって、どうしてこうも安らぐんだろう。

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ありがとうヌプカ。とてもいい宿泊体験だった。土地と観光客を結びつけて、そこで暮らす人々への理解を深めるようなホテル。おかげで小都市帯広のことを、この短い滞在ですっかり好きになってしまった。今度来たら温泉にも入りたいし、街のスーパーで買い物をしたり、十勝晴れの日は公園でのんびり読書をしてみたい。

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ホテルから出て駐車場にいくと、可愛らしい足跡があった。小さきものも、必死にこの土地で生きているのだと思うと、なんともいえない気持ちが込み上げてくるのだった。

#4に続く

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冬の北海道を巡る旅#2 羅臼にて流氷ツアー、オオワシ・オジロワシに出会う

2日目の天気は晴れ。今日は事前に予約していた流氷ツアーへと向かう。ペンションでチェックアウトを済ませて出ようとすると、おかみさんに「よかったら牧場から届いた搾りたての牛乳があるから飲んでいってください」と呼び止められた。

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せっかくなので、ペンションの食堂で牛乳をいただくことにする。朝日の光が燦々と射して気持ちがいい。

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「この前が暖かいからどうぞ」と通された席の前には薪ストーブがあった。熾火になった火を眺めていると落ち着く。顔に熱を感じていると「最近やっと暖かくなってきたので、もうそろそろこれもおしまいにしようと思うんですけどね。でも暖かくなってきたと言っても、マイナス2度とかなんですけど」とおかみさんが言う。道民ジョーク(?)に思わず笑ってしまった。

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ぬくぬくと暖まっていい気持ちになっていると、マグカップに注がれた牛乳が運ばれてきた。ひとくち飲む。ひんやりとしたミルクが、起き抜けのぬるい身体に染み渡っていく。「甘くて濃くて、とっても美味しいです」と言うと、おかみさんが「でしょう!」と微笑んだ。

お礼を言って出ようとすると、「今日はどちらへ?」と尋ねられたので「羅臼のほうで流氷を見ようと思っているんです」と返す。「それなら途中に武佐山とか、綺麗な山並みが見えるはずですよ」と教えていただいたので、お礼を言ってペンションを後にした。

ペンションの駐車場へ行き、車にエンジンをかけていると、なぜか夫がなかなか戻ってこない。15分ぐらい経っただろうか。戻ってきた夫に何をしていたのか尋ねると、これだよ!と写真を見せてもらった。

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エゾリス!一緒に見たかった、と言うと「すぐ逃げちゃったから...」とのことだった。しばらく戻ってこないか粘ったらしいのだが、ダメだったらしい。想像していた姿より筋骨隆々としていて、可愛いと言うよりたくましい見た目をしている。

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ペンションには宿泊者のひとことノートがあり、ここでシマエナガを見たと言う報告もあったので、運が良ければ野鳥も観察できるのだろう。うらやましがりながら、ペンションを後にして食料の調達へと向かう。

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着いた先は「パンと珈琲のこうば」と言うお店。ペンションで出会った札幌出身の女性が、いくならぜひと勧めてくれたのだった。

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店の軒下には小さな雪だるま。可愛らしい店員さんの出迎えに和む。

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店内に入ると、ハード系のパンから食パン、惣菜パンに菓子パン、そして焼き菓子などがずらりと立ち並ぶ。こんなにたくさんのパンにお目にかかるのは久しぶりで、どれを選んだらいいか迷ってしまった。

ちなみにここのパンに使われる小麦は、すべて地元の農場から取り寄せたものだという。北海道は涼しい気候と降水が少ないことで、小麦を栽培するのにうってつけらしい。北海道産小麦と言う漠然としたイメージが、農家さんの名前を知ることで身近なものとなっていく。

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店内奥にはイートイン・スペースがあるものの、現在は感染症対策のため休止中。「本当はこの景色を見てゆっくりしてほしいんですけどね」と店員さんが言う。本来はこのパン屋自体も、カフェをやるつもりで始めたらしい。飲み物のテイクアウトはできると言うことで、私はドリップコーヒーを、夫はチャイを頼んだ。

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飲み物は出来上がりと同時に車まで持っていくとのこと。待っていると次々にお客さんがやってきて、気がつけば私たちだけだった駐車場は満車になった。お店から店員さんが飲み物を持ってきてくれる姿が見えたので、車を降りて受け取りに行く。淹れたてのコーヒーはキレのある苦味と、ふくよかな豆の香りが印象的な、朝にこれを飲めたら何もかも万事うまくいくと思うような味だった。

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お店を出て羅臼へと車を走らせていると、美しい山が見えた。ペンションのおかみさんが言っていた武佐山だ。なんてきれいなんだろう。助手席にいる夫に「お願い、撮って!」とせがんで写真に収めてもらった。日常生活の風景に、こんなに素晴らしい山があるなんて。今度ペンションに行ったら、おかみさんにお礼を言おう。

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そのまま車を走らせていると、次第に海が見えてきた。海沿いの道をひたすら走ってゆく。遠くに陸地が見えるので「あれが羅臼なのかな」と言うと、GoogleMapで調べていた夫が「ううん、あれが国後島みたいだよ」と言った。国後島ってこんなに目と鼻の先にあるのか。こうして旅に出ると、知っていると思っていたことが知っていたつもりだったことに気付く。

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そのまま車を走らせていくと、ようやく羅臼までたどり着いた。こぢんまりとした漁港の背後には峰々が連なっている。こんなに格好いい港は初めて見た。そのまま予約していた「知床ネイチャークルーズ」で受付をすませ、時間までは道の駅でぶらぶらして待つ。

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道の駅には小学生が作ったと思しき観光案内や手作りの新聞などがあり、貴重な情報として読ませてもらった。そのあとはお土産を買い、羅臼昆布と雲丹を自宅用に送った。(後日、羅臼昆布で引いた出汁があまりにも美味しくて「もっと買えばよかった...」と後悔したのだった)

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乗船の時間が近づいてきたので、また港へと向かう。待っていると、かもめやウミネコ、ヒメウなどが気ままに泳いでいる姿が見えた。のどかな港だな。ぼんやりしていると乗船が始まったので、慌てて船へと向かった。

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乗ってしばらくすると、出発のアナウンスが流れた。船着場からゆっくりと船が離れていく。船はどんどん沖へと進み、漁港が遠ざかっていった。また戻ってこれるはずなのに、なぜだか寂しい。

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体に感じる波の揺れ、船が切り裂いていく水しぶきの音。少し進むと、溶けて小さくなった流氷が現れてきた。港の中にはあまり大きな流氷は入ってこないものの、それでも幾ばくかはこうして流れ込んでくるらしい。

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船はさらに沖を目指す。驚いた水鳥たちが羽音を響かせて飛んでいく。漁港の入り口近くまで来ると、さっき見たものよりも大きな流氷が多く漂っていた。「これから少し揺れますので、注意してくださいね」と言うアナウンスが流れ、船内には緊張感が走る。海に落ちてしまったら、と一瞬想像してゾッとした。思わず手すりを握る手に力が入る。

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沖に出ると、これまで見てきた倍以上はある大きさの流氷が、あちらこちらに浮かんでいた。この流氷群はロシアのアムール川の河口付近で生まれ、そのまま流れ着いたものらしい。

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プランクトンを豊富に含んだ海の色に、まっしろな流氷が浮かんでいる。色合いのコントラストが冴え渡る。その美しさに思わず目的を忘れてしばし見惚れてしまった。世界には私の知らない海がたくさんあること、そしてその海で暮らしている人たちがいることを、流氷を眺めながらぼんやりと考える。

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しばらくして船内にオオワシオジロワシの群れがいる場所に着いたと言うアナウンスが流れた。外を見ると確かに大きな鳥のシルエットがぽつぽつと見える。さらに船はどんどん進んでワシたちの群れの中へ。

近くにいた船員さんが餌やりの準備をしているのを見かけたので気になって聞くと、羅臼では観光船がワシに餌やりをする場合は、漁港で取れた内臓のないものに限って許可されているとのことだった。1980年にスケトウダラが大量に採れた際に漁師たちが余ったものを投げていたところ、そこにワシたちが群がるようになり、1990年代から現在までその関係が続いているらしい。

現在では観光目的のために餌遣りがされている側面があり、2015年頃からは生態系への影響について議論されるようになったと言う。今後徐々に餌やりの頻度は減らして、いずれは餌やり自体もなくしていく方針らしい。

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しかし、初めて見るオオワシはやはり美しかった。北半球では最も大きい猛禽類らしく、羽を広げた姿は空を覆うかのようで、アイヌ語の「カパッチカムイ」を思い出す。オオワシが飛行からホバリングをして着氷する時は、風を切る音と羽ばたく音がこちらにも聞こえてきた。

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静かに佇んでいる姿もいい。夕陽色の嘴と琥珀色の瞳、雪のように白い羽と、墨汁のような羽の濃淡が美しく、神様が一枚一枚を丹念に拵えたかのようだ。

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ゆったりと構えている様子は鳥類の王者のような風格。アイヌの物語*1では、美丈夫の姿で現れたワシの神様が、人間の女に恋をする話などもあったらしい。

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そしてこの日はオジロワシにも出会うことができた。小さい頃にレッドデータブックを見て以来、憧れ続けてきたオジロワシ森林伐採による住処の減少や、河川や海の汚染によって個体数が減少傾向にある希少種だ。また、近年では狩猟されたエゾシカの死肉を食べる際に、鉛弾を誤飲することで中毒死したり、風力発電施設などへの衝突事故、マナーの悪いカメラマンによって営巣環境が脅かされている事態も報告されている。

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ああ、しかしこの羽の美しいこと。放射線状に広がる翼、鋭い嘴と鍵爪にただただ圧倒される。羽は秋の落ち葉を集めたような茶褐色のグラデーションでできていた。

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餌を食べている時の、この鋭いまなざし。思わず食べられる側の気持ちになり、船の上にいられることにホッとする。

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周囲にはカラスがおこぼれを狙って飛び回っているので、個体によっては離れたところで食事をするものもいた。しっかりと獲物を爪で押さえ込んで啄んでいく。

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船からはこのように、オオワシオジロワシが共にいる姿も見かけた。意外にも餌をめぐって喧嘩をしている様子はない。あるいは私がわからないだけで牽制しあっているのだろうか。どちらかと言えば、カラスが欲を出してワシたちにモビングをかけ、その度に威嚇されている姿を何度もみた。

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ちなみにオジロワシアイヌ語で「オンネウ」と言い、老大なるものと言う意味があるらしい。威風堂々と空を舞っているオジロワシを見ていると、見ているこちらの心を重ねて一緒に飛翔していけるようだった。

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そうこうしているうちに、あっという間に1時間が経った。時間になったので、船は港へと引き返していく。この日はNHKの取材班も入港しており、我々が乗る船とすれ違っていった。船内から誰かが「オーイ」と言って手を振ると、向こうも小さく手を振り返した。

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そうしている間にも、どんどんワシの群れが遠ざかっていく。その姿が豆粒くらいの大きさになっても、ひたすらに彼らを目に焼き付けようと見つめ続けた。これからまたカムチャッカの方へと渡っていくであろう鳥たち。あの力強い翼の羽ばたきを、次に見られるのはいつになるだろう。こうして撮りに来たことは私のエゴで、少なからず彼らの生態系に関与してしまっていると言うのに、やはりまた何度でも見たいと思ってしまうのだった。

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気がつけば船が港へと入っていくところだった。今朝見た漁港がどんどん目の前に近づいてくる。沖に出たのは1時間だけだったのに、何だか陸にいたことが遠い昔のことのように感じられた。陸地が近づいてくることに安堵感を覚える。タラップを降りると、やっと地面に足がついた。それでもまだ身体は波のように揺れていて、海の上にいたことを忘れられないような、不思議な心地だった。

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羅臼をあとにして、次の目的地である阿寒国際鶴センターへと向かう。今朝買ったパンを頬張りながら、広大な平原に降り積もった雪に、夕日が木々の影をゆらゆらと落としていくのを眺めていると、いつまでもドライブしていたいなとすら思う。そうしてしばらく車を走らせていると、ふと視界の隅に何か動くものが見えた。

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車を止めると、木の上に猛禽類のような鳥がとまっているのが見える。何の鳥だろう?気になって手元の携帯で調べようとしていると、助手席にいた夫が「あっ!」と声を上げた。

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キタキツネだ!噂には聞いていたけれど、蜂蜜のような毛並みに、つぶらな瞳が何とも愛らしい。しばらくこちらを見ては遠くへ行き、また振り返っては歩みを進める。追いかけてこないのを確認しているようだ。そうしたことを繰り返して、とうとうキツネは雪の中へと消えていった。その間にあの鳥もいなくなってしまい、結局何の種類なのかわからずじまいだった。

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そうして車を走らせること、約3時間。やっとたどり着いた阿寒国際鶴センターに入ると、受付のお姉さんに「さっき鶴たちが寝床に飛んでいってしまったばかりなんです。一応保護した子などは見てもらえるんですけど、それでもよかったら」と声をかけられた。ここまで来たらせっかくだし、と言うことで館内のビオトープと保護施設を観察させてもらうことにする。中に入ると、運よく2羽のつがいがビオトープ内でじゃれあっていた。

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しばらく眺めていると帰巣の時間になったのか、二羽が首をもたげた後、大きく羽ばたいて月明かりが照らす方角に向かって飛び去って行った。初めて見る鶴の飛翔する姿に口をあけていることしかできない。こんなに美しいなんて。

彼らはアイヌ語で「サルロンチ」または「サルルンチカムイ」と呼ぶ。意味は湿地にいる鳥。明治に入植者たちによって開墾が進められ、湿原の減少が起因となってその数は減少したものの、民間人が独自に給餌に成功したことがきっかけで、数を増やすことに成功し、現在の保護活動に至ったのだという。

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近くの木々にはヒヨドリもいた。ピィーピィーとさえずるたび、しんとした世界に鳴き声だけが響いていく。早く春がきて、お前が好きな蜜をたっぷりと含んだ花々が咲いてくれるといいね。

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鶴センターを出ると、空にはぽっかりと白銀の月が浮かんでいた。このままここにいたい気もするけれど、目的地の帯広まではまだまだかかる。とは言え2日目の道東移動ですっかり距離感が狂ったのか、夫に「ここから帯広までって意外と近いんだね」と言うと「近いの基準がおかしくない?」と突っ込まれたのだった。車のスピーカーからは、示し合わせたかのようにTHE SIXTH LIEの融雪が流れていく。

 

#3に続く

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冬の北海道を巡る旅#1 2年ぶりのフライト、セコマで昼食、そして網走監獄へ

ずっと冬の北海道に行ってみたかった。夏には行ったことがあるものの、冬の北海道には行ったことがない。冬の北海道に行きたい理由はいくつかあって、そのうちのひとつが流氷を見たいからだった。

感染症が流行ってから旅行に行けるタイミングが限られてしまい、指をくわえて北海道を思い続けていたこの2年間。もうこれを逃したら来年の冬まで北海道に行けないかもしれない。そう思って、4日間の旅程で冬の北海道へと飛び立つことに決めた。

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当日は楽しみすぎて、目的地にだいぶ早く着いてしまった。久しぶりの羽田空港はあまり変わっていなくて、浦島太郎のような気持ちになる。ゲート内には有名でなかなか手に入らない「バターのいとこ」の専門店ができていた。出来立てのバターのいとこが買えますよ、という呼びかけにつられて1枚だけいただく。まだまだ時間があるので、ラウンジでのんびりして出発時間まで待つ事にした。

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第二ターミナルのゲートをくぐって、お気に入りのラウンジへと向かう。北ウイングのエスカレーターを昇った先にあるラウンジは、ゆったりとした空間で見晴らしもよく、晴れた日は飛び立つ旅客機を間近で見ることができる。ふかふかのソファ席に座ってトマトジュースを飲み、リチャード・シドルの『アイヌ通史』を読んでいると、これから北海道に行くんだなという静かな実感が湧いてきた。搭乗口を抜けて、飛行機に乗ると、いよいよ気持ちが高まってくる。離陸直前に身体にかかる重力も懐かしく、飛び立ったときはフワフワとした心地だった。

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遠ざかっていく窓の外の景色に、まるで初めて飛行機に乗った子どものようにはしゃいでしまう。ウィリアム・エグルストンのオマージュみたいな写真を、飽きることなく何枚も撮った。

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眼下に見下ろす関東平野。普段こういうところで私たちは生活しているんだなと、不思議な気持ちになる。

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しばらくすると、美しい峰々が見えてきた。雪を被った山脈の荘厳なうつくしさ!前の席の親子が「見て見て!」「きれいだね!」と話している様子が聞こえてくる。

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次第に興奮も落ち着いてきたので、機内誌に手を伸ばした。AIR DOが発行している機内誌rapora(ラポラ)は、ローカルな情報が満載で密かなお気に入り。久しぶりに手に取ることができて嬉しい。雑誌をめくって気になったお店や観光地などは、そのままスマホにメモしていく。

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しばらくすると、飛行機が北海道上空に差しかかったという機内放送が流れた。窓の外を見ると、少しずつ雲の中に入っていくところだった。

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飛行機はぐんぐん高度を下げていく。もう少しだけ空にいたい気持ちと、早く降りたい気持ちがない混ぜになる。窓の外にはただただ広がる雪原。まっすぐに伸びた道と、整然と並ぶ木々に、あぁ北海道に来たんだなぁという実感がこみ上げてくる。その後、アナウンスが流れて飛行機は着陸態勢に入った。

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やっとたどり着いた安堵感に包まれてターミナルに降りると、”MEMANBETSU”の文字が見えた。女満別という地名はアイヌ語の「メマンペッ」または「メムアンペッ」が由来だという。意味は「冷たい川」または「泉池のある川」。今は整備してわからないが、昔このあたりは湿地帯だったらしい。

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空港で荷物を受け取った後は、ゲートの外にあるレンタカーの受付で予約名を告げて、送迎バスに乗る。外に出ると、あちこちに立派なつららができていた。担当の人が「今年はよく道が凍っているので、スリップに気をつけてくださいね」と言う。事務所に熊出没注意のポスターがあったので「この時期も熊って出るんですか」と聞くと「この間、根室の方で目撃情報が上がったみたいですね。見たら近づかないで逃げてくださいね、前に車ダメにされちゃったんで」という回答が返ってきた。やや緊張しながら車の確認を済ませていざ出発。

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広大な平野に降り積もった雪がどこまでも広がっていく。まっさらな雪道の上には、生き物の足跡がてんてんと続いていくのが見えた。気がつくと時刻は昼の12時だった。さすがにお腹が減ったので、目的地に向かう途中で見かけたセイコーマートで昼食を買うことにした。

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北海道出身の友人が「セコマのホットシェフはうまいよ」と言っていたのを思い出して、ハーフサイズのカツ丼を買う。蓋を取るといい香りがただよった。腹が減っては旅ができぬ。柔らかめのご飯にあまじょっぱい卵とカツのしんなりした衣は、慣れ親しんだお惣菜の味でホッとする。ちなみに道民の人たちはセイコーマートをセコマと呼ぶらしい。気づくと旅の終わりには、すっかりその愛称で呼ぶようになっていた。

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そのまま車を走らせて網走へ。走っても走っても雪原が続いていく。途中、ワカサギを釣りをしている人たちを見かけた。のどかな光景に目を細める。

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そうして20分ほど車を走らせると、目的地である網走監獄のゲートが見えてきた。駐車場に車を停め、そのまま博物館へと向かった。

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少し歩くと、小高い丘の上に見張り台があった。これは高見張りと呼ぶらしい。悪いことをしているわけではないのに、なぜだか緊張してしまう。

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そのまま博物館へと続くスロープを登っていく。坂が凍っていて滑るので、慎重に体重をかけて踏みしめていった。

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スロープを上り切ると鏡橋と呼ばれる橋までたどり着いた。隣の看板にはこの橋の説明が書かれている。

網走刑務所の囚人は皆、収容される時も出所の時も、刑務所の外堀に沿って流れる網走川に架かる橋を、必ず渡らなければなりません。「川面に我が身を映し、襟を正し、心の垢をぬぐい落とす目的で岸に渡るように」と、誰とはなしに鏡橋と呼ばれるようになりました。

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網走監獄は廉価な労働力を集める目的で建てられた側面もあるので、この説明文は監獄側の見方が入っている気もするけれど、それはそれとして橋を渡らせて「あちら」と「こちら」をゾーニングする設計は感じるものがある。周囲を川が囲んでいるのも、脱獄を阻止するのにちょうどいい地形だったのだろう。

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そのまま橋を渡ると、目の前には網走監獄の門がそびえたっていた。奥にあるレンガ造りの建物が当時の正門になるらしい。中に入るため門の左隣にあるチケットセンターへ行き、入場料金を支払っていざ網走監獄へ。受付のお姉さんに「気をつけていってらっしゃい」と声をかけられ、そうだ、別に収監される訳ではないのだとハッとした。

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中に入ると、目の前にそびえたつ煉瓦造りの正門に圧倒された。堅牢で威風堂々とした佇まい。左右に設置されているドーム屋根の詰所と、アーチ型の入り口にはリズム感もあり、優美さすら感じされる。網走監獄という看板さえなければ、どこかの博物館の入り口だと言われても信じてしまいそうだ。ちなみに向かって右側の部屋は面会人待合室、左側は看守控え室として利用されていたらしい。

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焦げ茶色の煉瓦は、入り口のコンクリートの柱と連動していて美しい。ちなみに目の前に立っている看守はマネキン。遠目から見ると人間に見えたので、気がつかずに挨拶をしてしまった。

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そのまま正門をくぐると、目の前に庁舎が現れた。庁舎は全体がグレイッシュブルーで統一されていて、清廉として上品な印象を受けた。人々はここを「最果ての不夜城」と読んでいたらしいが、こうして見ると「最果てのシルバニアファミリーの家」の方がしっくりくる気がしてしまう。旭日章の入った破風がなければ、それこそアメリカ南部にあるコロニアル様式の建築だと思ってしまいそうだ。

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しかし一見洋風の建物でも、よく見ると和洋折衷な作りになっていることに気付く。押上式の窓に、下見板張の壁。擬洋風建築の系譜を感じる作りは、いかにも明治初期の建築という風情だ。和と洋の建築技術がうまく融合していて、モダンさすら感じる。

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さらに庁舎内に入ると、網走監獄に関する資料の展示と、お土産売り場が設けられていた。お土産売り場には、ゴールデンカムイに因んだお菓子だけでなく、北海道の受刑者たちが作った刑務作業品も数多く販売されていた。また庁舎には典獄室もあり、室内ではゴールデンカムイにも登場した犬童典獄が館内を説明する動画が流れていた。

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そして館内には、ゴールデンカムイに登場する囚人、白石由竹の色紙が!白石!白石じゃないか!予期せぬ推しとの遭遇にテンションが上がる。網走監獄の囚人には白石由竹のモデルになった人物がいたらしく、作者の野田サトルは2017年に取材に訪れていたらしい。うーん、この憎たらしい顔。可愛いぜ。

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さらにお土産売り場の奥に進むと、こぢんまりとした休憩スペースも設けられていた。カーテンボックスや、漆喰風に塗られた壁面はまさに西洋建築そのもの。日本が先進国にも恥じない人権意識を持ち、人道的な施設を運営していることをアピールする目的もあったのだろう。庁舎だけで見応えがあり、この時点でだいぶ時間を使ってしまったので、他の施設へと急いで向かう。

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外に出て監獄へと向かう途中、雪で作った懲罰房風のかまくらがあった。シュールすぎる。網走監獄の学芸員さんはいったいどんな気持ちでこれを作ったんだ...

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ちなみに実際の懲罰房(独居房)は、もっと入り口が狭く、窓もない空間だった。煉瓦の厚みは40cmにもなるという。外の音も聞こえず、暗い空間に閉じ込められ、食事の量も減らされるという、囚人にとってはひたすらに辛い空間だったらしい。

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監獄へと向かう途中にも見どころのある建物がずらりと並ぶ。地方裁判所を駆け足で巡ったり、囚人飯用の味噌醤油蔵を見たり。ゴールデンカムイに出てきた職員官舎や、休泊所など、とにかく見るべきものが多い!

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火災や囚人が脱走した際に鳴らす警鐘を鳴らしてみたりもした。カーンという甲高い音が真っ白な雪に吸い込まれていく。

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続いて二見ヶ岡刑務支所にやって来た。内部には舎房だけでなく、炊場や、農作業をするための鍵鎖附着所などがあり、囚人たちの暮らしぶりが伺えた。普段は食堂で囚人と同じ飯が食べられるらしいが、この日は感染症対策のため休止。

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二見ヶ岡刑務支所内をあとにして次に辿り着いたのは、旅の目的でもある舎房と中央見張所。ゴールデンカムイではのっぺらぼうが収容されていた施設だ。鉄格子が嵌められた窓が、これまで見てきた建築とは異なる物々しさを醸し出している。

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中に入ると正面に中央見張所があった。この見張所は、後方に向かって放射状に伸びる5つの監獄を見張れるよう、八角形で出来ている。これなら少人数で多くの囚人を見張れるという、実に合理的な建築だ。

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備品の管理はこのようにしていたらしい。決して窓の視界を遮るところでは管理されておらず、また上部に置くことで監視の目線を下に向けない工夫がされている。

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見張所内部の机は、建物に合わせて作られていた。これなら看守の導線を妨げることなく、必要な事務作業は十分できるというわけだ。

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見張所から舎房までは一切の死角がなく、とにかく見通しがいい。これなら舎房で不審な動きがあった時に、いち早く気付くことができる。

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さらに少し引いて見ると、この建築の凄さが伝わってきた。立つ場所によっては、一度に3箇所の舎房を監視することができるのだ。人間の視野は左右合わせて平均で約120度。これなら少ない労力で難なく監視をすることが可能だ。

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パノラマモードで撮影すると、あまりにも均等に舎房を見渡せるので、パラレルワールドか何かと錯覚してしまうほどだった。

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続いて舎房側へと進む。建物は木造のクイーンポストトラス構造で、支柱に頼らず見通しのいい空間になるよう設計されていた。牢屋は斜め格子で外からは中の様子が見えるものの、中からは外が見えにくい構造になっている。これは囚人同士で交流するのを阻害する目的があったそうだ。それなりの広さがあるところは、近代化に進む過程で囚人に対しても人権が浸透して来た様子が窺えた。「昭和の脱獄王」と言う二つ名を持ち、白石由竹のモデルとなった白鳥由栄の脱獄シーンを再現したマネキンもあり、なかなか臨場感がある。

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白石が割って脱獄したとされる天井のガラスは本来(?)明かり取りのためのもの。等間隔で窓枠があるのは、当時の技術では大きなガラスを作れなかったからだろう。また窓枠の感覚が狭いので、割ったところで成人男性がひとり脱出できるとは思えない。これを脱獄するなんて、いったい誰が想像できるだろう。

また、館内には白石の脱獄エピソードも掲示されていた。特に味噌汁を手錠と監視牢の釘の部分に吹きかけ続けて、塩分で腐食したタイミングでそれらを外して脱獄に踏み切った話と、彼が「人間が作ったものは必ず壊せるんですよ」と言っている話が印象に残った。死後は仮出所時に仲良くしていた近所の子供が彼の遺骨を埋葬するなど、晩年は穏やかなものであったらしい。

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舎房のいちばん奥まで来て振り返ると、最初に見た見張所が遠くに見えた。小心者の私はやっぱりこれを脱獄しようとは思えないな。白石のモデルとなった人物は、賢くて剛気のある男だった。

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舎房を見た後は教誨堂へ。ここは受刑者に倫理を説き、更生させるための施設だったそうだ。庁舎と同様、こちらも和洋折衷な建築。そして驚いたことに、教誨堂もクイーンポストトラスで作られていた。珍しいクイーンポストトラスの建築を立て続けに見たことで、感覚が少しずつインフレ気味になってくるのを感じる。

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内部は舎房と同様に支柱がなく、開放的な空間になっていた。全体的に教会建築を意識した作りになっているものの、中央にある祭壇には仏様がいて、天草で見てきた教会が頭をよぎった。(最も天草の方は成り立ちが異なるので比較にはならないが...)ちなみにここは、ゴールデンカムイで白石がシスター宮沢に出会った場所でもある。戦後は慰問講演などにも使われ、当地の人々に取っては思い入れのある建物だったらしい。

駆け足で見てきたにもかかわらず、気がつくと到着してからおよそ4時間が経っていた。てっきり庁舎と監獄だけがあると思って来てみたら、ゴロゴロと重要文化財が立ち並んでいて、見る時間がまったく足りない。さながら明治村のようだ。夫に「今度くるときは丸一日時間をとってこよう」と話をして、後ろ髪を引かれつつ網走監獄をあとにした。

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網走監獄を出た後は、少し海が見たくなったので流氷街道・鱒浦へと向かうことにした。目的地につき、適当に車を留めて海を見にいくと、陸地の方にかけて少しずつ凍っていることに気がつく。思わず「海って凍るんだ...」と呟いた。

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こんなに雪にまみれたテトラポットも初めて見た。つくづく日本の海はひとくちに「海」と言っても、その土地によって表情が異なるということを感じる。

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そうして港を出た後は、中標津にあるペンションへと向かった。チェックインを済ませると時間は夜の18時。ペンションの人にこのへんで夕飯をとれるところを聞くと「街のほうに車を走らせると、美味しい回転寿司がありますよ」と教えていただいたので、さっそくそこに向かうことにした。

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着いたお店の名前は「回転寿司 根室花まる」。通されたのはカウンター席で、目の前で職人さんたちが寿司を握っているのが見えた。メニューは卓上と黒板があり、黒板には今日のおすすめが書かれている。隣の席には仕事終わりのOLふたり組。その隣にはおじいさんと孫と思しき少年、向かいのテーブル席ではおじさんたちが談笑していた。注文を書いた紙を職人さんに渡すと、ほどなくしてお寿司が運ばれてきた。

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まずは帆立。ネタが肉厚すぎて、頬張るので精一杯だ。ねっとりとした甘味。生臭さがなくて旨味が強い。これが北海道の回転寿司なんだねと、夫と顔を見合わせる。

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続いて平目の昆布〆、そして真イカ。どちらも気前のいいネタの大きさに圧倒される。まずはシャリから少しはみ出ているところをお醤油につけて食べ、その後はシャリとネタを楽しむ。贅沢だなぁ、美味しいなぁ。

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他には好物の赤海老、それから北海道産の紅鮭もお願いした。えびの弾けるような旨味。いちいち甘さと旨味が際立っているのは、やっぱりネタが新鮮だからなのだろうか。紅鮭は行者ニンニクを刻んだお醤油と一緒にいただいた。私は回転寿司のサーモンが苦手なのだけれど、ここの紅鮭はベタベタした脂っこさがなく、弾力のある身の質感とほのかに感じられる脂の旨味がいいバランスだった。

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締めは花咲蟹の味噌汁。蟹出汁の旨味はもちろん、薬味ネギが効いていて、しみじみと美味しい。全ての予想を上回ってくるお皿の数々に、飲んでもいないのにすっかりいい気持ちになってしまった。お会計を済ませた後は、上機嫌のままコンビニへ向かい、ペットボトルのお茶を買ってペンションへと戻る。美味しかった旅の記憶を反芻しながら、中標津の夜は静かに更けていった。

 

#2に続く

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