東京で暮らす女のとりとめのない日記

暮らしとカルチャー、ミクスチャー

沼尻高原ロッジに宿泊し、田部井淳子さんの足跡を辿る

去年の春先に沼尻高原ロッジに泊まってきました。以前から行ってみたいと願っていたものの、なかなかタイミングが合わずに訪れることができなかった憧れの宿。念願叶ってようやく宿泊することができました。

沼尻高原ロッジの歴史

私が沼尻高原ロッジに興味を持ったのは2016年のこと。その年は福島県出身で登山家の田部井淳子氏が亡くなった年でした。恥ずかしながら訃報のニュースを見るまで彼女のことは存じ上げなかったのですが、そのことをきっかけに書籍などを通じて彼女の人生を知るようになりました。

女性で世界で初めてエベレストへの登頂を成し遂げた人。それなのにエッセイを通して知る彼女は、いつも驕ったところがなく、朗らかで力強く、思慮深さがあり洞察力に富んでいました。晩年は福島の復興のために尽力し、最期まで歩みを止めなかった人。彼女について知れば知るほど、いつしか私の中で憧れの存在として心に残るようになりました。

そうしてゆっくりと彼女の足跡を辿っていた頃、福島県沼尻温泉に彼女がオーナーを務めていたロッジがあることを知ったのです。テラスからは安達太良連峰を望むことができ、ゆったりとした時間が流れる宿。いつか私が大人になったら行きたいと思うようになったのでした。

沼尻高原ロッジで1泊2日

そんな憧れの宿にようやく訪れることができたのは去年の4月のこと。コロナも落ち着きを見せ始め、久しぶりに旅行をしたいねという話になって真っ先に頭に浮かんだのがここでした。当日、宿を訪れると目の前の桜が満開!おどろきとうれしい気持ちで胸がいっぱいになります。

宿の入り口には登山モチーフのかわいらしい素朴な看板が掲げてありました。

ぬくもりが感じられる山小屋風のロビーでチェックイン

中に入ると山小屋の中のような心地よい空間が広がっていました。4月といえどまだまだ福島は寒く、ロビーの薪ストーブの炎に癒されます。

ちいさなカウンターでチェックインを済ませたあとは、案内されるまでしばしロビーを眺めて回りました。浴室へと続く廊下には、田部井氏が実際に使用していた登山用品や想い出の写真が並びます。これまで彼女のことを大柄な人だと想像していたのですが、様々な登山家と並んで映った写真の彼女はリスのように小柄で、いったいこの小さな身体のどこからパワーが湧いてきたのだろうとおどろきました。

源泉かけながしの温泉付き!306号室でくつろぎのひととき

さて、いよいよ楽しみにしていた部屋へと向かいます。今回予約したのは源泉かけながしの温泉がついたスイートルーム。久しぶりの旅行ということと、滅多に来れないのだから来た時くらいはふるさとに還元しようという思いで奮発しましたが、それでも余りあるほどの素晴らしいお部屋でした。

お部屋はステップフロアになっていて、上が洗面所にお手洗いと浴室、下が寝室兼リビングになっています。日の光が燦燦と射し込んでなんともいい気持ち!

ベッドの向かいにはソファとローテーブル、それから小さな書斎机があり、机の上にはエベレストの写真が飾られていました。ファブリックは会津木綿のものを中心にそろえられていて、インテリアの趣味のよさにもときめきます。

洗面所には一通りのアメニティがそろっていますし、ドライヤーはPanasonicの風量が強いものなのもうれしいです。また大浴場に行くときは、脱衣所わきにあるバスケットを持っていけば、すべて必要なものが入っているのも楽で助かります。

そして何よりたのしみにしていた浴室は清潔感があり、お湯もなまった感じがありません。窓を開ければ半露天風呂になり、小鳥の声や木の葉のさざめきが聞こえてきて開放感があります。なんて贅沢!

お風呂のアメニティもハーブを基調としたもので、宿のテーマと合っているように感じました。華美ではないけれど、きちんとくつろげるセレクトにうれしくなります。

個人的に特によかったのが、テレビが部屋に無いことです。その代わり部屋にはJBLBluetooth対応のスピーカーがあったので、ゆったりとしたテンポの音楽を流して過ごしました。外の世界から離れて山の中にこもり、ただ何もしないで過ごす。そんな体験ができることがうれしかったです。

開放感がある露天風呂で小鳥の声を聴く

部屋のお風呂を楽しんだあとは、やはり大きいお風呂も見てみたいと大浴場へ。驚いたのがアメニティの充実度。必要なものが過不足なく揃えられているほか、女性の浴室には明白化粧水のリペア&バランスシリーズが一式準備されていました。その他に冷水、また暖房ヒーターもあり、細やかな心配りがうれしかったです。

こちらの写真は男湯のもの(撮影許可済)

館内の大浴場は内風呂と露天風呂に分かれており、写真で見るよりずっと広かったです。特に特筆すべきは露天風呂の気持ちよさ!床まで浸すくらいこんこんと湧き出る温泉は新鮮で気持ちがよく、時折林の中から聞こえてくる小鳥の声には心が和みます。

すっかりこの露天風呂が気に入ってしまい翌朝も浸かりにきたのですが、そのとき林からやってきたシジュウカラの群れを運よく眺めることができました。

屋根裏部屋のようなラウンジでワインを一杯

お風呂から上がったあとは、夕食の時間まで2階のラウンジでのんびりと過ごします。ここでは一部のカクテル等を除いて、コーヒーやワイン、ウィスキーなどを無料で自由に愉しむことができるのです。試しにいただいたフランス産のワインがおいしく、思わず飲みすぎないようにと気を引き締めました。

沼尻高原ロッジのラウンジは天井からの採光が心地よく、それでいてどの席も他の人たちと目線が合わない工夫がされていて素晴らしかったです。ひそひそ話ができるラウンジですね。

もちろんここにも田部井淳子氏ゆかりのものがさり気なく飾られています。ゆっくりとワインを飲みながら、彼女の軌跡に想いを馳せつつ静かな時間を過ごすひとときとなりました。

目に鮮やか、趣向を凝らした美しい料理に舌鼓

ラウンジでくつろいだ後は、待ちに待った夕食です。この時期はちょうど福島の山菜がおいしい時期ということもあり、運よく多彩な旬を味わうことができました。まずは福島県のななくさビーヤで乾杯です。

前菜は桜の最中。中にはあん肝と身知らず柿を使ったあんぽ柿、蕗の薹味噌が入っていてとっても美味しかった!それから鮟鱇の唐揚げに木の芽を添えたもの。そして白魚と新青海苔の茶わん蒸し。

続いてはうるいと会津とちおとめに八朔と帆立を合わせたサラダ、桜餅風の玄米と天然こごみに花びら独活とハマグリのお吸い物、炙った鰆のお造り。どれも自分では考えつかない組み合わせと、その美味しさに目を見張りました。

メインは馬刺しのすき焼き。県産のきのこで出汁をとった割り下に、福島名物の温泉卵を絡めて。たっぷりそえられたセリの香りまで美味しい!

写真に撮り忘れてしまったものの、このタイミングで会津産のコシヒカリと香の物もいただきました。

デザートはさつまいものカラメリゼと桜と苺を合わせた糀甘酒、そしてほうじ茶。

すっかりお腹もいっぱいになったので部屋へと戻ります。沼尻高原ロッジはお酒のラインナップも素晴らしく、なかなか入手が難しくなったhaccobaのクラフトサケや、普段みかけない県産クラフトビールなどもありました。

元々ロッジでは福島の旬に主眼を置いたお料理を提供していると聞いて楽しみにしていましたが、予想を何倍も上回る創意工夫と美味しさで、この料理のためだけに何度も泊まりたいと思うほど満たされました。

何度でも食べたくなる朝食!わっぱで感じる福島の味

翌日の朝ごはんもとっても美味しかった!わっぱに入ったおかずは色とりどりでたのしく、ご飯は玄米と白米など種類を選ばせていただけるのもありがたかったです。

トマトジュースは甘さの中に青々しさが感じられて、目覚めたての身体にしみわたります。続いて出されたヨーグルトものけぞるくらい美味しかったです。まるでチーズのような濃厚さに、ジャムの甘さが効いていました。

メインは色とりどりのおかずが丁寧に敷き詰められたわっぱ。どれから食べようか迷ってしまいます。薄口の出汁で炊かれた煮物は胃にやさしく、ふかふかのだし巻き卵にはホッとしました。そして極めつけは目光の一夜干し。まさか浜のものをここでいただけるとは思わず、魚料理に定評があるという料理長のこだわりが感じられました。

個人的には夕食、朝食ともに量がちょうどよく、身体に罪悪感を感じにくかったのも良かったところでした。もちろん大食いの人はご飯をお代わりすることもできます。

またこだわりの器の趣味も素晴らしかった!思わず作家さんの名前を聞いてメモさせてもらったほどでした。

名残惜しみながらラウンジで安達太良連峰を望む

朝食を食べ終わるとチェックアウトの時間まではあと少し。すこし宿の周りを散歩したり、田部井淳子氏に関する本などを読んだ後は昨晩も過ごしたラウンジへ。宿の方が作ってくださったコーヒーは誇張無しにおいしく、ますますこの宿との別れが名残惜しくなりました。

昨日はあいにくの曇りで見えなかった安達太良連峰も、今朝はくっきりと見えてうれしい!眼下には桜を眺めつつ、遠くにはまだ雪が残る安達太良連峰を眺めていると、これから山に訪れる春を想って心が安らぎます。

聞けば沼尻高原ロッジは田部井氏が亡きあとは現在の所有者である会津芦ノ牧温泉大川荘によって継承され、2019年にリニューアルオープンされたそう。彼女のアイデンティティや歴史を大切に守りつつ、細やかで行き届いたサービスのルーツを垣間見たように思いました。

お料理も景色もすばらしく、福島を知りたい人には強くおすすめできる宿だと感じます。雪解けの頃にはさまざまなアクティビティも提供しているとのこと。ぜひまた季節の折々で訪れたい、そんな想い出の場所になりました。

田部井淳子さんを偲んで

たった1泊2日の宿泊だったにも関わらず、田部井淳子氏にゆかりのある品々や写真、そして山小屋文化を感じさせるインテリアや、彼女の思いが継承されたようなおもてなしを通して、すっかり彼女を身近に感じることができた時間になりました。

震災からもう13年もの月日が流れていこうとしています。あれから数十年経っても復興までの歩みは確実ながら遅々としていて、その遠さに途方にくれることもありました。そんなときに田部井さんのことを考えると、自分はまだまだだなと感じて姿勢を正してもらってきたように思います。

何より彼女のエッセイ『それでもわたしは山に登る』にある、以下の一節には仕事やキャリア悩んだ時、いつも勇気をもらっていました。

「女だけでエベレスト?ムリムリ。できっこない。九〇パーセント不可能だよ」とか、「女だてらに」、「女のくせに」と多くの人にいわれたことも、今となればなつかしい。当時、娘は三歳だった。「子どもを置いてエベレストに行くなんて、正気の沙汰じゃないね」といわれながらも、自分の胸の中には、「ダイジョウブ。できるだけのことをやるのだ」といった声がいつもあった。  

トラブルに巻き込まれた時こそ冷静かつ自分たちのパーティの安全を優先すること、隊員の素質を見抜いて抜擢する胆力を持つこと、土壇場で声が大きい人間のいなし方、不平不満を感じていそうなメンバーにこそ積極的に声掛けをすること…彼女の語るエピソードからは仕事人としても学ぶところが多く、折に触れてこの本を読み返します。

未熟なわたしはこれからも焦ったりどちらの道を進もうか悩むことがあるでしょう。そんなときは彼女が遺したものを指標として、着実に進んでいこうと思う日々です。

 

今回紹介した宿の詳細はこちらから

www.numajiri-lodge.com

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田部井淳子基金について

junko-tabei.jp