東京で暮らす女のとりとめのない日記

暮らしとカルチャー、ミクスチャー

26年経ってKinKi Kidsの『硝子の少年』を聞いたら余りにも良すぎてどハマりした話

はじめに

KinKi Kidsがデビューしてから、26年が経とうとしている。彼らがデビューをした当時、私の周りではKinKiブームが起こっていて、ほぼ毎日のようにクラスでは「剛くん派か、光一くん派か」で議論が分かれていた。私はというとあまりアイドルには興味がなく、友人のAちゃんが剛くんが好きだというので「じゃあ私は光一くんかな」と合わせていた。どちらかというと、同時代にデビューしたデスティニーズ・チャイルドに夢中だったのだ。KinKi Kidsは「こんな人たちもいるんだな」という程度にしか認識しておらず、そのまま私は大人になっていった。

それが去年、紅白歌合戦を見ていたときに、突然人生にKinki Kidsが入場してきたのだ。きっかけは彼らが『硝子の少年』を歌ったのを聞いて「あれ?これって結構いい歌じゃん」と思ったことだった。格好いいイントロと、クセになるコード進行。ギターのスクラッチもイケているし、なにより二人とも歌が上手い。その時はそれで終わってしまったのだが、最近になってふと思い出してYoutubeで聞いてみたところ、想像の100倍くらい良い歌で痺れてしまった。なんで今まで『硝子の少年』がこんなに良い歌だと気付かなかったんだろう。メロディは勿論、とにかく歌詞がいい。余りにも素晴らしい歌詞で感動したので、感じたことを残したい。

『硝子の少年』歌詞 考察

雨が踊るバス・ストップ
君は誰かに抱かれ
立ちすくむぼくのこと見ない振りした

まず雨が「降る」ではなく「踊る」という言葉が凄い。雨が踊るように見えるほど激しく降っている様子と、そこにあるバス停という情景が、このフレーズだけで目に浮かぶ。また、歌詞は一人称で語られていて、これは「ぼく」の視点の物語、すなわち叙情詩であることがわかる。
一方で気になるのは、誰かに抱かれる君と、立ちすくむぼくの関係だ。ここでは聞き手に疑問を持たせたまま、歌は次のフレーズに入る。

指に光る指輪
そんな小さな宝石で
未来ごと売り渡す君が哀しい

「ぼくと君はどういった関係なのか」という問いの答え合わせを行うのがこの章になる。指に光る小さな宝石のついた指輪=婚約指輪と、未来ごと売り渡すというフレーズから、「君」は婚約していることが明らかだ。
すなわちバス停で立ち尽くしていた少年は、君が知らない誰かと婚約したことを知って、衝撃と悲哀の中にいることが分かる。

ぼくの心はひび割れたビー玉さ
のぞき込めば君が逆さまに映る

続いてBメロでは、複数のメタファーが隠されている。
まず「ビー玉」は前段で登場した「小さな宝石」と対句になっていて、少年の未熟さと繊細さを表現している。またそれにかかる「ひび割れた」という描写からは、少年が失恋の真っ只中にいることが明らかだ。最後に「君が逆さまに映る」というのは、ビー玉そのものの描写だけでなく、少年を愛していた頃の優しい君が映っていることを表しているのだろう。
ビー玉というモティーフをここまで膨らませられることが凄まじい。

Stay with me
硝子の少年時代の破片が胸へと突き刺さる
歩道の空き缶蹴飛ばし
バスの窓の君に背を向ける

サビではタイトルの『硝子の少年』というテーマを回収すると共に、AメロからBメロまで積み上げられてきた少年の感情が表現されており、これまでの静的な描写から一転して「ぼく」が初めて何かをする様子が描かれる。

サビの冒頭では「Stay with me=(そばにいて)」という、まだ駆け引きも知らない少年らしいフレーズが、聞き手の胸へとストレートに届く。次に「歩道の空き缶蹴飛ばし」では、感情を制御することができない少年特有のアンバランスさと、バスに乗り込むであろう君を引き留められなかった状況の2つが描写されている。そして最後の「バスの窓の君に背を向ける」という表現では、乗り物を通した対比で恋の終わりが描かれている。バスに乗ってこの恋から去っていく君と、雨の中ひとり取り残される少年。感情と情景の描写が鮮やかだ。

映画館の椅子でキスを夢中でしたね
くちびるがはれるほど囁きあった

2回目のAメロでは、これまでの「ぼく」と「君」の回想シーンになる。これまでの歌詞とは対照的に、映画館で一目もはばからずに愛し合った日々が描写されており、少年の哀しみを強調している。

絹のような髪に
ぼくの知らないコロン
振られると予感したよそゆきの街

後段では恋の終わりの予感が「ぼくの知らないコロン」というモティーフを通じて描写される。また、「よそゆきの街」という言葉には、デートのために出かけた街と、恋の終わりを予感させたいつもとは違う表情の街という、2つの意味が掛け合わされているのだろう。

嘘をつくとき瞬きをする癖が
遠く離れてゆく愛を教えてた

そして2回目のBメロでは、振られる予感が確実になっていく心情と、ふたりの関係性に愛情があったことの、2つが表現されている。相手が嘘をつくときの癖がわかるくらいに愛していたこと。そして「遠く離れてゆく」という言葉には、かつて側には愛があったことが含まれている。

Stay with me
硝子の少年時代を
思い出たちだけが横切るよ
痛みがあるから輝く
蒼い日々がきらり駆けぬける

始めのサビでは「破片が胸へと突き刺さる」とあった部分が「思い出たちだけが横切るよ」に変わっている。これは「ぼく」が思い出を俯瞰できるようになったという時間の経過と、恋人と過ごした日々だけがそばにあることを表している。そして続く「痛みがあるから輝く」という言葉では「ぼく」がつらさを受容し始めていること、そして「蒼い日々がきらり駆けぬける」からは、まさに彼の硝子のような青春時代が砕け、終わりを迎えていく様が読み取れる。

ぼくの心はひび割れたビー玉さ
のぞき込めば君が逆さまに映る

歌詞が繰り返されることで、失恋した少年の気持ちがより強く感じられる。

Stay with me
硝子の少年時代を
思い出たちだけが横切るよ
痛みがあるから輝く
蒼い日々がきらり

ここでは「駆けぬける」まで歌詞が続かない。おそらくはまだ消化し切れていない恋心が、「ぼく」の中に光り続けているということなのだろう。失恋とは傷を受容したり、痛みを確認したりすることの繰り返しで、このサビではそれが行われている。

Stay with me
硝子の少年時代の破片が胸へと突き刺さる
何かが終わってはじまる
雲が切れてぼくを照らし出す

そして特筆すべきがこのサビだ。やはり失恋を受容できず、痛みを感じている「ぼく」だが、続くフレーズでは「何かが終わってはじまる」と受容の兆しも見せている。この「何かが終わってはじまる」とは少年期の終わりと、青年期のはじまりということなのだろう。硝子のような少年時代は砕け散って元にはもどらない。けれどその痛みと共に残された思い出が、彼のこれからになっていく。それは次の「雲が切れてぼくを照らし出す」でも表現されているし、同時に「雨が踊る」ほど激しかった天気に晴れ間が射しているという時間の経過、そして情景が描写されているのだ。

君だけを愛してた

そして極め付けはこのフレーズだ。いままで歌詞は散々「ぼく」が相手を深く愛していたことを、愛という表現を使わずに表現してきた。それが最後の最後にストレートな言葉で締め括られる。あまりにも鮮やかで、痛々しく、繊細な締め括り。まさに『硝子の少年』のエンディングにふさわしいストレートパンチのような歌詞だ。

松本隆が描く歌詞の凄み、KinKi Kidsというアーティストの素晴らしさ

以前何かで、スガシカオYUKIが「歌詞の中には黄金の一行をいれる」という話をしていたことを覚えている。これは歌詞の中に聞き手に刺さるであろうフレーズをいれることで、歌を魅力的なものにするというテクニックだ。通常は1つの歌詞に対して1センテンスがあればいいとされているが、KinKi Kidsの『硝子の少年』に至っては全フレーズが黄金の一行で、とにかく無駄がない。天気とバス、そして硝子というモティーフを主軸に、ここまで物語を展開できることが凄い。初めから終わりまでの壮大な伏線回収ののち、「そう終わるのか!」と思わせる構成は、まるで韓国映画を見ているような体験だった。こんな歌詞を人生で一度書けたら死んでもいいと思う。

勿論、これを当時10代という若さで歌ったKinKi Kidsもすごい。当時のPVをYouTubeで見て、堂本剛さんの若くて既に完成された歌声に圧倒されたのは勿論、堂本光一さんは紅白で聞いた時より音量や音程が不安定で「歌の神様に愛されている人が隣にいる環境で、この人は歌もダンスも腐らずに今日まで努力をしてきたんだな」と思った。

今になって1990年代以前の音楽を聴くという楽しみ

『硝子の少年』と改めて出会って、こうして過去のアーティストたちの作品を振り返るのも楽しいんだということに気がついた。普段音楽をディグる時は「まだ誰も知らないアーティスト」や「新しい音楽」を探そうとして、必然的に令和以降のものばかりを選んでしまっているのだけれど、今とは違う様式で歌が流行っていて、誰もが歌える歌があって…という時代にヒットソングとして残っている歌が面白くないわけがない。平成以降は歌手が曲も詩も作ることが当たり前になってきたけれど、作曲家と作詞家が分かれていた時代だからこその面白さは、この時代の歌ならではだと思った。

遡って今は松田聖子の『Sweet Memories』に、沢田研二の『勝手にしやがれ』などを新鮮な気持ちで聞いている。そのことが、とても楽しい。

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