東京で暮らす女のとりとめのない日記

暮らしとカルチャー、ミクスチャー

初夏を共に生きるための香り [Diptyque Geranium Odorata]

このところ冬場から春にかけて愛用していた香水が少々重たく感じるようになってきたので、最近は初夏から盛夏にかけて纏えるような香水探しに勤しんでいました。購入してから約2週間、使えば使うほど「やはり今の私に必要なのはこの香りだった」と思い、纏うたびに新鮮な悦びを感じています。

人によって香水を選ぶ理由は異なり、「社会に適応するスイッチを入れるため」「洗練された印象を持たせるため」「気持ちを落ち着けるため」「モテるため」「気分を高揚させたいため」などと多岐に渡っています。また、単純にファッションとして楽しむという人も。

私は香水を選ぶ理由に貴賎は無いと思っていますが、多くの人が選ぶ際にこれほどまでに「こころ」を意識するのは、香水ならではの面白さ・奥深さだと感じずにはいられないのもまた事実です。

かく言う私も、選ぶ基準は自分が纏っていてcomfortと感じる香りか、その季節に合うものかの2つを主な指標にしています。

特に香水を選ぶ時は「快適さ・安心感・安らぎ」に重きを置いていて、直接肌に触れるという親密さのある趣向品だからこそ、纏うなら自分の心を穏やかにしてくれる香りが良いと思っています。生きているとどうしても心が乱れる時もあるし、それは仕方のないこと。変えられないものは受け入れつつも、香水くらいは心から安心できる香りにしたい。例えていうならそれを纏っていると守られているような、大袈裟に言い換えれば聖域の中にいるような。そんな香りが私の理想とする香りです。

また、日本には四季があるので、その兼ね合いも考えたいところ。昔むっとするような湿度の高い日に、考えなしに濃厚なバニラの香りをつけていたところ、祖母から嗜められたことがありました。香水は装いの仕上げと考えていた祖母は、当時高校生だった私に「何事も引いたくらいがちょうどいいのよ」と言い、日本は湿度が高いから香り選びが難しいこと、日本で香水を纏うことはそれを計算する面白みがあることを聞かせてくれました。あの日の祖母のように、うまく香水を選べているのか自信はありませんが、今でも時折思い出しては大切にしている言葉です。

今回もその2つの指標に従って選び、そうして手元にやってきたのはDiptyqueのGeranium Odorataでした。或いは選ぶうちに回帰していたのかもしれません。出会いというものは、いつも理由なんて後付けみたいなものですし。

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https://sillyage.wordpress.com/ より

トップはベルガモットとピンクペッパーの爽やかかつスパイシーな甘い香り。そして摘みたてと錯覚するような瑞々しい2種類のゼラニウムのグリーンな香りが気配を強めます。さらに時間が経つとシダーとベチバーが現れ、深い森へ誘われるような印象を持ちました。微かに感じるまろみはトンカビーンでしょうか。

ゼラニウム自体個性のある香りのため、これを香水でどのように構成していくのか興味深かったのですが、Geranium Odorataはゼラニウムを上手く昇華させ、それでいてコアな魅力を失くす事なく作り上げているように感じました。何よりオンオフ問わず、どんなシーンにも合いそうなのが有難い。忙しい朝に何も考えずに手に取り、シュッとひと吹きできるような頼もしい存在です。

香り自体は比較的ライトなのも、今の気分に合っていて良かったです。5月に入ってから、4月からの新生活の揺り戻しなのか気持ちが滅入ることが多く、香りによっては気持ちが負けてしまうこともしばしばありました。ある種の願掛けでは無いですが、これを纏っていれば揺らぎの多い現代を軽やかに生きることができるような、そんなお守りとしての魅力もこの香水から感じました。

また余談ですが、この香水を店頭で試した時、幼少期に母が手塩にかけて育てていたイングリッシュガーデンを思い出し、とても懐かしい気持ちになりました。ミモザクレマチスやバラ、ラベンダーやローズマリー、ロップイヤーなどが丁寧に育てられていた、在りし日の庭。

幼心に草花をちぎってこすると両手から良い香りがするのが楽しくて、幼少期は多くの時間をその庭で過ごした事。どうして今まで忘れていたんだろうと思うような事が鮮やかに記憶から呼び起こされ、自分の好きのルーツを垣間見たような気持ちになりました。全く、香りというのは実に不思議なものです。

これは香水を選んでいる時にいつも思うことなのですが、良い香りは世界中に星の数ほど、或いは人の数だけありますが、自分が好きだと感じる香りは唯一無二だということに並並ならぬロマンを感じます。自分が心から強く好きだと思える香りを手探りで探り当てた時の目が醒めるような感動は、何度経験しても香水好き冥利に尽きるものです。

自分ですら知らない自分の趣向を「香り」という、目で実体を捉えることのできない媒介を通して解き明かす、ある種の静かな興奮。そうして自分しか知らない悦びを手首に忍ばせ、何食わぬ顔で生活している時、大人に隠れて何か許されないことをしているような悪戯っ子のような愉快な気持ちになるのです。