東京で暮らす女のとりとめのない日記

暮らしとカルチャー、ミクスチャー

鎌倉アルプスを縦走して猫を撫でた夏の日

夏のある日、ずいぶんと登山から遠ざかっていたので、身体を慣らすために鎌倉アルプスを縦走することにした。由比ヶ浜周辺の駐車場は海開きの直後で混んでいそうだったので、大船駅から離れたところにある駐車場へ車を停める。車を降りると、駐車場の中央にある井戸が目に留まった。

錆びたポンプが時代を感じさせる。昔、このあたりにあった邸宅のものなのだろうか。不思議な井戸を背に大船駅まで歩くと、夏の日差しがジリジリと照りつけた。

駅のホームに向かって階段をリズミカルに降りると、なんだか小学生の夏休みのようで楽しくなってくる。北鎌倉までは横須賀線で向かい、電車を下車したあとは鎌倉アルプスの入山口がある建長寺まで歩くことにした。

ちょうどNHK大河ドラマ「鎌倉殿の十三人」が盛り上がってきた時期らしく、鎌倉の道のいたるところに登場人物と縁がある場所についての案内があった。途中すれ違った中年の女性たちが鎌倉殿の話で盛り上がっていて、人気なのだなと実感する。太陽の照りつけが激しく、サングラス越しでも眩しい。

首筋を汗が伝っていくのを感じて顔を上げると、「去来庵」という数寄屋風のお店を見つけて思わず足を止めた。もとは別荘だったものを改築し、現在は洋食屋を営んでいるらしい。名物はビーフシチュウにタンシチュウ、そして固めのプリン。想像しただけでお腹が鳴りそうだ。

鎌倉は緑が多く、歩いているだけで目がうるおう。威勢よく電線に接触している木もあって、思わず笑ってしまった。「ここを進んで行ったらどこに辿り着くのだろう」と思うような小路が、あちらこちらにあるのも心を躍らせる。

時折緑に慰められながら数十分、ようやく鎌倉アルプスの入り口がある建長寺にたどり着いた。石畳には木陰がゆらめいている。

入山口はお寺の奥にあるので、拝観料を支払って中を通り過ぎる。立派な門に思わず圧倒された。

お寺の奥まで進むとハイキングコースの案内があった。

案内のまま脇道にそれると、一気に緑が深まってくる。

このあたりは水気が多いのか、イワタバコが群生していた。ちょうど開花の時期で、むらさき色の可憐な花が星のように連なっていた。

あまりの暑さに喉が渇いてきたので、さっそくリュックサックから飲み物を取り出す。ああ、水が美味しい!

しばらく平坦な道を進むと、鎌倉アルプスの難所である半僧坊の階段が見えてきた。250段もある階段をひたすら登っていく。登っている間、汗は拭いても拭いても滝のように流れ、次第に呼吸が苦しくなってきた。足が重くなってくるのを必死に動かして、なんとか頂上へとたどり着くと、おもわずその場にしゃがみ込んだ。

あまりにも疲れたので、境内のベンチで少しだけ休ませてもらう。ぐったりしていると、半僧坊のひとと目があってお互い笑い合った。きっとおなじみの光景なのだろう。

一息ついたあとは、気合をいれて山の中へ。さっきまでの景観とは打って変わって緑豊かな山道だ。

足元に視線を落とすと、木漏れ日のまあるいひかりが落ちていた。森の中は涼しくて気持ちがいい。

ひんやりとした森の中を歩いていると、すっかり元気になってきた。木の葉の音に混じって、季節はずれのウグイスが時折「ホー、ホケキョ」と鳴いている。

森の様子を眺めながら歩いていると、目の前が一気にひらけてきた。ここが鎌倉アルプスの最高地点、大平山の山頂だ。

山頂からは鎌倉の街並みを一望することができ、歴史の講義で習ったとおり、山に囲まれていることがよくわかる眺めだった。浜が近いせいか、ここまで磯の薫りが運ばれてくる。

大平山からの眺めを満喫したあとは、出口がある瑞泉寺を目指して下っていく。途中、蝶々が目の前をかろやかに通り過ぎていったり、物音がしてふりかえるとリスがいたりと、生き物を愛でることにいそがしい。

この時点で飲み物がなくなってしまったので、中腹にある茶屋「天園」に立ち寄り、自販機でポカリスエットを購入した。茶屋では軽食やアルコールが販売されていて、地元住民らしき人たちが気ままに楽しんでいた。

さらにこの茶屋には黒猫がいて、うつらうつらと日向ぼっこをしていた。ミントグリーンの目とつややかな毛並みが美しい。撫でられるのにも慣れているようで、触ると喉をゴロゴロと鳴らした。

ここからの道はやや勾配があって、足をとられそうになる。正午を過ぎてからは、道ですれ違う人の数も増えてきた。壮年の男性やフランス人のカップル、親子連れに老人夫婦。このあたりに住む人たちの、いい運動場所でもあるのだろう。

階段を下ってうっそうとした茂みを抜けると、目の前が眩しくなってひらけた場所へ出た。出口の瑞泉寺だ。心地よい疲労感と達成感で思わず伸びをする。あとは舗装された道を歩いて、鎌倉駅へと向かうだけだ。

駅へ向かって二階堂のあたりを歩いていると、静かな住宅街にベイクショップがぽつねんとあるのを見つけた。だいぶお腹も減ってきたので、お店の中へ入ってみることにする。

リノベーションされた店内は、白を基調とした楚々として落ち着く空間だった。お店の名前はokashi nikaido。店員さんがきびきびと働いていて、凛とした空気がただよう。ガラスケースの中には、ふわふわのマフィンやさまざまな種類のクッキー、それからしっとりとしたパウンドケーキにシリアルと、豊富な種類の焼き菓子が並べられていた。

どれもこれも美味しそうで迷ってしまう。悩みに悩んで、メープルクッキーを1枚とレモンのパウンドケーキを1つ、そしてプレーンのマフィンを1つ買った。

さっそくお店のテラス席で、マフィンを半分に割って夫とシェアする。しっとりした生地に、ほんのりと香るバニラの香り。頬張るとほろほろと口の中で溶けていく。かなり好みのマフィンで、おもわずにっこりと笑った。残りのお菓子は家でたのしむために、リュックの中に詰め込んだ。ひとやすみもそこそこに、雪ノ下を通って鶴岡八幡宮の方面へと歩いていく。

途中、とおりかかったビストロに「ワンちゃん用に仔牛の骨を差し上げています」という看板をみつけた。このおおらかさが、いかにも鎌倉らしいなぁと感じる。

街の景色を楽しみながら歩いていると、あっという間に八幡宮前までたどりついた。朱色の本殿が緑によく映えている。

小町通りを抜けて駅へと向かう途中、夫がお腹が減ったと言うので、久しぶりにこ寿々へ向かうことにした。

私はもり蕎麦を頼み、夫はとろろ蕎麦を頼んだ。疲れていたのと暑かったのとで、ひんやりとした蕎麦がいっそう美味しく感じられる。

蕎麦をぺろりと平らげた夫が、すっかり満足した面持ちで「鎌倉はハイキングするのにちょうどいい山があるし、下山したあとはご飯屋さんでのんびりできるし、すばらしい街だね」と笑う。思わず「鎌倉に住んじゃおうか」と冗談めかしていうと、「いずれ隠居することになったらね」とお決まりの返事が返ってきた。

いつかふたりで老後を過ごすことになったら、こうした街で穏やかに過ごしたい。そんな日々はまだ遠いけれど、それまではふたりで日々の小休止をしていこう。

 

これまでの街歩きの思い出はこちらから

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