東京で暮らす女のとりとめのない日記

暮らしとカルチャー、ミクスチャー

旅情あふれる街、湯河原で大人の夏休みを満喫した初夏の記録 伊藤屋 宿泊記《中編》

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到着してからあっという間に時間が過ぎ、気づけば夕食の時間だった。この日は夕食のあとに万惣公園へ蛍を見に行く予定だったので、早めの時間帯で食事をお願いしていたのだが、なんと仲居さんが担当されているお部屋全てが同じ時間を希望されていたらしい。夕食の支度を整えながら、仲居さんが「皆さん、やっぱり蛍を見にいかれるみたいですね」と言う。

続けて「本当だったら丁寧に説明するのですが、今日担当がわたしともう1名しかいなくて。申し訳ないのですが、お品書きの説明は割愛させていただいてもよろしいでしょうか」と申し訳なさそうに言うので「いやいや、もう全然気にしないでください」と労った。

こちらが今回のお品書き。お造りだけでなく、桜海老真薯やしらすのカマチーズ焼きなど、地のものが楽しめるメニューなのがうれしい。夕食の配膳は3回に分けて運ばれてきた。

部屋によってメニューの内容やサービスに一部変更があるものの、基本はどの部屋も同じくらいの品数が用意されるそうだ。部屋食が苦手な人は、新館に椅子とテーブルが用意された食事場所があるので、事前に希望すればそちらで食べることもできる。

まずは食前酒と先付のひすい豆腐、それから前菜。食前酒はゆず酒でさっぱりとした風味がいい。ひすい豆腐は目に鮮やかで、鰹出汁が効いている。前菜もどれも過不足なく、特にしらすカマチーズが旨味が詰まっていて美味しかった。

続いてお造りと台の物。この日のお造りは鮪と海老、それから鯛と烏賊。隠し包丁が入れられていたり、ねかせてあったりと丁寧で美味しい!そしてツマが大根だけではないところと、薬味に紅蓼があることに、好感度が爆上がりになる。そして台の物は相州牛。メインはもちろん、つけあわせのジャガイモがインカのめざめで、夫婦そろって顔を見合わせた。脂を吸った野菜の旨味よ…

これは絶対に日本酒が必要でしょうと思い、メニューから伊藤屋限定の日本酒をお願いする。

お銚子をそのまま出されるかとおもいきや、丁寧に冷やされて出てきたので驚いてしまった。丹沢のお水で仕込んだ日本酒はキリリとしていて、嫌味のない味。どの料理にも合うのでスイスイいけてしまう。

続いてやってきたのが焼物と蓋物、そしてサービスの煮付け。今年は鮎を食べずに夏を迎えるのかと思っていたので、食べることができてうれしい。蓼酢もいいけど、塩焼きはよりプリミティブなおいしさがある。蓋物の赤紫蘇麩は生麩のようで、もちもちとした食感がよかった。サービスの煮付けも美味しくて、生姜が聞いたさっぱりとしたあしらいにお酒がすすむ。

「あとは揚げ物とご飯ものだね」と夫と話をしていると、器を下げていた仲居さんが「あの、おふたりはお蕎麦はお好きですか」と言う。

「ええ、好きですよ」と夫がほほえんで伝えると「お腹とご相談いただいて、もしよろしければ、次のお料理が出るまで少し間があるのでお蕎麦をお出しします」とのこと。さっきもサービスで煮魚をいただきましたよ…!?とはいえせっかくなのでお願いすることにした。

こちらが2度目のサービスの茶そば。すだちがキュッと聞いていて、わかめもシャクっとした歯ごたえがあり、鰹出汁がしみわたる。あっという間にツルツルと食べてしまった。

続いて揚げ物と酢の物が出され、そのあとにごはんと漬物、赤出汁の味噌汁が提供された。揚げ物のなかでも桜海老真薯は上品なおいしさで、すっかり気に入ってしまった。次の酢の物も、地鯖の南蛮漬けが出汁酢が効いていてよかった。酸味で口の中がすっきりしてありがたい。漬物もシンプルで、欲しいところに味を置きにくるようなおいしさだ。

赤出汁の味噌汁にあさりのつみれも、うまみと香りの合わせがよくて満足。本当は白米も食べたかったけれど、お腹がちょうどいいくらいだったので私はスキップした。なかなか美味しい米だったらしく、夫は2回おかわりをしていた。最後はレモン葛切。さっぱりとしていて余韻がいい。仲居さんが淹れてくれたほうじ茶を飲み、満足してふうと息をついた。

実はこの宿をリサーチした時に、料理に対して酷評されているレビューをみかけたので「あんまり期待しない方がいいのかな」と思っていたのだが、結果的にどれもよくて嬉しい誤算だった。重要文化財の中にある調理場で、これだけの品数を用意して調理するという、料理人泣かせな環境でこれだけのもてなしをされれば重畳だと思う。オーベルジュや通常の料理店と同じ感動を期待するとがっかりするのかもしれないけれど、オーセンティックな旅館の「食事を提供する場として決して優位ではない環境で、お客が楽しめる最適解を提供し、楽しんでもらうスタイル」が好きなひとなら、きっと気にいるはずだ。

料理が終わった後は、番頭さんが一の間に布団を敷いてくれた。手際がよくて、ものの5分も経たないうちに、きれいに2組の布団が整えられていた。やはり忍者のよう。

さて、お腹もいっぱいになったので、この旅行のもうひとつの目的だった蛍の観賞へとでかけることにした。

実は湯河原では、毎年5月の中旬から6月の中旬にかけて、万惣公園で蛍を鑑賞することができる。昔なにかの話の流れで夫が「今まで蛍を見たことがないんだよね」と言っていたので、いつか見せたいと思っていたのだった。

万惣公園に向かう途中、かわいいのぼりを見つけたので写真を撮った。街ぐるみでこういう取り組みをしていてるっていいよなぁ。広場には3店舗ほどフードトラックも出店していて、こぢんまりとしていながらも賑わっていた。

受付でパンフレットをもらったあとは、ちゃんと蛍を夫に見せられるだろうかと、ドキドキしながら会場へと進む。会場は写真撮影もOK。ただしフラッシュ撮影が禁止なので、念のためカメラのフラッシュモードはオフにしていく。わたしも初めて知ったのだが、これらの人工照明は光害と呼ばれ、蛍同士のコミュニケーションを阻害するだけでなく、幼虫の発育阻害にも繋がり、結果的に蛍の数が減少する要因になるらしい。知っておいてよかった…

向かう途中に見える滝に癒される。近くでははぐれた蛍がふよふよと漂っていた。会場は惣湯テラス側にあるので、奥へ向かってどんどん歩く。道が整備されているので、浴衣に下駄でも十分歩きやすい。

会場に到着すると、ひとだかりができているのでなんとなくの目星がついた。どれどれと近づいてみると…

おお!予想していたよりも、けっこうな数のほたるが飛んでいる。夫が「うわぁ…」と見惚れている様子をみて、連れてきてよかったと安堵した。そうだよね、感動して言葉にならないよね。私も見るのは数年ぶり。最後に見たのは去年惜しくも休園になった、渋谷区植物ふれあいセンターでの蛍の群れ。まさか関東で、しかも自然の中で、蛍の群生を見ることができるなんて思っても見なかった。蛍が群生する場所にはベンチが備え付けられていたので、ふたりで腰掛けてのんびりとながめることにした。

だんだんと暗さが深まってくるにつれて、蛍の明かりが多くなってきた。ひかりに透けた綿毛のように、ふわりふわりと闇夜に浮かんでは消えていく。儚く淡いひかりを眺めながら、言葉を発さずにふたりでいる、この贅沢な時間。何よりよろこぶ夫を見れたことが嬉しかった。

ところで、会場ではけっこうな頻度でスマホのフラッシュを焚いて撮影している人に遭遇した。スマホのカメラで蛍の光を写すことはできないので、そのあたりの認知がひろまってくれたらいいねと夫と話をすると、その前に撮影禁止になるかもなぁとのことだった。残念だけれど、確かにそれがてっとりばやいのかもしれない。フラッシュを焚かれると蛍は弱々しい光になり、見ていて胸が痛かった。

だんだんと蛍のあかりも消え始めてきたので、宿へときた道を夫と戻る。その途中、気になるビアバーを見つけたので立ち寄ってみることにした。

お店の名前はかどや。もともとお土産やだった場所をリノベーションして、去年オープンしたのだそうだ。1階は立ち飲みメインで、2階は普段はテーブル席、時々フリースペースとして落語などが開かれているらしい。

ビールを注文したあと、わたしたちは2階の席へ。ビールをちびちびと飲みながら蛍の余韻に浸りたかったので、テーブル席でのんびりすることにした。蛍の宴に合わせて、店内は薄暗くされていたのもちょうどよかった。

私は伊勢角屋の黒ビール、夫はIPA。こうしてのんびり話をして、感想を共有できることがうれしい。「来年も蛍を見に来れたらいいね」と約束する。こうした小さな約束が、これからの生活の糧だ。

Information

名称:かどや
住所:神奈川県足柄下郡湯河原町宮上566
URL:https://y-d-h.info

そのまま宿に戻ると、夫は部屋につくなり早々に布団へと転がってしまった。「もう寝るの?」と「寝ない」の応酬のあと、寝息が聞こえて思わず笑う。ひとりで酔い覚ましに広縁側の椅子で本を読み、水を飲んで物思いに耽ったあとは、睡魔が誘うままにわたしも夢の世界へと誘われていった。

翌朝、目が覚めると外は晴れ。しらない部屋からの眺めのはずなのに、やっぱりどこか懐かしい。起き抜けに白湯を飲んであたたまったあとは、ひとりで温泉へ。身体の芯までほぐれたあとは、眠っている夫を起こして朝食が運ばれてくるのを待つ。

部屋に入ってきた仲居さんと朝の挨拶を交わし、「昨日は蛍、見れましたか」と聞かれたので「はい!とってもきれいでした」と返す。

いやぁ、朝ごはんも豪華!中央から右回りに、小田原産のアジの干物と、だし巻き卵に里芋の炊き合わせ。それからまぐろの山かけとポテサラ、お漬物と梅干し。写真には写っていないけれど、この他に肉豆腐と炊き立てのごはん、それからお味噌汁。どれも美味しかったけれど、とくにだし巻きがお気に入り。宿泊先の出汁巻きってなんとなく苦手なのだけれど、ここの卵はほの甘くてホッとする味だった。

どれも過不足ないおいしさで、すっかり満足。床上げされてさっぱりした畳に寝転がって、おおきく伸びをすると幸せだなぁと感じた。

朝の結霜ガラスもやっぱり素敵。退室の時間がせまっているのとは反対に、もっとこの部屋でのんびりしていたいという気持ちが強まっていく。

次に泊まるときはもうすこし長めに逗留してもいいな。チェックアウトの時間が迫ってきたので、後ろ髪を引かれながらも旅館を後にした。

外から自分たちが宿泊した部屋をみていると、なんだか一炊の夢のよう。とてもいい体験だったなぁ。

旅館の方に見送られつつ、名残惜しくて写真を撮っていると、番頭さんがそばにきて「この壁も文化財に含まれているんですよ」と教えてくださった。さくらんぼ餅を積み上げたような、なめらかで角のない石材のあしらいが素敵。

最後まで丁寧にもてなしていただいて、満足度の高い滞在だった。仲居さんに「うちは田舎の家みたいでなにもないですけど、よかったらまたいらしてくださいね」と言われたことが心に残る。次はぜひ、五十番代の部屋にも泊まってみたい。

いよいよ旅も中盤。このあとは、事前に予約していた光風荘の見学へ。予約の時間まではもう少しあるので、湯河原の街をぶらりと散歩することにした。

 

光風荘の歴史・堀口捨巳の万葉亭でお茶をした記事はこちらから

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