東京で暮らす女のとりとめのない日記

暮らしとカルチャー、ミクスチャー

宇多田ヒカル「気分じゃないの (Not In The Mood)」を聞いたらD'angelo「Shit, Damn, Motherfucker」が聴きたくなった

はじめに

やっと宇多田ヒカルのアルバム『BADモード』を聞くことができた。ビートとグルーヴ感が今までで一番気持ちいいアルバムで、気がつけば1日中こればかり聞いている。特に「気分じゃないの (Not In The Mood)」では静かに曲を牽引するドラムが心地よい。BPMも平均75と彼女の曲の中ではとりわけスローな曲だ。曲の<差し出されたコーヒーカ ップ>のブレイクの入れ方はスムースジャズを彷彿とさせ、発声のトーンも普段の話し声に近い。元気がなくても耳にすんなりと入ってくる一曲になっている。

ディアンジェロ「Shit, Damn, Motherfucker」の魅力

何度も「気分じゃないの (Not In The Mood)」を繰り返して聞いていた時、ふとディアンジェロの「Shit, Damn, Motherfucker」が聴きたくなった。スマートフォンからSpotifyを立ち上げて彼の音楽をタップする。ヘッドフォンから聞こえる色褪せないサウンドと今でも新鮮に感じるリズムとビート。何より余白を遺しながらテンションを保つ絶妙なグルーヴ感に「なにこれ、こんなにカッコ良かったっけ」とひとり部屋で叫んでしまった。まずはとりあえずフルで聞いてみて欲しい。

<歌詞/意訳>

Why are you sleep'n with my woman     なんでお前が俺の女と寝ているんだ
Why are you sleep'n with my woman     なんでお前が俺の女と寝ているんだ


This comes as a total surprise          こんなの想像もしなかった
I just can't believe my eyes        思わず目を疑った
My best  friend and my wife         俺の親友と妻なんて

 

Shit, damn, motherfucker
Shit, damn, motherfucker
Shit, damn, motherfucker
Motherfucker, motherfucker, oh yeah babe

 

Why the both of u's back-balled naked?  なんで二人とも裸で抱き合っているんだ?
Why the both of u's back-balled naked?  なんで二人とも裸で抱き合っているんだ?

 

I'm tellin' you what's on my mind       俺が今何を考えているかわかるか
I'm 'bout to go get my nine         これから俺の9mmで
And kill both of y'all behind, check it out    二人諸共殺してやる

 

Shit, damn, motherfucker
Shit, damn, motherfucker
Shit, damn, motherfucker
Motherfucker

 

Why the both of u's bleeding so much?  なんで二人とも血を流しているんだ?
Why the both of u's bleeding so much?  なんで二人とも血を流しているんだ?
Why the both of u's bleeding so much?  なんで二人とも血を流しているんだ?
So much yeah

 

Why am I wearin' handcuffs? Why am I  なんで俺は手錠をつけているんだ?なんで俺は…

 

Shit, damn, motherfucker
Shit, damn, motherfucker
Shit, damn, motherfucker
Shit, damn, motherfucker
Shit, damn, motherfucker
Shit, damn, motherfucker

 

今聞いても抜群にカッコよく、紫煙が立ち込めてくるような色気のあるサウンドがめちゃくちゃ気持ちいい。ソウル、R&BHiphopの要素はもちろんファンクのエッセンスも効いていて、万華鏡のような魅力がある。捉え所のないドラムのビートと揺らぎのあるシンセサイザー、レイジーなギターのサウンド。そしてベースやコーラスを含めた抑制の効いたグルーヴに、改めて骨抜きになってしまった。

メロウな曲調でありながら、メリハリがついた構成になっているのもいい。3回繰り返されるコーラス部分は男の視点から見た情景の移り変わりにあわせて「妻が親友に寝取られているのをみた時」と「ふたりを殺そうと決意した時」、そして「ふたりを手にかけてしまった後」で歌い方が変えられている。特に2回目の2分50秒あたりで入る唸りには男の葛藤が感じられ、<Why am I  wearin' handcuffs?>のブレイクは男の視点に暗転を挟んだような効果が生まれている。

静かに鳴り続けるハイハットが感じさせる狂気と無情。この曲がリリースされたのが1995年、すでに20年以上も前の曲とは到底思えない。この曲に出会った当時も「うわ〜かっこいいな!」と思っていたけれど、大人になってから冷静になって聞き返すと改めて気がつく凄みがあった。

「Shit, Damn, Motherfucker」と「気分じゃないの (Not In The Mood)」に通じるもの

ディアンジェロの「Shit, Damn, Motherfucker」を何度もリピートしていくうちに、なぜ自分が宇多田ヒカルの「気分じゃないの (Not In The Mood)」を聞いてディアンジェロの曲が聴きたいと思ったのか、その理由がわかるような気がした。

「気分じゃないの (Not In The Mood)」では彼女に他者がコミットする場面で転調を使用しているし、BPMディアンジェロのそれよりも5bpmほどスロウだ。終わりにかけては約1分半近くインストゥルメンタルが続いたあと、ドラムの音を前面に出したのちカットアウトで切り上げているのも違う。(このドラムの入れ方については諦念を伴いながらも雨の中を歩いていくようなタフさを感じた)何よりディアンジェロの歌が絶望と喪失に満ちた終わり方をするのに大して、宇多田の曲は子どもの声が入ることで主観から1つ頭が抜けた視点で状況を俯瞰させることに成功している。

このような違いがあるにも関わらず、聞いていて「なんとなく通じるものがあるな」と感じるのは、初めて聞いて「なんだこれ?」と引っ掛かりを覚えさせるような、けれど通して聞くとその違和感がフローとして気持ちよくなってくる、そうした歪さを王道として推進していくパワフルな魅力がふたりの曲にはあるからなのだろう。カテゴライズできない曲の心地よさと、違和感が徐々に気持ちよくなって自分の中の音楽が脱構築されていく面白さ。それが二人の音楽には通じている。

実際にディアンジェロ自身、自分の楽曲を「ネオ・ソウル」と言われたり「R&B」とカテゴライズされることに対して苦言を呈している。また、宇多田ヒカルは彼女のインタビューで次のように答えている。

私はメインストリームなもの、あまり知られていないようなオルタナなもの、昔のラップミュージック、クラシック音楽、分け隔てなく聴いてきました。全てジャンルは違えど「音楽」という認識しかなく、音楽をつくる要素は同じだし大した意味のある違いはないと考えます。*1

終わりに

音楽を体感する気持ちよさ。それを久しぶりに宇多田ヒカルの『BADモード』を聞いて思い出した。そしてその体験を通して、過去に私が好きだった音楽と「久しぶり!君ってこんなに凄かったんだね」と邂逅する面白さにも気付く。最近のファッションや音楽のメインストリームに90年代を感じて懐かしくなるように、今改めてその当時の音楽を聞き直すことで理解できることが、もしかしたら沢山あるのかも知れない。Badな気分になりやすい今こそ、心の懐かしい場所にある扉をノックして、あの頃好きだった歌手たちに会いにいこう。

*1:Billboard Japan 宇多田ヒカル <完全版インタビュー part.1>より

https://www.billboard-japan.com/special/detail/3241#