東京で暮らす女のとりとめのない日記

暮らしとカルチャー、ミクスチャー

桃のもっとも美味しい食べ方を研究した 2022年夏の記録

今年も福島から桃が届いた

今年も福島から桃が届いた!段ボールを開けると馥郁とした桃の香りが部屋いっぱいに広がって、今年も夏が来たことを実感する。農家を営む親戚が厳選したという桃は、ひとつひとつが玉のようにぴかぴかだ。ああ、ふるさとの香り、手触り。冷凍都市の暮らしに爽やかな香りが舞い込む。この悦びを忘れないよう、そして来年も楽しめるよう、いくつか試して気に入った桃のレシピについて記していこう。

余白のある桃

試したのは、料理家のなかしましほさんが考案された「余白のある桃」というレシピ。半分に切った桃の種をくりぬき、そこに水切りヨーグルトとはちみつを添えるという、かんたんで見栄えのするデザートだ。

様々な種類のヨーグルトを試した結果、生乳をうたうタイプで、かつ脂肪分が3.5以上のものとの組み合わせが最も美味しかった。カギはヨーグルトのフレッシュさと乳脂肪分。桃の香りはとても繊細なので、強い香りや酸を加えると感じにくくなってしまう。発酵が進みすぎたヨーグルトは匂いと酸味が強く、かえって桃の香りを阻害してしまうので、前発酵で作られた「生乳」をうたうフレッシュなヨーグルトがいい。

また、乳脂肪分が多ければ多いほど、桃単体が持ち合わせていないコクが加味されるように感じた。チーズで代用するときも同様に、フレッシュタイプで高脂肪のチーズを添えるのがいいのだろう。

桃のクランペット

作る過程が最も楽しかったのが、料理研究家の細川愛さんが考案された「桃とチーズのクランペット」だ。たっぷりのバターで焼いたクランペットは香り高く、モチモチとした食感が美味しい。おおぶりにカットした桃の果汁を受け止めて、味わいに豊かなグラデーションが感じられるのもいい。簡単なのにお店のような出来栄えで、休日の食卓にこの料理があると、日常がきらきらときらめいた。

食べてみると、思いの外「おかずっぽい」レシピなのも面白かった。クランペットに塩気があるのでセミハードからフレッシュタイプのチーズと相性がいい。デザートのように食べたいならクランペット生地の塩分を減らし、フレッシュチーズにきび砂糖少々がいいかもしれない。

なによりこのレシピの楽しさは、自分でクランペットの生地を作るところにある。朝起きて、ぷくぷくと泡立った生地をみると、なんだかかわいいなぁと和む。現金なもので、美味しいものが冷蔵庫にあると思うと、翌朝起きるのがたのしみになった。

桃のカラメリゼとラべンダーのパンナコッタ

来年も絶対に作りたいのが、この桃とラべンダーのパンナコッタ。ラベンダーを一晩浸して香りをうつした牛乳でパンナコッタを作り、キャラメリゼした桃をトッピングした。

スプーンですくってひとくち食べると、脳がふやけるような重層的な香りに恍惚とする。桃に含まれるリナロールという香り成分は、ラベンダーにも類似のものが含まれている。おそらくは似た成分を保有する食材をあわせることで、香りにレイヤーが生まれて味わいに奥ゆきが出るのだろう。

材料に生クリームがなければヨーグルトで代用してもいい。そうするともっちりとした食感になる。桃はカラメリゼするとバナナのような風味になるのも発見だった。正直、カラメルの工程はトゥーマッチに感じたので、来年はダイス状に切ってシロップにした桃を、パンナコッタの上にのせるようにしたい。きっとそのほうが色合いが可憐で、いっそう桃の良さが感じられるはずだ。

桃のスムージー

もたもたしていると、あっという間に桃は熟れてしまう。毎年熟れすぎた桃を見ては「やってしまった!」と落ち込んでいたけれど、今年からそうした桃はスムージーにすることにした。

材料は桃に氷とはちみつ、それから色止めにレモン果汁をほんのすこし。あとは材料をブレンダーでミックスすれば、桃スムージーの出来上がり。手持ちのワイングラスに注げば、桃の香りを余すことなく楽しむことができるし、気分転換にもなる。

もちろんこのスムージーでお酒を割ってもいい。ペールエールで割れば即席のフルーツビールになる。スパークリングワインで割れば、桃のベリーニ風カクテルの出来上がり。

晩夏の夜に、夏を惜しみながらゆったりとグラスをかたむけるとき、人生が手中にあるような実感を静かに感じることができる。このやり方を覚えてから、熟れた桃をみても落ち込むことがなくなった。朽ちていく中にも、違ったたのしみを見出せることがうれしい。

冷蔵庫で少し冷やしてカットした桃

ここまで散々桃に関するレシピを試してきたものの、結局のところ桃のいちばん美味しい食べ方は、食べる直前に冷蔵庫ですこし冷やして食べる桃だなぁと思う。我が家の桃剥き担当は夫と決まっているので、いつもすこし厚めに切ってもらう。あるいはそのままの状態で桃にかぶりつくのもいい。したたる桃の果汁は、一気に夏を連れてくる。

素のままの桃を食べると、甘味・苦味・酸味が揃っていて、香りも食感も一切の非の打ち所がない、唯一無二の果物だなと実感する。そんな桃をあえて調理するたびに、ちいさな罪悪感にも似た気持ちを感じる。

結局のところ、どんなレシピを試したとして、この目が醒めるような果物の良さを味わうには、それ自体を愉しむことにほかならないのだろう。ほんとうに桃というものは、四季を生きる喜びに満ち、こころに一片の爽やかな風が吹きこむような、いとしい食べ物だ。

備忘 桃との食材の組み合わせについて

いくつか試作を試してきたことで、桃と相性がいい食材がわかってきた。
ひとつめが乳脂肪分が高い乳製品。次にラベンダーやバジルなどのハーブ。あとは試していないけれど、アーモンドやココナッツミルクも相性がいいのではないかと推測している。もともと桃が持つ香り成分と近しい成分を持つ食材か、コクを足すために脂肪分の高い食材で組み合わせるのが間違いなさそうだ。

一方でレモンの使い方には発見があった。桃を愛して育ってきた人間としては「なぜわざわざ酸味で桃の良さを打ち消すような食べ方を…?」と長年謎だったけれど、これは桃を活かすのではなく、他の素材と調和させるためのレシピだということがわかってきた。

香りの成分が近しいものを組み合わせてレイヤーを作ること。あるいは素材に足りない成分や味を補ってピースを埋めること。あるいはあえて相性が悪い素材を組み合わせることで、その個性を消して調和させること。これが桃のレシピを考えるときの骨子になっているようだ。

なにはともあれ、今年の課題は来年の楽しみとして、また桃と再会できる夏を楽しみに待ちたい。今は愛する桃へ、惜しみながらも別れを告げて。