東京で暮らす女のとりとめのない日記

暮らしとカルチャー、ミクスチャー

日々に寄り添う誠実なおいしさ 「会津のべこの乳」に対する愛を伝えたい

はじめに

福島といえば酪農カフェオレが有名だが、実は福島の人なら誰でも知っているもうひとつの乳製品がある。それが今回紹介する「会津のべこの乳」だ。

f:id:lesliens225:20220311150324j:plain

その美味しさに開眼したのはまだ子どもだった頃。毎年年始になると、会津の親戚が贈ってきてくれるべこの乳が大好きで、鍋で沸かしたものをよく飲ませてもらっていた。牛乳を贈答品にするの?と思うそこのあなた、あなどることなかれ。会津のべこの乳は他の牛乳よりも甘くてコクがあってまろやか、なのにクセがなくて飲みやすい。この牛乳を飲んだら他の牛乳ではものたりなく感じてしまうくらい美味しいのだ。福島の人にとってべこの乳とは、かけがえのない味の代名詞と言っても過言ではない。

ところが東京にきてからは、なかなかべこの乳に出会うことができなくなってしまった。感染症が流行って福島にも気軽に帰れなくなり、あの味に対する恋しさは募るばかり。そんな中やっとべこの乳のオンラインショップが開通し、一部商品が取り寄せ可能になった。うれしい!このまま続いて欲しい!ということで、祝オンラインショップ開通を記念して、べこの乳についての愛を存分に語りたいと思う。

べこの乳の推しポイント3選

なんと言ってもその味、その美味しさ

会津のべこの乳を飲んで驚くのが、その臭みのなさ。そしてなんといっても甘いこと。ただし上白糖のようなパキッとした甘さではなく、おだやかな乳糖の甘みなので、飲んでいて全く飽きがこない。さらりとした喉越しも爽やかでいい。嫌味がない味なのでスッスッと飲めてしまい、気がつくとあっという間に牛乳パックが空になっている…なんてこともよくある。

f:id:lesliens225:20220309223253j:plain

パッケージのかわいらしさも好きだ。描かれている山は福島の名峰、磐梯山

その中でも特におすすめなのが「会津のべこの特濃 もうひとしぼり」だ。実は子どもの頃から特濃牛乳の独特な皮膜感が苦手で、これまでスーパーなどで見かけても避けて通ってきた。くどいし、重いし、口の中にべっとりと残る。どうしてもその感触が好きになれない。ところがあるとき、ひょんなことがきっかけでべこの乳の特濃牛乳を飲む機会があった。どうせまたあのベトベトした感触が口の中に残るんでしょう、とたかを括ってひとくち飲む。おや?と思い、続けてもうひとくち。あれあれ?と思ってさらにひとくち…。気がつくと、あっという間にコップ一杯分の牛乳を飲み干していた。

f:id:lesliens225:20220309223322j:plain

特濃牛乳は通常のべこの乳と比べて、やや黄色がかった色味をしている。

通常、特濃牛乳と呼ばれる加工乳は、コクを感じさせるために脱脂粉乳やクリームやバターが添加されている。しかしべこの乳の特濃牛乳は、そうした添加物は一切加えず、原乳の水分だけを飛ばして製造されているという。なるほど、べこの乳の「特濃」とは「特に濃厚」だけでなく「特に濃縮した」という二重の意味を持っているのか。その独特な製法のせいか、しっかりとした甘さとコクは感じられるのに、飲み心地はどこまでも清らか。こんなに美味しいなら、尻込みせずにもっと早くに飲んでおくべきだった!

f:id:lesliens225:20220309223602j:plain

もし牛乳は苦手で…という人がいたら「会津のべこの乳発 コーヒー特急。」をおすすめしたい。牛乳が苦手な人向けに開発されたというこの商品は、香り高いコーヒーとクリーミーなミルクの中にほのかな甘さが感じられる、どこか懐かしさを覚える味だ。パッケージに書かれた「美味しい味への指定席」という、思わず声に出して読みたくなるようなうたい文句もいい。

もちろん特濃牛乳を使ったヨーグルトも絶品だ。名前は「べこの乳発 会津の雪」。

f:id:lesliens225:20220309223344j:plain

情緒たっぷりなネーミングのよさはもちろん、味の美味しさはお墨付き。通常、ヨーグルトは時間が経つにつれて徐々にホエーが分離してくるけれど、この会津の雪はいつまでたってもふわふわで水っぽくならない。酸味も少なく、ミルクのフレッシュ感すら感じられる。

f:id:lesliens225:20220310172947j:plain

 

スプーンで掬った感触はぽってりとしているのに、食感はフワッと軽やか。まさに会津の粉雪を連想させる口当たりだ。パッケージには最後の一滴まで絞りとれるような工夫がされているのもいい。

f:id:lesliens225:20220309223410j:plain

そして私がシリーズの中でも最も愛してやまないのが、この「べこの乳 アイス牧場」だ。

f:id:lesliens225:20220310133457j:plain

冷凍庫を開けてべこの乳のアイスクリームがあるとニンマリしてしまう。

王道のバニラ味はもちろん、抹茶やいちご、ブルーベリーといったスタンダードなものに加えて、エゴマやくるみ、ごまと言った珍しいフレーバーも用意されている。ともすればフレーバーの個性に牛乳の風味が負けてしまいそうなのに、どれを食べてもちゃんとミルクの味が感じられるのはさすがだ。これを食べるたびに私の脳内で、この道一筋の寡黙なおじさんが「うちは牛乳屋なんで…」と語りかけてくる気がしてならない。そのくらいミルクが主役で、他の素材はその引き立て役になっているという、とんでもないアイスクリームだ。

f:id:lesliens225:20220310133526j:plain

中でも私が好きなフレーバーはえごま味。えごまのオイリーなコクがミルクの良さを引き立てて、まるでカスタードクリームを舐めているような美味しさがある。えごまをアイスに使う、そのセンスにも脱帽だ。

何を食べても飲んでもはずれがなく、誰にでも寄り添うべこの乳の美味しさ。福島にいた時はこれが当たり前だったけれど、東京に出てきてからは、このありがたさをしみじみと感じるようになった。

美味しさを支えるこだわりの製造過程

そんなべこの乳好きが高じて工場見学会に参加した時、その美味しさの秘密について伺うと、担当の方が「それは産地と殺菌工程にあるんですよ」と惜し気もなく教えて下さったことがあった。牛乳には5つの殺菌方法があり、日本国内で販売されている牛乳のほとんどは、超高温瞬間殺菌(UHT)で処理されているという。このUHTは120〜130度で2秒ほど原乳を加熱して殺菌をする方法で、成菌を死滅させるには最も優れている手段だ。しかし、超高温で殺菌することで原乳のタンパク質は変性してしまい、風味が損なわれやすいという欠点がある。(表1)

表1  牛乳の殺菌方法

殺菌方法 温度 時間
低温保持殺菌(LTLT) 63~65度 30分
連続式低温殺菌(LTLT) 65~68度 30分
高温保持殺菌(HTLT) 75度以上 15分以上
高温短時間殺菌(HTST) 72度以上 15秒以上
超高温殺菌(UHT) 120~150度 1~3秒

一般社団法人日本乳牛協会. "乳と乳製品のQA" 一般社団法人日本乳牛協会ホームページ(2022)を参考し作成

原乳の風味そのものを再現するのであれば、低温保持殺菌(LTLT)も良いのだが、今度はかえってクセが強くなり日常使いには向いていない。そこでべこの乳は、5段階のうち3番目の高温保持殺菌(HTLT)という、85度で15分かけてゆっくりと殺菌する方法を採用した。これなら酪農家が搾りたてのお乳を鍋で沸かして飲むような、安全で風味が豊かな昔ながらの美味しさを再現できるのだそうだ。

「まるで低温調理みたいですね」と言うと「原理としては同じだと思います。肉も牛乳もタンパク質なので。市販に出回っている牛乳がステーキでいうところのウェルダンだとしたら、うちのはミディアムレアなんです」とのこと。何よりこんなに素晴らしいものを作り上げているのにもかかわらず「なんといっても原乳の質がいい。福島のきれいな自然でのびのびと、愛情を込めて丁寧に育てられた牛の乳だからこその美味しさですね。皆さんに美味しいといっていただけるのは、酪農家さんの努力のおかげなんですよ」と謙虚にはにかむ姿が印象に残った。

「あの子」にまつわる創業秘話

そんな会津中央乳業が今日まで牛乳を作り続けてきたのには、ある女の子の存在があった。話は太平洋戦争まで遡る。当時、会津中央乳業の前身である二瓶牛乳の創始者、二瓶四郎は満洲鉄道で働いていた。しかし終戦と同時にシベリアへの抑留が決定。息子の孝也を妊娠中だった妻・文子と2歳になる娘・孝子とは離れ離れになることになった。妻は日本に帰国するため、幼い娘を連れて引き揚げ船を目指したものの、満足に食べることも飲むこともできない日々が続く。そうしているうちに、この状況が原因となってお乳が出なくなってしまい、とうとう娘は栄養失調で亡くなってしまった。

その後無事に生まれ育った息子の孝也は、父が経営する二瓶牛乳を坂下ミルクプラントとして法人化するとき、女の子のマークを商品につけることにしたという。「あのとき牛乳があれば、孝子は生きていたかもしれない」という無念さを「どの子もすこやかに育ってほしい」という願いに変えての再スタートだった。*1

f:id:lesliens225:20220310133859j:plain

その後も経営は順風満帆とはいかず、東日本大震災では東京電力が所有する福島第一原子力発電事故の影響を受け、出荷の停止を余儀なくされたこともあった。県内では有名な話だが、一時期「会津のべこの乳」から「会津」の表記が消えたことがある。被災後、岩手県の酪農家の協力によって、一時は原乳を福島県産から切り替えて販売していたものの、会津という言葉がよくないと思われるのではないか、という懸念をもとに下した苦渋の決断だった。

震災からおよそ11年、パッケージには会津の文字が戻ってきたものの、福島県の生乳生産量自体は震災以前と比べて約74%まで減少した。*2また受託販売乳量も減少傾向にある。*3依然として福島の酪農家たちには厳しい状況が続く中で、「あの子」を胸に誠実な美味しさを作り続ける会津中央乳業の人々には、全く頭が上がらない。そしてそんな彼らの健気さや、商売っけのなさを知れば知るほど、推さずにはいられないのだ。

現地でしか味わえない!極上の楽しみ方

会津大自然の中で味わう、特別なソフトクリーム

ところでべこの乳を製造する会津中央乳業では、アイス牧場という直売所も経営している。ここではべこの乳の牛乳を始め、東京ではなかなか手に入らないモッツァレラチーズなども購入が可能だ。ここに来たら絶対に食べてほしいのが、べこの乳を使ったソフトクリーム。ここのソフトクリームは添加物や卵などを加えず、牛乳だけで作ったまさにオンリーワンの味だ。余計なものは一切入れていないため、そのぶん溶けるのも早い。子どもの頃は、あっという間に溶けるソフトクリームを舐めとるのに必死だった。

牛乳は季節によって味わいが変わるため、コアなべこの乳ファンの中には、いつがうまいなどというこだわりのある人もいるらしい。人の数だけ旬があり、それぞれにとっておきの味わい方があるのも、愛されている証しなのだろう。ちなみにわたしのお気に入りは、初夏の風が薫る5月。会津は周辺を山々に囲まれたすり鉢型の盆地なので、夏はうだるほど暑く、冬はしばれるくらい寒い。そんな季節を乗り越えてやっと訪れた会津の春は、おだやかで気持ちがよく、ソフトクリーム日和にはうってつけなのだ。

待ちわびた春に胸を踊らせながら、木々の枝から芽吹く新芽の若々しい香りを胸いっぱいに吸い込んで、ひゃっこいソフトクリームを味わうしあわせ。長い冬を乗り越えて、ようやく春を迎えた牛たちからとれたミルクは、みずみずしくて春の空のように爽やかだ。福島の牧歌的な自然の中でソフトクリームを食べていると、自分の輪郭が徐々になくなって溶けていきそうな気さえする。この大自然の中でソフトクリームを味わう幸福は、現地で過ごす人たちだけに許された特別な時間だ。

湯あがりアイスか、牛乳かを悩む贅沢

話はそれるが、あの土方歳三が湯治に訪れたことで有名な会津の東山温泉には、数寄屋造りの建物と庭園が素晴らしい「向瀧」という情緒にあふれた温泉宿がある。実はここの売店には、べこの乳の牛乳だけでなく、アイスまで常備されているのだ。熱めの硫黄泉にとっぷりと浸かって、ほかほかの体で売店に行き「牛乳かアイスかどちらにしようか…」とウンウン悩む贅沢さ。部屋でうつくしい庭を眺めながら、ちまちまとアイスを味わう過ごし方をするもよし、クーッと牛乳を飲み干して、畳にだらりと寝そべるのもよし。ほてった身体にしみわたるべこの乳を感じるひとときは、福島ならではの経験だ。

f:id:lesliens225:20220310000456j:plain

向瀧では冬になると庭に雪見ろうそくを灯す。光の花が咲いたかのような眺めはまさに絶景だ。

実はもともと福島県内の銭湯や温泉宿では、べこの乳のアイスクリームや牛乳を取り扱っているところが多い。県外の人に評判の「ホテリアアルト」では宿泊者向けのサービスとして、飲むヨーグルトを無料で配ったりもしているらしい。確かに裏磐梯のうるわしい自然と温泉を満喫しながら飲むべこの乳は、そこでしか味わえない美味しさがありそうだ。

ぜひ福島に来るときは、お気に入りの宿を見つけて温泉とべこの乳という唯一無二の組み合わせを満喫してみてほしい。そしてべこの乳だけでなく、福島っていいところだなぁと思ってもらえたら、こんなにうれしいことはない。

終わりに

都内で買うには?

2022年現在、東京都内でべこの乳を購入できる場所なら、日本橋にある福島県のアンテナショップ「日本橋福島館 MIDETTE(ミデッテ)」が一番確実だ。ここにはべこの乳の牛乳だけでなく、飲むヨーグルトやアイスクリームなども販売されていて、べこの乳ファンのオアシスと言っても過言ではない。またイートインコーナーでは、前述したべこの乳のソフトクリームを味わうこともできる。ちなみにお酒が好きな人なら曙酒造と会津中央乳業がコラボして作った、スノードロップというヨーグルト酒もおすすめ。その見た目に反して、甘酸っぱくてさっぱりとしている味わいは、食後酒にもぴったりだ。

f:id:lesliens225:20220309223458j:plain

アンテナショップで見つけて思わず購入したヨーグルトシリーズ。どれも間違いない美味しさだ。

ところで、もし運よく三万石のエキソンパイが入荷していたら、ぜひべこの乳と一緒に買ってみてほしい。べこの乳好きが高じて色々なお菓子との相性を試した結果、この組み合わせにたどり着いた。温めたべこの乳を飲みながら、バターがたっぷり練りこまれたパイ生地をかじると、そのまろやかな味わいに布団の中にいるような安心感を覚える。素朴でいながら的を射る美味しさ。こわばっていた身体の力が抜けるような、そんな安らげるひとときをあなたにも過ごしてみてほしい。

Information
店名:日本橋福島館 MIDETTE(ミデッテ)
住所:東京都中央区日本橋室町4-3-16柳家太洋ビル1階
営業時間:平日10:00-20:00 土日祝11:00-18:00
URL:https://midette.com

会津のべこの乳よ永遠なれ

もうすぐ東日本大震災から11年。変わらない美味しさを届けてくれる会津中央乳業の皆さんには、福島から遠く離れた土地で暮らすようになっても日々支えられている。

f:id:lesliens225:20220311150349j:plain

食べ終わったヨーグルトの容器は花を活けるのにちょうどいい

仕事に疲れて食欲がないときや、落ち込んでしまうような気分のとき、冷蔵庫を開けて蛍光灯のあかりの下で輝くべこの乳を見ると、もう少し頑張ろうと思えた日が何度もあった。特に元気がないときは、あの頃のように小さな片手鍋でべこの乳を沸かす。そうするとあたりにふんわりとミルクの甘やかな香りが漂ってきて、優しい気持ちを取り戻せるように感じるのだ。

どんなに美味しいものを食べても帰りたくなる味というものがあって、それが私にとってはやっぱりべこの乳なんだと思う。大好きなべこの乳。これからも、そして私がいなくなってもずっとこの世にあり続けてほしい。そしてこの誠実な味を気兼ねなく味わえる日々が、これから先もずっとずっと続いていきますように。

Information
企業名:会津中央乳業
住所:福島県河沼郡会津坂下町大字金上字辰巳19-1
URL:https://aizumilk.com
オンラインショップ(BASE):https://aizumilk.base.shop
オンラインショップ(楽天):https://search.rakuten.co.jp/search/mall/べこの乳/?sid=320577

*1:

会津中央乳業株式会社. "女の子のストーリー" 会津中央乳業株式会社ホームページより一部引用. 2012 https://www.maff.go.jp/j/shokusan/ryutu/attach/pdf/R2kekka-10.pdf (参照2022-03-09) 

*2:福島県農林水産部. ”福島県農林水産業の現状” 福島県ホームページ. 2021-07

https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/461407.pdf (参照2022-03-09) 

*3:農林水産省. "令和2年度福島県産農産物等流通実態調査" 農林水産省ホームページ. 2021-03

https://www.maff.go.jp/j/shokusan/ryutu/attach/pdf/R2kekka-10.pdf (参照2022-03-09)