東京で暮らす女のとりとめのない日記

暮らしとカルチャー、ミクスチャー

冬の北海道を巡る旅#2 羅臼にて流氷ツアー、オオワシ・オジロワシに出会う

2日目の天気は晴れ。今日は事前に予約していた流氷ツアーへと向かう。ペンションでチェックアウトを済ませて出ようとすると、おかみさんに「よかったら牧場から届いた搾りたての牛乳があるから飲んでいってください」と呼び止められた。

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せっかくなので、ペンションの食堂で牛乳をいただくことにする。朝日の光が燦々と射して気持ちがいい。

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「この前が暖かいからどうぞ」と通された席の前には薪ストーブがあった。熾火になった火を眺めていると落ち着く。顔に熱を感じていると「最近やっと暖かくなってきたので、もうそろそろこれもおしまいにしようと思うんですけどね。でも暖かくなってきたと言っても、マイナス2度とかなんですけど」とおかみさんが言う。道民ジョーク(?)に思わず笑ってしまった。

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ぬくぬくと暖まっていい気持ちになっていると、マグカップに注がれた牛乳が運ばれてきた。ひとくち飲む。ひんやりとしたミルクが、起き抜けのぬるい身体に染み渡っていく。「甘くて濃くて、とっても美味しいです」と言うと、おかみさんが「でしょう!」と微笑んだ。

お礼を言って出ようとすると、「今日はどちらへ?」と尋ねられたので「羅臼のほうで流氷を見ようと思っているんです」と返す。「それなら途中に武佐山とか、綺麗な山並みが見えるはずですよ」と教えていただいたので、お礼を言ってペンションを後にした。

ペンションの駐車場へ行き、車にエンジンをかけていると、なぜか夫がなかなか戻ってこない。15分ぐらい経っただろうか。戻ってきた夫に何をしていたのか尋ねると、これだよ!と写真を見せてもらった。

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エゾリス!一緒に見たかった、と言うと「すぐ逃げちゃったから...」とのことだった。しばらく戻ってこないか粘ったらしいのだが、ダメだったらしい。想像していた姿より筋骨隆々としていて、可愛いと言うよりたくましい見た目をしている。

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ペンションには宿泊者のひとことノートがあり、ここでシマエナガを見たと言う報告もあったので、運が良ければ野鳥も観察できるのだろう。うらやましがりながら、ペンションを後にして食料の調達へと向かう。

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着いた先は「パンと珈琲のこうば」と言うお店。ペンションで出会った札幌出身の女性が、いくならぜひと勧めてくれたのだった。

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店の軒下には小さな雪だるま。可愛らしい店員さんの出迎えに和む。

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店内に入ると、ハード系のパンから食パン、惣菜パンに菓子パン、そして焼き菓子などがずらりと立ち並ぶ。こんなにたくさんのパンにお目にかかるのは久しぶりで、どれを選んだらいいか迷ってしまった。

ちなみにここのパンに使われる小麦は、すべて地元の農場から取り寄せたものだという。北海道は涼しい気候と降水が少ないことで、小麦を栽培するのにうってつけらしい。北海道産小麦と言う漠然としたイメージが、農家さんの名前を知ることで身近なものとなっていく。

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店内奥にはイートイン・スペースがあるものの、現在は感染症対策のため休止中。「本当はこの景色を見てゆっくりしてほしいんですけどね」と店員さんが言う。本来はこのパン屋自体も、カフェをやるつもりで始めたらしい。飲み物のテイクアウトはできると言うことで、私はドリップコーヒーを、夫はチャイを頼んだ。

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飲み物は出来上がりと同時に車まで持っていくとのこと。待っていると次々にお客さんがやってきて、気がつけば私たちだけだった駐車場は満車になった。お店から店員さんが飲み物を持ってきてくれる姿が見えたので、車を降りて受け取りに行く。淹れたてのコーヒーはキレのある苦味と、ふくよかな豆の香りが印象的な、朝にこれを飲めたら何もかも万事うまくいくと思うような味だった。

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お店を出て羅臼へと車を走らせていると、美しい山が見えた。ペンションのおかみさんが言っていた武佐山だ。なんてきれいなんだろう。助手席にいる夫に「お願い、撮って!」とせがんで写真に収めてもらった。日常生活の風景に、こんなに素晴らしい山があるなんて。今度ペンションに行ったら、おかみさんにお礼を言おう。

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そのまま車を走らせていると、次第に海が見えてきた。海沿いの道をひたすら走ってゆく。遠くに陸地が見えるので「あれが羅臼なのかな」と言うと、GoogleMapで調べていた夫が「ううん、あれが国後島みたいだよ」と言った。国後島ってこんなに目と鼻の先にあるのか。こうして旅に出ると、知っていると思っていたことが知っていたつもりだったことに気付く。

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そのまま車を走らせていくと、ようやく羅臼までたどり着いた。こぢんまりとした漁港の背後には峰々が連なっている。こんなに格好いい港は初めて見た。そのまま予約していた「知床ネイチャークルーズ」で受付をすませ、時間までは道の駅でぶらぶらして待つ。

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道の駅には小学生が作ったと思しき観光案内や手作りの新聞などがあり、貴重な情報として読ませてもらった。そのあとはお土産を買い、羅臼昆布と雲丹を自宅用に送った。(後日、羅臼昆布で引いた出汁があまりにも美味しくて「もっと買えばよかった...」と後悔したのだった)

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乗船の時間が近づいてきたので、また港へと向かう。待っていると、かもめやウミネコ、ヒメウなどが気ままに泳いでいる姿が見えた。のどかな港だな。ぼんやりしていると乗船が始まったので、慌てて船へと向かった。

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乗ってしばらくすると、出発のアナウンスが流れた。船着場からゆっくりと船が離れていく。船はどんどん沖へと進み、漁港が遠ざかっていった。また戻ってこれるはずなのに、なぜだか寂しい。

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体に感じる波の揺れ、船が切り裂いていく水しぶきの音。少し進むと、溶けて小さくなった流氷が現れてきた。港の中にはあまり大きな流氷は入ってこないものの、それでも幾ばくかはこうして流れ込んでくるらしい。

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船はさらに沖を目指す。驚いた水鳥たちが羽音を響かせて飛んでいく。漁港の入り口近くまで来ると、さっき見たものよりも大きな流氷が多く漂っていた。「これから少し揺れますので、注意してくださいね」と言うアナウンスが流れ、船内には緊張感が走る。海に落ちてしまったら、と一瞬想像してゾッとした。思わず手すりを握る手に力が入る。

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沖に出ると、これまで見てきた倍以上はある大きさの流氷が、あちらこちらに浮かんでいた。この流氷群はロシアのアムール川の河口付近で生まれ、そのまま流れ着いたものらしい。

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プランクトンを豊富に含んだ海の色に、まっしろな流氷が浮かんでいる。色合いのコントラストが冴え渡る。その美しさに思わず目的を忘れてしばし見惚れてしまった。世界には私の知らない海がたくさんあること、そしてその海で暮らしている人たちがいることを、流氷を眺めながらぼんやりと考える。

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しばらくして船内にオオワシオジロワシの群れがいる場所に着いたと言うアナウンスが流れた。外を見ると確かに大きな鳥のシルエットがぽつぽつと見える。さらに船はどんどん進んでワシたちの群れの中へ。

近くにいた船員さんが餌やりの準備をしているのを見かけたので気になって聞くと、羅臼では観光船がワシに餌やりをする場合は、漁港で取れた内臓のないものに限って許可されているとのことだった。1980年にスケトウダラが大量に採れた際に漁師たちが余ったものを投げていたところ、そこにワシたちが群がるようになり、1990年代から現在までその関係が続いているらしい。

現在では観光目的のために餌遣りがされている側面があり、2015年頃からは生態系への影響について議論されるようになったと言う。今後徐々に餌やりの頻度は減らして、いずれは餌やり自体もなくしていく方針らしい。

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しかし、初めて見るオオワシはやはり美しかった。北半球では最も大きい猛禽類らしく、羽を広げた姿は空を覆うかのようで、アイヌ語の「カパッチカムイ」を思い出す。オオワシが飛行からホバリングをして着氷する時は、風を切る音と羽ばたく音がこちらにも聞こえてきた。

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静かに佇んでいる姿もいい。夕陽色の嘴と琥珀色の瞳、雪のように白い羽と、墨汁のような羽の濃淡が美しく、神様が一枚一枚を丹念に拵えたかのようだ。

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ゆったりと構えている様子は鳥類の王者のような風格。アイヌの物語*1では、美丈夫の姿で現れたワシの神様が、人間の女に恋をする話などもあったらしい。

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そしてこの日はオジロワシにも出会うことができた。小さい頃にレッドデータブックを見て以来、憧れ続けてきたオジロワシ森林伐採による住処の減少や、河川や海の汚染によって個体数が減少傾向にある希少種だ。また、近年では狩猟されたエゾシカの死肉を食べる際に、鉛弾を誤飲することで中毒死したり、風力発電施設などへの衝突事故、マナーの悪いカメラマンによって営巣環境が脅かされている事態も報告されている。

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ああ、しかしこの羽の美しいこと。放射線状に広がる翼、鋭い嘴と鍵爪にただただ圧倒される。羽は秋の落ち葉を集めたような茶褐色のグラデーションでできていた。

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餌を食べている時の、この鋭いまなざし。思わず食べられる側の気持ちになり、船の上にいられることにホッとする。

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周囲にはカラスがおこぼれを狙って飛び回っているので、個体によっては離れたところで食事をするものもいた。しっかりと獲物を爪で押さえ込んで啄んでいく。

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船からはこのように、オオワシオジロワシが共にいる姿も見かけた。意外にも餌をめぐって喧嘩をしている様子はない。あるいは私がわからないだけで牽制しあっているのだろうか。どちらかと言えば、カラスが欲を出してワシたちにモビングをかけ、その度に威嚇されている姿を何度もみた。

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ちなみにオジロワシアイヌ語で「オンネウ」と言い、老大なるものと言う意味があるらしい。威風堂々と空を舞っているオジロワシを見ていると、見ているこちらの心を重ねて一緒に飛翔していけるようだった。

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そうこうしているうちに、あっという間に1時間が経った。時間になったので、船は港へと引き返していく。この日はNHKの取材班も入港しており、我々が乗る船とすれ違っていった。船内から誰かが「オーイ」と言って手を振ると、向こうも小さく手を振り返した。

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そうしている間にも、どんどんワシの群れが遠ざかっていく。その姿が豆粒くらいの大きさになっても、ひたすらに彼らを目に焼き付けようと見つめ続けた。これからまたカムチャッカの方へと渡っていくであろう鳥たち。あの力強い翼の羽ばたきを、次に見られるのはいつになるだろう。こうして撮りに来たことは私のエゴで、少なからず彼らの生態系に関与してしまっていると言うのに、やはりまた何度でも見たいと思ってしまうのだった。

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気がつけば船が港へと入っていくところだった。今朝見た漁港がどんどん目の前に近づいてくる。沖に出たのは1時間だけだったのに、何だか陸にいたことが遠い昔のことのように感じられた。陸地が近づいてくることに安堵感を覚える。タラップを降りると、やっと地面に足がついた。それでもまだ身体は波のように揺れていて、海の上にいたことを忘れられないような、不思議な心地だった。

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羅臼をあとにして、次の目的地である阿寒国際鶴センターへと向かう。今朝買ったパンを頬張りながら、広大な平原に降り積もった雪に、夕日が木々の影をゆらゆらと落としていくのを眺めていると、いつまでもドライブしていたいなとすら思う。そうしてしばらく車を走らせていると、ふと視界の隅に何か動くものが見えた。

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車を止めると、木の上に猛禽類のような鳥がとまっているのが見える。何の鳥だろう?気になって手元の携帯で調べようとしていると、助手席にいた夫が「あっ!」と声を上げた。

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キタキツネだ!噂には聞いていたけれど、蜂蜜のような毛並みに、つぶらな瞳が何とも愛らしい。しばらくこちらを見ては遠くへ行き、また振り返っては歩みを進める。追いかけてこないのを確認しているようだ。そうしたことを繰り返して、とうとうキツネは雪の中へと消えていった。その間にあの鳥もいなくなってしまい、結局何の種類なのかわからずじまいだった。

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そうして車を走らせること、約3時間。やっとたどり着いた阿寒国際鶴センターに入ると、受付のお姉さんに「さっき鶴たちが寝床に飛んでいってしまったばかりなんです。一応保護した子などは見てもらえるんですけど、それでもよかったら」と声をかけられた。ここまで来たらせっかくだし、と言うことで館内のビオトープと保護施設を観察させてもらうことにする。中に入ると、運よく2羽のつがいがビオトープ内でじゃれあっていた。

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しばらく眺めていると帰巣の時間になったのか、二羽が首をもたげた後、大きく羽ばたいて月明かりが照らす方角に向かって飛び去って行った。初めて見る鶴の飛翔する姿に口をあけていることしかできない。こんなに美しいなんて。

彼らはアイヌ語で「サルロンチ」または「サルルンチカムイ」と呼ぶ。意味は湿地にいる鳥。明治に入植者たちによって開墾が進められ、湿原の減少が起因となってその数は減少したものの、民間人が独自に給餌に成功したことがきっかけで、数を増やすことに成功し、現在の保護活動に至ったのだという。

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近くの木々にはヒヨドリもいた。ピィーピィーとさえずるたび、しんとした世界に鳴き声だけが響いていく。早く春がきて、お前が好きな蜜をたっぷりと含んだ花々が咲いてくれるといいね。

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鶴センターを出ると、空にはぽっかりと白銀の月が浮かんでいた。このままここにいたい気もするけれど、目的地の帯広まではまだまだかかる。とは言え2日目の道東移動ですっかり距離感が狂ったのか、夫に「ここから帯広までって意外と近いんだね」と言うと「近いの基準がおかしくない?」と突っ込まれたのだった。車のスピーカーからは、示し合わせたかのようにTHE SIXTH LIEの融雪が流れていく。

 

#3に続く

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