去年の9月ごろ、仕事終わりの金曜から週末にかけて都内でホテルステイをしていた。2019年以降、都内では東京五輪のインバウンドを見込んでホテル開業ラッシュになったこともあり、安価なものからラグジュアリーなものまで選択肢が豊富にある。いろいろなホテルに泊まったけれど、その中でもしみじみよかったのがHAMACHO HOTELでの体験だった。
仕事が終わって降り立ったのは人形町駅。もともと花街として栄えた町ということもあって、料亭の面影を残す建物が立ち並んでいる。東京大空襲を免れた稀有な土地。当時はどんな雰囲気だったんだろうと想像しながら歩くのが楽しい。
この日はLa Piocheでテイクアウトをすることに決めていた。予約していた名前を告げ、お礼を言って受け取る。いい匂いが漂う店内に「このまま中で飲んでいきたい!」と言う気持ちをおさえる。次にお店の中で飲めるのはいつになるんだろうなぁ。
ホテルは外から見るとところどころ緑が生い茂っていて、植物好きとしてはたまらない。以前ホテルの前を通った時に「あの緑が溢れかえらんばかりの部屋に泊まりたい!」と思ったのが選ぶきっかけになった。ここのグリーンを手掛けているのはTHE UPPERや白井屋ホテルもプロデュースしたDAISHIZEN。多様な植物を使いながらまとまりのある空間に仕上げていたのが印象的だった。
デリを抱えたままホテルの中に入ると、すでに夫が到着していた。「ごめん、お待たせ」と言いながら駆け寄る。たわいない待ち合わせでもデートのようでうれしい。
エントランスから入って右側にはレセプションがあり、左側にはカジュアルなレストランがあった。レストランはブルーノート・ジャパン監修らしく、この時はジャズの生演奏が聞こえていたのだけれど、ダイニングにいくより部屋で休みたかったのでスルーしてチェックインへ。
チェックインを済ませると、ウェルカムスイーツとして渡されたのがこのチョコレート。ホテル内に併設されているnelというクラフトチョコレートのタブレットで、これがなかなか美味しかった。
エレベーターへ向かう道にはレコードが飾られている。季節やイベントによって中身を変えているらしい。
エレベーターはフロアサインが敢えて斜めにデザインされていてかわいい。こういう遊び心にグッとくる。
エレベーターを降りると階数がプリントされたカーテンがあり、案内だけでなく外側からの目隠しにもなっていた。フォントにスリットが入っていて、軽やかに見えるのがいい。
この日予約していたのは最上階にあるTERRACE ROOMという部屋。40平米のフロアは床を掘りごたつのように拡張していて、空間を立体的に魅せていたのが印象的だった。土足で動ける領域が広く、そんなライフスタイルを背景に持つ人にもよりそっている印象。一方でホテルが魅せたいコンセプトの「和モダン」はしっかりデザインされていた。
ベッドボードの左右にはコンセントがあり、ベッド周りで思う存分くつろぎたい人にはもってこいな環境。ペンダントライトとコンセントカバーは銅で統一されていて、全体がシックにまとめられていた。
ベッドに寝転んだ時に顔につよく当たる照明がないのも良い。マットレスもスプリングが効いていてとても快適。
ベッドサイドに降りるときのステップは花崗岩を模したデザインでアクセントになっていた。ベッドの真正面にはテレビがあって、無限にだらだらできてしまう。最近はプロジェクターの貸し出しも始めたらしい。
窓際はベンチソファーが備え付けられていて、ごろっとしたり外を眺めたりと思い思いにくつろげる。ホテルにはシングルタイプの部屋からファミリータイプまで、全ての部屋にこのベンチソファーが備え付けられているらしい。ロール式のスクリーンは透け感があって障子を想起させるし、足元のルーバーは数寄屋の趣きがある。
個人的にほしいと思ったのがこのハンガーラック。デザインもさることながら、間接照明の役割も果たしていて機能的。30分に1回は「良いわ、欲しいわ…」と言っていた。
ハンガーラックの下段には、エコバッグに包まれた何かが。
包みを解くと上下セパレートの甚兵衛タイプのルームウェアが出てきた。ざらりとした肌触りで、長湯した後に羽織ると気持ちいい。写真左端にちらりと写っている鏡は掛け軸を意識しているような細身の作りで洒落ていた。
ベッドの向かいにはデスクが設置されていて、ホテルにいる間はテラスとここでよく過ごした。デスクにはスタンドライトが無く、バーカウンターを兼ねた一枚板になっているので、広々と使うことができる。周囲にはコンセントやUSBの差込口が充実してるので、ワーケーションにも充分使える。私はもっぱら読書に使っていた。
足元には予備のクッションがあるのも気が利いている。
カップはインゲヤード・ローマンと香蘭社がコラボレーションしたもの。釉薬のてりと色合いがきれい。ぽてっとしたデザインにはどこか愛嬌が感じられる。他にはデロンギのポットにミネラルウォーター、それからドイツの紅茶ビストロティーが備え付けられていた。
ティッシュケースとレターケースはどちらも革製。
カップもそうだけれど、直接手に触れるものはクラフト感が意識されていて、体験を重視しているのが伝わってくる。ちなみにカップやケースなどは気に入ったら購入することもできるのだそう。このあたりのアプローチはNOHGA HOTELと似ている。
このペンダントランプもホテルであまり見ない素材ながら、部屋のコンセプトを乱さず調和していてよかった。全体的に室内での陰影の付け方が上手だなと思う。
テラスルームはバストイレ別で、トイレ内に手洗い場があるのがうれしかった。ドライヤーはコイズミ。アメニティはヘアブラシやコットン、綿棒に剃刀などひととおり必要なものは揃っていた。ただしスキンケア用品は備えていないので、そちらは持参することをお勧めします。
そしてバスルーム。なんとレインシャワー付きで、バスタブも思っていたよりずっと広い!窓が大きくとられていて、そこからは色とりどりの植物が見える。まるで森のような植栽に、露天風呂に入っているかのような開放感。ここで半身浴をしながら本を読み、冷えた炭酸水を飲んで、たまに窓一面の植物を眺めてはフーーーッと深呼吸をするのが本当に気持ちよかった…
ちなみにこの日自宅から持参したアメニティはこんな感じ。旅行に行くことができなくなって頂き物のサンプルの消費が滞っていたので、いいタイミングだといつもより余分に持ってきた。パックは冷蔵庫で冷やして使う派です。
シャンプー類はプロバンシア。私は使わなかったけれど、夫曰く良い香りで気分がよかったよとのこと。湯上りの夫からずっとスウィートアーモンドのいい香りがするのが可笑しい。「今日ティーンエイジャーみたいな香りがするね」とからかうと眉をしかめられた。
ひととおり部屋を散策して少し休んだ後は、晩ご飯にあうビールを調達するためにホテルの外へ。横断歩道の向かいにあるラーメン屋さんの色合いが王家衛の映画に出てくるワンシーンのよう。歩く時間帯が変わるだけで、見慣れた道が違って見えて楽しい。
10分ほど歩いて到着したのがここ、NUMBER 6というお店。市場になかなか出回らない面白いクラフトビールを幅広く取り扱うお店があると聞いていて、いつか行こうと思っていたのだ。この日はお目にかかれなかったものの、運がいいとUCHU BREWINGのビールに出会えることもあるらしい。
お店では生のクラフトビールを持ち帰れるサービスもあった。「グラウラーを持ってくればよかったなぁ」と言うと「また来た時の楽しみができたじゃない」と夫が言う。ちなみに空き容器は水筒や炭酸用ペットボトルでもいいらしい。希望すればグラウラーを無料でレンタルすることもできるとのこと。なんとも酒飲みに優しい。
結局私たちは決めあぐねて、お店の人のおすすめをいただくことに。お店のお兄さんがとても詳しく、生産地から味の特徴、作り手のこだわりまで熱量を込めて話してくれるのが楽しい。表には出ていないビールもいくつかあって、結局勧められたビールを全部買ってしまった。お店の人とコミュニケーションを取る楽しさを思い出せたのが何よりうれしかった。
思いがけずいい店を見つけることができて満足。夫と「いいお店だったね、次に来たときはお店でのんびりお酒を楽しみたいね」と話しながら来た道を戻る。
NUMBER 6 (ナンバーシックス)
住所:東京都中央区日本橋小網町16-3
公式サイト:https://www.instagram.com/number6tokyo/?hl=ja
ホテルに戻って早速買ってきたビールを冷蔵庫で冷やす。今回選んだのは右の5つ。バテレのヘイジーIPAと志賀高原ビール、そして店員さんイチオシという星野製作所のセゾン。どれも美味しかったけれど、特に印象に残ったのがこの星野製作所のビール。埼玉県川口市で個人で営まれているマイクロブリュワリーらしく、ジューシーでみずみずしくて、こんなフレッシュなビールがあるんだ…と夫婦揃ってポカンとしてしまった。
いいビールも揃ったことだし、ご飯にしようとテラスへ。ピヨッシュで購入したコンフィとサラダ、イワシのマリネを並べる。
夏の終わりの時期で、テラスで飲むのにぴったりの季節だった。風が通り抜けるたびに、周りの植物がシャラシャラと音を立てていく。あぁ、いい気持ちだなぁ。
いい感じにほろ酔いになってきたので、自宅から持参したタブレットを取り出す。実は今回ホテルで過ごす裏テーマが、去年の8月にこの世を去った俳優チャドウィック・ボーズマンの追悼式だった。ちょうど訃報を聞いてから1ヶ月くらい経った頃。少し気持ちの整理がついてきて、自分なりに供養できたらと思っていたところだった。
泣くまいと思っていたけれど、物語の終盤でチャドウィックがティチャラとしてワガンダ・フォーエバーのポーズを取った時に、やっぱり泣いてしまった。もうこの人の演技が見れないことを、私はまだまだ受け入れられそうにない。彼の壮年期や老年期の演技も見たかったし、願わくばブラックパンサーの物語を彼自身が最後まで紡ぎ続けて欲しかった。
きっと私にとってのブラックパンサーは自分の弱さや脆さを引き受けながら、絶えず良い行いを模索し続ける、チャドウィックの演じた姿そのものであり続けるのだろうな。思うことは絶えず溢れてくるけれど、まずはお疲れ様と声をかけてあげたい。もしかしたらあの世でスタンリーとハグしているのかもしれないし、なんてことを思ってまた泣いた。
しっかり泣きはらした顔で目覚めた翌日。窓の外は晴れ渡る青空で、しばらく外の景色をぼーっと眺める。
空気が澄んでいて、窓の外には東京タワーが見えた。昨日の夜は気がつかなかったな。
喉が渇いたのでお湯を沸かしている間、自販機で飲み物を買うことにした。どんなに哀しいことがあってもお腹は減るし喉は渇くんだよなぁということを思う。
行儀よく並んだコインランドリー。この光景を見ていると旅情を感じる。次に遠くに行けるのはいつになるのだろう。
自販機の隣には製氷機もあって使い勝手がいい。泣きすぎてお腹が減ったのと、あっさりしたものが飲みたかったのでトマトジュースとアルプスの天然水を買うことにした。
部屋に戻るとお湯が沸いていたので、備え付けの紅茶をいただくことにする。スティックタイプの紅茶を使うのが初めてで、ちゃんと淹れられるかドキドキしていたけれど、ちゃんと美味しくて一安心。
朝日に照らされる緑を眺めながら暖かい飲み物を飲むと、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。泣きはらしたまぶたを、買ってきたばかりのトマトジュースで冷やす。夫が起きてくるまでの、このひとりで過ごす時間も好きだ。
まぶたを冷やすのに活躍してくれたトマトジュース。少しぬるくなったそれを朝日を浴びながらゴクゴク飲む。胃にじわりと滲みるそれを感じながら、あぁ生きてるなぁと思った。
チェックアウトの30分前になったので夫を起こす。なごり惜しみながら部屋を後にして、チェックアウトを済ませた後は、ホテル内に併設されているチョコレートショップのnelへと向かう。
店内にはイートインスペースが併設されていて、お父さんと小学生低学年くらいのお嬢さんが一緒にチョコレートパフェを食べていた姿が微笑ましかった。私たちは時間がないので、気になるチョコレートをテイクアウトすることに。
ショウケースの中には様々な種類のチョコレートがずらりと並んでいて圧巻。きな粉と山椒など、面白い味の組み合わせがあって楽しい。パッケージデザインもいいので、ちょっとした贈り物にもいいのかも。
自宅用にいくつかチョコレートを見繕った後は、そのまま次の予定のためにタクシーへ。
思っていたよりずっといい体験で、またぜひ泊まりにいきたいホテルになった。次はどの部屋に泊ろうかな。
HAMACHO HOTEL TOKYO
住所:東京都中央区日本橋浜町3-20-2
公式URL:
関連する記事はこちらから