都会の隙間で呼吸する

先日友人から尾形光琳の燕子花図が根津美術館で展示されていることを聞き、まだ実物をこの目で見た事が無かったので見に行く算段をしていたのですが、仕事が忙しくなかなか行けず、昨日やっと見る事ができました。

本来なら通常入館は16時半までなのが、有り難いことに5月8日から12日までは18時半まで入館受付をやっているとのことで、今日を逃したら次はいつあるかわからないと思い、定時でダッシュ。奇跡的に閉館1時間前に滑り込む事ができました。

閉館1時間前ということもあって、館内にいる人は20人より少ないくらい。人気な作品は基本的に観覧者が多く、人が多いとその分気を使ってしまい、見終わった後にドッと疲れて「結局何をしに行ったんだっけ」と思うことも少なくありません。

なのでまさかこんなに人が少ないとは思っておらず、願っても無い状況に思わず嬉々とし諸手を上げてバンザイしたい気持ちに。時間の許す限りじっくりと鑑賞することができ、よい時間を過ごす事ができました。

会場は3章で構成されており、平安時代の公家や王朝の風俗史を経て、江戸時代の草花愛好文化に至り、最後は京の都や伊勢参拝など人々の営みへ。

清原雪信の描く和泉式部の憂いを含んだような表情、洛中洛外図屏風の気が遠くなるような緻密な絵と施された金箔、力強い野の花が印象的な伊年印の四季草花図屏風に尾形光琳の夏草図屏風。そして何より一層の迫力を持って迫り来るような燕子花図。

このところずっと仕事の事しか考えていなかった脳みそに美しい屏風絵がスコンと刺さり、しばらくその場で茫然と佇んでしまいました。

どれも本当にかわいらしいやら愛おしいやらで素晴らしく、また鑑賞する人々も人が少ないせいか穏やかな雰囲気で良かったです。

仲睦まじく手を取り合ってじっくりと鑑賞する高齢のご夫婦や、茶道を嗜んでいるという女学生たち、真剣な面持ちで見つめる会社帰りと思しきサラリーマン、海外からいらした方々など、様々な人たちが一堂に会し思い思いに感想を口にしながら楽しんでおり、まさにこの場自体が展示のサブテーマである「寿ぎ」であると感じました。

思い返せば4月に入社してから慣れない通勤電車に乗り、業務と格闘し、這々の体で帰宅する日々が続いており、文字通り生きるのに精一杯でした。学ぶことや仕事自体は楽しいけれど、疲れるものは疲れる。いつしか仕事終わりに夜の水族館や美術館、博物館へ行けたら良いのに、と強く渇望するようになっていました。

思えば昔から仕事に疲れた時や一人になりたい時、水族館や美術館のナイトプログラムへ足を運ぶのが好きでした。ゆらゆらと泳ぐ魚たちや、美しい絵画や博物館の展示物を静謐な空間の中で眺めていると、いつしか心が凪いでいくのを感じる事ができ、また非日常的な空間にワクワクするような気持ちになれるのです。

東京に出てきてからそうしたこととは疎遠になりつつありましたが、改めてこの日そうした体験をでき、懐かしく感じる事ができました。忘れていた自分の好きなものを思い出せる事など、滅多にあるものではないでしょうから尚更嬉しかったです。

東京の暮らしにはまだまだ慣れる気配がなく、時折心の中に高村智恵子がするりと入り込んでは郷愁を掻き立たせる日も少なくはないのですが、住めば都という言葉もあるので、焦らず少しづつ東京での「好き」を見つけ、いつか愛着を持てればよいと思います。

都会の隙間で呼吸しつつ、なんとか生きていきたいものです。

 庭園から見えたお月様。燕子花も見頃でした。