東京で暮らす女のとりとめのない日記

暮らしとカルチャー、ミクスチャー

クリスマスに野鳥を保護した話

雪深い山村の道を車で走っていると、道路の真ん中に黒い何かが転がっているのを見つけた。遠目には千切れたゴミ袋のように見える。危ないので道の脇に除けようと路肩に車を停めて近づくと、ゴミ袋と思っていたのは弱った鳥で、動けずに震えていたのだった。

驚いている私をよそに、目の前をビュンビュンと車が通り過ぎていく。このままではいつか鳥が轢かれてしまうと慌てて手袋を嵌め、鳥の両翼をおさえるようにして抱き、道路の脇にそっと置いた。側にいてストレスを与えてはいけないので、車に戻って中から観察する。しかし、一向に動く気配がない。車にぶつかって脳震盪を起こしているのだろうか。あるいは怪我をして飛べなくなっているのだろうか。けれど身体に外傷の形跡はない。次第に鳥の上に粉雪が積もっていくので、見兼ねた夫が傘を広げて鳥の上に被せ、また車に戻ってきた。

どうしたものだろうか。我々も旅行中なので、このままずっと側にいるわけにもいかない。しかしこのままこの鳥を放って置いたら、凍死するか猛禽類や猫に食われるしかないだろう。放っておくべきか、保護するべきか。判断するにも私は専門家ではないし…と考えて、そういえば保健所なら保護してくれるのではないだろうかと思いついた。

さっそく自治体の保健所を調べて電話をすると、「厳密には保健所の管轄外ではないので、県の野生動物保護センターに直接連絡して欲しいんです」と申し訳なさそうに伝えられた。気にしないでくださいと返事をしたあと、口頭で伝えられる連絡先をメモする。お礼を言って電話を切り、さっそくその番号にかけると柔和そうな男性が電話に出た。鳥の状況と外傷の有無を伝えると、様子を写真におさめてメールで送って欲しいという。早速写真を送ったあと、職員の男性が「鳥を見つけられた場所ですが、うちのセンターから車で3時間かかるところにあるので、本日中に伺うのは難しいです。近隣で預かってくれそうなところを探しますので、このままお待ちいただけますか」と言った。いいですよ、と返事をして一旦電話を切る。これから先の道筋が見えてきた安心感から深く息を吐いた。

「とりあえず保護が決まったし、わたしは近くの道の駅に空いているダンボールがないか聞いてみる」と夫に言うと「わかった。ちょうど空になったホット用のペットボトルがあるからさ、俺はお湯を沸かして鳥を保温できるように準備しておくよ」と真剣な表情で返された。頼もしいなぁと笑い、じゃあ私は行ってくると告げて車の外に出る。さっきよりも風は強く、雪はいっそう深まっていた。

道の駅に向かう途中には橋があり、その上を風がビュウビュウと吹き抜けていく。途中で吹雪に身体があおられそうになり、橋の下を流れる川を見てゾッとした。まずは私が無事に帰らないといけない。気を引き締めて、遠くに見える道の駅の光に向かって一歩一歩進む。ようやく道の駅にたどり着いた時は、館内の暖かさと安堵感でその場に溶けてしまいそうだった。

雪まみれの人間を心配そうに見る職員のお姉さんと目があったので、「すみませんがこのくらいの大きさで空いている段ボールがあったらいただけませんか」とジェスチャーで伝える。あったかな、ちょっとまってくださいねとお姉さんはバックヤードへ引っ込んでいった。ストーブにあたっていると、そこだけジリジリと熱があたってあたたかい。しばらくするとお姉さんが特大なめこと書かれた段ボールを持って戻ってきた。「このくらいでいいかしら」というお姉さんの言葉に食い気味で「ぴったりです、ありがとうございます!」と返事をする。実は鳥を保護しようと思っていて、と言うとお姉さんは「まぁまぁ!助かるといいですね」と微笑んだ。

何度もお礼を言って道の駅の外に出ると、さっきまでストーブに当たっていて温もっていた身体が一瞬で体温を無くしていくのがわかった。かじかむ指で必死に段ボールをかかえながら、またあの橋を渡る。段ボールの表面積が大きい分、さっきよりも吹雪に身体を持っていかれそうになる。ようやく橋を渡り切ると、安堵したせいか少し力が抜けた。

車に戻り、夫に「段ボールをもらってきたよ。鳥の様子はどう?」と尋ねると「ほぼ変わらないね。一応40度に温めたお湯をペットボトルに注いで近くに置いたところ」と言う。脅かさないように車の影から鳥を観察すると、確かに先ほどと目立って様子は変わらないものの、糞はしているようだった。排泄する元気はあるようだ。とりあえず段ボールの中の方が暖かいだろうということで、鳥を段ボールの中に入れることにした。夫が「怖くないよ、ごめんね」と言いながら鳥を抱えて段ボールにいれる。その中に湯たんぽがわりとしてお湯を注いだペットボトルも入れた。いっさい嫌がるそぶりがなく、なされるがままの鳥にかえって心配になる。

車の中に戻って冷えた身体をあたためていると、センターの職員から電話がかかってきた。「お待たせして申し訳ありません。ここから車で10分ほど戻ったところに役場がありまして、そこの職員が預かってくれると言うことです。そこでご相談なのですが…運搬にご協力いただけないでしょうか」という提案に「もちろんですよ」と返す。「ありがとうございます。それから鳥の種類なんですけど、上司とも確認してオオミズナギドリということがわかりました。本当なら海辺で暮らしている鳥なんですが、時々迷って内陸の方に来てしまうことがあるみたいでして。内陸では飛翔することができないので、おそらくそれで道路にうずくまっていたのでしょう」「へぇ、海鳥なんですか」と返すと「はい、本来なら新潟の方にいるはずなんですけどね。なぜかここまで迷い込んできてしまったのでしょうね」とのことだった。

さっそく鳥を段ボールごと車に運び、後部座席の足元に置く。来た道を戻りながら、夫と「無事に助かるといいね」と会話をする。さきほどより吹雪は落ち着き、山の影からは黄金色の太陽が姿を表し始めていた。「なんでこっちに飛んできちゃったんだろうなぁ」と夫がいうので「本当にね。吹雪の中飛んでいたら、方角を見失ってしまったのかな」と言う。時折太陽の光が雪に反射して、きらきらときらめいた。

役場の駐車場にたどり着くと、車の音で気がついたのか、ふたりの職員さんが裏口から飛び出してきた。「ご連絡いただいていた方ですね!」とほがらかに尋ねられたので、つられて元気に「はいっ、そうです!」と返す。職員の一人が「やー、よかった!あ、センターの方からは聞いています。これが、その?」と私たちが持っている徳大なめこダンボールを指差すので、笑って「はい、そうです」と言う。地面に下ろして段ボールの蓋をあけると、さっきよりは首を動かせるようになったのか、オオミズナギドリつぶらな瞳でこちらを見上げた。「おー、かわいい」「はぁー、カッコいいですね」というふたつの声が上がり、どちらもわかりますよと心の中でつぶやく。もうひとりの方が用意していたという、通気口が開けられたコピー用紙用の段ボールにオオミズナギドリを移し替えると、安心したのか箱の隅に身体を寄せて目を閉じた。

「ではここからは我々が責任を持って預かりますので。保護してくださりありがとうございます。我々としても誇らしいです」と言われて、謙遜しながら車に乗り込む。車の助手席から顔を出し「ありがとうございました!」と手を振って別れを告げた。すっかり吹雪は落ち着いて、さっきの様子はどこへやらだ。

帰り道、オオミズナギドリを保護した場所を通り過ぎながら「あのときは本当に驚いたよね」「うん、どうか無事であってほしいね」と夫と語り合う。「うまくいえないけれど、今日の出来事はクリスマスプレゼントみたいに思うんだ」と言うと、「うん…そうだね」と静かな言葉が返ってきた。

傍目から見たら旅行中にわざわざこんな面倒なことをして、損をしているように見えるのかもしれない。けれど、一羽の鳥を保護するという経験を通して、誰かの善意や優しさを信じられること、それで事態が良い方向へ向かっていくということが純粋にうれしかったのだ。センターの電話番号を教えてくれた女性、保護の方針を示してくれたセンターの男性、道の駅で段ボールを見繕ってくれたお姉さん、保護を引き受けてくれた役場の職員さんたち。そして何より私が「助けようよ」と言った時に、嫌な顔をせずに「そうだね。関わってしまったなら最後まで見届けよう」と言ってくれた夫が。弱っていた一つの命を善意でつなぐことができたかもしれない、そのことが私にとっての一番のクリスマスプレゼントだった。

車の外を見ると、小鳥たちが雪の上に降り立って何かを啄んでいる様子が見えた。あのオオミズナギドリは無事に生きることができるだろうか。そして群れへと帰ることができるだろうか。目を閉じて、元気になったオオミズナギドリが、海上を切り裂くように悠々と飛ぶ姿を夢想する。そのまま意識は雪の中へと吸い込まれていった。