東京で暮らす女のとりとめのない日記

暮らしとカルチャー、ミクスチャー

2023年に習慣化してよかったこと

買ってよかったものの話をしようとすると家の話になってしまうので、2023年は習慣化してよかったことを話そうと思います。

2023年に習慣化してよかったこと

日々、パン作り

2023年はとにかくパンを作った。元々はいちいちパンを買いに行くのが面倒だという気持ちと、これを家で作れるようになったら食費を抑えられるという考えがきっかけだったのだけれど、いざ始めると思いのほか楽しく結果的にベイクオフ道を邁進することになった。

特に好きなのが発酵の工程。小麦に水とイースト菌を加えただけで、生地がぷくぷくと勝手に膨らんでいく様子は何度見ても楽しい。パン作りではガラスのボウルを使っているのだけれど、側面に気泡ができていく様子は見ていて飽きることがない。昔、山田詠美がエッセイで大福のことを生き物のようでかわいいと表現していたことがあったけれど、発酵していくパン生地を見ているとそれに近しい気持ちを感じる。

始めたての頃は凝ったものを作ろうとしていたけれど、回数を重ねるほど自然と作るものが「毎日食べたいものかつ楽しく作れるもの」に洗練されていったのもいい経験だった。結果として今作っているのはカンパーニュとライ麦パン、それからベーグルとプレッツェル。こうして特別なことが日々になじんでいくと生活にいとしさが増す。

写真は私が焼いたベーグルで作ったワカモレトースト。栗原はるみさんのレシピなのだけれど、あまりにも美味しくて去年は何回も作った。

Duolingoで英語の勉強

去年の秋頃からDuolingoを使って英語の勉強を習慣化するようになった。正直なところ近年の英語ツールの発展はめざましく、もはや文章の校閲はGrammaryで、翻訳はDeepLで確認すればある程度は事足りる。けれど自分自身ができるようになればもっと作業を効率化できるし、ツールを使ってアウトプットした情報の真偽も楽に判断できるようになるはずだ。何より英語で過不足なくコミュニケーションを取れるようになりたい。そんな想いが後押しした。

始めてみるとDuolingoは勉強を習慣化させるアプリケーションとして本当によくできていて、毎日楽しく学習できた。ランキング形式で評価されるので焦燥感に火がつくし、プレイするたびにレベルが上がるので達成感もある。人間のやる気は仕組みでデザインすることが可能なのだと感じる。あまりにも体験がよかったので、思わずDuolingoの求人を探したこともあった。

それからゲーム内では男性のキャラクターが”My husband…”と言ったり、”They”が「彼女たち」と訳されることがある。セクシュアリティジェンダー規範について頭では理解しているつもりでも、咄嗟に反応しようとすると固定観念で選択肢を選んでしまうこともしばしばあった。そんな自分に気付けるのは、このゲームをやっていてよかったことの一つだと思う。

週末のデート

付き合っていた頃は夫と会えるのが週末だけだったので、金曜になると彼が住んでいるマンションの近くで待ち合わせをして、ふたりが好きなバルや居酒屋でデートをしていた。その後、結婚してはじめて住んだ街は引っ越してからすぐにコロナが流行し始めたので、結局その土地の飲食店をほとんど知ることができないまま去ることになってしまった。わたしたちが次に選んだ街ではお気に入りのお店を見つけたい。何より私が優とデートをしたかった。

最近は私の中で第二次チェーン店ブームが発生しているので一緒に付き合ってもらっている。始めは一緒に楽しめるか不安だったけれど、結果として杞憂に終わったこともうれしかった。先日行ったお店はワインが売りのチェーン店だったのだけれど、優がメニューを見ながら「じゃあ味わいが違うものを順番に飲んで、その中から自分が好みだと思う物を探してみようかな」と言っているのを見て、改めて素敵な人だと感じた。自分の好みとは違うシチュエーションでも能動的に楽しみ方を見つけようとする彼を見ていると、私もそうでありたいと思う。

なにより外食をしているとデートをしている感があるし、関係性が新鮮な視座でリファインされていくように思う。ついでに自炊のインスピレーションも湧くしでいいことづくめ。願わくば、これからこの街でふたりのお気に入りが見つかりますように。

休日のベランダモーニング

秋から始めたベランダモーニング。晴れた日の朝にベランダに出て朝食をとるだけなのだけれど、とても楽しくていい気分転換になった。もともと休日の朝ごはんが大好きなのだけれど、ベランダでいただくといっそう特別感があり、自分で自分をもてなしているように感じる。爽やかな朝陽を浴びながら朝食を食べていると、不思議と深い会話も増えていく。

これまでベランダでは植物を育てるくらいだったのだけれど、引越し先のベランダは清潔であかるく、もはや第二の部屋のように使い倒している。今までより空が近くなり朝日が心地よく感じられるようになったこと、ときどき鳥が飛んでいく様子を眺められることがお気に入りだ。晴れた日はハンモックで揺られながら読書をしたり勉強をしたりしている。

写真は優が作ってくれたチョコバナナクレープ。最近買ったビアレッティのミルクフローサーは牛乳を攪拌するとかなり泡立つので、いつも入道雲を乗せたようなカフェラテになってしまうのだが、それも営みとしていとしいと思う。

週に1回ジムで運動をする

去年の秋頃から夫と一緒にパーソナルトレーニングに通い始めた。誘ったのは自分なのにもかかわらず、なぜか途中から夫の方がやる気を出し始め、最終的には私が引きずられるようにしていくように。とはいうものの、週に1度身体を動かすだけで体力がつき元気になってきたのでやってよかったと思う。コロナが流行って以降は会社がリモートワーク前提となり、下手すると家から一歩もでることがない生活を続けていたせいで、かなり体力が落ちていたことを実感する。

最近は食生活にもより気をつけるようになって、なるべく野菜が多めの食事をしたりアルコールを控えたりと生活習慣も改善されてきた。特にアルコールはよほどのことがない限り取らないようになった。酔っ払って食べ物の味がわからなくなるならちゃんと味わって食べたいし、翌日に響くような飲み方は次の日が楽しめなくなるので控えたい。こうして節制しつつ楽しめる範囲をキープしていると、大人もとい中年になったな!と実感する。それがうれしい。

2024年にやめたい習慣、始めたい習慣

やめたい習慣

ダラダラとSNSを見てしまうこと

今年は朝起きてIGを見ることをやめたい。

きっかけは昨年、資格の勉強で追いこみをかけていたとき。そんな状況でもSNSを見てしまう自分に気付いて「他人の人生をウォッチすることに自分の時間を割くのはもったいない」と思ったのだった。昔はSNSを通じて友人を作りたいと意気込んでいた時期もあったけれど、今はすでに出会ったひとたちや周囲の人間関係で満たされつつある。おしゃれなお店もトレンドの服も結局は雑誌から情報を得ているので、情報収集としてSNSをやるメリットもなくなってきた。

そんなわけでアプリを見る時間を減らすために、年明けにほとんどのアカウントをミュートにするということをやった。フォローしているアカウントをミュートにしているとTLが更新されないのでわざわざ見たいものしか見なくなり、惰性でスクロールすることがなくなる。SNSを開いてしまうことは避けられないので、そうなったあとの行動を変える仕組みを作ると習慣も変えやすいように思う。

惰性でショッピングをすること

特に欲しいわけではないものを惰性で購入するのはやめたい。

特にわたしは仕事でストレスが閾値を超えたり、生理前になるとなぜか無駄なショッピングをする傾向がある。例えばそれはスーパーで買うお菓子だったり、プチプラのパックだったり。そういうときは「試してみたらいいものかもしれない」という期待値で買うのだけれど、いざ買っても食べなかったり、在庫として放置してしまうことがよくある。なにより「試してよかった!」と思うことは8割無い。

それが楽しい行為ならいいけれど、私の場合はだんだんと生活に無駄なものとして澱のように溜まっていくタイプなのだと気がついた。今年は必要十分なものだけを買う、そのサイクルで出会って良かった物は再度購入する方法に変えていきたい。

始めたい習慣

エッセイのようなブログを月に1本書く

去年このブログを書いて、自分が考えていることや感じたことをフレッシュな状態で言葉に残すことは、感情や思考の整理や棚卸しになるのだと気付いたことがあった。つくづくSNSと違ってブログは文字をタイピングしながら思考を掘り下げていくのに向いているツールだなと感じる。

もともと私は親しい人たちに相談をしても愚痴をいうことがあまりない。なんとなく相手を自分の感情のゴミ箱にしてしまうことに抵抗があり、かつ自分のパーソナルすぎる部分を他人に開示することに躊躇いがある。このコミュニケーションはかなりManlyだなとも思う。

そんなときに以前、私がいいなと思っているINIというアイドルグループのメンバーが「(ずっと忙しくてやるべきことに追われていると)自分のしたいこととか好きなことがわからなくなる」と言っていて、ハッとしたことがあった。実際に仕事で望まれる人間像をやっていると、本当の自分が見えなくなって途方にくれたことがあったからだ。

そんなこともあったので、今年は自分と対話するようなエッセイ形式のブログを書いて、自分の感情を深く知っていく機会を作りたい。パーソナルなことも含まれるので始めるなら課金性にしようと思っているけれど、その分中身は自分らしく自由にやってみようと思う。

定期的に本を読むこと

去年はあまり本を読めず、その代わり漫画ばかり読んでいた。去年の1月にガッサーン・カナファーニーの『太陽の男たち』を読んでひどく感情がかき乱されてしまい、この気持ちを整理しようと思っていたら10月にイスラエルパレスチナ侵攻が勃発し、茫然としているまま年が開けてしまった。大いなる哀しみに、今もなす術なく荒涼とした想いでいる。

また資格の勉強に生活のリソースを持っていかれていたこと、仕事で脳が疲弊していて文字が読めなかったこともあり、結局読めたのは5冊程度だった。しかしこうして本を読まずに過ごしていると、なんとなく日常に物足りなさがある。端的に言うと自分の内面がうまく耕せていないように感じる。

そんな時、年明けにSNSをフォローしている方がプルーストの『失われた時を求めて』を1ヶ月に1冊読み進めて完走したとつぶやかれていた。私以上に忙しいはずなのに、時間を捻出して読書を楽しんでいるひとがいる。その様子に感化されつつある。

わたしも今年はいつか読もうと思っていた本を中心に読書を楽しんでいきたい。なによりこうして読みたい本がまだまだあるということに、生きることへの活力が湧いてくるように感じる。

おわりに

こうして振り返ると、去年は色々なことを習慣化できていたなと思う。お金や時間をやりくりするなかで、ちいさな楽しみを見つけることのたのしさを知った一年だった。

けれどもっと良くできることがあるはずだし、時間の使い方もわたしの喜ばせ方も知っていくようにしたい。日々のできごとを新鮮に感じ、生活を工夫しつつ最大限に味わうこと。そうした延長線上に人生の豊かさがあればいいと思う。

いまよりもっと遠くにいくために、そしてよりよい人になるために、こうした習慣の積み重ねを今年もたのしくやっていきたい。皆々様、遅ればせながら今年もよろしくお願いします。

 

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きれいなひたい

眠る夫を眺めながらこの記事を書いている。いつもなら私の方が夫より先に就寝するのに、たまにこうして逆転する日がある。今日はちょうどその日だった。幾年月を重ねても、眠っている夫を眺めていることが新鮮に感じる。きれいなひたい、澄んだ鼻梁、頬に影を落とすまつげ、桜貝に似た色の唇。小さないびきを聞きながら、こうした平和な夜を、夫も過ごしているのだろうかと想像する。

先週末は久しぶりにふたりで都内を散歩した。散歩とは言っても、夫と一緒だと悠に20km近くは歩く。もはや軽いハイキングだ。結婚して始めの頃は彼の体力についていけずに途中で音をあげていた。道端で散歩に行きたくないと踏ん張るトイプードルを見て、思わず自分と重ねてしまうくらいだった。それが最近だとなんとかついていけるようになったのだから、大したものだと思う。

何よりもふたりで散歩していると、とにかく話が尽きなくて楽しい。私がボケると夫がツッコむので、途中から夫婦漫才のようになってくる。明らかに月日と共に掛け合いが洗練されてきていて、これを飯の種にできないのが残念だと思うくらいだ。生まれ変わったらこのジャンルでてっぺんをとる、そんな人生も面白いかもしれない。

閑話休題。最近はもっぱら仕事中にイージーリスニングな音楽ばかり聞いていて、気づけばSpotifyの再生リストがK-POPばかりになってきた。今年の春から本格的に聞き始めたNewJeansを始め、LE SSERAFIMやV、最近だとジョングクのアルバム『GOLDEN』をヘビーローテーションしている。特にアルバムに収録されている『Standing next to you』はちょっと格好良すぎて言葉を失った。80年代のポップミュージックを想起させるメロディラインは、古臭くなく新鮮さすら感じさせる。いい仕事だなと思った。

いい仕事といえばNewJeansの2ndEPを提供したアーティストが「ティーンが歌うので際どい歌詞は避けるようにした」というような趣旨の発言をしていたのも良かった。彼女たちのパフォーマンスも歌も好きだけれど、やはり10代の子供が歌って踊っている姿には手放しで称賛しきれない想いがあるので、せめて商売をさせている大人が一線をひいてくれていることが分かると安心できる。いつか彼女たちがアイドルをやっていたことを後悔しないよう、フェアな仕事であってほしい。

アイドルといえば最近INIというグループも良くて、稀にYouTubeチャンネルを観たりしている。何が良いって男の子たちの大半が優しく、思慮深くて思いやりがあるところ。相手をハグしたり、ストレートに褒めたり、失敗してもポジティブな言葉をかけたりと、ケアして認め合う姿がいい。若い人たちが健やかに生きている姿を見ると癒される。

逆に年上に励まされることもある。最近ゆるく笑えて元気になれそうなYouTubeを検索したときに『YOUのこれからこれから』というチャンネルを見つけた。これが個人的に大ヒットだった。中身は雑誌の読者からYOUへのお悩み相談がメインなのだけれど、QAよりも彼女の60代としての姿勢や振る舞いのバランス感覚が秀逸で、こういう大人もいるんだと思えたら肩の力がすっと抜けた。特に藤井隆、マツコとのコラボレーション回は、彼女の懐深さが感じられてとても良かった。

私はYOUみたいになりたいなと思って、結局なれずに終わる性格だと半ば諦めてもいるのだけれど、まぁそれでもいいか!こういう性格の人に愛されるのは私みたいな人間だったりするし…と開き直れるようにもなってきた。実際に仲良くしてくれる友人たちはみんな適度に緩くて、お酒が大好きで破天荒なので、そういう人たちの布石みたいな存在が私みたいな人間なんだろうと思うようにしている。それならこんなややこしい性格でも得したような気になるから不思議だ。

酔っ払いながら私のことを大好きだと言ってくれる友人たちは、今日、まさにこの夜をどう過ごしているのだろう。そろそろ眠くなってきたので仕舞にする。ここまで読んでくれたあなたにも、やさしい夜が訪れますように。

旅行先で感じたこと

昨日から京都を訪れていて、ホテルの部屋でこの記事を書いている。正直に言えば、ここに来るまでは仕事が忙しく、旅行に乗り気ではなかった。どのくらい乗り気ではなかったかと言うと、着替えるための洋服をまったく準備できておらず、九条のイオンの中にあるユニクロで調達したくらいだった。

けれど京都に着いて、街を歩いているうちに、少しずつ元気になってきた。よく歩き、ご飯をたべ、人と会話をして、川を眺める。目の前にあるものに心を留めて、じっくりと味わう。ただそれだけのことが、東京にいるうちはできていなかった。今は心に溜まった澱が、きれいに流れていくように感じている。

今まさに消えていこうとしていく澱について改めて考えてみると、やはりここ最近の悩みの主体は仕事に関することだったなと思う。現状の仕事についてはやりきったところがあり、次のステップをどうするか考えていたところだった。友人と会ったり、転職していった先輩をご飯に誘って、相談に乗ってもらっていたのがここ最近のことだ。友人は「あなたなら転職先はたくさんある」と励ましてくれ、先輩にいたっては自分の会社へ誘ってくれもした。ありがたいことだなと思う。

結局のところ、自分の人生をどうしていきたいかが見えず、漫然と悩んでいたこと自体がストレスだったのだろう。京都の街を歩きながら、会社と自分が目指す方向性に乖離が生じ始めていること、それを打開するためにはやはり違う会社に移ることも検討するべきだということ、それらがやっと腹落ちしてきた。

そのきっかけは明らかに京都に来たことで、さらに言えばこの旅行で出会った人たちのお陰だ。目を合わせて「ありがとうございます、美味しかったです」というと「いいえ、バタバタしてすんまへん。おおきに」と返してくれた女将さん。東京から来たというと、建築の見どころを熱心に説明してくださって、自作のパンフレットまで見せてくださったボランティアの方。酔っ払って「明日も来たいなぁ」というと予約ができるか見てくれたお姉さん。ホテルでエレベーターのボタンを押してあげたら、去り際に「ありがとう、おやすみなさい」と微笑んでいったフランス人の夫婦。そこにリスペクトされる個人として存在している、そのやりとりがあたたかく嬉しいものだった。

とはいえ東京には東京の良さもあり、そこにフリーライドして生きている自覚もあるので、「だから東京はだめなのだ」と言う気は毛頭ない。けれど、会社でいちサラリーウーマンとして働く中で、駒として扱われることに慣れそうになっていたことについて、やっぱりそうじゃないよなぁと思えたのは、そうしたささやかな触れ合いがあったことに他ならない。私は個人として尊重してほしかったのだ。ただそれだけのことが、今いる場所では望めなかった。

以前、転職していく同僚に「自分が嫌な人間になっていく環境なら、見切りをつけて出て行った方がいいのだと思う」と伝えたことがあった。そのことを思い出して、そしてその当時の自分の言葉に、今更ながら励まされている。そもそも仕事はこうして余暇を楽しむためにあるのであって、それすら楽しめなくなるのは本末転倒だった。そんなことに気がつくのに、ずいぶん時間がかかってしまったなと思う。

京都では主に近代建築をめぐって、気になっていたお店を訪問し、場当たり的に過ごしていくつもりだ。この余暇を浴びるように楽しみ、京都での祝祭のような日々を糧として、そのあとの人生を続けて行けたらいい。

 

 

地域とゆるやかに繋がるうるおいの場 ヤオコー川越美術館(設計:伊東豊雄)

埼玉県といえばスーパーのヤオコーが有名だが、その私設美術館が川越にあることはご存知だろうか。設計は仙台メディアテーク座・高円寺などを手掛けた伊藤豊夫氏。館内にはヤオコーと縁が深い三栖右嗣の作品が展示されている。周辺の住宅地と背丈を合わせたような控えめな造形に、豆腐のような外観が印象的だ。

建物の周りには水辺があり、さらにそれらを囲むように遊歩道が巡らされている。ちいさなランドスケープながら、美術館を利用しない人にも開けており、写真を撮っているときには、犬の散歩に来た人や、買い物帰りと思しき人などが通り過ぎていった。

建物をぐるりと囲むようにして作られた水辺にはメダカたちが泳いでいた。もともと放流されていたのか、それともあとから居ついたのだろうか。人に慣れているのか、近づいてもまったく逃げる気配がない。

美術館は四角いお弁当箱を4つの空間に仕切ったような構成になっていて、入り口から入って右側に受付と売店、左側にはラウンジ、その奥に展示室1と2が設けられている。展示室に入るには入館料が必要だが、受付・売店は料金を支払わずに立ち寄ることができる。ラウンジには三栖右嗣の『爛漫』という作品が常時展示されていて、一息つきながら美しい絵を眺めることが可能だ。

この日はラウンジで無料のミニコンサートが行われる日らしく、会場がコンサート仕様にアレンジされていた。通常はテーブルが置かれていて、ここでコーヒーやヤオコー名物のおはぎをいただくことができるそうだ。

コンサートまではまだ時間があったので、作品を近くで観賞させてもらう。息もできなくなるような桜の密度に圧倒されていると、画面の左端に気になるモティーフを見つけた。近づいて目を凝らすと、思わず微笑んだ。カワセミだ。

本物よりも本物らしい筆致に驚かされたのは勿論、小さきものへの優しい眼差しが感じられ、作者本人の心のあたたかさに触れたように感じた。

展示室1には有機的な柱が鍾乳石のごとく、天井から下へ垂れ下がるようにして生えている。下に照明を備えることで、柱に光が反射して周囲へと広がっていくのが印象的だ。

逆に展示室2は天井が展示室1の柱をくりぬいたような形で抜けており、自然光がやわらかく降り注いでいた。

驚くべきはこの宙吊りになった丸いプレート状のもの。単に絵画を照らすスポットライトのための機能かと思いきや、このプレート自体を上下させることができ、それによって会場の光を調整できるというのだ。

館内に設計図があったので断って撮らせてもらった。まさに展示室1と2は対のようになっていて、ヤオコー川越美術館のロゴとも一致する。シンプルな構成はメンテナンスの負担が軽く、考え抜かれていて合理的だ。

ヤオコー美術館には建築が目的で来たものの、実際に中を見るとその展示もすばらしく、結局1時間近くいてしまった。ここを訪れるまで三栖右嗣の作品を見たことがなかったのだが、どれも生きとし生けるもの、とりわけ老いゆくものへの友愛にあふれており、涙を流すこともあった。

数ある作品のなかで、最も私の印象に残ったのがこの『光る海』という作品だ。恐らくは沖縄の海を描いているその作品は、その前に立つと波のきらめきやさざめく音までもが聴こえてくるようだった。目の前の崖に供えられた花々や果物は、弔いのための供物だろうか。人生を謳歌できることの歓び、人間という存在の途方もなさ。そうした言葉にならない気持ちがこの絵を見ていると感じられ、海の向こうへと連れて行かれるような気がする。

すっかり満足して美術館を後にしようとすると、入り口近くにヤオコーが始まった当時の模型が展示されていることに気がついた。前身である八百幸商店は、スーパーマーケットの業態をいち早く取り入れたあとにチェーン展開を始め、現在のヤオコーへと成長を遂げていったそうだ。

ヤオコーの経営理念は「生活者の日常の消費生活をより豊かにすることによって地域文化の向上・発展に寄与する」こと。コロナに伴う不況、そしてインフレーションによる家計の逼迫。消費者の生活は依然として厳しい。それでも無償のコンサートに集う人々を見て、生活の楽しみが少しずつ削られていくなかでも、芸術を求める気持ちが枯れるわけではないのだということを感じた。

企業として物を売ることだけでなく、それを通じてこころの豊かさを提供すること。文化や芸術に触れる機会を、社会貢献活動の一環として提供していく意義。今日もスーパーのヤオコーは地域の生活にうるおいを与え続けている。

Informantion

建物名:ヤオコー川越美術館

住所:埼玉県川越市氷川町109-1

 

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葛藤と越境 グレゴリー・ケズナジャット『鴨川ランナー』

東京で暮らすことは、異国で過ごすことに似ていると思う。

先日、3年ぶりに地元の友人たちと再会したときに「ちょっとー、東京の女って感じだべ」とからかわれ「んなことねーべ、変わってねべした」と答えたことがあった。

この3年間はほとんど標準語で生活していたにも関わらず、友人たちの言葉を聞いただけで、自分の口からすらすらと方言が出てきたことに驚く。それと同時に、地元の言葉で話すときの心地よさを思い出し、途方に暮れたような気持ちになった。

それが単なる感傷なのか、あるいは「東京にいるかぎり私はこの方言を使うことはない」という事実に気づいたことによるものなのかはわからない。

けれど地元の言葉で話している時に感じる「自分」という人格は確かにあって、そのことを東京では誰とも共有できないのもまた事実なのだった。

グレゴリー・ケズナジャットの『鴨川ランナー』は、異国の地で言語を学ぶ男のエッセイだ。彼もまた、言語を獲得しようとする過程でアイデンティティがゆらぎ、葛藤しながらも母国語と日本語の垣根を越境していこうとする。

この物語の主人公は、16歳のときにアメリカから京都を訪れ、その光景に魅了された「きみ」だ。物語は語り手を通じて「きみ」の状況を俯瞰しながら進んでいく。結局「きみ」は16歳の頃に見た光景が忘れられず、文科省の英語指導助手プログラムに応募をし、京都へと渡ることになる。しかし、憧れの土地での暮らしは順風満帆とは言えない。

この物語の中で、筆者はふたつの違和感を用いている。ひとつは母国語以外の言語を使い、異国で暮らしていくことへの違和感だ。この違和感は物語の語り手を主人公である「きみ」ではなく、三人称を使うことで表現されている。慣れ親しんだ母国語を離れて他言語話者になった瞬間、肉体と精神が乖離していくような感覚。話したいことと心がリンクせず、自我と言語の間に薄い膜が付きまとうような経験。

そしてもう一つの違和感は、その見た目から異邦人として扱われ、外国人らしい振る舞いが求められるもどかしさだ。どれだけ自分が日本人らしく振る舞おうとも、決して「同じ」とは認識されない疎外感。いくら望んでもコミュニティには受け入れられず、澱のように積もっていくフラストレーション。

主人公がいかにこれらの違和感と向き合い、言語を獲得しながら越境していくのか。そもそも言語を獲得するゴールとはどこにあるのか。それがこの物語の見どころでありテーマだ。

 

物語の中盤、英語指導助手を辞めた「きみ」は、市内に移り住んだ後に日本語のライティングを始める。

 特に書くことはないが、今日見たことを書こうとする。今回はすらすらと言葉が出てくる。文章の意味はどうでもいい。重要なのはマス目を埋めることに伴う快感のみ。極めて肉体的で、純粋な感触だ。

 きみは書き続ける。深夜まで書き続ける。一枚、二枚、用紙がなくなるまで、ペンに注入したインクの最後の一滴を絞り出すまで。

手を使って言葉を身体になじませていく行為は、言語を学習する際に使われる最も一般的な方法だ。小学生が漢字ドリルを使うように、人は反復動作を行うことで身体で文字を覚えていく。

かく。書く。描く。みる。見る。観る。よむ。読む。詠む。

母国語とは異なる文字や文法のストラクチャー。窮屈な服のようなそれに、肉体も精神もフィットさせなければいけないという葛藤。言語を習得すると言う過程でアイデンティティは揺るがされ、強制的に再構築されていくような違和感を、何度も何度も経験しなければならない。

さらに主人公は、もうひとつのトレーニングを行う。それは朝に、京都市内を走るという習慣だ。

 春になるときみは急に身体を動かしたくなる。(中略)マンションを出て、鴨川デルタへと向かう。

 鴨川に続く商店街の道はまだ静かだが、それぞれの店から微かに生活の音が漏れてくる。豆腐屋の人は店先のケースを引っ張り出している。小さな古着屋のシャッターがガタガタと音を立てて上へ上がる。うどん屋仏頂面の店長はラジオで朝のニュースを聞いている。いつものリズムだ。

異郷の言葉。異国での暮らし。その街の匂いや風景、そして音。走ることで言語が街と結びつき、次第に身体へと刻み込まれていく。本書に登場こそしないが、異国の料理を味わうこともそうだろう。東京に引っ越してきたばかりの頃、この街の味が知りたくて、さまざまなお店を渡り歩いていたことを思い出す。

こうした異なるふたつの肉体的アプローチを繰り返すことで、次第に「きみ」の文体にもリズムが生まれ、言葉がソフティケートされていく。

 

他言語を学ぶ時、一般的にはその言葉をいかにネイティブらしく話せるかどうかがゴールとされる。しかし本当の意味で言語を獲得するというのは、その文化や土地の記憶を知り、そこで培われた経験を自らの血肉として、言葉を理解したときではないだろうか。

英語と日本語という極端な例を挙げるのであれば、前者は必ず主語や目的語が発生するのに対し、後者は文法体系からそれらがぼやけ、意思表示や目的が曖昧になりやすい。

このまったく構造が異なる言語を獲得しようとするとき、人格を再構築するほどの強制的なアプローチが必要であるということは、避けて通ることができない。何よりこのような経験をしても、一生自分はよそ者なのだという意識は消えることはない。

けれど、それでも他言語を習得することに理由があるとすれば、その過程で解体されゆく自意識と、それを再構築することで、新しく世界をとらえられる可能性が生まれるからなのかもしれない。

私は以前、東京で生まれ育った友人に「あなたは牡蠣と柿の発音が違うね」と言われたことがあった。それを機に何度か矯正しようと試みたが、結局もとのイントネーションのまま生活している。

あと数年で東京で過ごしてきた年月が、地元で暮らしていた時間を上回ってゆく日が来る。それでも自分のイントネーションにわずかな訛りが残っている時、故郷で暮らしていた私を見つけて懐かしく思うのだ。

今こそ、福島。福島県出身者が教える、絶対にはずさない温泉宿 5選

もうすぐゴールデンウィーク。そろそろ旅行先について考え始める人も多いのではないでしょうか。しかし、ようやく旅行が楽しめるようになってきたとはいえ「まだ海外はハードルが高い、しばらくは国内旅行を楽しみたい」と思っている方もいるはず。そんな方にお勧めしたいのが福島県です!
旅先に福島県を勧めると「福島県って何があるんだっけ?東北だから遠いんじゃない」と言われることもしばしば。確かに、福島県民は商売が下手ならアピールも下手、さらに口下手と3拍子がそろっていて、良さを知っていてもおおっぴらにすることができません。でも、ちゃんと魅力はあるんです!

旅先としての福島県の魅力

まずなんといっても食べ物が美味しい!新鮮なお魚からお肉に野菜、果ては日本酒やワインなどと、美酒佳肴に事欠かず、福島県で食べられない食材はないと言っても過言ではありません。

また、風光明媚な大自然が楽しめるのも福島県ならでは。桃源郷と称される花見山を始め、美しい湿原の尾瀬ヶ原など、訪れる人たちの心を静かに癒やします。さらに福島県は温泉地が136カ所もある、まさに温泉天国!美味しいご飯を食べて、美しい自然に癒やされて、いいお湯につかって…帰る頃にはリフレッシュしている自分に気がつくはずです。

そして実は、東京から福島県は意外と近いんです。新幹線に乗れば、主要な観光地には2時間足らずで来れちゃいます。東北の玄関口と呼ばれる福島県は、東北文化を知る入り口としても、ふらっとリトリートをしたいニーズにもぴったり。ここではそんなニーズを満たしてくれるような、福島県内にあるイチオシの宿について紹介していきます。

初めて福島へ来る人にお勧めしたい温泉宿 5選

会津藩士が愛した温泉と有形登録文化財第一号の宿 向瀧

「福島でおすすめの温泉宿ってある?」と聞かれたら真っ先に勧めるのが、ここ向瀧です。もともとは、会津藩士の指定保養所として利用されていたという歴史を持ち、明治維新後に平田家に受け継がれたあとは、旅館として訪れる人々の心を癒やしています。意匠を凝らした旅館建築も素晴らしく、歴史と文化の両方が楽しめる、福島県が誇る老舗旅館です。

四季折々で表情を変える中庭が素晴らしい

特に素晴らしいのが四季折々で表情を変える中庭の美しさ!冬は会津の特産品である絵ろうそくを使った、雪見ろうそくが中庭を彩ります。

館内は中庭に面したお部屋がほとんど。皇族が愛した離れや、内湯つきのお部屋も素晴らしいですが、まずは中庭を眺められる部屋に泊まって、ゆっくりと流れていく時間に身を委ねてほしいです。

食事

そして、なんといっても素晴らしいのがこのお料理。向瀧では会津産の食材を使った、地元の郷土料理を楽しめるんです。会津地方は山に囲まれた土地柄、昔はタンパク質が貴重でした。食べるものと言えば、鯉や干した鰊など。またハレの日には、干した貝柱で出汁を引いた「こづゆ」と呼ばれる汁碗を食べて祝います。

向瀧では、古くから会津の人々が育んできた郷土料理を磨き上げ、食文化を感じさせつつも旬の食材を取り入れるなど、飽きさせない工夫がされているのです。例えていうなら、会津オーベルジュ。どれを食べても本当に美味しい!

もちろん朝食も素晴らしい。お米が主役の朝食は、引き立て役のしょっぱいおかずが並んで、これでもかというくらい白米を食べさせます。「会津のお米って美味しいんだな」としみじみ感じさせる朝食です。

温泉

向瀧の温泉は源泉掛け流し。浴槽は毎朝換水を行ったあと、清掃が行われているという徹底っぷりです。湯守が大切に守ってきたお湯は、じわっとしみるような肌あたりが特徴。

館内には部屋風呂を除いて5つの内湯があり、熱めのきつね湯からぬるめのさるの湯、そして貸し切り風呂の蔦の湯、瓢の湯、鈴の湯があります。中には天井に、名前にちなんだレリーフが掘られているものも。どの浴槽も趣があり、自分好みのお湯を探すのも一興です。

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もはや温泉のテーマパーク。野趣あふれる露天風呂で湯治三昧ができる宿 安達屋

福島駅からバスで30分、市街地から近いにもかかわらず、本格的な湯治体験をできるのが高湯温泉郷です。高湯温泉郷には共同浴場と合わせて10の温泉施設があり、その全てが源泉かけ流しを行っているほど、湯量に恵まれています。その昔は奥羽三高湯と呼ばれ、古くから東北の人々に愛されてきた秘湯。そんな当時の趣を感じつつ、温泉を楽しみたい人にお勧めしたいのが安達屋旅館です。

囲炉裏があるロビーでホッと一息

安達屋の顔でもある、囲炉裏と暖炉があるロビー。ここでは備え付けのコーヒーマシンはもちろん、紅茶や麦茶といったソフトドリンクから、カクテルタイムにはウイスキーやジンまで、ほとんどの飲み物がフリードリンクとして提供されています。各湯船の中心にあるので、内湯に入ってからロビーで一休み、水分補給をしたあとは露天へ…と湯治を楽しめるのが嬉しい。

食事

安達屋のお料理は、食事会場にある囲炉裏を中心に組み立てられた、里山を感じられるコース仕立て。お料理の演出が凝っているのはもちろんのこと、県内の日本酒が取りそろえてあるのが特徴です。福島の有名な酒蔵からニッチなものまで、日本酒が好きな人にはまさに天国。食事会場は半個室なので、一人旅にもお勧めできます。

翌朝の朝食もしっかり美味しい。福島といえばお米ですが、苦手な人にはトーストも振る舞われます。ジャムはもちろん県産のフルーツ。余すところなく県の美味しいものが楽しめます。

温泉

安達屋と言えば、なんといってもこの野趣にあふれた露天風呂!「大気の湯」と呼ばれる、自然と温泉とが一体となった広大な温泉につかる気持ち良さは格別です。大気の湯は混浴ですが、18時から21時までは女性専用時間も設けられています。夕食の時間を調整する必要はありますが、混浴が苦手な人でも安心して楽しめる時間帯があるのは嬉しいです。

そのほかにも男女別の内湯を始め、予約制の貸し切り露天風呂と内湯を合わせると、館内には5つもの浴槽があります。内湯でとっぷりとお湯につかってもよし、開放感にあふれた露天風呂で自然の音に身を委ねるもよし。自分だけの湯治スタイルを見つけて欲しい温泉です。

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ミルキーブルーの濁り湯と意匠を凝らした美食を楽しめる宿 旅館 ひげの家

安達屋と同じ高湯温泉郷にあるのが、こちらの旅館ひげの家。1960年に開業したひげの家は、高湯温泉の中では比較的歴史が若いものの、常にお客様目線で快適さを追求しているストイックな宿です。現代のライフスタイルの延長線上で温泉旅館を楽しみたい、混浴は苦手だし、お料理は適度な量でいろんな味を楽しみたい。そんな人にはこちらの宿を強くお勧めします。

ゆったりした部屋でのびのび過ごす。部屋から眺められる緑も美しい

建物には広縁付きの和室のほかに、洋室が用意されています。建物自体の駆体は古いものの、館内はきれいにリノベーションされているので、とても快適です。また、どのお部屋も広いので、ゆったりと過ごすことができます。

食事

そしてひげの家の素晴らしいところは、目にも舌にも美味しい会席料理。県産の食材を中心に組み立てられたお料理は、一品一品が丁寧でどれを食べても本当に美味しい!量もちょうどよく、小食のひとには対応もしてくださるので安心です。女将さんが選ばれたという器も、一つ一つが本当にきれい。

そうそう、翌日の朝ごはんが適量なのも嬉しいポイント。作り立ての湯豆腐に、しゃけやちりめんじゃこといった、オーソドックスな朝ごはん。デザートにヨーグルトがついてくるのも、なんだか実家のようでホッとします。京都で修行をされていたという料理長が手掛ける洗練された料理の数々は、グルメな人を満足させられること間違いありません。

温泉

ひげの家には、男女別にそれぞれ内湯と露天風呂が設けられていて、そのほかに貸し切り露天風呂の「星見風呂」があります。その名の通り、晴れた日にはこの露天風呂から福島のうつくしい星々を眺めることができて、とっても幻想的です。ひのき造りの湯船は定期的に貼り替えられているので、清潔感があってとても気持ちがいい。日常を忘れて癒やされたい、そんな人にはぜひおすすめしたい温泉宿です。

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風光明媚な景色を眺めながら温泉を楽しめる高原ホテル 裏磐梯高原ホテル

厳密にいうと旅館とは違う括りではありますが、リトリートというニーズに応えるなら、ぜひ紹介したいのが裏磐梯高原ホテルです。創業から現在に至るまで、国立公園に訪れる観光客の方々を始め、皇族や海外からの賓客にも愛されてきました。

絶景!国立公園の中にある最高のロケーション

そんな裏磐梯高原ホテルの特徴は、国立公園の中にあるということ。ホテルの目の前には、コバルトブルーに輝く五色沼があり、その奥には名峰である磐梯山のそびえたつ姿が一望できます。素晴らしい絶景を独り占めする贅沢。どこを切り取っても絵葉書のような風景に、自然と心が開放されていくことを感じるはずです。

また、館内にはライブラリーがあるのも嬉しいポイントです。選書もすばらしく、子供用の絵本から大人向けの専門書や小説などが、壁面にずらりと並べられています。美しい景色を眺めながら、のんびりと読書を楽しむ。そんな楽しみ方もおすすめです。

食事

暖炉の側でいただいたウェルカムスイーツとドリンクはもちろん、アテンドのサービスが素晴らしい。食器はノリタケで、趣味がいいのもときめきます。

夕食は和食か創作フレンチの2種類から選べます。創作フレンチは福島県産の食材を使い、彩り豊なアプローチで提供されます。また福島産のワインも取りそろえられており、福島の日本酒だけでなくワインも知りたいという方にはお勧めです。

朝食も和食か洋食かを選べますが、やはりお勧めは和食でしょう。福島県産の食材がこれでもかと並べられる光景は、見ていて圧巻です。絶対にお客様におなかを空かせて帰さないぞ、という気概を感じます。

温泉

写真は公式HPより引用

お風呂は男女別に、内湯と露天風呂が設けられているのですが、なかでも人気なのがこの露天風呂です。その理由は、まるでインフィニティプールのような設計。露天風呂は、浴槽の水面が五色沼へと続くかのようにシームレスにデザインされていて、まるで美しい自然と湯船が一体となったかのような心地よさ。磐梯山を眺めながら、お湯が流れていく音を聞いているだけで、なんだか不思議と心が軽くなっていきます。非日常の空間で、リトリートを楽しみたい。そんな人にはぜひおすすめしたいホテルです。www.ikyu.com

派手さは無いけれど、人の暖かさと山人料理に癒される 旅館ひのえまた

会津に位置する檜枝岐村は奥会津とも呼ばれ、古くから平家の落人伝説などが残っています。現在では尾瀬ヶ原への玄関口として、春から秋にかけては多くの観光客を迎え入れており、旅館ひのえまたは登山家にも人気を博しています。

食事

周囲を山に囲まれているため、まだインフラが発達していなかった頃は、食べるものにも困ることが多かったという檜枝岐村。そんな厳しい環境下で、なんとか客人をもてなすために発展していった山人(やもうど)料理を、ここでは楽しむことができます。なお、メニューの一部には山椒魚の唐揚げがありますが、苦手な場合は申告すると別なものに変えてもらえます。

そんな山人料理のなかでも、特に印象深いのが「はっとう」と呼ばれる、蕎麦粉と餅粉を合わせて作られた料理です。南会津の名産であるえごまをたっぷりとまぶしたお餅は、軽やかな甘さに香ばしさと、とろけるような食感が合わさってとても美味しい!限られた食材で工夫しながら美味しいものを作る姿勢には、どこか精進料理を彷彿とさせます。

そして嬉しいのがお夜食がついてくるところ。温泉に何度も入っていると、すっかりお腹が減ってしまうことってありませんか。それを見越してか、ひのえまたでは夕食の後にお夜食としてご飯を持ってきてくださります。この日は舞茸と白米を炊き込んだシンプルなご飯でしたが、これがやたらと美味しくてとても感動しました。

さらに、お夜食のデザートとしていただいたのがクリスマスケーキ!実はこの日はクリスマスだったのですが、まさかケーキを食べられるとは思わなかったので、とてもうれしかったです。「田舎のケーキですけど」と謙遜されていらっしゃいましたが、とても美味しくいただきました。

温泉

ひのえまたの温泉はアルカリ性単純温泉。刺激が少なく、さらっとしたお湯です。また、浴槽の端には頭を載せられる湯枕があり、寝湯のようにして楽しむこともできます。露天風呂の眺めはないものの、床は畳敷きで寒さが伝わりにくいように工夫されているところに、細やかな気配りを感じます。

入浴施設の近くには小上がりになっている和室があり、自由に漫画や本を読めるように工夫されていました。また受付では、昔懐かしいアイスキャンディーも販売されています。派手さはないけれど、人のあたたかさともてなしにホッとする宿。福島の人の良さを実感したいなら、ぜひこちらをおすすめします。

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今こそ、福島。

大学への進学を機に上京してから、定期的に福島には帰っているのですが、その度に「こんなに良いところだったんだな。ここで育つことができてよかったな」としみじみ実感しています。豊かな自然においしいご飯、そしてやさしい人々。冒頭で福島の人は商売が下手と言いましたが、その不器用さも含めていとしく感じます。

長く続いた感染症の流行に伴う自粛で、ちょっと心が疲れたなという人も多いのではないでしょうか。そんな人にこそ、ぜひ福島にきてほしい。口下手だけれど、精一杯もてなしてくださる福島の人のあたたかさに触れて、心を癒やしてもらえたら。そうして心の中に蓄えた、やさしさを持ち帰ってもらえたら。

そしてもし福島が好きだなと思えたら、ぜひ自分だけのお気に入りの「福島」を、長い時間をかけて見つけていってください。

過去の福島県に関する記事はこちらから

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26年経ってKinKi Kidsの『硝子の少年』を聞いたら余りにも良すぎてどハマりした話

はじめに

KinKi Kidsがデビューしてから、26年が経とうとしている。彼らがデビューをした当時、私の周りではKinKiブームが起こっていて、ほぼ毎日のようにクラスでは「剛くん派か、光一くん派か」で議論が分かれていた。私はというとあまりアイドルには興味がなく、友人のAちゃんが剛くんが好きだというので「じゃあ私は光一くんかな」と合わせていた。どちらかというと、同時代にデビューしたデスティニーズ・チャイルドに夢中だったのだ。KinKi Kidsは「こんな人たちもいるんだな」という程度にしか認識しておらず、そのまま私は大人になっていった。

それが去年、紅白歌合戦を見ていたときに、突然人生にKinki Kidsが入場してきたのだ。きっかけは彼らが『硝子の少年』を歌ったのを聞いて「あれ?これって結構いい歌じゃん」と思ったことだった。格好いいイントロと、クセになるコード進行。ギターのスクラッチもイケているし、なにより二人とも歌が上手い。その時はそれで終わってしまったのだが、最近になってふと思い出してYoutubeで聞いてみたところ、想像の100倍くらい良い歌で痺れてしまった。なんで今まで『硝子の少年』がこんなに良い歌だと気付かなかったんだろう。メロディは勿論、とにかく歌詞がいい。余りにも素晴らしい歌詞で感動したので、感じたことを残したい。

『硝子の少年』歌詞 考察

雨が踊るバス・ストップ
君は誰かに抱かれ
立ちすくむぼくのこと見ない振りした

まず雨が「降る」ではなく「踊る」という言葉が凄い。雨が踊るように見えるほど激しく降っている様子と、そこにあるバス停という情景が、このフレーズだけで目に浮かぶ。また、歌詞は一人称で語られていて、これは「ぼく」の視点の物語、すなわち叙情詩であることがわかる。
一方で気になるのは、誰かに抱かれる君と、立ちすくむぼくの関係だ。ここでは聞き手に疑問を持たせたまま、歌は次のフレーズに入る。

指に光る指輪
そんな小さな宝石で
未来ごと売り渡す君が哀しい

「ぼくと君はどういった関係なのか」という問いの答え合わせを行うのがこの章になる。指に光る小さな宝石のついた指輪=婚約指輪と、未来ごと売り渡すというフレーズから、「君」は婚約していることが明らかだ。
すなわちバス停で立ち尽くしていた少年は、君が知らない誰かと婚約したことを知って、衝撃と悲哀の中にいることが分かる。

ぼくの心はひび割れたビー玉さ
のぞき込めば君が逆さまに映る

続いてBメロでは、複数のメタファーが隠されている。
まず「ビー玉」は前段で登場した「小さな宝石」と対句になっていて、少年の未熟さと繊細さを表現している。またそれにかかる「ひび割れた」という描写からは、少年が失恋の真っ只中にいることが明らかだ。最後に「君が逆さまに映る」というのは、ビー玉そのものの描写だけでなく、少年を愛していた頃の優しい君が映っていることを表しているのだろう。
ビー玉というモティーフをここまで膨らませられることが凄まじい。

Stay with me
硝子の少年時代の破片が胸へと突き刺さる
歩道の空き缶蹴飛ばし
バスの窓の君に背を向ける

サビではタイトルの『硝子の少年』というテーマを回収すると共に、AメロからBメロまで積み上げられてきた少年の感情が表現されており、これまでの静的な描写から一転して「ぼく」が初めて何かをする様子が描かれる。

サビの冒頭では「Stay with me=(そばにいて)」という、まだ駆け引きも知らない少年らしいフレーズが、聞き手の胸へとストレートに届く。次に「歩道の空き缶蹴飛ばし」では、感情を制御することができない少年特有のアンバランスさと、バスに乗り込むであろう君を引き留められなかった状況の2つが描写されている。そして最後の「バスの窓の君に背を向ける」という表現では、乗り物を通した対比で恋の終わりが描かれている。バスに乗ってこの恋から去っていく君と、雨の中ひとり取り残される少年。感情と情景の描写が鮮やかだ。

映画館の椅子でキスを夢中でしたね
くちびるがはれるほど囁きあった

2回目のAメロでは、これまでの「ぼく」と「君」の回想シーンになる。これまでの歌詞とは対照的に、映画館で一目もはばからずに愛し合った日々が描写されており、少年の哀しみを強調している。

絹のような髪に
ぼくの知らないコロン
振られると予感したよそゆきの街

後段では恋の終わりの予感が「ぼくの知らないコロン」というモティーフを通じて描写される。また、「よそゆきの街」という言葉には、デートのために出かけた街と、恋の終わりを予感させたいつもとは違う表情の街という、2つの意味が掛け合わされているのだろう。

嘘をつくとき瞬きをする癖が
遠く離れてゆく愛を教えてた

そして2回目のBメロでは、振られる予感が確実になっていく心情と、ふたりの関係性に愛情があったことの、2つが表現されている。相手が嘘をつくときの癖がわかるくらいに愛していたこと。そして「遠く離れてゆく」という言葉には、かつて側には愛があったことが含まれている。

Stay with me
硝子の少年時代を
思い出たちだけが横切るよ
痛みがあるから輝く
蒼い日々がきらり駆けぬける

始めのサビでは「破片が胸へと突き刺さる」とあった部分が「思い出たちだけが横切るよ」に変わっている。これは「ぼく」が思い出を俯瞰できるようになったという時間の経過と、恋人と過ごした日々だけがそばにあることを表している。そして続く「痛みがあるから輝く」という言葉では「ぼく」がつらさを受容し始めていること、そして「蒼い日々がきらり駆けぬける」からは、まさに彼の硝子のような青春時代が砕け、終わりを迎えていく様が読み取れる。

ぼくの心はひび割れたビー玉さ
のぞき込めば君が逆さまに映る

歌詞が繰り返されることで、失恋した少年の気持ちがより強く感じられる。

Stay with me
硝子の少年時代を
思い出たちだけが横切るよ
痛みがあるから輝く
蒼い日々がきらり

ここでは「駆けぬける」まで歌詞が続かない。おそらくはまだ消化し切れていない恋心が、「ぼく」の中に光り続けているということなのだろう。失恋とは傷を受容したり、痛みを確認したりすることの繰り返しで、このサビではそれが行われている。

Stay with me
硝子の少年時代の破片が胸へと突き刺さる
何かが終わってはじまる
雲が切れてぼくを照らし出す

そして特筆すべきがこのサビだ。やはり失恋を受容できず、痛みを感じている「ぼく」だが、続くフレーズでは「何かが終わってはじまる」と受容の兆しも見せている。この「何かが終わってはじまる」とは少年期の終わりと、青年期のはじまりということなのだろう。硝子のような少年時代は砕け散って元にはもどらない。けれどその痛みと共に残された思い出が、彼のこれからになっていく。それは次の「雲が切れてぼくを照らし出す」でも表現されているし、同時に「雨が踊る」ほど激しかった天気に晴れ間が射しているという時間の経過、そして情景が描写されているのだ。

君だけを愛してた

そして極め付けはこのフレーズだ。いままで歌詞は散々「ぼく」が相手を深く愛していたことを、愛という表現を使わずに表現してきた。それが最後の最後にストレートな言葉で締め括られる。あまりにも鮮やかで、痛々しく、繊細な締め括り。まさに『硝子の少年』のエンディングにふさわしいストレートパンチのような歌詞だ。

松本隆が描く歌詞の凄み、KinKi Kidsというアーティストの素晴らしさ

以前何かで、スガシカオYUKIが「歌詞の中には黄金の一行をいれる」という話をしていたことを覚えている。これは歌詞の中に聞き手に刺さるであろうフレーズをいれることで、歌を魅力的なものにするというテクニックだ。通常は1つの歌詞に対して1センテンスがあればいいとされているが、KinKi Kidsの『硝子の少年』に至っては全フレーズが黄金の一行で、とにかく無駄がない。天気とバス、そして硝子というモティーフを主軸に、ここまで物語を展開できることが凄い。初めから終わりまでの壮大な伏線回収ののち、「そう終わるのか!」と思わせる構成は、まるで韓国映画を見ているような体験だった。こんな歌詞を人生で一度書けたら死んでもいいと思う。

勿論、これを当時10代という若さで歌ったKinKi Kidsもすごい。当時のPVをYouTubeで見て、堂本剛さんの若くて既に完成された歌声に圧倒されたのは勿論、堂本光一さんは紅白で聞いた時より音量や音程が不安定で「歌の神様に愛されている人が隣にいる環境で、この人は歌もダンスも腐らずに今日まで努力をしてきたんだな」と思った。

今になって1990年代以前の音楽を聴くという楽しみ

『硝子の少年』と改めて出会って、こうして過去のアーティストたちの作品を振り返るのも楽しいんだということに気がついた。普段音楽をディグる時は「まだ誰も知らないアーティスト」や「新しい音楽」を探そうとして、必然的に令和以降のものばかりを選んでしまっているのだけれど、今とは違う様式で歌が流行っていて、誰もが歌える歌があって…という時代にヒットソングとして残っている歌が面白くないわけがない。平成以降は歌手が曲も詩も作ることが当たり前になってきたけれど、作曲家と作詞家が分かれていた時代だからこその面白さは、この時代の歌ならではだと思った。

遡って今は松田聖子の『Sweet Memories』に、沢田研二の『勝手にしやがれ』などを新鮮な気持ちで聞いている。そのことが、とても楽しい。

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