東京で暮らす女のとりとめのない日記

暮らしとカルチャー、ミクスチャー

静岡へ春を探しに出かけた旅の記録

東京に出てきて良かったことの一つに、道端にぽつんと咲いている桜を愛でられることがある。電灯に照らされる桜というのは風情があっていい。まとまって群生し闇夜にぼうっと浮かんでいる桜もいいけれど、ぽつねんと咲くそれは誰か気づいてくれるのを待っているようで健気に思える。

今年もそれを楽しみにしていたのに、いつまで経っても花冷えが続き、咲いたと思ったら桜流し、せめて花筏を見ようかと思うにも、連日の雨できれいさっぱり花びらが流されてしまっていた。悔しい。このまま春を終わらせたくない。そう思ってまだ桜が咲いている場所をリサーチし、名残の花を見るために出かけることにした。

向かった先は静岡県駿東郡にある冨士霊園日本さくら名所100選にも選ばれた、桜並木が目的だ。

車を走らせて2時間ほど経ったころ、ようやく目的地にたどり着いた。約800mに渡って連なる桜並木はまさに圧巻の景色。風が吹くとはらはらと花びらが舞い散り、水色の空を淡いピンク色に染め上げていく。

霊園の奥には見晴らし台があり、そこからみる風景もいいと聞いたので行ってみることにした。階段は全部で200段。日頃の運動不足を実感しながら登っていく。

頂上からみた光景は、桜雲という表現がぴったり似合う、とてもいい眺めだった。いつか死んだら海が見える場所にお墓を建てたいと思っていたけれど、桜の近くも気持ちがよくていい。

この日は風が強かったので、夫が写真を取りやすいように枝をそっと押さえていると、ちょうど腕に落ちた影が入れ墨のようになった。今しか映せない、桜のタトゥー。

山の方ではオオイヌノフグリにヒメノオドリコソウ、たんぽぽにスミレ、ヤマツツジなどがいっせいに咲いていて、とても賑やかだ。花の周りでは蜂たちが戯れていて、もうすっかり春なのだということを全身で実感する。

ツツジのタトゥーは存在感があってモダンな風情。いつかこんな入れ墨を身体の見えないところに忍ばせてみてもいいかもしれない。

途中ベンチを見つけたので、家で焼いてきた台湾カステラとオートミールクッキー、水筒に淹れてきた台湾茶を取り出して、こぢんまりとしたお花見をすることにした。花見のオープン戦をここから巻き返していく。

人気のないところで桜を眺めながら、台湾カステラを齧ってお茶をすする。外で食べるおやつってどうしてこう美味しいのだろう。桜の枝が擦れ合う音、遠くで聞こえる人々のざわめき、鼻腔に抜ける青々とした春の香り。陽の光にあたってぼんやりしていると、この世には美しいもの、きれいなもの、善良なものしかないように思えてくる。まるでやわらかな繭の中にいるように。

おやつも食べたので昼ごはんはパスして、次の桜を見るため車を走らせた。次の目的地は狩宿の下馬桜。日本で最も古いとされる山桜があるらしい。

車を走らせていると、車内から青々とした茶畑に、霞みがかった富士山が見えた。これぞ静岡の風景!この日は晴れていたこともあり、ドライブをしていると当たり前のように富士山が見えて、そのたびに得したような気持ちになった。

そうして車を走らせて1時間ほど経った頃、目的地にしていた狩宿の下馬桜まで辿りついた。菜の花が桜の周りを取り囲むように咲いていて美しい。しかし昼ごはんを抜いたせいか、美味しそうにも見えてしまった。思わず夫に「オクラや大根、ズッキーニの花が食べられるんだから菜の花も食べられそう」と言う。

そのまま水路が流れる方向に向かって歩く。農業用水だろうか。あちらこちらに清らかな水が流れていて気持ちがいい。水の流れ、その表面に浮かぶ小さな光や、波の揺らめきを見ていると、心にまで水路が繋がって流れていくみたいだ。

そのまま桜の裏手に回ると、菜の花と桜、そして富士山が目に飛び込んできた。耳に聞こえるのは地元の人たちの賑やかな笑い声と、用水路に流れる水のサラサラという音。東の方には爪の先のような青白い月が涼しげに浮かんでいる。

顔を上げて山桜をよく見てみると、ソメイヨシノとは違った花弁の形をしていることに気づく。さながら触れられる星のよう。この桜はアカメノシロバナヤマザクラという品種で、福島県の三春の滝桜と並ぶ「日本五大桜」の一つなんだそうだ。樹齢は推定800年。希少な古木ということで、国の特別天然記念物にも指定されている。

慎ましやかな色味に見惚れていると、後ろから年配の女性に「きれいでしょう」と話しかけられた。振り返りつつ、「そうですね、見にきて良かったです」と言う。女性は「やっぱりこうして賑わうとうれしいわね。桜も喜んでいる見たいで」と言い、今年はやーっと子供や孫にも会えるのよ、と嬉しそうだった。

思わぬ出会いに別れを告げた後は、沼津へと車を走らせた。ホテルのチェックインまでは時間があるので、途中で少し車をとめて、夕日が沈んでいく千本浜を歩く。やはりここの砂浜も、富士山の火山灰によって黒々としている。遠くでは地元の子らしい少年たちが、ビニールボールでサッカーをしていた。

そのままホテルでチェックインを済ませ、今日の晩ご飯をどうしようかと街中を散策する。しばらくすると「蕎麦酒菜 おく村」というお店が見えてきた。店頭のホワイトボードに書かれている「たけのこの土佐煮」に惹かれたので、思い切って飛び込んでみることに。

ありがたいことに予約なしでも入れたので、早速日本酒飲み比べセットを注文した。私がお願いしたのは辛口飲み比べセット。久しぶりに外で飲酒できるのがうれしい。

お通しはふきのお浸しだった。山菜が食べたい気分だったのでありがたい!この翡翠色のきれいなこと。一口食べるとほろ苦さと出汁の旨味が口いっぱいに広がった。鼻腔から抜ける爽やかな薫りに春を感じる。

続いてやってきたのは沼津湾で取れた地魚の盛り合わせ。初鰹だ!うれしいなぁ。<目に青葉 山ほととぎす 初鰹>とはよく言ったもので、この時期にいただく鰹が一番美味しいと思う。他のお刺身はもちろん、薬味に紅蓼があるのもありがたいし、青さのりも磯の香りがして爽やか。近所にあったら通っちゃうな。

続いてやってきたのは空豆の葛粉揚げ。ほくほくの空豆に、カリカリの衣の食感が楽しくていい。こんな空豆の楽しみ方があるんだなぁ。かごに入った設えもいい。日本酒がすすむ。

次にやってきたのが、えびしんじょう。揚げたタイプのえびしんじょうは、外のカリッとした衣に、ゴロゴロとした海老が包まれていて、一口食べると旨味が弾けた。塩をふたり分に分けて用意してくれるのもうれしい。とにかく何を食べても美味しくてクラクラしてしまう。

そうして最後にやってきたのが、筍の土佐煮。きッ、木の芽だーーッ!!予想していなかった木の芽の登場にテンションが上がってしまった。ここがクラブだったら絶対にフロアが熱狂している。

筍の土佐煮と一緒にいただくと、爽やかな香りが脳まで駆け抜けていった。そして蕎麦屋だからか、お浸しや煮物などの出汁を使った料理がべらぼうに美味い。筍の土佐煮に使われている鰹ベースの出汁が美味しすぎて、思わずタッパーにつめてくださいと言いたくなるほどだった。

本当は筍で終わりにするつもりだったけれど、ここまで料理に使われてきた出汁という出汁が美味しかったので、夫と相談して海老天そばで〆ることに。予想していた通り、やっぱり蕎麦つゆがむせび泣くほど美味しかった。私たちが美味しい美味しいと言っていたからか、カウンターごしに大将さんから「食わせ甲斐があるね!」とまで言われてしまう始末。とても気のいい大将さんで、お酒と共に話が弾んだ。

すっかりお腹も膨れて満足。そのまま2軒目に向かって仲見世商店街の中を歩いていく。最後にきてから半年近く経ったけれど、人手が戻りつつあるのか、以前よりも活気があった。以前より中華料理のお店や、ベトナム人向けのスーパーも増えている。気になるバーも見つけたし、今度来たときは商店街を中心に歩いてみるのも良さそうだ。

2軒目は久しぶりのリバブリューへ。周年記念の限定ビールがあるということで、夫はそれを頼んでいた。私はDDH Citra on Citraをハーフパイントで。

あー、うまい。久しぶりに外で飲むビールは脳がくちゃくちゃになるくらい美味しかった。二人ともお腹がいっぱいだったので、この日は泣く泣く1杯だけに留める。家で楽しむためにいくつか缶ビールを購入した後は、外に出てほろ酔いの身体に春風を浴び、いい気分になってホテルへと戻った。

翌朝、ホテルで早々にチェックアウトを済ませて車を発進させる。向かう先は戸田湾。去年戸田にあるタゴールハーバーホステルで宿泊してから、すっかり気に入ってしまったのだった。向かう途中では、沼津湾越しに富士山が見える。淡いブルーの海から地続きに浮かぶ富士山に見惚れつつ、戸田へと車を走らせた。

戸田湾に向かう途中、道の駅くるら戸田がやっているのを見つけたので、朝食を買っていくことに。ちょうど温泉があく時間らしく、地元の人たちが吸い込まれていく。ベビーバスの貸し出しもしているらしい。子連れに優しくていいなぁ。

そのまま私たちはフードコートへ。ここでは握りたてのおにぎりを販売していて、上のメニューから好きな具を選ぶことができる。

それ以外にも名物のキンメコロッケに、戸田湾で取れた深海ザメのハンバーガーなどもあった。個性豊かなラインナップに好奇心がそそられる。どれにしようか迷いつつも、結局私たちはおにぎりセットに決めた。隣ではバイク乗りと思しきレザージャケットに身を包んだおじさんたちが、一心不乱にイルカミルクソフトを食べていた。

しばらく待ってから出来上がったおにぎりを受け取りに行くと、夫がキンメコロッケを頼んでいた。いつの間に?上にかかっているのはタルタルソースらしい。中身は金目鯛をほくほくのジャガイモで包んだもので、意外と美味しかった。

そのまま外に出ると足湯があるのを見つけた。せっかくなので体験していくことに。

サンダルを脱いで足を浸すと、じわーっと温かいお湯に包まれる。しばらくすると身体中がほかほかしてくるのがわかった。お湯はほんのりとろみがあって、やたらとツルツルになる。このお湯に全身を浸したら化粧水をつけなくても良さそうだ。濡れた足をハンドタオルで拭いて風に晒すと、そこだけ冷えて心地よかった。

そのまま車を走らせて5分ほどで、目的地の戸田湾に到着。駐車場に車を止めると、眼前に富士山が見えて思わず声が出た。昨夜お世話になった蕎麦屋の大将に「戸田湾から見える富士は最高ですよ」と教えてもらったけれど、確かにそうだ。遮るものが何もなくて、ただただ海と富士山がきれいに見える。

湾を端から端までのんびり散策した後は、浜辺のベンチでさっき買ったおにぎりセットをいただくことにした。おにぎりセットの中身は、しらすのおにぎりと塩サバのおにぎり。おかずは唐揚げと甘めの卵焼き、そして金平ごぼうという、クラシックかつ王道なラインナップ!

このきれいな海を眺めながら、握りたてのおにぎりをいただく贅沢さよ。おにぎりはどちらもふわっふわで、口の中でホロリとほどける。海苔も香り高い。唐揚げはサクッサクだし、甘めの卵焼きはジューシー、きんぴらも味がよく染みている。遠い昔に祖母が作ってくれた花見弁当を思い出す味。ペコペコだったお腹もすっかりいっぱいになって、思わず「しあわせだ〜」と言いながらベンチに寝そべった。

そのまま一眠りした後は、また浜辺を散歩する。実に怠惰でいい。途中、貸しボートの看板を見つけたので、おじさんに借りられるか聞くと、普段は釣り用に貸し出しているけど、今日は釣り人も少ないので遊び目的でもいいよ、とのこと。せっかくなので少しだけお借りすることにした。

いざ着水。岸は振り返らずに、湾の奥へと漕ぎ出していく。きれいな海に、日の光が反射してキラキラときらめく。

ある程度漕いだところで振り返ると、岸辺で釣りをしている釣り人たちが見えた。普段浜辺から見ている光景を海の方から眺める不思議。途中、釣り人と思しき男性たちがボートに乗ってすれ違っていった。湾の中なので波も穏やか。ちゃぷちゃぷとした心地よい音が耳元に響く。

そのまま船がいない場所まで来たところで漕ぐのをやめて、波にたゆたうままに身を任せることにした。天国があるならこんなところがいいな、なんて話をする。そのまま仰向けになると、波と身体が一体になっているかのようにぷかぷかと揺れた。

しばらくして時間になったので、岸へと引き返していく。おじさんに引き揚げてもらい、お礼を言ってその場を後にした。

そのまま浜辺を歩くと恐竜の滑り台が見えた。ヘッシーと呼ばれているらしく、毎年海水浴シーズンになると海に浮かべて、ウォータースライダーのようにして使うらしい。前回来たときはブルーシートで覆われていた気がするけれど、もしかするとあれは感染症対策だったのだろうか。今年こそは子供たちが心置きなく夏を満喫できたらいいなぁ。

そろそろ帰る時間だ。名残惜しみつつ湾を後にし、前回購入して気に入った戸田塩を購入して帰る。戸田塩のおばちゃんたちも元気そうでホッとした。

帰り道、戸田湾を見渡せるビュースポットがあったので、立ち寄って眺めていった。冴え渡るような緑とビロードのように滑らかな海、そしてうららかな気候。何度でも帰ってきたくなる不思議な場所だなとつくづく思う。

この場所に出会わせてくれたタゴールにもまた立ち寄りたい。オーナーが新たにコーヒーロースタリーを立ち上げたらしいので、今度はそこに立ち寄ってみてもいいな。まだまだ戸田でやりたいことがあるなぁと思いつつ、それはいつかの楽しみとして、東京へと車を走らせていった。

 

 

前回戸田を訪れた時の記録はこちらから

lesliens225.hatenablog.com