東京で暮らす女のとりとめのない日記

暮らしとカルチャー、ミクスチャー

与謝野晶子も訪れた登録有形文化財のカフェでくつろぎのひとときを 横浜「カフェ金澤園」

先週末、横浜市金沢区にある「カフェ金澤園」に行ってきた。
以前、NHKの「ふるカフェ系 ハルさんの休日」という番組を見てからずっと行きたいと思っていたのだ。

当日は曇り。午前11時ごろに到着すると、すでに3組ほど先に来ている人たちがいた。テレビで見た通り、なんとも立派な建物!

うーん、正面に回るとますます格好いい。木造二階建ての入母屋造で、派手さはなくとも高級感が感じられる。

それもそのはず、実はこのカフェの前身である「金澤園」は、もともとは旗亭として創業された歴史を持つのだ。

全盛期には与謝野晶子や高山虚子などの文人たちが訪れ、多くの観光客で賑わっていた金沢園。当時は近くに遊園地もあり、目の前には海が広がっていたというから驚きだ。今でいうところの、レジャー施設だったのだろう。

玄関には食事のメニューが書かれた黒板が設置されていた。どれもオーソドックスな喫茶メニューで美味しそう。

中に入ると、その豪華さに圧倒される。天井は格天井!位の高い建物なんだぞ、ここは…という設計者の意図、施工者たちのプライドがビシビシ伝わってくる。

飾り窓の隣には「海軍航空技術廠支廠指定旅館」の札が。金澤園は昭和になって戦争が始まると、旧海軍の指定旅館として利用されるという、数奇な運命をたどったそうだ。

入り口にはここが当時海軍の所有地だったことを示すアンカーベルもあった。軍港が近いこともあり、このあたりは日本でも特に海軍の指定旅館が多い土地だったそう。こうした旗亭は、主に出征する軍人に対する見送りの場として使用されていたらしい。

そのまま建物1階を右に進むと、オープンキッチンがあるカフェスペースが現れた。まずはここでメニューから注文をする。建物にはここと2階部分にカフェスペースがあり、空いていればお客さんはどちらか好きな方を選べるとのこと。もちろんこの日は2階でお願いした。

店員さんに案内され、2階に向かうための階段を上っていく。足の踏み場が少ししかない急な階段で、祖父の家を思い出した。束の間童心に帰ってワクワクする。

そのまま階段を昇りきり、ようやく2階部分に到着した。部屋に入った瞬間思わず息を呑んだ。全面ガラス張りの、なんとも眺めがいい部屋!目に新緑が飛び込んできて眩しいくらい。まるで部屋全体が森の中に浮いているみたいだ。

「よければこちらにどうぞ」と案内された場所はちょうど部屋の角の席。とにかく開放感がすごい。なんだか落ち着かなくて、知らない家に連れてこられた猫のように、しばらくウロウロしてしまった。

部屋の全貌は書院造りの床の間に、松を大きくあしらった襖絵、豪奢なシャンデリアと格天井。畳の縁は群青色で、部屋をキリリと引き締めている。

正面に飾られているのは、皇族軍人だった閑院宮戴仁親王による書。「政治には寛容と厳格の調和が必要」という意味なんだそうだ。全国各地にこの書はあるらしい。なんか気分がアガると一筆書いちゃうおじさんだったのかな、と夫に言うと「時代が時代なら不敬だよ」と突っ込まれる。

さらにこの部屋を囲むようにして入側縁が設けられていた。部屋に合わせて畳敷きにされており、より空間が広く見えるように工夫されている。来客が多い時や、宴会などではこの縁まで座敷として使われていたらしい。

ちなみにこの金澤園、元はこの窓から海が見えていたらしい。その後都市化に伴って沿岸部の埋め立てが進み、景色は徐々に変わっていったのだそうだ。実際に当時の地図を見てみよう。

おお、確かにめちゃくちゃ海が近い。風光明媚とうたわれた金沢の勝景が一望できたことが容易に想像できる。そりゃ文人だって集まるよなぁ。周囲に建物もなく盗聴などをされる心配もないので、軍人が話をするのにもちょうどよかったのだろう。

そして現在の地図はこの通り。浜は埋め立てられマンションが建ち、今の景観になったことがよくわかる。埋め立て前は、沼津にある安田屋旅館のような眺めが広がっていたのだろうか...目を閉じて、目の前に広がる浜辺を想像した。

建築に夢中になってすっかり忘れていたけれど、もちろんカフェメニューも美味しかった。この日は私が抹茶セット、夫はイチゴタルトにアイスティー。ひとくちずつ交換する。タルトの苺は北海道でしか栽培されていない品種らしく、甘酸っぱさが舌にキュンとくる美味しいタルトだった。

一息ついて興奮も落ち着いてきた後は、周囲のお部屋の散策へ。

2階の奥にはこれまた立派な部屋があってびっくり。床柱の存在感たるや!扇型の飾り窓の雰囲気も抜群にいい。写真には写っていないけれど、きちんと下地窓もあり...この部屋でいったいどんな人をもてなしたんだろうと想像が膨らむ。

よくみるとガラス部分には結霜ガラスが施されていた。なんて綺麗なんだろうとうっとり。一度でいいからここに泊まってみたかったなぁ。

2階のお手洗いも見逃せない。扉部分には千鳥に波模様の透かし彫りが入っていて、細やかな意匠にこころがときめいた。

他にも部屋があるそうなのだが、この日は予約の方がいらっしゃったので、次回のお楽しみに。しかし見ても見てもキリがない。きっと来るたびにたくさんの発見があるのだろうな。

さらに1階へ降りて廊下の奥に進むと、何やらレトロな外観の部屋が見えてきた。気になったので中を覗いてみるとびっくり!そこにはなんとも風情豊かな風呂場があった。

風呂場はモザイクタイルで表現された富士山が溶岩で装飾され、その中央部分には楕円形の湯船がこぢんまりと佇んでいる。それぞれインパクトがありながらも調和していて格好いい!

そして驚いたことに明かり取りの窓はなんとステンドグラス!下世話にも「当時この小さな一枚だけでいったいいくらになったのだろう」と考えてしまう。

風呂場の屋根には浴槽から出る蒸気や湿気を逃すために、透かしの技法も取り入れられていた。ミントグリーンの色合いも上品で可愛らしい。こんなところにまで!?と驚くような意匠がふんだんに散りばめられていてクラクラする。ここで朝風呂をしたらたいそう気持ちがいいことだろう。

廊下にある共用洗面台の窓も、結霜ガラスと色ガラスの組み合わせのセンスが光る。朝起きて、ここで顔を洗って歯を磨いて...何気ない生活の動作ですら、かけがえのない思い出になりそうだ。

いろいろと見学させてもらい、最後はコーヒーでいっぷく。ここのコーヒーは昴珈琲店の「海軍さんのコーヒー」を使用していて、カップアンドソーサーも旧海軍から支給された調度品を再現したものなのだそうだ。オーナーさんと思しき方は、ひとつ質問すると惜しみなく建物の歴史を教えてくださるので、忙しい中申し訳なくもありがたかった。

正直なところ、建物は瓦の重みで天井がたわんできていたり、床の間に雨漏りのシミがあったりと、老朽化が目立つので、今の保存状態を見たい人は早めに行った方がいいかもしれない。

ところで、この日は隣の席に私と同じ趣味の人たちがいて「箱根の福住楼を思い出すね」と言っていた。いつかそちらにも訪れてみたいな。旧建築が好きな人、とりわけ数寄屋建築を好む人には、夢のような空間であること間違いなしです。

Information

店名:金澤園
住所:神奈川県横浜市金沢区柴町46

備考:駐車場5台あり(無料)、支払いは現金のみ(2022/5月時点)、営業時間についてはお店のInstagramを参照のこと
URL:https://www.instagram.com/kanazawaen1916/