東京で暮らす女のとりとめのない日記

暮らしとカルチャー、ミクスチャー

2024年 冬の金沢旅行1日目 予定も立てず気の向くままに町散歩

1月下旬、金沢へ旅をすることにした。年始に能登半島沖で起こった地震の影響で観光客が激減しているらしく、SNSでは連日「金沢へ観光に来てほしい」という声を目にしていた。

実は以前に私たち夫婦はそれぞれ金沢を旅行したことがあったのだが、当時はいずれもよい想い出がなかったので「いつか上書きしに行こう」と言っていた。そうしていろいろと悩んで話し合った末に、今行こうということになった。

当日は分厚い羽毛布団で覆ったような薄ねずみ色の空。1月だと言うのに雪はなく、駅前の雪吊りがぽつねんとたたずんでいた。

特に観光先を決めてきたわけでもないので、まずはゆっくり駅前を歩いてみる。駅は確かに人が少なかった。ときどき日本赤十字や各県から派遣された職員などがぞろぞろと通り過ぎていく。

西口の方に出てみると、変わった形のモニュメントが目に留まった。少しバランスを崩せば倒れてしまいそうなそれは、これひとつでカナザワと読めるらしい。

さらに西口の柱もよく見てみると波打つように形がとられていて美しかった。側面に貼られたタイルをよく見ると、所々金箔が施されている。誰も目に留めず、通り過ぎていくようなところまで造形が細かい。

西口のあたりを見た後は駅舎に戻って中を眺める。西口と東口をつなぐコンコースをよく見ると、石川に関する工芸やモチーフがあちこちにあることに気が付いた。

改札を出た正面には前田藩の家紋である加賀梅鉢に似た格子があった。上部に置かれたデジタルサイネージには「能登へ祈りを」という言葉に続いて、「全国から復旧支援にかけつけていただいた皆さま心からありがとうございます」というメッセージが照らされていた。

東口に向かって進むと、柱のあちこちに九谷焼や輪島塗などの金沢の伝統工芸品のパネルが埋め込まれていることに気がつく。それぞれ名工が手掛けた作品で、かなり見ごたえがある。

三谷吾一氏の輪島塗作品(沈金技法・蒔絵技法)
前文雄氏の輪島塗作品(沈金技法・彫り技法)
小森邦衛氏の輪島塗作品(髹漆技法)

いや、これをさらりと展示しているけれど、かなり贅沢なことではないだろうか。輪島塗と言うとつややかな漆のイメージしか持たなかったが、様々な技法を駆使して表現する塗り物だということがよくわかった。そしてその表現もモダンであったり、伝統的な美しさであったりと、裾野が広く自由だ。

まだ旅は序盤だというのにも関わらず、さっそく石川県が育んだ上質な文化に圧倒される。クラクラしながら東口に向かうと、おなじみの鼓門が見えた。

やはりこれを見ると金沢に来たなぁという実感が湧く。改めて眺めていると、奥のもてなしドームと呼ばれる立体的な建物の造形のカッコよさに気づく。陶器でできたベンチが鼓門に向かって等間隔に並べられているのもいい。

さらに鼓門の先には点滅する時計があった。気になるので、近くまで行ってみてみることにする。

一見するとデジタル式のように見えた時計は、なんと噴水式でできていた。それぞれの段で噴水の水量を調整して、時刻やメッセージを表示しているという贅沢な仕様だ。

調べてみるとこの噴水式時計に使用されている水は、兼六園の水源としても利用されている辰巳用水から流れてきたものらしい。金沢に対して水源が豊かな都市というイメージはなかったので驚いた。この辰巳用水も前田藩の頃に整備されたものらしく、過去の治水事業のなごりが現在まで利用されていることにロマンを感じる。

駅前をのんびり散策したあとに、駅構内にある金沢百番街を覗いてみると、ひらみぱんというお店が出店していた。ずらりと並んだつやつやのパンに思わず引き寄せられる。

どれもこれもおいしそうで悩ましい。短い列の中には観光客のひともちらほらといて、関西から来た若いカップルもいた。彼女たちが真剣にどのパンを選ぶべきか議論している姿にほほえましくなる。

あれこれと悩んだ末に、わたしたちはカヌレと惣菜パンを買った。持ち帰り用の袋のイラストがかわいらしくて胸があたたかくなる。いつか本店にも行ってみたい。

店名:ひらみぱん
住所:〒920-0865 石川県金沢市市長町1丁目6-11
URL:https://hiramipan.co.jp/

そうこうしていたら、もう時刻はお昼になっていた。パンは移動中に低血糖が起きそうなときに食べるとして、お昼ご飯はその土地の日常食らしいものを食べておきたい。

いくつか候補をあげて優に決めてもらうと「おうどんに惹かれるね」とのことだったので石川県民ならだれでも知っているという加登長というお店に向かうことにした。

食品サンプルには見慣れない具材が多くどんな味かワクワクする

お店の中に入るとちゃきちゃきとした女性が席まで案内してくれた。店にはわたしたちだけで、少し緊張する。メニューは懐かしい字体で、うどんやそばの他にラーメンや丼ものなどもあった。うどんのラインナップは京都で見たものに近く、関西の文化圏に近しいのかなと考える。

魅力的なラインナップにどれにするか悩んでいると、お姉さんが「ご注文はお決まりですか」と聞きに来てしまった。慌てて「ごめんなさい、まだ決まらなくて。おすすめはありますか」と尋ねると、普段そうした質問はされないのか、一瞬間があいたあと「…うーん、なんでしょうね、おすすめ…今の時期なら天鍋ですかね!」と真剣に考えつつもほがらかに答えてくださった。ではそれで、とお願いして楽しみに待つ。優はもち鍋うどん。

しばらくして届いたうどんは湯気がもうもうと立っていて、ふたを開ける前からすでに美味しそうな予感がする。鍋はめずらしくホーロー製で、受け皿として置かれた桃色のお皿がかわいらしい。

ふたを開けると、予想以上にメルヘンでかわいらしい姿に胸がときめいた。ネギではなく、ささやかに添えられたインゲン豆。半熟のちいさめな卵。梅をかたどった麩に、初めて見る赤いうずまきの蒲鉾。この蒲鉾は地元では赤巻と呼ばれているらしく、食卓でもなじみがある食べ物なんだそうだ。

さっそくレンゲで出汁をすすると、予想以上に甘めの出汁でびっくりした。見た目が関西の鍋焼きうどんに近いこと、海が近い街なのでてっきり鰹や昆布の出汁が力強く感じられると思っていたのだが、とにかく甘い。うどん麺は京都をほうふつとさせるやわらかな食感。

もともとこの加登長は明治に立ち上げた際に京都から料理人をつれてきたそうで、そこから現地のひとたちの舌に合わせていって今の味になったそうだ。最初に「京都っぽいな」と感じたのはそれだったのかと思いつつ、ではこの甘好みは石川独自の文化ということなのか…しかしいったい何故…と謎は深まるばかり。石川の食文化を知るには一筋縄ではいかないのかもしれない。

店名:加登長 総本店
住所:〒920-0904石川県金沢市下近江町42
URL:https://g.co/kgs/Me94RVT

うどんで身体があたたまったあとは、長町武家屋敷へ。近くの香林坊はとても栄えていてショッピングモールが立ち並んでいるのに、こちらに来たとたん景色が土塀と瓦屋根の街並みに転換して脳がうまく処理できない。タイムスリップってこんな感じかなと思う。

土塀には筵のようなものが吊り下げられていて不思議な光景だ。いったいこれはなんだろうねと話をしながら通り過ぎる。

いい気持ちでぶらぶら歩いていると、長町研修塾と看板が掲げられた施設が目に留まった。中に入ってもいいようなので、お邪魔しますと誰にともなく言って門をくぐる。

中に入ると、こぢんまりとしていながらよく整えられた庭と、奥には茶室があった。いったい何の施設かわからずうろうろしていると中にいた施設の方に出会い、ここは金沢の職人学校を卒業した人たちが手掛けた作品群であることを教えていただいた。

というのも金沢では、市内における文化財の保存・修復と後継者不足による課題解決のため、独自に若年層の職人を対象として教育を行っているのだそうだ。

庭を回ると、先ほど外で見たような筵が灯篭にも巻かれているので「これはいったいなんですか」と職員の方に尋ねると「これは薦(こも)と言って、金沢では雪が降り始める前にこうして土塀や灯篭のように、熱や重さで壊れやすいものを守るんです」とのこと。

「装飾じゃないんですね」というと「そうも見えますけどね、物を大切にするという気持ちの表れですね」と言われ、金沢のひとたちの暮らしに対する姿勢を垣間見たようだった。

施設名:金沢職人大学校長町研修塾
住所:〒920-0865 石川県金沢市長町1丁目3-7
URL:https://maps.app.goo.gl/K7Zte6Kgg3opAyXw8

その後は、この旅で唯一目当てにしていた食器屋さんへ。2019年頃に色絵のお皿を探していたときに見つけたのだが、その直後にコロナが流行るなどしてなかなか来ることができなかった。やっと念願かなっての訪問に胸が高鳴る。

店内は撮影できないので写真は載せられないのだが、想像していた以上にすてきなお店だった。ディスプレイやレイアウトの趣味がよく、お皿一つ一つが魅力的。店番をしている店主の方は一見怖そうに見えるけれど、こちらが興味を持っていると知るとあれこれ紹介してくださってやさしかった。最後にちょうど出先から戻ってきた作家の方ともお話しできて感無量。1時間はゆうにいて、一生分くらいのお皿を買い込んだように思う。オンラインショップはやっていないという潔さもあり、旅の思い出と合わせていい買い物ができた。

店名:本田屋食器店
住所:〒920-0865 石川県金沢市長町1丁目3-8
URL: https://www.instagram.com/hondaya_syokkiten/

本田屋食器店で食器を買った後は、気になっていた和菓子のお店へ。板屋というお店で、名物の「こもかぶり」というお菓子がここでだけ出来立ての状態で食べられるのだという。

店内に入ると目の前に実演スペースがあり、ものすごい手際の良さで職人さんがお菓子を作っていた。うすく敷いたクレープのような生地に、餡子と栗の甘露煮を乗せ、端から目にもとまらぬ速さでくるくると巻き上げていく。

中には一組だけ関西から来たというお姉さんたちがいて、実演を見ながら「いーやッ!すごいわぁ」「これ阪急にも来ます?」と矢継ぎ早に話しかけていた。できあがった出来立てのこもかぶりを渡されたときには歓声があがっていて、これは作り甲斐があるだろうなぁと頬がゆるむ。ひらみぱんのときも関西からきたという人たちがいたし、金沢は関西から遊びに来やすいのだろうか。

せっかくなのでわたしたち夫婦も作りたてのこもかぶりをいただいた。海苔を薦に見立てているのか、なんだか頭巾をかぶった童のようでかわいらしい。

出来立ては生地が軽くサクサクとしていて、クレープ菓子を食べているよう。「出来立ても美味しいですが、時間がたつと水分を含んでもちもちになったものもいいですよ」とお店の人に勧められ、真空パックされたものを1粒だけ買って帰ることにした。

店名:板屋
住所:〒920-0918 石川県金沢市尾山町10-18
URL:https://itaya-net.com/

こもかぶりを食べたあとは国立工芸館へ。都内から移設された陸軍第九師団司令部庁舎と旧陸軍金沢偕行社を目当てにいったのだが、展示も見ごたえがあって充実した時間を過ごすことができた。

特に2階に展示されていた、金沢出身の人間国宝である松田権六の漆作品は、精緻な線と余白を活かしたデザインが美しかった。彼自身、第一次世界大戦では徴兵されていた経験があり、激動の時代を活きる中で自分の技術を糧としていった姿と建物との歴史が重なる。

工芸館を出てはす向かいにあるレンガ造りの建物を眺めていると、建物と建物の間に薦に巻かれた筒のようなものを見つけた。

近くにある説明書きには「辰巳用水石管の再生」とあり、ここいしかわ赤レンガミュージアムを造るにあたって記念のモニュメントとして造形されたものとある。もとは木だったものが、江戸後期には石造りに代わったのだそうだ。

しかしこれにも薦をかぶせるのかと、金沢の人々のまめまめしさがなんともいとおしい。思わず優と顔を見合わせて笑ってしまった。

この後に向かった21世紀美術館は、あいにく地震の影響で休館中とのことだったので、そのまま近くにあったしいのき迎賓館へとふらり足を伸ばす。

ここは大正期に建てされた県庁舎を一部用いて創られた建物らしい。通りから見ると贅沢なつくりのハイカラなデザインが、金沢城の方からみるとモダンな近代建築のようで不思議だった。

館内にはポール・ポキューズのカフェとレストランもあった。ちょうどイベントがあったのか、係りと思しき人たちが足早に通り過ぎていく。1階を見ていると、明日の午前からボランティアの方がガイドをしてくださるようなので、それならまた明日来ようとさらりと見て後にした。

夕食の時間まではまだまだある。もう一か所だけ観光していこうと、優を誘って尾山神社へと向かうことに。

夜の尾山神社は人も少なく、一組の外国人観光客が家族で石段に座り込んでいたくらいだった。以前金沢にきた時に、まだ目覚めない友人たちを置いて、ひとりホテルから散歩に出かけ、偶然見つけたのがなつかしい。

その時は大勢での旅に気疲れしてしまって旅行どころの気分ではなくなっていたのだが、朝陽をあびてきらきらときらめくギヤマンを見て「これはいつか優に見せてあげたいなぁ」と思ったのだった。それが数年たってかなうのだから、人生はいいものだと思える。

さて、夜も更けたので一度ホテルにもどったあとは優が探してくれた居酒屋へ。

びっしりと埋められたメニューがいい

あまり食べたいものが思い浮かばなかったので「なんでもいいよ」と言ったのもつかの間、探してもらったお店のメニューがどれも美味しそうなものばかりでお腹が鳴る。

お通しの南蛮漬け、日本酒は天狗舞。茹でただけのアスパラの美味しさになごみつつ、のどぐろの旨味にふたりで唸った。

続いて白海老かき揚げ、能登のもずく。水ダコポン酢。このもずくが誇張抜きに今まで食べたもずくの中で一番美味しくて、思わずお代わりしようとしてしまうくらいだった。

そしてやっぱり金沢に来たらお魚だよね、ということでお造りも。しみじみと味わいながら、日本酒を飲んでふわりと酔いを感じる。誰にも邪魔されないこの時間が好きだなと思う。

店名:食楽 かぶ菜
住所:〒920-0981 石川県金沢市片町2丁目23-5パルシェ片町1F
URL:https://www.instagram.com/kabuna.daidai/

すっかりお腹もいっぱいになってお店を出ると、繁華街の明かりがきらきらときらめいていた。ホテルで過ごすための飲み物を買うためにコンビニへと寄る。

よく見ると街にはコンカフェやキャバクラ、クラブに風俗の案内所などもあって、なんだか東京の繁華街を一緒くたにしたようだった。隣ではヤンキーの男の子たちが叫んでいて、連れ合いの女の子たちが楽しそうに笑っている。その奥ではくたびれた顔の男性が、風俗案内所のパネルの下で煙草を吸っては足でもみ消す動作を繰り返していた。金沢ってやっぱり捉えどころがない街だ。

緩慢な動作でクラブに誘おうとする黒服たちの間を優とふたりですり抜けながらホテルへたどりつくと、もう夜の11時を過ぎようとしているところだった。そのまま布団に転がると疲れていたのか安心したのか、そのまま眠ってしまった。