東京で暮らす女のとりとめのない日記

暮らしとカルチャー、ミクスチャー

与謝野晶子も訪れた登録有形文化財のカフェでくつろぎのひとときを 横浜「カフェ金澤園」

先週末、横浜市金沢区にある「カフェ金澤園」に行ってきた。
以前、NHKの「ふるカフェ系 ハルさんの休日」という番組を見てからずっと行きたいと思っていたのだ。

当日は曇り。午前11時ごろに到着すると、すでに3組ほど先に来ている人たちがいた。テレビで見た通り、なんとも立派な建物!

うーん、正面に回るとますます格好いい。木造二階建ての入母屋造で、派手さはなくとも高級感が感じられる。

それもそのはず、実はこのカフェの前身である「金澤園」は、もともとは旗亭として創業された歴史を持つのだ。

全盛期には与謝野晶子や高山虚子などの文人たちが訪れ、多くの観光客で賑わっていた金沢園。当時は近くに遊園地もあり、目の前には海が広がっていたというから驚きだ。今でいうところの、レジャー施設だったのだろう。

玄関には食事のメニューが書かれた黒板が設置されていた。どれもオーソドックスな喫茶メニューで美味しそう。

中に入ると、その豪華さに圧倒される。天井は格天井!位の高い建物なんだぞ、ここは…という設計者の意図、施工者たちのプライドがビシビシ伝わってくる。

飾り窓の隣には「海軍航空技術廠支廠指定旅館」の札が。金澤園は昭和になって戦争が始まると、旧海軍の指定旅館として利用されるという、数奇な運命をたどったそうだ。

入り口にはここが当時海軍の所有地だったことを示すアンカーベルもあった。軍港が近いこともあり、このあたりは日本でも特に海軍の指定旅館が多い土地だったそう。こうした旗亭は、主に出征する軍人に対する見送りの場として使用されていたらしい。

そのまま建物1階を右に進むと、オープンキッチンがあるカフェスペースが現れた。まずはここでメニューから注文をする。建物にはここと2階部分にカフェスペースがあり、空いていればお客さんはどちらか好きな方を選べるとのこと。もちろんこの日は2階でお願いした。

店員さんに案内され、2階に向かうための階段を上っていく。足の踏み場が少ししかない急な階段で、祖父の家を思い出した。束の間童心に帰ってワクワクする。

そのまま階段を昇りきり、ようやく2階部分に到着した。部屋に入った瞬間思わず息を呑んだ。全面ガラス張りの、なんとも眺めがいい部屋!目に新緑が飛び込んできて眩しいくらい。まるで部屋全体が森の中に浮いているみたいだ。

「よければこちらにどうぞ」と案内された場所はちょうど部屋の角の席。とにかく開放感がすごい。なんだか落ち着かなくて、知らない家に連れてこられた猫のように、しばらくウロウロしてしまった。

部屋の全貌は書院造りの床の間に、松を大きくあしらった襖絵、豪奢なシャンデリアと格天井。畳の縁は群青色で、部屋をキリリと引き締めている。

正面に飾られているのは、皇族軍人だった閑院宮戴仁親王による書。「政治には寛容と厳格の調和が必要」という意味なんだそうだ。全国各地にこの書はあるらしい。なんか気分がアガると一筆書いちゃうおじさんだったのかな、と夫に言うと「時代が時代なら不敬だよ」と突っ込まれる。

さらにこの部屋を囲むようにして入側縁が設けられていた。部屋に合わせて畳敷きにされており、より空間が広く見えるように工夫されている。来客が多い時や、宴会などではこの縁まで座敷として使われていたらしい。

ちなみにこの金澤園、元はこの窓から海が見えていたらしい。その後都市化に伴って沿岸部の埋め立てが進み、景色は徐々に変わっていったのだそうだ。実際に当時の地図を見てみよう。

おお、確かにめちゃくちゃ海が近い。風光明媚とうたわれた金沢の勝景が一望できたことが容易に想像できる。そりゃ文人だって集まるよなぁ。周囲に建物もなく盗聴などをされる心配もないので、軍人が話をするのにもちょうどよかったのだろう。

そして現在の地図はこの通り。浜は埋め立てられマンションが建ち、今の景観になったことがよくわかる。埋め立て前は、沼津にある安田屋旅館のような眺めが広がっていたのだろうか...目を閉じて、目の前に広がる浜辺を想像した。

建築に夢中になってすっかり忘れていたけれど、もちろんカフェメニューも美味しかった。この日は私が抹茶セット、夫はイチゴタルトにアイスティー。ひとくちずつ交換する。タルトの苺は北海道でしか栽培されていない品種らしく、甘酸っぱさが舌にキュンとくる美味しいタルトだった。

一息ついて興奮も落ち着いてきた後は、周囲のお部屋の散策へ。

2階の奥にはこれまた立派な部屋があってびっくり。床柱の存在感たるや!扇型の飾り窓の雰囲気も抜群にいい。写真には写っていないけれど、きちんと下地窓もあり...この部屋でいったいどんな人をもてなしたんだろうと想像が膨らむ。

よくみるとガラス部分には結霜ガラスが施されていた。なんて綺麗なんだろうとうっとり。一度でいいからここに泊まってみたかったなぁ。

2階のお手洗いも見逃せない。扉部分には千鳥に波模様の透かし彫りが入っていて、細やかな意匠にこころがときめいた。

他にも部屋があるそうなのだが、この日は予約の方がいらっしゃったので、次回のお楽しみに。しかし見ても見てもキリがない。きっと来るたびにたくさんの発見があるのだろうな。

さらに1階へ降りて廊下の奥に進むと、何やらレトロな外観の部屋が見えてきた。気になったので中を覗いてみるとびっくり!そこにはなんとも風情豊かな風呂場があった。

風呂場はモザイクタイルで表現された富士山が溶岩で装飾され、その中央部分には楕円形の湯船がこぢんまりと佇んでいる。それぞれインパクトがありながらも調和していて格好いい!

そして驚いたことに明かり取りの窓はなんとステンドグラス!下世話にも「当時この小さな一枚だけでいったいいくらになったのだろう」と考えてしまう。

風呂場の屋根には浴槽から出る蒸気や湿気を逃すために、透かしの技法も取り入れられていた。ミントグリーンの色合いも上品で可愛らしい。こんなところにまで!?と驚くような意匠がふんだんに散りばめられていてクラクラする。ここで朝風呂をしたらたいそう気持ちがいいことだろう。

廊下にある共用洗面台の窓も、結霜ガラスと色ガラスの組み合わせのセンスが光る。朝起きて、ここで顔を洗って歯を磨いて...何気ない生活の動作ですら、かけがえのない思い出になりそうだ。

いろいろと見学させてもらい、最後はコーヒーでいっぷく。ここのコーヒーは昴珈琲店の「海軍さんのコーヒー」を使用していて、カップアンドソーサーも旧海軍から支給された調度品を再現したものなのだそうだ。オーナーさんと思しき方は、ひとつ質問すると惜しみなく建物の歴史を教えてくださるので、忙しい中申し訳なくもありがたかった。

正直なところ、建物は瓦の重みで天井がたわんできていたり、床の間に雨漏りのシミがあったりと、老朽化が目立つので、今の保存状態を見たい人は早めに行った方がいいかもしれない。

ところで、この日は隣の席に私と同じ趣味の人たちがいて「箱根の福住楼を思い出すね」と言っていた。いつかそちらにも訪れてみたいな。旧建築が好きな人、とりわけ数寄屋建築を好む人には、夢のような空間であること間違いなしです。

Information

店名:金澤園
住所:神奈川県横浜市金沢区柴町46

備考:駐車場5台あり(無料)、支払いは現金のみ(2022/5月時点)、営業時間についてはお店のInstagramを参照のこと
URL:https://www.instagram.com/kanazawaen1916/

コロナ禍における「正しさ」を再考する 金原ひとみ『アンソーシャル ディスタンス』

「正しさ」という言葉を聞くとき、いつも平均台が頭に思い浮かぶ。

皆、うまくバランスをとりながら渡っているのに、自分だけは黴臭い体育マットの上に何度も落ちてしまう。渡るためには暗黙の「正しさ」に従う必要があって、自分が不適合であることは、誰にも悟られてはならない。

金原ひとみはそうした平均台をうまく渡れない人間たちを、ずっと描いてきていた作家だ。

彼女が描きだす人々は社会が示す「正しさ」から逸脱し、過剰で脆い。そんな彼らの「正しくなさ」に触れていくうちに、自分の中にあった「正しさ」はいつしか瓦解されていく。

金原ひとみはいつも多数の「正しさ」が優先されやすい社会で、「正しくなさ」を烈火のごとく肯定してきた。徹底的に「正しくなくなる」ことでしか打ち破れない閉塞感。

しかしそんな作風も、母性神話の崩壊と母親が子供を愛せないことを肯定した『マザーズ』という作品以降、鳴りを潜めていった...そう思っていた。ところが『アンソーシャルディスタンス』を読んで、閉塞感を金属バットで殴っていくような、かつての金原ひとみが健在だったことを知った。

”Bad girls go everywhere. (悪い子はどこにでも行ける)”
金原ひとみは2021年になっても変わらず、そんな言葉がぴったり似合う書き手だ。

 

金原ひとみの『アンソーシャルディスタンス』は5つの短編で構成されている。

アルコールに依存しながらうつ病の恋人を支える女を描いた「ストロングゼロ」、プチ整形を繰り返す女を綴った「デバッガー」、誰かに求められることで自分の存在を確認する「コンスキエンティア」、コロナ禍の若い男女を写した「アンソーシャルディスタンス」、コロナを期に恋人と疎遠になっていく女を描いた「テクノブレイク」。

なかでも表題作である「アンソーシャルディスタンス」と「テクノブレイク」は、コロナ禍における恋人同士の物語を綴っている。前者は若い恋人たちが息苦しさから逃れるために鎌倉へ逃避行する話で、後者は感染を恐れるあまり恋人と生活ができなくなっていった女の話だ。コロナ禍で他者と交流することが「正しくないこと」にカテゴライズされていくなかで、前者は「正しくなさ」を、後者は「正しさ」を選択していく。例えばそれは作中で、次のように表現されている。

この人には生まれてこの方、好きな人に会いたくて仕方なくて馬鹿なことをした経験なんてないんだろうか。(中略)スウェットに着替えてベッドに横になると、Twitterをスクロールしていく。ライブハウスでクラスターが発生したことについてバッシングが巻き起こっているのを見て、苛立ちが募っていく。

(中略)無自覚な軽症者が感染拡大を招いているというのは理屈では分かる。でもじゃあ、ライブなしにどうやって生きていけというのだろう。

――Unsocial Distance (p.207)

それから程なくしてコロナが猛威をふるい、マスクを何箱も買い溜め狂気じみた怖がり方をするようになっていった私に対して、蓮二は戸惑いと呆れを隠さなかった。コロナをさほど気にしていない人の目には、私のような人間は正義の剣を振るい、誰彼構わず刺し殺す公害にしか映らないのだろう。コロナ情報を得るためTwitterを見ても、同じような危険厨である人の意見を読めば心が安らかになり、危険厨を揶揄するような意見を見つけると腹が立ち、そのリプライに私と同じ危険厨の批判を見つけては安心した。私はコロナに罹ってもいないのに、コロナに蹂躙されていると言っても過言ではなかった。

――Technobreak (p.245)

 

Twitterというツールを使って受け取る情報とその解釈が、それぞれの立場によって180度変わる対比が鮮やかだ。物語の中でそれぞれの「正しさ」は入れ替わったり、意味が変わったりする。そしてそれは次第に、見る側の「正しさ」に揺さぶりをかけていく。

二つの物語が示すように、コロナ禍における「正しさ」は、ひとりひとりにとって少しずつ重みづけが異なり、最も親しい他者とですら決して一枚岩にはなれない。そしてそのちいさな差異が、家族と自分、そして恋人と自分といった、それぞれの関係性にも影響を与えていく。それは時として福音にもなり、分断にもなる。

 

自分を苦しめるもの、自分の好きな人を苦しめるものの絶滅を強く願う。テロとか殺人事件を犯すことは想像もできないけれど、コロナが蔓延し始めた世界の中で、こんなにも幸福な想像ができることに初めて喜びを感じた。こんな幸福な世界は、コロナがなければ想像もできなかっただろう。

――Unsocial Distance (p.231)

「(中略)魂を愛するみたいなことが本来の恋愛だって言うの?」

「そんなこと言わないよ。でも芽衣から俺を思いやる気持ちとか、尊重してくれてると感じたことは一度もない。芽衣は自分に近いから俺を認めていて、コロナ問題が勃発して自分に近くなくなったから俺を批判するようになった。コロナに関する意見の食い違いは、その芽衣の自己中心的な資質を浮き彫りにした。それに、自分に近い大人しい人間を好きになったのは、自分からかけ離れた存在だった元彼にうんざりしていた反動もあったんじゃない?」

――Technobreak (p.278)

 

読者はこのふたつの物語を通じて、コロナ禍が人間関係に与えたインパクトとはなんだったのかを知る。「アンソーシャルディスタンス」のふたりのように、互いをいたわり大切に思うことができた人たちもいれば、「テクノブレイク」のふたりのように、互いの差異に耐えられず関係が破綻してしまった人たちもいた。ゆるやかな分断ーーそれらは果たしてコロナが原因だったのだろうか。結局のところそれは、コロナ自体が原因なのではなく、以前から無視してきたことが積み重なった結果もたらされたものだったーー私はそう感じた。

人は不確実性に弱い生き物だ。だからこそ正しいものにすがりたくなり、常に何かと線引きすることで、自分の正しさを確かめずにはいられない。ありもしない「みんながそうだから」という妄想を信じ、自分もその「みんな」に属している錯覚は、ぬるい安心感につながっていく。けれどそれは幻想だ。そしてそれを幻想だと知って初めて、人は本当の意味で他者と出会うことができる。

コロナの流行と共に、私生活にも「正しさ」という意識が流れこみ、それまでの暮らしや人間関係は「正しいか/正しくないか」で二分されていった。けれど本来は正しい行為も、正しい人も存在しない。その意味づけは、時代や属する集団によって変わる。人間は常に正しさと正しくなさを揺れ動き、時には越境する有機体だ。

すでに社会はアフター・コロナへとギアを加速し始め、もはやコロナ禍は乗り越えられたかのように思える。しかし、元への生活へと急速に戻っていこうとする今だからこそ、いったん立ち止まってコロナ禍における「正しさ」について再考したい。コロナは今日に至るまで、「正しくない」他者を容認できない、そんな社会の脆弱性を露呈させた。果たしてここから私たちは、どこまで「正しくなさ」に寛容になれるのだろうか。

金原ひとみの『アンソーシャルディスタンス』は、多数の「正しさ」が蔓延する社会において、平均台から落ちてしまう人たちに目を向けさせ、その痛みや苦しみについて語りかけてくる。その痛みや苦しみについて向き合うことも、アフター・コロナにおける必要な作業なのだろう。

2022年 ゴールデンウィークの記録

4/28(木) ゴールデンウィーク前夜祭

本来なら有給だったはずが、仕事のトラブルで残業して結局退勤したのは夜の21時だった。これから夕飯を作るのもしんどいので、夫を誘って近所のコンビニへ。

コンビニに行くとガンプラが置いてあったので「ガンプラだ!」と言うと、夫ではなくレジの向こうにいた店員さんが「そうなんですよ!」と返事をしてきて驚いた。店員さんのガンダム愛を聞くイベントが突如として発生し、これも何かの縁だからということで購入する。

帰宅してコンビニのお惣菜を食べ、その後は自室で資格の勉強。疲れていたのか寝落ちしてしまい、目を覚ますと机の上に出来上がったガンプラが置いてあった。

4/29(金) ゴールデンウィーク初日

身体が疲れていたので、朝風呂に入ろうとお湯を沸かす。いくつかある小包装のクナイプから、タブレットタイプの入浴剤を選んで入れた。先日入浴剤を切らしたので夫にお使いを頼むと、小包装のクナイプをいくつか買ってきて「この中からあなたが気に入ったものを家に置こうよ」と提案してくれたのだった。生活を楽しくすること、そして相手を労わることが、この人は本当に上手だなと思う。

お風呂から上がった後はフィットボクシングを20分とリングフィットを1時間行って、プロテインを飲む。16時半から早稲田松竹で観たかった映画が上映されるので、それまで家で本を読んだ。

映画はとても良かった。一緒に観ていた夫と興奮しながら感想を語りあいつつ、雨の中を駅に向かって歩く。作品目は「ボストン市庁舎」。マリファナショップを出店したいチャイニーズと、地元住民(貧困地区で黒人が多い)の議論が特に印象的だった。

久しぶりにパンフレットも購入した

日本で同じように体力がある行政を立ち上げるにはどうしたらいいのだろうか、やはり非正規雇用として働く地方公務員をできるだけ正規職員として採用するところからではないだろうか...などと話をして帰宅。

4/30(土) ゴールデンウィーク2日目

朝起きてリングフィットを40分。シャワーを浴びて、結婚記念日を祝うために予約していたレストランへと向かう準備をする。クローゼットから紺のワンピースを取り出して、久しく出番のなかった黒のハイヒールを合わせた。夫は婚約した時に私から贈った時計を、私は夫から贈られた指輪をつける。

春の夢のような食事を終えて、ハーブティーを飲みながら「結婚して丸3年経ったけれど、どうだった?」と夫に尋ねると「いやー、楽しかったよ。なんでこんなに楽しいんだろうね」と笑っていた。周囲から結婚3年目は倦怠期があると聞いて怯えていたけれど、蓋を開けてみればなんてことはなく、豊かな日々が積み重なっていっただけに過ぎなかった。あえてレストランには結婚記念日ということを告げずにいたのも、なんとなく大仰に祝われるよりも、日々の句読点としてこの日を大切にしたいと言う思いがあったからかもしれない。

春の夢のようなご馳走

「子供ができたら記念日には手巻き寿司とケーキでお祝いになっていくのかな」と言うと夫が「それもいいね。でもこうしてまたデートもしようよ」と言う。家に帰った後は夫と毎年恒例の手紙交換をした。もらった手紙はいつも通り、六花亭の缶の中に大切に保管する。

その後はカロリーを消費するためにフィットボクシングを40分。もうさすがに着ないだろうと、ダウンコートをクリーニングに出した。

5/1(日) ゴールデンウィーク3日目

起床してリングフィットを30分。ヨーグルトを食べた後は、いくつか手持ちの靴を磨いた。カシミヤのニットといい革靴といい、私は手がかかる服飾品が性に合っているのだろう。

天気は霧雨。予定していたショートトリップは見送って、バッグのメンテナンスを依頼しに銀座三越へと向かった。すでに終売になったバッグだったので、対応してもらえるか不安だったものの、快く引き受けてもらえてホッとする。とても気に入っているので、これからも定期的にメンテナンスをして、棺桶に入るまで使っていきたい。

その後は和光でタオル地のハンカチと、母の日の贈り物、それから結婚指輪を置くためのジュエリートレーを購入。

いくつになっても刺繍とレースをあしらったハンカチにときめく

疲れてきたので万歩計を見ると1万歩も歩いていた。さすがに足が棒になったので、帰りがてら日本橋のフォートナム&メイソンでお茶をしつつ本を読んで過ごす。ヴィクトリアグレイという紅茶がとても美味しかった。

5/2(月) ゴールデンウィーク4日目

起床してリングフィットを40分。その後は長野へと向かう。目的地は阿智村の近くにあるキャンプ場。途中大好きな八ヶ岳SAに寄って、ネルドリップコーヒーとベーグルを買った。ここから見える八ヶ岳が心から好きだ。

キャンプをするのは半年ぶりで、勘が鈍っているせいか、設営に合計1時間半近くかかってしまった。キャンプのご飯はゴールデンカムイ完結を祝して鶏肉と行者にんにくのオハウと、生ラムジンギスカン。それからピザ。

オハウを作るのに、鳥もも肉と軟骨、レバーとハツをひたすらチタタㇷ゚していたら、まな板が傷だらけになってしまった。チタタㇷ゚専用の切り株が欲しい。一緒に焼いていたピザは火加減を間違えて炭になってしまったので、食べられる部分だけ箸でつついた。なんか失敗ばかりだねと言いながらも心は晴れやかだ。食後は水筒に淹れてきたチャイを飲みながら、天体観測をする。キャンプ場から見える星空は金平糖をばらまいたような美しさだった。

こうして空を見ていると智恵子抄の「東京には空がない」の一節を思い出す



5/3(火) ゴールデンウィーク5日目

朝の7時半に起床。眠気覚ましにコーヒーを淹れる。今日のコーヒー豆は蕪木で買ってきたなんちゃらモカ。ポーレックスのコーヒーミルでゴリゴリ轢いていくと、音で脳味噌が少しずつ覚醒していくのがわかった。ついでに八ヶ岳SAで買ってきた野沢菜のおやきをホットサンドメーカーで潰して焼く。こうすると外側が香ばしくなって美味しい。いい匂いにつられて寝床から這い出てきた夫と一緒に朝ごはんにした。

ひとつのおやきをふたりで半分にする

近くの湖畔を散策した後は撤収して日帰り温泉へ。ゆったりーな昼神というところで、お湯の温度がぬるめのいいお湯だった。畳で横になっていると、夫が隣に来たので一緒にダラダラする。お昼は近くのお蕎麦屋さんで食べようと思い向かったものの、100分待ちということで諦めて帰路へ。途中、どうしてもうなぎが食べたいと夫が言うので、浜名湖で下車してひつまぶしを食べた。

5/4(水) ゴールデンウィーク6日目

朝からリングフィットを1時間と、フィットボクシングを30分。朝ごはんはコーヒーとマドレーヌ。なんだか体調が優れないので友人と会う予定は見送らせてもらって、そのまま資格の勉強をすることにした。夫は当初の予定通り義実家へ。

トルコキキョウが大好き

昼食はセブンイレブンで買ってきた、たんぱく質が撮れるやみつき冷奴よだれどりと、玄米に温泉卵。模擬テストを3回やったところで点数が伸び始める。

夕方は実家に出かけていた夫が帰ってきたので、一緒に晩ご飯を食べた。今日の献立はbibigoのワンマンドゥとブロッコリーをせいろで蒸したものと、夫が作った芋煮。はちゃめちゃな献立だけど「自炊は今日を乗り切れればいい」がここ数年のモットーなので気にしない。わざわざ上げなくていいハードルを高くしないこと。そう思えるようになったのは、去年読んだ高山なおみの『自炊。何にしようか』のおかげだと思っている。

5/5(木) ゴールデンウィーク7日目

今朝も起床後に勉強。こどもの日なのでふたりで柏餅を食べる。夫がシャワーを浴びた後は、一緒に図書館へ行って本を返却した。借りていた本はバウンドの『こども地政学』。

図書館を出た後は、自転車を漕いで銀座のアンテナショップ巡りへ。夫も私もビルケンを履いているので、お揃いだねと言うと「ふたりはビルキュアだね」と言うので笑ってしまった。死ぬ時はこういうことばかり思い出したい。

1軒目は新橋に移転した奈良まほろば館。じっくり吟味して、いくつか気になったものを購入した。特に印象的だったのが、食事をする場所の構成。1階のカウンターでは柿の葉寿司などの名物を気軽に楽しめる一方で、2階のレストランでは奈良のAkorduがプロデュースしたローカルガストロノミーをじっくり味わうことができる。これは上手いなぁと唸った。

奈良のアピール力に圧倒されつつ、2軒目は銀座のおいしい山形プラザへ。ここでは毎年5月になると、山形で採れた山菜が店頭にずらりと並ぶ。まさに山菜好きのオアシス。大好きなこしあぶらと天然のたらの芽があったので、嬉々としてカゴに入れた。

3軒目は以前友人が勧めてくれた、広島TAUの3階にあるイタリアンへ。ランチはドリンクバーと自家製パン、山盛りのグリーンサラダとメイン(ピザorパスタ)が選べて合計1500円ほど。予想していたよりずっと美味しくて、私たちのお気に入りになった。

思わず「牡蠣が死んでないパスタだ!」というくらいにはおいしかった

 

5/6(金) ゴールデンウィーク8日目

朝起きた後はコーヒーを淹れて資格の勉強。合間に奈良のアンテナショップで買ってきた柿もなかを食べる。見目の可愛さはもちろん、味は柚子が効いていて爽やか。これは結構好みだ。

その後はリングフィットを30分。最近ずっと専門書を読んで頭が疲れていたので、気分転換に大好きな姜尚美のエッセイを取り出してきた。あー、やっぱり何度読んでもいい。もっともっとこの人の文章を読みたい。そんな出会いが後どれくらいあるだろう。

午後はKITTEの中にある郵便局で用事を済ませた後は、久しぶりに建物の中をぶらぶらした。THE SHOPに行くと、今年の2月に復刻されたニーチェアエックス80が展示されていた。夫がいたく気に入ったようなので、誕生日プレゼントの候補にする。

その後は人形町にあるオゼキへ。家のペンダントライトが経年とともに痛んできたので、イサム・ノグチのAKARIに変えることにした。

店内に並ぶAKARIシリーズに大興奮。8月までは土曜もオープンしているらしい

オゼキの店員さんはとても気の良い人で、現在の生産事情や海外での人気などについて教えてくださって楽しかった。自社製品に対して深い理解と自信があって、それを惜しみなく教えてくれる人が好きだ。また買うときはここに来よう。

その後は思いつきで養老渓谷へ。5月の房総半島は新緑が目に眩しいくらい。もう田植えも終わっていて、水田に映った木々が美しかった。

5/7(土) ゴールデンウィーク9日目

朝起きた後はコーヒーを淹れて、リングフィットを1時間。久しぶりにブログを更新した。本当は2021年に読んだ本のまとめ記事も投稿したいんだよなと思いつつ、まとめにするくらいなら、本と向き合って個別にレポートを書いた方が自分のためになるんじゃないか?と考え直す。

2021年に読んで面白かった、金原ひとみの『アンソーシャルディスタンス』とモナ・アワドの『ファットガールをめぐる13の物語』、岡真理の『彼女の「正しい」名前とは何かー第三世界フェミニズム』、後は最近読んで良かったリチャード・シドルの『アイヌ通史』と平山亮『介護する息子たち 男性性の死角とケアのジェンダー分析』にキム・ホンビ『女の答えはピッチにある』は、今年のうちに感想を書くようにしたい。そう思い続けて半年経ってしまったが...

午後は自転車に乗って林芙美子記念館へ。途中お腹が減ったので久しぶりにドトールミラノサンドをテイクアウトする。店内に席がなかったので、そのまま近くの緑道で立ったまま食べていると風が吹いてきて気持ちよかった。一緒にいた夫に「今日はドトール日和だね」と話しかけると「なんかこうしていると都会っ子みたいだよね」と言う。わかる。

林芙美子邸は緑が溢れる場所に静かに佇んでいた。川端康成が彼女の葬儀で「故人は、文学的生命を保つため、他に対して、時にはひどいこともした」と述べたように、林は戦中、南京攻略戦では毎日新聞の特派員として、また武漢作戦では内閣情報部のペン部隊として、軍事作戦に加担していた。晩年は『浮雲』という名作を生み出した彼女だが、当時はどのような想いで執筆していたのだろう。

執筆部屋の雪見障子からは眩しいほどの新緑が見えた

カズオ・イシグロの『浮世の画家』もそうだったけれど、自身が信じていた常識や正しさがそうではなかったとき、その過ちを生きているうちに認めることを、果たしてどれほどの人ができるのだろうか。最近加齢と共に頑固になってきた親族を思い出し、我が身を振り返った。

夜はイタリアン。食べすぎたので3駅分歩く。

5/8(日) ゴールデンウィーク10日目

大阪に住む友人と電話で話す。向こうの生活にはすっかり慣れたようで、いつか会いに行く時は観光案内をしてくれるらしい。インターネットに書けないようなパーソナルな話をして、私たち本当に歳をとったよねと笑った。彼女に「いつか息子のことを抱っこしてね」と言われたので、その約束を果たすのが目下の楽しみ。

その後は夫と横浜市金沢区へ。料亭を改装した喫茶去に行った後は、久しぶりに伊藤博文邸へ。ここ数年で旧建築に対する知識を得たせいか、以前よりも細かい意匠に気が付くことができてうれしい。その後は駅前にある酒場でクラフトビールを購入した。

そのまま帰ろうと車を走らせていたものの、道を間違えてしまったので鎌倉方面へ。以前から行きたいと思っていたカフェでお茶をした。オーナーさんはきれいにカールしたグレイヘアに鮮やかなグリーンのカーディガン、紺色のスラックスに墨染めのようなエプロンを纏っていて、凛とした雰囲気がある人だった。内装が恐ろしく好みだったので、建物の詳細などについて話を聞かせてもらう。晴れた日はテラスから富士山が見えるらしい。

新緑の時期に訪れたいカフェがまたひとつ増えた

カフェから出ると黒ラブが2頭歩いていた。1頭はやんちゃな5歳、もう1頭は12歳の老犬。やんちゃな方がかまってくれとタックルしてきたので撫でていると、しばらく様子を見ていた老犬がおずおずと近づいてきたので、そちらも惜しみなく撫でさせてもらった。夢のようなひととき。飼い主さんも気の良い人だった。このあたりのおすすめを教えてくれたので、今度はそのコースで散策しよう。

2022年ゴールデンウィークの振り返り

今までで一番人に会わず、遠出も控えめなGWだった。2年に渡ってGW中の外出を控えていたせいか、蔓延防止が解禁されてもなんとなくその習慣が抜けきっていないことに気づく。それでも心持ちが軽やかだったのは、行動が制限されていないという実感があったからなのだろう。アフター・コロナが加速している実感はあるものの、実際の動向はどうなのだろう。各シンクタンクのレポートが気になる。

兎にも角にも明日からはまた仕事だ。こういう時の気持ちを地元の言葉で言うなら「やっちゃくね〜」、これに尽きる。日付が変わるまではまだ時間があるし、ギリギリまでGW後夜祭を存分に楽しんでいこう。

魔法のように素敵な花束と出会えるお店 銀座 こじま花店

春は出会いと別れの季節。わたしが上京してからずっとお世話になっていた美容師さんも、とうとう店舗から独立して店を構えることになった。一生に一度の独立だし、ここはひとつ景気良くお祝いしてあげたい。とはいえお菓子はいつも差し入れしているし、香りものは好みがあるだろうし…そう考えて「そうだ、お花を贈ろう!」と思いついた。

そう思っていたものの、連日の残業ですっかりお花の予約を忘れてしまった。当日、焦って美容室がある銀座に向かい、予約の時間までにブーケを調達しようと探す。そんな時、銀座四丁目の路地にこぢんまりとした花屋さんがあるのを見つけた。

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お店の名前はこじま花店。軒先に趣味のいいブーケが値段と共に飾られていて、思わず立ち止まった。ここなら任せられるかもしれない。一か八か、ええいままよ!とお店の中に飛び込んだ。

店の奥では男性の店員さんがひとりで忙しそうにしていた。一瞬逡巡したものの、思い切って「すみません、今からブーケを作ることってお願いできますか」と尋ねる。するとすぐさま「いいですよ。どんなブーケにします?」と返事が返ってきた。渡りに船とはまさにこのこと。すかさず軒先に飾られていたブーケを指差して「このブーケのひとまわりくらい大きい花束が欲しいんです。色味はオレンジを基調としたものでお願いします」と言った。

「はい、2500円くらいのブーケでオレンジですね。ちょっとやってみましょうね」

そう言うと店員さんは店内にある花瓶から、慣れた手つきでスイスイと花を選んでいく。4、5本選んだあとに「こんな感じでどうでしょう」と見せられた花束の原型は、オレンジや黄色の花を基調に、グリーンの花々がアクセントを加えている可憐な佇まい。思わず「うわぁ、素敵です!この感じでお願いします」と返した。

店内は明るくてモダンな雰囲気。枝ものが豊富なのも素晴らしい

「よかったです。それじゃあ仕上げていきますね。もしよければ、そちらに座ってお待ちください」と声をかけられたので、お言葉に甘えてレジ前の椅子に腰掛けさせてもらう。

ブーケが手際よく出来上がっていく様子を眺めながら「ここ、前からありましたか?」と聞くと「いや、元は七丁目にあったんですよ。それがビルが取り壊すことになってこちらに移転してきたんです。」という。

「七丁目では50年、こっちにきてからは2年くらいですかね。東京五輪前はインバウンドを見込んでか、銀座でもホテルの建設ラッシュが続いていて。なので古いビルの取り壊しが結構あったんですよ」

その後はコロナが流行ってしまったものの、こんなときだからこそとずっとお店は開けていたらしい。

「銀座はいいバーもあれば、昔ながらの酒場もある。お酒の街なんですね。いっときは本当に心配していましたけれど、やっと少しずつ賑わいが戻ってきましたね」

長年、街角の花屋として銀座を見守ってきた人だからこその視点。他にも、土地柄バラの花がよく出るので常時たくさんの種類を揃えるようにしていることや、時折茶道や生け花の先生もいらっしゃるなど、銀座と花にまつわる興味深い話をたくさん聞かせていただいた。

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お店の中にはあざやかで新鮮な花々が所狭しと並んでいる

その間も手は休まず魔法のようにブーケを作りあげていく。花束をオレンジの包装紙でくるんで、イエローの細いリボンで蝶々結びにする過程は、職人のような淀みのない手捌きで見惚れてしまった。

「できました。こちらでいかがでしょうか」

そうして手渡されたのは、まさに美容師さんのイメージを反映したかのような、すてきな花束。オレンジや黄色のビタミンカラーからは健やかさを、グリーンの色味からは落ち着きと可憐さが感じられる。いつも元気いっぱいで、けれど繊細な思いやりにもあふれている、そんな彼女にぴったりだ。

すっかり感動してしまって、代金を支払いながら「飛び込みなのに丁寧に対応してくださってありがとうございました。このお店に出会えて良かったです」と言う。

「いえいえ、こちらこそ。またよろしくお願いします」と言いながら照れたような表情の店員さんが印象に残った。

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実物はこの100倍はキュート!

ああ、なんていいお店だったのだろう。すっかりルンルンとした気分になって、花束を片手に美容室へと向かう。

予約もせずに飛び込みでブーケを依頼したにもかかわらず、慣れたものですよというように5分と掛からず花束を仕上げる姿は、申し訳なさを通り越して惚れ惚れするような格好よさ。

銀座という立地にもかかわらず、高品質なお花がリーズナブルな値段で手に入るのはもちろん、時代のニーズを汲んだセンスのよさにも目を見張った。(店員さんは作りながら「昔と違って今は持った人が映えるような、密度と広がりのあるブーケが人気ですよね」とおっしゃっていた)

銀座に長く腰を据えてきた人が語る街の歴史も興味深い。このあたりのいいお店を教えていただいたりと、お店を拠点に知らない銀座が広がっていく感覚もまた楽しかった。街と人をつなぐ水先案内人のようなお店。こうしたお店が愛されて残るのだろう。

美容室に着いて、さっそく美容師さんに「独立おめでとう!」とブーケを渡すと、心から喜んでくれているようで一安心。ブーケをわざわざ飾りにいく姿を見たら、こちらまで嬉しくなってしまった。

私のうっかりがきっかけだったものの、思いがけず素敵なお花屋さんと出会えた日。これから友人のバースデーや夫との記念日、そしてお世話になった人たちの出会いと別れに花を贈るときは、積極的にこのお店にお願いしていこう。

Information

店名:こじま花店
住所:東京都中央区銀座四丁目3-14 筑波ビル1F
URL:https://www.hanacupid.or.jp/stores/details/41089

 

 

銀座周辺について書いた記事はこちら

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静岡へ春を探しに出かけた旅の記録

東京に出てきて良かったことの一つに、道端にぽつんと咲いている桜を愛でられることがある。電灯に照らされる桜というのは風情があっていい。まとまって群生し闇夜にぼうっと浮かんでいる桜もいいけれど、ぽつねんと咲くそれは誰か気づいてくれるのを待っているようで健気に思える。

今年もそれを楽しみにしていたのに、いつまで経っても花冷えが続き、咲いたと思ったら桜流し、せめて花筏を見ようかと思うにも、連日の雨できれいさっぱり花びらが流されてしまっていた。悔しい。このまま春を終わらせたくない。そう思ってまだ桜が咲いている場所をリサーチし、名残の花を見るために出かけることにした。

向かった先は静岡県駿東郡にある冨士霊園日本さくら名所100選にも選ばれた、桜並木が目的だ。

車を走らせて2時間ほど経ったころ、ようやく目的地にたどり着いた。約800mに渡って連なる桜並木はまさに圧巻の景色。風が吹くとはらはらと花びらが舞い散り、水色の空を淡いピンク色に染め上げていく。

霊園の奥には見晴らし台があり、そこからみる風景もいいと聞いたので行ってみることにした。階段は全部で200段。日頃の運動不足を実感しながら登っていく。

頂上からみた光景は、桜雲という表現がぴったり似合う、とてもいい眺めだった。いつか死んだら海が見える場所にお墓を建てたいと思っていたけれど、桜の近くも気持ちがよくていい。

この日は風が強かったので、夫が写真を取りやすいように枝をそっと押さえていると、ちょうど腕に落ちた影が入れ墨のようになった。今しか映せない、桜のタトゥー。

山の方ではオオイヌノフグリにヒメノオドリコソウ、たんぽぽにスミレ、ヤマツツジなどがいっせいに咲いていて、とても賑やかだ。花の周りでは蜂たちが戯れていて、もうすっかり春なのだということを全身で実感する。

ツツジのタトゥーは存在感があってモダンな風情。いつかこんな入れ墨を身体の見えないところに忍ばせてみてもいいかもしれない。

途中ベンチを見つけたので、家で焼いてきた台湾カステラとオートミールクッキー、水筒に淹れてきた台湾茶を取り出して、こぢんまりとしたお花見をすることにした。花見のオープン戦をここから巻き返していく。

人気のないところで桜を眺めながら、台湾カステラを齧ってお茶をすする。外で食べるおやつってどうしてこう美味しいのだろう。桜の枝が擦れ合う音、遠くで聞こえる人々のざわめき、鼻腔に抜ける青々とした春の香り。陽の光にあたってぼんやりしていると、この世には美しいもの、きれいなもの、善良なものしかないように思えてくる。まるでやわらかな繭の中にいるように。

おやつも食べたので昼ごはんはパスして、次の桜を見るため車を走らせた。次の目的地は狩宿の下馬桜。日本で最も古いとされる山桜があるらしい。

車を走らせていると、車内から青々とした茶畑に、霞みがかった富士山が見えた。これぞ静岡の風景!この日は晴れていたこともあり、ドライブをしていると当たり前のように富士山が見えて、そのたびに得したような気持ちになった。

そうして車を走らせて1時間ほど経った頃、目的地にしていた狩宿の下馬桜まで辿りついた。菜の花が桜の周りを取り囲むように咲いていて美しい。しかし昼ごはんを抜いたせいか、美味しそうにも見えてしまった。思わず夫に「オクラや大根、ズッキーニの花が食べられるんだから菜の花も食べられそう」と言う。

そのまま水路が流れる方向に向かって歩く。農業用水だろうか。あちらこちらに清らかな水が流れていて気持ちがいい。水の流れ、その表面に浮かぶ小さな光や、波の揺らめきを見ていると、心にまで水路が繋がって流れていくみたいだ。

そのまま桜の裏手に回ると、菜の花と桜、そして富士山が目に飛び込んできた。耳に聞こえるのは地元の人たちの賑やかな笑い声と、用水路に流れる水のサラサラという音。東の方には爪の先のような青白い月が涼しげに浮かんでいる。

顔を上げて山桜をよく見てみると、ソメイヨシノとは違った花弁の形をしていることに気づく。さながら触れられる星のよう。この桜はアカメノシロバナヤマザクラという品種で、福島県の三春の滝桜と並ぶ「日本五大桜」の一つなんだそうだ。樹齢は推定800年。希少な古木ということで、国の特別天然記念物にも指定されている。

慎ましやかな色味に見惚れていると、後ろから年配の女性に「きれいでしょう」と話しかけられた。振り返りつつ、「そうですね、見にきて良かったです」と言う。女性は「やっぱりこうして賑わうとうれしいわね。桜も喜んでいる見たいで」と言い、今年はやーっと子供や孫にも会えるのよ、と嬉しそうだった。

思わぬ出会いに別れを告げた後は、沼津へと車を走らせた。ホテルのチェックインまでは時間があるので、途中で少し車をとめて、夕日が沈んでいく千本浜を歩く。やはりここの砂浜も、富士山の火山灰によって黒々としている。遠くでは地元の子らしい少年たちが、ビニールボールでサッカーをしていた。

そのままホテルでチェックインを済ませ、今日の晩ご飯をどうしようかと街中を散策する。しばらくすると「蕎麦酒菜 おく村」というお店が見えてきた。店頭のホワイトボードに書かれている「たけのこの土佐煮」に惹かれたので、思い切って飛び込んでみることに。

ありがたいことに予約なしでも入れたので、早速日本酒飲み比べセットを注文した。私がお願いしたのは辛口飲み比べセット。久しぶりに外で飲酒できるのがうれしい。

お通しはふきのお浸しだった。山菜が食べたい気分だったのでありがたい!この翡翠色のきれいなこと。一口食べるとほろ苦さと出汁の旨味が口いっぱいに広がった。鼻腔から抜ける爽やかな薫りに春を感じる。

続いてやってきたのは沼津湾で取れた地魚の盛り合わせ。初鰹だ!うれしいなぁ。<目に青葉 山ほととぎす 初鰹>とはよく言ったもので、この時期にいただく鰹が一番美味しいと思う。他のお刺身はもちろん、薬味に紅蓼があるのもありがたいし、青さのりも磯の香りがして爽やか。近所にあったら通っちゃうな。

続いてやってきたのは空豆の葛粉揚げ。ほくほくの空豆に、カリカリの衣の食感が楽しくていい。こんな空豆の楽しみ方があるんだなぁ。かごに入った設えもいい。日本酒がすすむ。

次にやってきたのが、えびしんじょう。揚げたタイプのえびしんじょうは、外のカリッとした衣に、ゴロゴロとした海老が包まれていて、一口食べると旨味が弾けた。塩をふたり分に分けて用意してくれるのもうれしい。とにかく何を食べても美味しくてクラクラしてしまう。

そうして最後にやってきたのが、筍の土佐煮。きッ、木の芽だーーッ!!予想していなかった木の芽の登場にテンションが上がってしまった。ここがクラブだったら絶対にフロアが熱狂している。

筍の土佐煮と一緒にいただくと、爽やかな香りが脳まで駆け抜けていった。そして蕎麦屋だからか、お浸しや煮物などの出汁を使った料理がべらぼうに美味い。筍の土佐煮に使われている鰹ベースの出汁が美味しすぎて、思わずタッパーにつめてくださいと言いたくなるほどだった。

本当は筍で終わりにするつもりだったけれど、ここまで料理に使われてきた出汁という出汁が美味しかったので、夫と相談して海老天そばで〆ることに。予想していた通り、やっぱり蕎麦つゆがむせび泣くほど美味しかった。私たちが美味しい美味しいと言っていたからか、カウンターごしに大将さんから「食わせ甲斐があるね!」とまで言われてしまう始末。とても気のいい大将さんで、お酒と共に話が弾んだ。

すっかりお腹も膨れて満足。そのまま2軒目に向かって仲見世商店街の中を歩いていく。最後にきてから半年近く経ったけれど、人手が戻りつつあるのか、以前よりも活気があった。以前より中華料理のお店や、ベトナム人向けのスーパーも増えている。気になるバーも見つけたし、今度来たときは商店街を中心に歩いてみるのも良さそうだ。

2軒目は久しぶりのリバブリューへ。周年記念の限定ビールがあるということで、夫はそれを頼んでいた。私はDDH Citra on Citraをハーフパイントで。

あー、うまい。久しぶりに外で飲むビールは脳がくちゃくちゃになるくらい美味しかった。二人ともお腹がいっぱいだったので、この日は泣く泣く1杯だけに留める。家で楽しむためにいくつか缶ビールを購入した後は、外に出てほろ酔いの身体に春風を浴び、いい気分になってホテルへと戻った。

翌朝、ホテルで早々にチェックアウトを済ませて車を発進させる。向かう先は戸田湾。去年戸田にあるタゴールハーバーホステルで宿泊してから、すっかり気に入ってしまったのだった。向かう途中では、沼津湾越しに富士山が見える。淡いブルーの海から地続きに浮かぶ富士山に見惚れつつ、戸田へと車を走らせた。

戸田湾に向かう途中、道の駅くるら戸田がやっているのを見つけたので、朝食を買っていくことに。ちょうど温泉があく時間らしく、地元の人たちが吸い込まれていく。ベビーバスの貸し出しもしているらしい。子連れに優しくていいなぁ。

そのまま私たちはフードコートへ。ここでは握りたてのおにぎりを販売していて、上のメニューから好きな具を選ぶことができる。

それ以外にも名物のキンメコロッケに、戸田湾で取れた深海ザメのハンバーガーなどもあった。個性豊かなラインナップに好奇心がそそられる。どれにしようか迷いつつも、結局私たちはおにぎりセットに決めた。隣ではバイク乗りと思しきレザージャケットに身を包んだおじさんたちが、一心不乱にイルカミルクソフトを食べていた。

しばらく待ってから出来上がったおにぎりを受け取りに行くと、夫がキンメコロッケを頼んでいた。いつの間に?上にかかっているのはタルタルソースらしい。中身は金目鯛をほくほくのジャガイモで包んだもので、意外と美味しかった。

そのまま外に出ると足湯があるのを見つけた。せっかくなので体験していくことに。

サンダルを脱いで足を浸すと、じわーっと温かいお湯に包まれる。しばらくすると身体中がほかほかしてくるのがわかった。お湯はほんのりとろみがあって、やたらとツルツルになる。このお湯に全身を浸したら化粧水をつけなくても良さそうだ。濡れた足をハンドタオルで拭いて風に晒すと、そこだけ冷えて心地よかった。

そのまま車を走らせて5分ほどで、目的地の戸田湾に到着。駐車場に車を止めると、眼前に富士山が見えて思わず声が出た。昨夜お世話になった蕎麦屋の大将に「戸田湾から見える富士は最高ですよ」と教えてもらったけれど、確かにそうだ。遮るものが何もなくて、ただただ海と富士山がきれいに見える。

湾を端から端までのんびり散策した後は、浜辺のベンチでさっき買ったおにぎりセットをいただくことにした。おにぎりセットの中身は、しらすのおにぎりと塩サバのおにぎり。おかずは唐揚げと甘めの卵焼き、そして金平ごぼうという、クラシックかつ王道なラインナップ!

このきれいな海を眺めながら、握りたてのおにぎりをいただく贅沢さよ。おにぎりはどちらもふわっふわで、口の中でホロリとほどける。海苔も香り高い。唐揚げはサクッサクだし、甘めの卵焼きはジューシー、きんぴらも味がよく染みている。遠い昔に祖母が作ってくれた花見弁当を思い出す味。ペコペコだったお腹もすっかりいっぱいになって、思わず「しあわせだ〜」と言いながらベンチに寝そべった。

そのまま一眠りした後は、また浜辺を散歩する。実に怠惰でいい。途中、貸しボートの看板を見つけたので、おじさんに借りられるか聞くと、普段は釣り用に貸し出しているけど、今日は釣り人も少ないので遊び目的でもいいよ、とのこと。せっかくなので少しだけお借りすることにした。

いざ着水。岸は振り返らずに、湾の奥へと漕ぎ出していく。きれいな海に、日の光が反射してキラキラときらめく。

ある程度漕いだところで振り返ると、岸辺で釣りをしている釣り人たちが見えた。普段浜辺から見ている光景を海の方から眺める不思議。途中、釣り人と思しき男性たちがボートに乗ってすれ違っていった。湾の中なので波も穏やか。ちゃぷちゃぷとした心地よい音が耳元に響く。

そのまま船がいない場所まで来たところで漕ぐのをやめて、波にたゆたうままに身を任せることにした。天国があるならこんなところがいいな、なんて話をする。そのまま仰向けになると、波と身体が一体になっているかのようにぷかぷかと揺れた。

しばらくして時間になったので、岸へと引き返していく。おじさんに引き揚げてもらい、お礼を言ってその場を後にした。

そのまま浜辺を歩くと恐竜の滑り台が見えた。ヘッシーと呼ばれているらしく、毎年海水浴シーズンになると海に浮かべて、ウォータースライダーのようにして使うらしい。前回来たときはブルーシートで覆われていた気がするけれど、もしかするとあれは感染症対策だったのだろうか。今年こそは子供たちが心置きなく夏を満喫できたらいいなぁ。

そろそろ帰る時間だ。名残惜しみつつ湾を後にし、前回購入して気に入った戸田塩を購入して帰る。戸田塩のおばちゃんたちも元気そうでホッとした。

帰り道、戸田湾を見渡せるビュースポットがあったので、立ち寄って眺めていった。冴え渡るような緑とビロードのように滑らかな海、そしてうららかな気候。何度でも帰ってきたくなる不思議な場所だなとつくづく思う。

この場所に出会わせてくれたタゴールにもまた立ち寄りたい。オーナーが新たにコーヒーロースタリーを立ち上げたらしいので、今度はそこに立ち寄ってみてもいいな。まだまだ戸田でやりたいことがあるなぁと思いつつ、それはいつかの楽しみとして、東京へと車を走らせていった。

 

 

前回戸田を訪れた時の記録はこちらから

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魅力的な悪役は仮面を被っているーー ゴールデンカムイ 、鶴見篤四郎の仮面を読み解く

はじめに

ゴールデンカムイも残すところあと1話となった。
今は気持ちが落ち着いてきて「ああ、終わるんだな。それを見届けられるんだな」という感慨の方が大きい......

そう思っていたのに、第313話を読んだらそんな凪いでいた気持ちもひっくり返ってしまった。鶴見篤四郎...鶴見篤四郎!これまで大義のためなら犠牲を厭わない鶴見篤四郎という人間が好きではなかったのに、まさか最後の最後で彼に魅了されてしまうなんて。いまだに313話を読み返しては、うめき、奇声をあげ、悶え苦しみ、そして彼のことを考え続けるようになってしまった。もしかして、これまでの鶴見篤四郎についての解釈は誤っていたんじゃないか?

最後の最後に魅せていった男、鶴見篤四郎。今になって夢中になってしまった苦しみ。せめてこの苦しさを紛らわせるために、彼について考察したことを書いていきたい。

※ 以下ネタバレを含みます。ご注意ください。

魅力的な悪役の条件

魅力的な悪役は素顔を見せない。機動戦士ガンダムシャア・アズナブルスターウォーズのダースベイダー、るろうに剣心の志々雄真実、ノー・タイム・トゥ・ダイのサフィンダークナイトライジングのジョーカー....

人は社会で生活をする上で、誰しもが仮面を被っている。仮面というのは、相手や社会から求められるイメージに良い形で応えようとする、いわば内面の最も外側の部分だ。時に仮面は人間同士のコミュニケーションを円滑にし、社会で求められる役割を果たす機能を持つ。

一方で仮面というものは、何かを隠すという役割も併せ持つ。仮面によって隠されているのは、弱くて惨めな自分、情けなくてダサい自分、他人に知られたくない秘密を抱えている自分などといった、役割や規範に呼応できない内面だ。行き過ぎた仮面は、自らを抑圧する対象にもなり得る。

このようにアンビバレントな機能を持つ仮面を、人々は実に巧みに使い分けながら生きている。しかしながら、悪役たちの仮面の使い方は、普通の人々のそれとは一線を画している。彼らは自ら進んで仮面を被り、様々な人間のイメージをそれに投影させることを望んでいるのだ。

仮面という器

社会と自己との関わりを円滑にするための仮面。魅力的な悪役たちはそれを、他者の理想を受け止め象徴になるために利用してきた。
例えば機動戦士ガンダムUCでは、悪役であるフルフロンタル(シャア・アズナブルのクローン)が、主人公のバナージ・リンクスに向かって次のような言葉を放っている。

今の私は自らを器と規定している。
空に捨てられた者たちの想い、ジオンの理想を継ぐ者たちの宿願を受け止める器だ。
彼らが望むなら、私はシャア・アズナブルになる。
このマスクはそのためのものだ。

ーーーーエピソード2「赤い彗星」より

本来脆くて内部との結びつきが強い仮面だが、悪役たちはそこへさらに物理的な仮面を被せる事によって、私的な感情の揺らぎを取り除く事に成功し、確固たる象徴になることに成功する。彼のパーソナルな願いや想い、弱さや哀しさなどは決して外部に流出することがない。そして仮面には、彼らが属する組織の構成員ひとりひとりの願いと理想が投影されていく。

物理的な仮面を被るという行為は、滅私と秘匿という2つを両立させ、全員の理想を反映した象徴になるということだ。よく優れた悪役はカリスマ性があると評価されるが、そこには実体がない。超人的、かつ全ての人間の理想に寄り添う底なしの「イメージ」が彼らの魅力の根源となっている。

鶴見中尉という仮面

では鶴見篤四郎の仮面とはなんだったのだろうか。彼はこれまで被ってきた、3種類の仮面について考えたい。

まず一つ目は彼がウラジオストクでスパイを行なっていた時にかぶっていた「長谷川幸一」という仮面。この時の仮面は職務に従ずるため生み出されたものであって、装着に主体性はない。その証拠にロシア人に攻撃された時に、流れ弾を受けて倒れた妻が「А кто жe т ы?(あなたは誰なの?)」と尋ね、彼自身が眼鏡を外して「鶴見篤四郎」と名乗った時、すなわち任務の失敗と同時にその仮面は剥がれている。

二つ目は二〇三高地時点以前での「情報将校 鶴見中尉」という仮面。この時も職務を全うするための仮面ではあるものの、長谷川幸一の時よりも仮面が増幅するイメージを意図的に使用しているという点で、装着には幾ばくかの主体性がある。

鶴見はその仮面のもとで、のちの第七師団のメンバーとなる鯉登少尉、月島軍曹、尾形上等兵、宇佐美上等兵らと言った主要なキャラクターをたらし込んでいき、彼らにとっての唯一無二の存在へとなっていった。様々な登場人物の中に存在する「情報将校 鶴見中尉」というイメージは常に運動していて「理想の人」でありながら、捉え所がない。そして彼らのイメージは、戦後北海道で暗躍する「鶴見中尉」に受け継がれていくこととなる。

そして三つ目が、琺瑯の額当てをつけた「鶴見中尉」という仮面である。
この時初めて作中では、彼が自ら物理的な仮面を装着するシーンが描かれている。

琺瑯で作らせた
どうだ、似合うか?

ーーーゴールデンカムイ  15巻 第150話「遺骨」より

この時私は彼の琺瑯を「傷跡を隠すためにつけたのだな」と思っていた。しかし改めて読み返してみると、彼がその傷を隠すために額当てをつけたという描写が見当たらない。中には自らの傷を肯定するかのような発言もしている。

頭蓋骨と一緒に前頭葉も少し損傷してまして
それ以来カッとなりやすくなりましてね 申し訳ない

それ以外はいたって健康です
向かい傷は武人の勲章 ますます男前になったと思いませんか?

ーーーゴールデンカムイ 第2巻 第13話「憑き神」

自分の傷を肯定しているのにも関わらず、なぜ彼は琺瑯の額当てをつけることを選んだのだろうか。彼が額当てをつける事によって隠そうとしたのは、本当に傷跡だったのだろうか?おそらく鶴見篤四郎は、自分が牽引する組織の象徴となる覚悟のもと、三度目の仮面を被ったのではないだろうかーー。その証拠を裏付けるかのように、作中で彼の金塊探しの目的は次のように描かれていた。

金塊をただ分け合うのでは駄目だ 資金にして武器工場を作る
夕張の石炭 倶知安の鉄鉱石
高品質な兵器を国内生産するための大きな拠点を資源の豊富な北海道におく

父親を亡くした子供たち 息子を亡くした親たち
夫を亡くした妻たちに... 長期的に安定した仕事を与える
凍てつく大地を開梱し 日々の食糧の確保さえままならない生活から...救い出す

それが死んでいった戦友たちへの せめてもの餞である

ーーーゴールデンカムイ 第4巻 第31話「二〇三高地

作中で描かれる金塊探しの目的の中では最も重い。普通の人間ならここまでの責任を負おうとはしない。けれど鶴見はそれを引き受け、額当てをつけることを選んだ。そしてその額当てには部下たちの理想の人としての鶴見、満州の地に眠る戦友たちの無念、そして新しい理想郷へと人々を導くリーダーというイメージが常に循環し続ける。

今回、313話に至るまで彼の額当ては衣類と同じ意味合いのものだと思っていたが、それは違っていた。鶴見篤四郎は、琺瑯の額当てという仮面を着けることによって、自ら第七師団の象徴的存在になったのである。そしてそれが、本作における「鶴見中尉」のイメージになっていった。

だが一方で、もう一つの疑問が生まれてくる。それは「鶴見中尉は額当てを着けてまで、何を隠したかったのか?」ということだ。

鶴見中尉の仮面の下にあるもの

最後の「鶴見中尉」の仮面が外れたのは、第313話「終着」でだった。仲間を失って一人追い詰められる鶴見中尉。図らずも杉本が彼に加えた一太刀によって額当てが外れる。切り裂かれた懐からはウラジオストクで喪った母子の指の骨、そして奪っていたアイヌの土地の権利書がこぼれ落ちた。

これまでの「鶴見中尉」であれば、迷わず後者を奪取しただろう。けれど鶴見篤四郎は一瞬迷い、そして権利書を奪いつつも、視線は指の骨に送り続けることを選択した。そして電車に轢かれて指の骨が砕け散った様を見届けた時、読者は初めて鶴見篤四郎という男の素顔に出会うことになる。彼のこの一連の流れから、そのまなざしに至るまで、一体誰が予想できただろうか。

これまでも物語の中では、鶴見中尉に対して「本当の目的は戦友らの弔いではなく、私怨を晴らすためなのではないか」という疑いが度々かけられていた。しかし、その本心は藪の中。現にソフィアに「全部...恨みだっタの?」と聞かれた時、鶴見中尉はこのように答えている。

あくまで私の目的は日本国の繁栄である ロシアの南下...
他国の脅威から日本を守るために戦い続ける軍資金が必要だ
我々が進むべき道のかたわらに
自分の小さな小さな個人的な弔いがあるだけ
(中略)
だがその個人的な弔いだけのために 
道をそらすなどということは断じてない
ーーーゴールデンカムイ 第27巻 第270話「全ての元凶」

結局、鶴見は五稜郭で戦い、多くの部下を失い、そして最後は一人になった。話が進んでいく中で、やはり彼にとっての目的は大義名分だったのだと納得したし、私怨はすでに彼の中で消化しきったのだとも思った。ところがそうではなかったのだ。これが私はたまらなく嬉しくて、あの一コマでこれまでずっとやっていたオセロが一気にひっくり返るような気持ちよさを感じた。

彼の仮面の下に隠されていたのは「小さな小さな個人的な弔い」に囚われ、苦しみ、もがきながらも、その先に進み続けようとする、情けなくて愚かで哀しい男だったのだ。

鶴見篤四郎という味わい深さ

誤解なく言えば、私はここにたどり着くまで鶴見中尉のことを疎んじていた。彼は都合のいいように部下をたらしこみ、それでいて捨て駒にすることは躊躇わず、その死すら組織を指揮するために利用する冷血な人間だと思っていたからだ。

もちろんそれも彼の一側面なのだろう。そして大義名分のため、というのも一つの真実だったのかもしれない。けれどもしかしたらそれは部下たちの理想に応えたが故の、仮面の表層にすぎなかったのではないだろうか。(現に月島軍曹は、鶴見の目的が私怨だった場合「それが本当の目的なら ぶっ殺してやる」とすら思っていた)裏を返せば「鶴見篤四郎」というのは、組織の中で最後まで私を優先することを拒否され、弱い人間であることを許されなかった男だった、そう取ることもできる。

人は仮面を被る。おそらくは死ぬまでそうだろう。そして魅力的な悪役たちは、その仮面すらコントロールしきた。しかしそこに収まりきらない弱さというもの、その悲哀が悪役たちの本当の魅力なのではないだろうか。ダースベイダーの仮面が外れた時のように。

第313話で、鶴見が悪役から普通の人間に一瞬でもなれたことが、かえってこれまでの彼の魅力を増幅させる装置として機能しているようにも思う。あの時の言葉はどんな意味だったのか、あの時の表情はなんだったのか...そうした味わい深さを残していった鶴見篤四郎は、最後まで素晴らしい悪役だったと言えるだろう。

終わりに

まさか、まさか最後の最後になって彼にたらし込まれるとは思わなかった。以前の自分に「鶴見を思って毎晩胸が張り裂けそうになっているよ」と言っても絶対に信じないだろう。ゴールデンカムイ を見ていると「この人はこういう人だから」というイメージがいかに頼りなく、そして傲慢な目線なのかということを常に感じさせられる......たまらないですね。

残すところあと1話。4月28日までは全話無料公開です。

tonarinoyj.jp

 

 

 

冬の北海道を巡る旅#6 ザ・バードウォッチングカフェでシマエナガと出会う。旅の終わりは味噌ラーメンで

いよいよ旅も大詰め。今日はシマエナガの写真を撮るため、朝早くホテルを出てセコマでおにぎりを買い、車の中で食べながら撮影地へと向かった。車を走らせて向かった先は千歳市にあるザ・バードウォッチングカフェ。

以前水道橋にあるバードウォッチング専門店のホビーズ・ワールドで、北海道の自然を伝える写真雑誌faura(ファウラ)に出会い、その中で紹介されていたことがきっかけでこのお店を知った。北海道ではシマエナガに出会いやすい場所として、野鳥愛好家たちに愛されているらしい。もし北海道に行く機会があれば、ぜひ訪れたいと思っていたのだった。

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お店について予約名を告げると、フォトブースへと案内された。フォトブースの窓にはカモフラージュの迷彩ネットがかかっている。また感染症対策で、席ごとに仕切りが設けられていた。撮影可能な時間は朝の10時から16時10分まで。ワンドリンクオーダー制で、基本的に飲食は店内で行うことを推奨されているが、飲み物やソフトクリームなどは店員さんがフォトブースまで運んできてくれる仕組みになっていた。私はコーヒーを、夫はカフェラテとソフトクリームを頼む。シマエナガソフトクリームはぽってりとした見た目が可愛らしかった。

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無事シマエナガに会えるだろうかとドキドキしながらカメラを構えていると、一番初めにやってきたのはヒヨドリだった。グレイッシュブルーの羽模様が朝日に透けてうつくしい。他の野鳥に比べると体躯がやや大きいので、あまり人気はないようだけれど、主食が花の蜜という慎ましい生態も含めて私は大好きだ。

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続いてやってきたのはスズメ。こんなに寒い土地でもたくましく生きているのか!心なしか、本州で見かけるスズメよりとキリリとして見える。

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可愛いなぁと眺めていると、くるりとこちらを振り返ってくれた。朝日のスポットライトを浴びて踊っているみたいだ。小さな影すら愛おしい。

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続いてやってきたのはシジュウカラ。ネクタイ模様に白いほっぺが可愛らしい。警戒心が強いらしく、餌台の中から餌を選んだ後はその場で食べることはせず、少し離れた枝にとまってゆっくりとご飯を楽しんでいた。

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しばらくすると、トトトト...という何かを突く音がリズミカルに聞こえてきた。あたりを見回すと、アカゲラが巣箱の周囲を一生懸命つついている。もうすぐ春が近いので、ドラミングで求愛をしているのだろうか。そう思ってあたりを確認してみると…

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いた!メスのアカゲラだ。オスのドラミングをじっと見つめている。これからつがいになるのだろうか?巣箱はよく音も響くので、ドラミングにはうってつけなのかもしれない。

時計をみると、ここまでで約30分ほど時間が過ぎていた。少し手を休めるためにコーヒーに手を伸ばそうとすると、誰かが小さな声で「来たッ!」と叫んだ。

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急いでファインダーを覗くと、シマエナガがいた!初めてみた感想は意外とスムースでアザラシみたいだなという印象。小さなくちばしで一生懸命に餌を啄んでいる。頭の上下に合わせてヒョコヒョコと動く尾羽が可愛い。

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1羽が餌台でのんびりしているのをみて警戒心が解かれたのか、もう1羽もやってきた。バルルルル...という小さなヘリコプターのような羽音が聞こえてくる。

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そうしているうちに、あっという間に餌台はシマエナガたちでいっぱいになった。こんなに一気にシマエナガを目の当たりにできるとは思わず、混乱しながらもひたすらにシャッターを切る。おそらく初めの2羽がリーダー的な存在なのだろう。群でいると尾羽がユニゾンをしているみたいだった。

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5分も経たずしてシマエナガたちは去っていき、しばらくするとさっきまでドラミングをしていたオスのアカゲラが餌を食べにやってきた。十分小さいはずなのに、シマエナガを見た後だと大きく見える。ドラミングをしてヘトヘトになったのだろうか、一心不乱に餌を食べ続けていた。

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別の餌台にはヤマガラがやってきていた。丸々としたフォルムが愛らしい。よく見ると、足の付け根の部分まで、羽毛に覆われていることに気がつく。

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しばらくあれでもない、これでもないと気に入らない餌をポイポイ選別した後、お気に入りの餌を見つけたらしく、満足そうに咥えて自慢するように見せていた。

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程なくして、またシマエナガの群がやってきた。さっきの食事で安心したのだろうか?今回は一気に群ごと飛来してきた。この餌台には砕いた胡桃などが入っていて、カロリーの高いものを好むシマエナガにとってはご馳走なんだそうだ。道内では酪農家が撒いた牛脂などをかじる姿も目撃されているのだという。

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一心不乱に餌をついばむ姿に野生を感じる。油分を豊富に含んだナッツ類や牛脂の他にも、小さな木の芽や昆虫を食べるシマエナガの姿も報告されており、基本的には雑食らしい。特に樹液が好物らしく、冬になるとホバリングをしながら凍って氷柱状になった樹液を舐めるシマエナガが観測されるそうだ。

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小さなくちばしで餌を啄んでいく可愛らしさ。こうしてゆっくり観察しているとと、彼らのまぶたは黄身がかっていることに気付く。まるでたんぽぽ色のアイライナーをキュッと引いているようだ。

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しばらくしてシマエナガの数が減ると、チャンスとばかりにシジュウカラが間に割り込み、小さな体で威嚇して彼らを追い払っていった。小さな生き物同士の闘争を見て、彼らはあくまでも野生動物なんだということを思い出す。

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シジュウカラが去った後は、おそらく近くで様子を伺っていたであろうシマエナガが2羽で戻ってきた。

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続いてアカゲラもやってきた。アカゲラがとまると餌台が揺れて、シマエナガたちも振り子のようにブラブラと揺れる。しかし、そんな揺れは何のその。シマエナガたちはめげずに餌を啄み続けていた。

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ここまで撮影したところで時間は午後の13時。流石にお腹が減ってきたので、店内でサンドイッチを注文してガツガツと食べた。サンドイッチにはミネストローネもついてきて、フォトブースでキンキンに冷えた身体が温まる。カフェスペースはお日さまの光がさして心地よく、ここからも野鳥たちを眺めることができた。恋人どうしや年配の女性たちなど、多種多様な人たちが静かに野鳥を眺めている。

しばらくするとカフェの中にピンポーンというベルが響きわたった。なんの音かと首を傾げていると、店員さんが「今ちょうどシマエナガがきたみたいです」と教えてくれた。フォトブースには呼び鈴が設置してあって、シマエナガが来たら撮影中のカメラマンが善意で知らせてくれるらしい。店内にいる人たちが、一斉に窓を覗き込む。「あっ、見えた!」「あの鳥かぁ」などと、和やかな雰囲気が店内に満ちていった。

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あとからその時の写真を夫に見せてもらうと、珍しく枝にとまってるシマエナガの姿があった。ああ、私も見たかった...

これまでやってきたシマエナガの中では比較的冬毛がフワフワしていて、イメージするフォルムに近い。ジュルリジュルリと地鳴きをして様子を伺っていたらしい。

マシュマロのようなぽてんとした体、小さなくちばしにつぶらな瞳が愛らしい。

警戒しているのか、上や横を気にしているようだ。しかし、どの角度でもかわいらしいな。

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しばらくしたあと、シマエナガは餌台とは違う方角に飛び立っていったそうだ。羽の一枚一枚が光に透けて美しい。

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そうして私がサンドイッチを食べている間、続けてもう1羽のシマエナガがきていた。小さな足、フワフワのお腹。己の食欲が恨めしい。

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こちらのシマエナガもキョロキョロと左右を気にしていたそうだ。餌台には近寄らず、またこのあとの出現頻度が低くなったことから、もしかしたら近くに猛禽類がいたのかもね、とフォトブースのカメラマンたちが話をしていた。

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横から見た飛び立つ姿もまた美しい。流線型のフォルム、紅茶色の羽毛と墨色の羽のコントラスト。

結局午前の部で観察できたのは合計4回(うち1回は見逃し)だった。しっかりお昼も食べたので、気合を入れ直して午後の部の観察も始める。

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スーッと目の前を横切って目の前に現れたのはゴジュウカラ。スタッと餌台の縁に立ち、サッとひまわりのタネを咥えると、そのままサーッと飛び去っていった。なんてエレガントなんだ。

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続いてヤマガラもやってきた。同じようにひまわりの種を咥えるが、どう見てもサイズに見合っていない。流石にそれを食べたら喉につまらせるんじゃないかとハラハラして見ていると…

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流石に無理だと分かったのか、餌台にひまわりの種を戻していた。

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徐々に日が陰って寒くなってきた。思わずたまらなくなってホッカイロを購入する。戻ってファインダーを覗くと、遠くでコガラがふくふくとした冬毛を風にそよがせていた。

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しばらくすると、またシマエナガがやってきた。しかしあたりを気にしているようで落ち着かない。結局すぐまた飛び立っていってしまった。時間は夕方の15時を回ろうとしていたところ。夜行性の動物たちがそろそろ起きてくる頃合いだからだろうか。

f:id:lesliens225:20220414103806j:plainそんなシマエナガの警戒心には我関せず。マイペースに餌をついばむシジュウカラにはたくましさを感じる。

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遠くで遠慮がちに見ていたコガラも、この時ばかりは積極的に餌を啄みにきていた。残り時間は後30分ほど。今日観察できるシマエナガはこのくらいかなと思いつつも、時間いっぱいまでは粘りたいと思いホッカイロを握りしめる。

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そんな願いが通じたのか、1羽だけ餌台にやってきてくれた!これで見納めだと一生懸命シャッターを切る。

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やはりややあたりを警戒しているものの、比較的長い時間餌を啄んでいった。途中シジュウカラが来たので、また追い出されるのだろうかと冷や冷やしたものの、群れでなければ気にしないのか、二羽で仲良く餌を啄んでいた。

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あっという間の6時間。結局この日観察できたシマエナガは以下の通り。

午前 (10:00〜13:00) 4回

午後 (13:10〜16:10)  2回

ずっと座っていたのでお尻が煎餅のようになったけれど、貴重な野鳥たちの生態を間近で観察することができたので、喜びの方が大きい。カフェ内のバードウォッチャーのマナーもよく、鳥を脅かないような工夫をしていたりと、安心して観察する事ができた。自然に介入して自分のエゴを優先している以上、せめてマナーだけは守って鳥たちが健やかに過ごせるようでありたい。

ところでシマエナガアイヌ語で「ウパ」と言う。意味は雪の鳥。冬になると群れになって雪の上に降り立つため、この名前になったのだという。これから彼らは春にかけてつがいを見つけ、群れで子育てをし、夏には雛たちが北海道のあちこちで見かけられるらしい。

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そのまま時間になったのでお店のスタッフにお礼を言って車に乗り、新千歳空港にあるレンタカー屋さんへと向かった。3泊4日の旅もこれで終わりだと思うと寂しい。久しぶりに仕事から離れて大自然の中で過ごしたことで、思っている以上にリフレッシュできたことに気づく。車内では旅の思い出や、東京でのこれからの生活の話などをした。

空港についてから出発まではしばらく時間があったので、思い切って味噌ラーメンを食べていくことに。あまりの寒さに体が芯から冷え切っていて、なんとなくカロリーがあるものを食べたい!という気分になっていた。もしかしたらシマエナガもこういう気持ちなのかもしれない。

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立ち寄ったのは新千歳空港の中にある北海道ラーメン道場の一角にあった「ラーメン空」というお店。こってりした味噌に炒めたとうもろこしが甘くてまさにこれが食べたかったという味。旅で食べるラーメンってどうしてこう格別に美味しいんだろう。

「今日はもう晩ご飯作らなくていいね」「うん、後は適当にお土産を見て帰ろう」と言って新千歳空港内を散策する。そのまま飛行機に搭乗した後は、疲れ切っていたのか二人ともすぐさま眠ってしまった。

 

 

<余談>
バードウォッチングカフェの撮影ブースは、被写体を撮ることに特化した造りになっているので、窓や空調はない。真冬は気温がマイナスの世界に長時間いることになるので、防寒対策は万全にしていく必要がある。

# 参考までに当日の私の服装を以下に記すので、もし行かれる人は参考にしてください。ダウンはフィルパワーが750以上あった方が安心です。

当日の衣類

・mont-bell スーパーメリノウールラウンドネックシャツ・タイツ・腹巻
・PETIT BATEAU タートルネックシャツ
・mont-bell スペリオダウンラウンドネックジャケット
・MAMMUT Xeron IN Hooded ジャケット
・mont-bell パウダーグライド パンツ
・smart wool ハイキングミディアムクルー
・THE NORTH FACE ヌプシブーティ ショートタイプ
・mont-bell クリマプロ200 グローブ

これでも正午以降は寒くて手足がかじかんでくるので、靴の中にいれるホッカイロと張らないホッカイロは絶対に必要だと感じました。ただ成人男性はそれほどでもないのか、比較的薄着だったり、私とほぼ同じ格好をしていた夫も「まぁ寒いかな?ってくらいだったよ」とのことなので、男女差があるのでしょう。
ドア・トゥー・ドアであれば、上記のような徹底した防寒対策は必要ではないと思いますが、そうは言っても慣れない雪道を歩いたりと危険はあるので、冬の北海道にはアウトドアスタイルで行くのが無難だと感じます。万が一に備えてmont-bellのスノースパイクシングルフィット(持ち運び可能なミニアイゼンみたいなやつ)も持っていったのですが、アイスバーンがデフォルトな北海道では歩くときにかなり重宝しました。むしろ北海道では凍っていない道を探す方が難しい。
何より楽しい冬旅をするためには、やっぱり万全の装備でいくことに越したことはないと感じます。後日、札幌出身の友人に「この間札幌に行ったんだよー」と報告すると、「今年は特に積雪量が多くて厳しかったんだよ」と教えてもらいました。