東京で暮らす女のとりとめのない日記

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時空を超えて愛されるモダニズム建築の名作 帝国ホテル・ライト館(設計:フランク・ロイド・ライト、遠藤新)

2021年11月の初めに、愛知県にある明治村へと足を運んだ。明治村とは明治時代から昭和時代にかけての建築を保存・展示している文化施設で、現在は夏目漱石の旧邸宅や小泉八雲の別邸など約67件もの文化財が所蔵されている。

今回明治村に来たのは、帝国ホテル・ライト館を見学することが目的だった。日比谷にある帝国ホテルに宿泊して以降、もういちどライト館をこの目で見比べたいと思っていたのだった。

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当日は気持ちがいい秋晴れ。目的のライト館は明治村の入り口付近にあるので、すぐに見つけることができた。初手からこの美しさ!平等院鳳凰堂にインスパイアされたというファサードは、マヤ遺跡を模したようにも見える。正面から左右対象に広がる存在感のある建物は、ともすれば圧迫感を与えそうなのに、手前にあるランドスケープがみごとに余白をもたらしていて、調和の美を完成させていた。

まずは外観をじっくり眺める。やや雨風にさらされて痛みが見えるものの、この建築の前ではそれすら瑣末なものだと思う。むしろ経年変化が建物に重厚さを与えるよう、計算されたように見えた。

大谷石に銅、テラコッタにスクラッチタイル…独特の素材選びと、見ている人間に違和感を与えるデザインは、やはりライトだなぁと思う。窓のひとつひとつがどれもひとつとして同じデザインではなく、中央の窓を中心にシンメトリーとなるような設計がされているのも、とてもライトらしい。

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池の上に浮かぶようにしてデザインされたモニュメントも格好いい。ファサードの作り自体は芦屋にあるヨドコウ迎賓館に似ているように感じた。

それではいよいよ、満を辞してホテルの中へ。

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館内に入って赤い絨毯の敷かれた階段を登っていく。一段一段あがっていくごとに、目の前のロビーの光景が変わっていくのが面白い。最後まで登り切ると、ロビーの全貌が現れた。ふんだんな装飾に、三層の吹き抜け!当時ここを訪れたひとたちも、おなじように息をのんだに違いない。

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あちらこちらに重厚なデザインがほどこされているものの、不思議と重苦しさは感じにくい。おそらく2階部分に施された大谷石の柱が、下から上にかけて太くなっていることで重力を感じにくくなっていることと、1階から2階にかけて伸びている柱の中に照明が入ることで、あたたかさを感じるように設計されているからだろう。

また館内の入り口の扉や窓にはよくみるとモザイクのような装飾が施されていた。この金色の部分は金箔が使われているそうで、それを合わせて一枚のガラスとして仕上げたらしい。細部に至るまでもの凄いこだわりだ。

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天井の照明ひとつとっても格好いい。放射状にのびた明かりが幻想的で見惚れてしまう。

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そのまま2階部分に上がると、大谷石レリーフが出迎えてくれた。このレプリカは日比谷の帝国ホテルでも展示されていたが、こうして建築と一体となっている姿を見ると、また違った印象を受ける。噴水や花のようにも見え、さまざまな記憶を呼び起こすよう。天井の飾り、あしもとのテラコッタ、そして絨毯とライトが設計した椅子、窓から差し込むひかり…それらが調和することでしか、みえない情景があるのだった。

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階段の踊り場部分は広くとられていて心地がいい。旧帝国ホテル時代は、ここがラウンジとして使用されていたのだそうだ。一気に階段を上らせない、または下らせないという計らいは、当時ここを訪れたであろう富裕層の生活様式にも合っていたのだろう。これならイブニングドレスを着て歩いても、十分エレガントにふるまうことができる。

現在ラウンジ部分には、当時の様子を想起されるような椅子とテーブルが1脚ずつ置かれていた。調度品は当時のものではないものの、ゆかりあるノリタケが使われているところに誠実さを感じる。当時の旅行客たちはどんな思いで、この窓から外を眺めていたのだろうか。

階段の装飾や間取りには規則性があるにもかかわらず、どこから見ても同じ光景がひとつとしてない様子は、まるで森の中にいるようだ。階段の裏にすら几帳面に装飾がほどこされていて、その精緻さにクラクラした。

実際、このホテルの建設費用は当初の予算の3倍まで膨れ上がり、工期は予定より4年もの遅れがあったという。結局経営陣との対立がもとでライトは途中で解任され、その後の設計は彼の愛弟子であった遠藤新が引き継いだ。

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そうして2階部分を歩いていると、おもわずアッ!と息をのむ瞬間が訪れた。ちょうど日が陰り、2階のレストラン部分が影になったのだ。その瞬間、周囲の柱がフレームとなって、唯一無二の影絵がおごそかに現れた。おもわず息を飲んでシャッターを切る。1階部分の導入、2階部分の喧騒、そして3階部分の静寂…ひとびとの人生がうつくしく浮かび上がり、目で交響曲を感じるような感動があった。まるで映画「グランド・ホテル」を思い出す情景に「これか!ライトはこれを見せたかったのか!」とひとり興奮する。実際にはライトの建築よりも映画が後発なので、もしかするとここに泊まった関係者が、インスパイアされたのかもしれない。

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すばらしい光景に胸がいっぱいになり、やっぱり彼の建築が好きだなぁとひとちごちる。外の空間とのつながり、当地の歴史や文化、そうしたものを細部までデザインされている。おおげさかもしれないが、ライトはこのホテルの中の時間の流れすら設計したのではないかと感じた。

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辰野金吾の東京駅舎が代表するように、当時の日本の建築家たちは国の外交と威信をかけて、威風堂々とした建築を立てることに邁進していた。それと比べると、ライト館は西洋と東洋を融合させることに心を注いだように思える。豪奢なのに、とにかく気持ちがいい。この心地よさの正体は、往年の彼の言葉にあるように、建築というものは人間のために作られるべきものであって、それを第一に考えて抜いていたからこそなのかもしれない。

ライト館は2023年に100周年を迎える。帝国ホテル東京では、期間限定で1階のラウンジ脇に資料を展示しているので、今のうちに足を運んで読んでおきたい。きっとそれらを読むことで、まだ知らないライト館の表情がいくつもみえてくるはずだ。

 

過去の建築探訪記はこちらから

lesliens225.hatenablog.com

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