東京で暮らす女のとりとめのない日記

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東京ステーションギャラリー「木彫り熊の申し子 藤戸竹喜 アイヌであればこそ」がとてもよかった

はじめに

週末、久しぶりにギャラリーへ出かけた。目的は東京ステーションギャラリーの「木彫り熊の申し子 藤戸竹喜 アイヌであればこそ」を見に行くため。ゴールデンカムイを読み始めて以来、アイヌ文化を学ぶ機会があればぜひとも参加したいと思っていたので、今回この展示が開催されると知ってとてもうれしかった。

木彫り熊の申し子 藤戸竹喜 アイヌであればこそ | 東京ステーションギャラリー

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6月から8月にかけては渋谷区立松濤美術館で「アイヌの装いとハレの日の着物」という展示もあったのだけれど、ちょうど感染者数が増えて来た頃で尻込みしている間に機会を失ってしまった。そんな中やっと観に行けた展示だったので感慨もひとしお。しかもその展示が本当に素晴らしかった。ぜひ会期中にひとりでも多くの人に見て欲しい。

 

展示の魅力

1. 木彫りの熊の愛らしさ

この展示のメインであり、藤戸竹喜の代表作である木彫りの熊。木彫りの熊と聞いて私たちがイメージするものといえば、黒々として鮭を咥える姿だけれど、藤戸氏の木彫りの熊はとにかくバリエーションが豊かでかわいい!数頭の熊が戯れる様子が彫られたレリーフは、今にも動き出しそうな躍動感があって、手触りまで伝わってくる。しかも一切デッサンなしにこれを掘り上げると言うのだから、その技術の高さには舌を巻く。
彼が木彫りの熊を掘るようになったのは、同じく木彫り熊の職人である父の影響であり、そのルーツはアイヌにある。アイヌにとって熊は狩猟の対象である一方で、信仰の対象でもあった。山の神を表す「キムンカムイ」と呼ばれ、その肉体を食べたり身に纏ったりすることで、その力を授かることができると考えていたと言われている。
狩猟で捕らえる熊は親熊のみで、小熊は集落で数年養育したのちイオマンテを行ない、神々の世界へと送り出す。そのためアイヌの子供たちは、小熊と共に幼少期を過ごすことは珍しくなかった。イオマンテは1955年から2007年4月にかけて北海道からアイヌに廃止するよう通達されていたが、彼の幼少期にはまだ存在していたのだろうか。彼の作品に登場する熊たちには、どこか親密さと友愛が感じられる。また、狩猟の様子を描いた作品も多く展示されており、アイヌたちがどのように熊と生きていたのかも作品から読み解くことができる。
展示の中には彼以外の木工芸作家が作成した木彫りの熊が展示されているので見比べてみるのも面白い。作者不明の初期に作成されたと思われる木彫りの熊が展示されていたのだが、とぼけた表情が可愛らしくて忘れられない。

2. 狼とアイヌの暮らし

展示には熊の次に多く登場する動物がいる。それが狼だ。狼も熊と同様アイヌの暮らしと密接に関わっており「ケウカムイ 」と呼ばれて信仰されてきた。藤戸氏自身もその存在に魅せられた人のひとりで、北海道大学植物園で狼の剥製を見た彼は「狼を作りたい」と父へ言ったという。
ゴールデンカムイでもレタラという名前で登場するエゾオオカミだが、その絶滅理由のひとつが日本人、すなわち明治時代の入植者であり和人であることはあまり知られていない。北海道開拓時、食糧としてのエゾジカに目をつけた和人たちが乱獲を行った影響で、エゾオオカミの食料は失われ、和人の家畜をエゾオオカミが襲うようになっていった。この被害の大きさを鑑みた開拓使は、1877年に報奨金を伴い駆逐を奨励することとなる。餌に毒を盛るなどの手法を使い、約1500頭近い狼がわずか10年足らずで絶滅に追いやられたのだった。
藤戸氏はエゾオオカミ絶滅後に生まれているので、その姿を目にはしていない。にもかかわらず、彼の作品に登場するエゾオオカミたちは活きいきと躍動する。狩をする凛々しい姿から、小さきものを愛でる優しい眼差しまで、まるで全て見てきたかのようだ。おそらく父や祖父母などからアイヌの生活を口語で伝えられてきたからなのだろう。そしてどの作品にも、やがて失われていく存在であることを狼自信が自覚しているような、運命を背負いつつも生き抜こうとするプライドが感じられる。

3. 彫刻から知るアイヌの生活

そしてこの展示のもう一つのメインはアイヌたちの彫像にあると思う。特に藤戸氏の祖父をモデルにした「フクロウ祭り ヤイタンキエカシ像」はとてつもない格好よさがあり、しばらくその場から離れられなかった。
このヤイタンキエカシ像は、藤戸氏の祖父であるヤイタンキを一本の楠から掘り出したものになる。(翼と腕のみ別の木材を使用)なおエカシアイヌ語で長老を意味する。頭にはふくろうの面を被り、腕にはおそらく木工で作成した鳥の翼をのせ、ルウンペを纏い、腰にはマキリをさし、足元には鳴り物として胡桃の入った袋がくくりつけられている。おそらくアイヌ古式舞踊のひとつなのだろう。まるで当人が目の前で舞い踊っているようだ。近くには椅子があるのだが、そこに座って眺めると、その格好良さはいっそう際立つ。
他にも杉本フサ像は、アイヌの女性がどのように子育てに従事していたかが読み解ける彫刻になっている。まるで物語に登場するフチが目の前に現れたようでうれしくなってしまった。
展示は近代化と開拓によってアイヌの生活がどのように変わっていったのかを知ることができる構成になっており、それを知ることでその彫像の意味とそれを残した藤戸氏の意図が伝わってくる。なお展示で紹介されていたクナシリ・メナシアイヌの戦いは、アイヌが和人からもらった食べ物の中に毒物が入っており、それによって命を落としたことが発端になって起こったことを知っている人は少ない。

終わりに

数々の彫刻を通じてアイヌの目線からみた動物たちや、その暮らしぶりを見ることができ、とても満足度の高い展示だった。この展示をみてからもっとアイヌのことが知りたくなったし、ゴールデンカムイを読むのがさらに楽しくなった。知ることってなんて楽しいのだろうと、そしてそれを知ることが痛みを伴うものであったとしても、やはり知らないよりずっといいのだと、そう思えるような展示だった。
ちなみにこの展示の会期は9月26日まで。こんなにいい展示に出会える機会はそうないので、ぜひ足を運んでみてほしい。展示は基本予約制だけれど、私たちが足を運んだ時は当日券を直接館内で販売していたので、比較的混雑しなそうな平日などなら直接行っても入れるかも知れない。
展示をみた帰りは新しくなった東京駅地下のグランスタでテイクアウトをしてもいいし、ちょっと足を伸ばしてパレスホテルのペストリーショップでマロンシャンティをお土産にしてもいい。
そして展示に足を運んでもっとアイヌの文化を知りたいと思った人は、ぜひ小田原さんの記事にも目を通してみてほしい。

bijutsutecho.com

 

余談

ちなみにこのブログを書いていて気がついたのだけれど、Macではアイヌ語入力ソースを設定できるんですね。結構便利なのでアイヌ語を使う時はおすすめです。これを設定すれば「」も一発で変換できます。

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