東京で暮らす女のとりとめのない日記

暮らしとカルチャー、ミクスチャー

深夜製菓部 自主練記録#1 シフォンケーキを作ってみる

仕事が終わったあと無性にお菓子作りがしたくなったので、家にある材料でシフォンケーキを作ることにした。レシピはなかしましほさんの「とてもくわしいシフォンケーキのレシピ」を参考に。

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材料は以下の通り。

卵…4個
薄力粉…70グラム
砂糖…40グラム
太白ごま油…25グラム
無調整豆乳…50ml
バニラエッセンス…適量

 

早速卵を割って、黄身と白身を分けていく。殻を使ってスイスイと分けていく作業が気持ちいい。

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途中、調子にのって黄身が破れるハプニングが発生したけれど、落ち着いて冷静に対応することで難を逃れることができた。混ぜてしまえば同じなのでいいのだ。イージーイージー

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分けた白身は一旦冷蔵庫で休んでいてもらう。

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続いて卵にバニラエッセンスを2〜3滴加える。まったりとした香りにしあわせな気持ちになる。

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続いてきび砂糖を20グラム加える。お菓子作りの計量はいつも緊張するんだよな。恐る恐るスプーンに掬った砂糖をトントンと落としていく。20グラム、いけるか…?

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ヨッシャ!!きっかり20グラム。最初の難関を乗り越えてホッとする。

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砂糖を加えたら卵黄に馴染ませるように混ぜていく。砂糖の粒が残ってザリザリとした感触があるので、それがなくなるまで。

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粒が溶けてなめらかになったらストップする。見た目はやや白っぽいくらい。

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続いて太白ごま油を25グラム分加える。緊張しながらつつーっと注いでいく。25グラム、いけるか…?

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イヨッシャ!!きっかり25グラム。もしかしたら計量の天才かもしれない。

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注いだごま油をマヨネーズを作る要領で乳化させていく。小学生の頃にやったマーブリングを思い出す。

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このくらいきれいに乳化できたらストップして、次に豆乳を50ml注いでいく。

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※事前に50ml計量しているので、ここでは秤は登場しません。ていうか今気づいたけど、料理をする前に計量して調味料などを準備しているのは、ぶっつけでやって失敗するリスクを軽減させるためなんだろうな。でもわたしは洗い物を増やしたくないので、ぶっつけでいかせてもらいます。

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注いだ豆乳もシャカシャカっと軽く混ぜていく。

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混ぜ終えた色味はこのくらい。ミルキーな色味がかわいいなぁ。

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続いて薄力粉を70グラム加えていく。本当ならふるいにかけることを推奨されているのだけれど、さらさらタイプって書いてあるし無しでいけるでしょう。

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えいやっ!!70グラム、天才の技をみさらせ!!

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あ〜〜。1グラムオーバーでした。まぁこのくらいなら誤差の範囲内でしょう。イージーイージー

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あとはまたシャカシャカっと混ぜていく。若干ダマになりそうな気配を感じて怯むものの、きっと大丈夫と言い聞かせて混ぜていく。なんとかなれーっ!!

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意外となじんでホッと一安心。不安な人はやっぱりふるいを使ったほうがいいかもしれませんね。ここまでできたら卵黄パートは終わり。次に冷蔵庫から白身を取り出していく。

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いい感じに冷えていてよかった。常温だと泡立ちにくいので。これをシフォンケーキのかなめであるメレンゲにしていく。

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まずは電動泡立て器でややゆるめのメレンゲになるまで泡だてていく。文明の力、ありがたい。

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このくらいまで泡立ったら、砂糖を70グラム加えていく。本当は35グラムずつ加えたほうが泡立ちが楽になるらしいのだけれど、集中力が切れてきたので一気にいく。70グラム、今度こそ来てくれ!

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ヤッター!!最後にきっちり計量できて気分爽快。やはり謙虚な気持ちで計量していくことが成功のコツですね。(そんなことはない)

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あとはまた文明の恩恵にあやかって、電動泡立て器でひたすらメレンゲを泡だてていく。この工程大好きなんだよなぁ。こういう単純作業に癒されたくてお菓子作りをやっている、みたいなところがある。写真のようなツノがピンと立ったら終わり。

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ふわふわのメレンゲをひとすくいして、卵黄の方のボウルに入れてなじませる。

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泡を壊しすぎないように軽く。このくらいになったら、今度はメレンゲをなじませた卵黄を、メレンゲの入っているボウルに直接注いでいく。

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エイヤーっ!!

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きれいだなぁ。春はこういう卵色のトップスに白のコットンリネンのスカートを合わせて街を歩きたいですね。

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注ぎきったら、あとはへらでさっくりさっくりとメレンゲを壊さないように混ぜていく。

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そーっとそーっと。

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まだまだメレンゲの塊が残っているので、切るようにしてなじませる。

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このくらいだろうか。やや混ぜすぎたような気もしたけれど、まあわたしが食べるのでいいでしょう。次はこの生地をシフォンケーキ型に注いでいく。いつもこれ緊張するんだよなぁ。

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ヤーっ!と注いだ結果がこちら。今日のシフォンケーキ生地注ぎ占いは中吉。ちなみに生地が型のどこにもつかなかったら大吉です。ここまでやったら、トントンと底を2、3回打ち付けて空気をぬき、あらかじめ170度に余熱していたオーブンに入れて30分待つ。楽しくて何度もオーブンをのぞいてしまう。オーブンから完了の音が鳴ったら、シフォンケーキをそっと取り出す。うまくいったか…?

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おお!!思っているよりちゃんとシフォンケーキがシフォンシフォンしている!!

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ちょうどいいワインの空き瓶がなかったので、急いで日本酒の風が吹く先輩にシフォンケーキを刺して、見張り番をお願いする。画の違和感がすごいな。

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しばらく待って、完全に冷めたらひっくり返す。さっきよりはしぼんだけれど、いい腺いってるんじゃないか?

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ペティナイフはないので、バターナイフで周りをこそげとっていく。

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蓋を外すとこんな感じ。いいんじゃない、いいんじゃない?

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続けて底の方もこそげとっていく。

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そのままひっくり返すと、パカっと生地が取れた。

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おお!やっぱりうまくいっているっぽい!初めて作った割にはいい出来なんじゃないだろうか。さっそく味見をすることに。

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出来たのがこちら。焼きが足りなかったのか、上の方ややや生焼けっぽくなってしまったけれど、全体的にいい仕上がりのように見える。

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フォークを入れると、シュワっという音がした。

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いざ、実食!……
…美味しい!!!!!!ふわシュワの生地だけれど、ベーキングパウダーを入れずに作ったからか、もちっとした感じもある。いや、これはまごうことなきシフォンケーキだわ。f:id:lesliens225:20220404185600j:plain

残りは適当に切って保存することに。まな板の上に並んだシフォンケーキがかわいい。

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ふんわりとラップをしたら、一部は冷凍庫へ。明日食べる分と、今日の分だけ冷蔵庫で冷やす。

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続いてもうひと頑張り。毎年この時期になると苺が安くなってくるので、2パックごと煮るのが楽しみなのだ。

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このくらい全体に砂糖をまぶしたら、いちごからシロップが出るまでしばらくおいておく。この間にシフォンケーキの片付けや洗い物をする。

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しばらくしたら苺のエキスが滲み出てくるので、それを確認したらそのまま火にかけていく。苺から一旦赤い色素が抜けて、そのあとまた戻ってルビーのようにキラキラし始める瞬間が大好きだ。香りづけにブランデーも入れる。

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そうしてしばらく苺を煮ている間に、今度は生クリームをホイップし始める。生クリームなんて滅多に食べないけれど、シフォンケーキを作っていたら添えたくなった。ガーっと泡だてて、こちらもツノが立ったら出来上がり。このくらいのタイミングで、苺もきれいに煮えたので粗熱をとる。

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で、盛り付けまで完成したのがこちら。帰宅してきた夫に、あたたかい紅茶と一緒に出した。

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このシズル感がいい。シフォンケーキって素朴なおやつだけれど、こうしてトッピングを工夫すると高さが出るので、けっこういい具合に見栄えがするんだな。ホームパーティなんかにも良さそうだ。

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夫に感想を聞くと、めちゃくちゃうま〜いとのことでした。やったね。

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翌朝。朝ごはんがわりにシフォンケーキと生クリーム、あたたかいコーヒーを添えて。素朴な甘さにホイップのリッチな味がおいしい。

 

思いついて始めたお菓子作りだけれど、大きな失敗もなく、満足のいく出来でホッと一安心。なかしましほさんのレシピはすごいな。あと1日の終わりにお菓子作りをすると、ちゃんとした成果物を作りたいみたいな欲望が満たされるのを感じました。後日、シフォンケーキ作りにハマって栗原はるみの「スパイスシフォンケーキ」も作ったのですが、その話はまた次回。深夜製菓部、部員募集中です。

頬ずりしたくなるような点心をシックな空間で味わう 二重橋前「ヤウメイ」

久しぶりに友人たちと食事をすることになり、お店選びを買って出たものの、長らく食事会をしていなかったおかげですっかり勘が鈍ってしまった。食事に対する好みや経験、外食に求める優先順位が異なるメンバーに、これというお店がなかなか見つからない。困り果てていた時、ふとこのヤウメイを思い出した。ヤウメイはレストランプロデューサーのアラン・ヤウ氏と、金沢のアイエムエムフードサービス株式会社がタッグを組んで手掛けた香港式点心の専門店だ。点心というカジュアルな料理を、ラグジュアリーな空間で楽しむというコンセプトで、ヒップなレストランとして注目されている。

2018年にオープンして以来ずっと気になっていたものの、コロナが流行り外食が遠のき、今日まで訪れることができなかった。そうだ、点心なら食の好みにばらつきがあっても楽しめるはず。内装や照明の雰囲気も良さそうだし、サービスもいいと聞いている。よし、ここにしよう!そう決めて予約を済ませ、当日は女3人でヤウメイへ行くことにした。結論から言うと、サービスよし・味よし・雰囲気よしで、使うシーンを選ばないとてもいいお店だった。

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地下鉄有楽町線日比谷駅を降りて徒歩3分程度、二重橋スクエアのエスカレーターをのぼった先にお店はある。一度見たら絶対に忘れなさそうな外壁が印象的。検温と消毒を済ませてお店に入ると、クロークがあって驚いた。かさばる荷物はそこで預けて、店の中へと案内される。

YAUMAY (二重橋スクエア2F)|丸の内の美味しい中華なら|丸の内ドットコム

※こちらの画像のみmarunouchi.comから引用(https://www.marunouchi.com/tenants/10084/index.html

店内はジョージアン様式を基調としたシックな空間。見た瞬間、思わず香港の歴史が頭を駆けめぐった。間接照明の使い方も良い。視線を誘導したいところはハッキリと照らしつつ、食事をする場所は明度を落としてリラックスできるように工夫されている。いったい誰がデザインしたのか気になって調べると、ジュン・ヨネカワというフランス在住の建築家だった。パリでミシュランを獲得した”Le jin”の内装も彼が手掛けたらしい。

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カウンター席は白木を基調としたモダンな作り。席からは厨房が見え、点心師たちが腕をふるう様子を眺めることができる。ライブ感があって楽しいので、デートにも良さそう。

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テーブル席にはレ・クリントのナイトスタンドのようなクラシックなランプが置かれていた。やわらかい灯がテーブルを照らす。席につくとメニューが運ばれてきたので、真剣に眺めながらどれを頼もうかと相談する。うんうん悩んでいるとスタッフが「ここの点心は人数ごとに調整することも可能ですよ」と教えてくれた。スタッフは担当制なのか、初めから終わりまで側についてくれていて、おかげでくつろいで過ごすことができた。

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注文を決めてオーダーすると、目の前にお皿やカトラリーがテキパキとセッティングされ始めた。取り皿は自分たちで並べることを想定していたので驚く。

この日頼んだ飲み物は中国緑茶として有名な龍井茶。あまりにも美味しいのでどこの茶葉か尋ねると、レストラン専用で香港から直接空輸しているとのことだった。茶葉の種類も選びきれないくらい豊富だし、丁寧に淹れてもらえるし(何度もお湯を足してくれる)、使われている陶磁器も美しい。ノンアルコールでここまで楽しめるのがうれしい。友人たちはオレンジワインを楽しんでいた。

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最後に手前奥の3つの小皿に、左から豆板醤、チリオイル、醤油が注がれて完成。好きな味を点心につけてお召し上がりください、とのこと。

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すでにテンションが上がっている友人たちと話をしていると、ほどなくして頼んでいたものが運ばれてきた。まずは台湾豆苗のガーリック炒め。ニンニクと塩のシンプルな味付けと、シャキッとした歯応えがいい。どうしても食べたい!と言っていた友人が、幸せそうに味わっていてうれしくなる。

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続いて運ばれてきたのは、海老蒸し餃子(蝦餃)。香港の点心といえばこれだよね。つやつやの皮には思わず頬ずりしたくなる。噛むと弾力のある皮がはじけて、ゴロゴロした海老の旨味がじわっと感じられた。友人たちから「うまーい!」と声が上がって、ひそかにガッツポーズをする。

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続いては鴨肉の春巻き。この日は私のコンディションが良くなくて、油物をパスしてしまったのだけれど、友人曰く「肉肉しくてめちゃくちゃ美味しい。ワインがすすむ」とのことだった。点心が出てくるスピード感も適切でいい。お皿がたまりすぎず、かと言って遅すぎず。ここまでで「もうちょっと食べられるね」という話になり、さらに追加でオーダーをした。f:id:lesliens225:20220321083213j:plain

続いてやってきたのは海老焼売。クコの実があしらってあって見た目が可愛らしい。海老の食感もよく、肉の旨味に負けていない。焼売の皮は薄いのにつるりとしていて、食べると存在感がある。

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続いて水餃子。茹で上がったばかりのむっちりとした皮がたまらない。わざわざここで頼まなくてもいいかな?と思ったけれど、最初に用意された3つの調味料を堪能するにはこの料理がベストだった。

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最後に出てきたのはスペシャリテ蝦夷鹿のパイ包み。サクッとしたパイ生地の食感に、とろりとした餡のコントラストがいい。脂っぽいミートパイを想像していたので、かなり上品な印象を受けた。餡には胡椒が効いていて、最低限のスパイスで香りを効かせるアプローチに、京都の中華を思い出す。

 

心ゆくまで食べて飲んで、お会計はひとり当たり6,500円ほど。思っていたよりずっとリーズナブル。友人たちも満足していた。こうしてみるとヤウメイは、ホテルよりはかしこまっておらず、けれどチェーン店よりは華やかな、気軽に特別感が楽しめる絶妙な立ち位置のお店なんだなと感じた。肩肘張らずに過ごすことができるけれど、適度な色気もあり。ちょっとしたお祝いの時やデートにも使えるいいお店だった。

今回たどり着くことができなかった腸粉や帆立焼売、クリスピーアロマダックやマンゴープリンも気になるし、機会があればまた行きたいな。お店を出て思わず「こりゃ若い子は好きだわ…」と言うと、友人たちに「いやまだ十分若いでしょ」と突っ込まれた。会えなかった歳月を感じさせないレスポンスの良さに笑いつつ、2軒目へと向かった。

Imformation
店名:YAUMEI(ヤウメイ)
住所:東京都千代田区丸の内3丁目2ー3 二重橋スクエアビル2F
URL:http://yaumay.jp
備考:幼児は6歳から(2022年3月時点)/ 事前予約推奨

大学生に戻って京都で暮らす(イマジナリー日記)

夫が今年の4月に1ヶ月間出張に行くことが決まったので、それなら私もその期間だけ京都に住んで、仕事はリモートでしようと思っていた。(しかし、夫の出張がなくなったので、その計画は白紙になった。)以前京都に行ってから、ここで暮らしてみたいという漠然とした思いがある。大学生の頃の恩師が学生時代を京都で過ごされていて、彼の思い出話が味わい深かったことに影響されているのもあるかもしれない。そんなわけで計画していた京都ひとり暮らしが白紙になった供養に、自分が大学生になったら京都でどう過ごすかをイマジナリー日記として書いてみようと思う。*1

 

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・3/24(木) 曇りときどき晴れ

今日は4回生の卒業式だった。もう「年生」ではなく「回生」と言うことにも慣れた。ただ、いまだに京都弁はうまく喋れない。その土地で育った人が話す言葉として方言を尊重したい思いがあるので、私がノリでエセ京都弁を喋るのはなんか違うんだよな…とか考えていたら、話す機会を失ってしまって今日までに至る。気づけばゼミ内で「頑なに標準語で喋るひと」みたいなポジションになってしまった。でも他人にエセ東北弁を喋られるとイラッとするし、京都弁もそうなんじゃないのかな。ゼミの先輩たちの送別会に出てアパートまで帰宅する帰り道、そんなことを考えていた。パーカー1枚で自転車を漕いでも、もうだいぶ寒くない。

・4/9(土) 晴れ

朝起きたらこたつの中で寝落ちしていてショックだった。身体が痛い。卒論のために『アメリカのデモクラシー』を読もうとするが、全く頭に入ってこない。仕方ないので、バックパックにキャンプ用の折り畳み椅子を詰め込んで、鴨川で読むことにした。最近買った水筒に、一保堂で買ったほうじ茶を注いでいく。うまい。前にフレスコで一番安い茶葉を買ったら、めちゃくちゃうすくて悲しかった。やっぱり茶葉は値段に比例するのか。「お茶っ葉は高いものを買え」を家訓にして、子子孫孫まで伝えたい。

・4/15(金) 雨

雨なので今日は大学をサボることにした。とはいえ有意義な1日にしたい。思いついて、ずっと行ってみたかったキートスでパンを買うことにした。この何か有意義な1日にしたい時に、美味しいものを食べておけばオッケー、みたいなところが私にはある。雨の日にわざわざ自転車を漕いでいる時の、この野生に満ちた躍動を見よ!と言う感じも好きだ。キートスではドライフルーツがゴロゴロ入った「魔女の杖」というパンと、イチジクとくるみの入った「妖精の枕」というパンを買った。

・5/7(土) 曇り

東京の大学に進学した友人が遊びにくるというので久しぶりに会った。大学に行くよりもこぎれいにしていったつもりだったのが、友人の服装があまりにもちゃんとしていて申し訳なかった。やはりビルケンではなく、996くらいにしておくべきだったか?あんまり変わらないか。友人が行きたいと言っていた烏丸のイノダでモーニングを食べた後は、金閣寺銀閣寺を見て清水寺をお参りした。修学旅行みたいなコースも友人と一緒なら楽しい。友人はこのあと大阪を観光して帰るらしい。JR京都駅の改札で見送って帰宅。

・5/15(日) 晴れ

今日は家庭教師のバイトの日。帰りに植物園に寄って帰った。植物園のなまぬる〜い空気が好きだ。自販機にもつめた〜い、あたたか〜いだけじゃなく、なまぬる〜いもあれば面白いのに。しかし世の中は面白いを基準にできているわけではないのだった。ついでに志津屋でいくつかパンを買って帰宅。BGMははっぴいえんどの「風をあつめて」。キートスのパンを食べてから、自分の中でパンブームが続いている。

・5/31(火) 晴れときどき曇り

今日はずっと講義。連続3コマ受けて疲れた。

・6/8(水) 曇りときどき雨

就活したくないなぁと思っていたら、面接会場をすっ飛ばして高槻まで来てしまっていた。戻っても間に合わないので、正直に言ってキャンセルする。電話口の人の対応が優しかったことが余計に申し訳なくていたたまれなかった。こんなんでちゃんと社会人をやれるんだろうか。せっかく来たから降りて散策しようかと思ったけど、この後の予定もあるのでやめておいた。しかし関西って近隣の県にアクセスしやすいよなぁ。東北なんて隣の県に行くのに半日かかるのがザラなのに。うっかりしていたら大阪っていうこの感覚には、いまだに慣れない。

・7/22(金) 晴れ

やっぱり就活したくね〜。期末試験もありムシャクシャしていたので、比叡山まで行ってハイキングをする事にした。めちゃくちゃに身体を動かせばこの煩悩からも解放される気がして。でも比叡山の僧侶って、歴史を振り返ると放蕩な坊主ばっかりだった気がする。もしかしてわりとキツい山を登って修行してもそう簡単に解脱ってできないの?マジかー。もはや煩悩にまみれてこそ人生なのかもな…なんてことを考えていたら、あっというまに頂上についていた。山頂からは隣の県が見える。琵琶湖きれいだな…見ていると自分の悩みがちっぽけに…はならないけど。でもちょっと気が晴れた気がする。疲れたので帰りはロープウェーで帰った。

・8/5(金)晴れ

夏休み初日。ゼミ仲間とレンタカーを借りて淡路まで日帰り旅行をする事にした。兵庫って車で2時間半くらいで行けるんだ。神戸出身の友人は夏になると、家族旅行で淡路や四国に行っていたらしい。東京の人が熱海に行くようなもんだろうか。
車の助手席からみた瀬戸内海はすごくきれいだった。海の色が淡い。舞鶴に行った時にみた海とは全然違う。車の中ではいろいろ話をしたはずなんだけど、誰も就活の話だけはしなかった。

・8/19(金) 晴れときどき曇り

部屋にいても一向に卒論が進まないので、研究棟にこもってやる事にした。夏休みの人がいない研究室は結構好きだ。晴れた日の研究室は、レースカーテンがひらひらはためいて、あたたかい光がさんさんと射し、この世の幸福を安易に感じられていい。論文は一向に進まず苦しいけれど、まぁやるしかない。しかし並行して内定先の課題をやるのがだるい。卒論に集中させてくれ。

・9/12(月) 曇りときどき雨

気がつけば鴨川の納涼床も終わっていて、普段の京都が戻ってきた。京都に住んでいるというと納涼床の話をされるのだけど、あれが京都かと言われれると、イマジナリー京都という感じがしてしまう。京都で生まれ育った人はまた違う感覚なのだろうか。じゃあ自分にとっての京都って何かなと考えて、やっぱり周りを囲む山と鴨川だと思った。
夜は居酒屋でバイト。お客さんが「京都にくるとお茶屋さんにつけてもらえるから便利」みたいな話をしていた。お金がなくても楽しいのが京都のいいところだと思っているけれど、一方でこういう人たちにしか見えない京都もあるのだろう。板長にもらったまかないは、明日の朝ご飯にする。明日は3限からだし、鴨川に行ってピクニック気分で食べてもいいな。

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こうして書いてみると、京都に対する解像度が荒くて恥ずかしいな。やたら鴨川に行きがちだし。いや、でも住んだらやっぱ行くな、鴨川。京都市内にお住まいの方々におかれましては、突っ込んだり笑って読んでもらえれば幸いです。

あぁ、でもやっぱり一度は京都に住んでみたいなぁ。週末は嵐山や吉田山をハイキングしたり、図書館で本を借りたり、鴨川でコーヒーを沸かして飲んだりしたい。そして東京に帰ってきた後は「東京ってしょうもないところだなぁ」と思いながら、淀んで硫黄臭を放つ目黒川を眺め、ぬるい缶コーヒーをすすり、京都で過ごした日々に思いを馳せたい。

 

過去の京都旅行の記事はこちら

lesliens225.hatenablog.com

 

*1:イマジナリー日記を書くにあたって、今の大学生活を想定して書いてみようとも思ったんだけれど、今まさに当事者がいる事に対して、たとえ創作でも部外者がそれを語るのは違うだろうと思ったので、あの当時の自分だったら京都でどう過ごすのかを想像して書いた。

私と岩波ホールと神保町

岩波ホールが閉館する報せを受けて、未だに気持ちの置きどころがわからずにいる。

上京して右も左もわからなかった頃、一番初めに居ついた土地が神保町だった。当時のバイト先が御茶ノ水にあったのだ。しばらくしてから、隣町の神保町が馴染みの場所になるのに、そう時間はかからなかった。バイトが終わると明大通りを神保町に向かって下り、明治大学リバティタワーの裏手を抜けて錦華通りまで出る。そのまま靖国通りまで歩いて三省堂書店に入り、本を立ち読みするのが私のささやかな娯楽だった。

そのうち神保町の古本屋にも足を伸ばすようになり、少しずつ世界が広がっていった。古本に混じって浮世絵や古地図が売られている店もあり、そんな店にいく時はいつも少しだけ緊張した。いかにもインテリな客層に馴染めているかを気にして、神妙な面持ちで本を見定めるふりをしたこともあった。毎年10月下旬になると開催される神田古本まつりでは、すでに絶版になった本や珍しい専門書などの掘り出し物に出会えることも多く、何より学生でも買える値段がありがたかった。その時購入した古書は今でも自宅の本棚に並んでいる。

少しずつ生活の見通しが立ってきてからは、街で昼食をとるようになった。さぼうる2で古本を読みながらだらだらと食べたナポリタンは、私の人生におけるモラトリアムの象徴だ。うだるほど暑い日はエチオピアで野菜カレーを食べ、寒い日にはトロワバグでグラタントーストを食べた。二日酔いの日に食べに行った、丸香の冷やかけうどんの染み渡るようなうまさ。少し生活に余裕がある時はボンディのカレーを食べに行き、いもやで天丼を頼むこともあった。柏水堂のマロングラッセも好きだった。見切り品のクッキーがあるときは一緒に買うのが密かな楽しみで、実家に帰るときはプードルケーキを買って帰るのがお決まりだった。ラドリオでもらったマッチ箱は今でも捨てられずにいる。その街が育ててきた古きよきお店が点在していて、それらをつなげば美しい星座が浮かび上がる、神保町という小宇宙。どの店も素晴らしく、当時の私の大切な滋養になっていった。

そうして街が生活の一部になってきた頃、喫茶店で隣の席になった老人たちが映画の話をしているのが聞こえた。彼らは岩波ホールという場所で映画を見てきたらしい。熱の入った討論と、言葉の端端から感じられる作品への想いに感化され、その内容をそっとスマートフォンのメモに記す。その後家に帰ってベッドの中でメモしたキーワードを検索すると、それらしき作品に辿り着いた。明日で上映が終了するというそれがどうしても観たい。そうして翌日バイトが終わったあと、岩波ホールを目指していつもの道を駆けていった。それが私と岩波ホールの出会いになった。

薄暗いビルのエレベーターに乗りこみ、行先の階を確かめるように押す。ぐんぐん上昇するエレベーターに比例するように、乱れた息が次第に整っていく。エレベーターの扉が開いて案内されるがまま受付を済ませ、そのまま中に入ると小さなスクリーンと赤い椅子が整然と並んだ空間が目に飛び込んできた。どことなく古い音楽室を思い出すような空間。好きな席に座っていい映画館というのも初めてで、ソワソワしながら席に着くと、椅子が挨拶するかのようにギイという音を立てた。

岩波ホールと出会ったことを契機に神保町シアターの存在を知り、気がつけばミニシアターの世界に惹き込まれていった。それまでは特に趣味もなく、ただ勉強とアルバイトに明け暮れる日々。そんな生活の中で出会った岩波ホールはあまりにも刺激的で、魅力的だった。当時の私が書いた日記には、そのとき観た映画の感想がページいっぱいに記してある。バイトをして、神保町でお腹と好奇心を満たし、眠りにつく。学生料金の存在もありがたかった。当時、岩波ホールでは最終料金なら1,200円、神保町シアターなら900円で映画を見ることができた。それでも当時は大きな出費だったけれど、明日の食事代を抜きにしても良いと思えるようなかけがえのない時間がそこにはあった。

映画館に着いてわくわくした気持ちで席につき、今か今かと待つ時間。座席を照らす灯りがゆっくりと消えていくときの高揚感。スクリーンを覆う幕が開き、映写機から映像が投影される時のときめき。物語と共に映画館の中の空気が変わっていくグルーヴ感。映画が終わりゆっくりと灯りがともる時の一抹の寂しさ。そして映画館を出て外の空気を吸い込む時の晴れ晴れとした心地よさ。ミニシアターの設備は大手の映画館には劣るかもしれないけれど、その使い込まれた味のある雰囲気も好ましかった。音を立てて軋む椅子、少しノイズの混じる音響、鈍い明るさのスクリーン。今月のラインナップを見て、選んだ人の考えや思想に触れる醍醐味。

自分が孤独でいることすらわからなかった頃、ミニシアターがその渇きを満たしてくれていたのだと、今になってようやく気づく。社会との繋がりが持てずに不安だったとき、自分が自分であることが難しいと感じていたとき、学費のために深夜までアルバイトに明け暮れていたとき、こうまでして大学に通う意味があるのかと悩んでいたとき、常に傍にあったのはミニシアターのスクリーン越しに出会った様々な人々の物語だった。

神保町を出て他のミニシアターに通う機会が増えてきても、岩波ホールの存在感は変わっていなかった。まだ知らない文化へ常に観客を誘おうとするラインナップ。流行や消費に主軸を置くのではなく、何を観客の心に残すべきかを常に考え、上映されてきた作品の数々。観ることに体力を要する作品も多かったけれど、劇場をあとにする時はいつも必ず「やっぱりここに来てよかった」という充足感があった。あの密度の濃い文化に浸れる場所を、なんと形容したらいいのだろう。けれど日本や世界のどこにいっても代替が不可能な場所であったことだけははっきりと言える。岩波ホールは世界を深く知るための足がかりとなるような、波止場のような存在だった。

バイト先を辞めた日、いつも通り神保町へ下って、ずっと気になっていた美鈴堂眼鏡店へと向かった。店頭に飾られているジョン・レノンモデルの眼鏡に憧れていて、いつか買おうと思っていたのだった。緊張した面持ちでお店に入ると、白髪の小柄な婦人に「あらいらっしゃい」と声をかけられる。相手にされなかったらどうしようかと一瞬ひるんだものの、思い切って「あの、お店の前に飾ってある金縁の眼鏡をかけてみたいんです」と言った。彼女は微笑みながら「あらそうなの、ちょっと待ってね」と言うと、ゆったりとした動作でショウウィンドウから眼鏡を出し、試すよう勧めてくれた。

つややかな金縁の眼鏡は、かけてみると元々顔の一部だったかのようにするりと馴染んだ。こんなことってあるのかと驚き、まじまじと鏡を見ていると「ご出身、どちら?」と言われたので「福島です」と返す。しまったと思っていると「あら、いいところね。私東北の人って大好きよ」と予想外の返事が返ってきて、思わず拍子抜けしてしまった。震災が起こってから、出身地を告げると尋ねた相手が気まずそうにするので、こんな言葉がもらえるとは思っていなかったのだ。そのまま、東北の話やレノンモデルの販売経緯についての話を聞く。彼女のチャキチャキとした歯に衣着せぬ物言いがおかしくて、つい話こんでしまった。時計を見てあわてて「話し込んでしまってすみません。これいただいていきます」と言うと「あら、もうちょっと悩んでもいいのよ。試したら買えって言ったりしませんからね」と言われ、思わずふふふと笑った。

お会計をして店を出ようとすると、彼女が「あのね、この近くに喫茶店があるからそちらに寄っていらして。お代は眼鏡から割引しておきますからね」と言う。驚いて固辞しようとすると「こう言う時はね、甘えていいのよ」と言われ、ハッとしてありがたくご好意を受け取ることにした。案内された喫茶店はクラインブルーというお店で、深煎りの珈琲は心を鎮めるような美味しさだった。マスターから「よかったらこちらもどうぞ」と出されたチーズケーキを大切に味わって食べる。関わった人たちの優しさがうれしくてありがたかった。そしてこの時も、店の奥では岩波ホールで見た映画について話している人々がいたのだった。

そんな思い出の美鈴堂眼鏡店も2018年で幕を下ろし、今はそのご婦人がどうなったかは知る術もない。どうか元気でいて欲しいと願いつつ、もうあの店がないことに喪失感以上の寂寞とした想いを抱え続けている。気がつけば大好きだった柏水堂もなくなってしまい、いもやも店を畳んでしまった。キッチン南海、酔の助、それからスヰートポーヅ。知っている店がなくなることが、こんなにも寂しいと知っていたらもっと足繁く通ったのに。しかしそんなことを思ってももう遅く、そして同じ形で岩波ホールを失おうとしている今、ただただ言葉にできない思いが胸の中に渦巻いている。

良い街というのは回遊性が高い街、と聞いたのは大学での講義だった。生活圏内にその人がその人らしい姿で立ち寄れる居場所がある街。それが点在して、人々の回遊性が高くなるほど都市はその魅力を増す。講義ではそれをサードプレイスと呼んでいた。場と会話があって安心して過ごせる場所。私にとってそれは岩波ホールと神保町だった。

映画を見て、その感想を安心して語り合える場所がある。それが周囲の人生に直接的に、あるいは間接的に波及していったり、文化として蓄積されていく街。岩波ホールで蒔かれた種子は、そこに訪れる観客によって、この街で、そしてどこか遠くの街へと確実に運ばれていた。新橋文化劇場・ロマン劇場も、三軒茶屋劇場もなくなってしまったけれど、岩波ホールはずっとあると無邪気に信じていた。あの多感な学生時代を神保町で過ごせたことは、今でもかけがえのない想い出になっている。願わくばこれからも、あの街を必要とする人のためにもどうか続いていってくれたら。身勝手にもそんなことを、今になって何度も何度も願ってしまう。

閉館まで残り数ヶ月。不義理をしてしまった分、岩波ホールの扉が開いているうちは、あの頃のように足繁く通おうと思う。そうして映画を見た後は、あの頃のように丸香でうどんを啜って帰ろうか。あるいは映画の余韻に浸りながらBIG BOYでレコードを聴いてぼんやりするのもいい。家に帰りたい気分になったら、STYLE'S CAKES & CO.で焼き菓子を買ってもいいし、タカノで紅茶の葉を買って帰ってもいい。そうしてその日が来るまでは、いつか来る喪失について受け入れる準備をしながら、愛すべき街を静かに回遊していよう。そしてこの街から与えられた文化の種子を、私もどこかの街でそっと撒いていこう。

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2022年2月、この日はジョージア映画の『金の糸』を見て、コーヒーを飲んで帰った。

 

女ふたり 日帰り鎌倉旅

1月の晴れた日のこと。2年ぶりに友人と会えることになり、なるべく密にならないところで食事をしない?という流れから、じゃあ鎌倉で朝食を食べよう!という話になった。

当日は鎌倉駅で待ち合わせ。彼女に対する記憶が2年前のままだったので、その面影で人を探していたらまったく見つからない。向こうから声をかけられてやっと気づくことができた。それもそのはず、ずっとショートヘアーのイメージだった彼女の髪は肩の下まで伸びていて、装いも変わっていたのだった。久しぶりと声をかけて返ってくる反応は、マスク越しながらいつものそれで、その変わらなさに安心する。

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予約していたお店は鎌倉駅を西口から出て、市役所通りのゆるやかな坂をのぼっていったところにある「朝食 喜心」というお店。京都にある草喰なかひがしの三男が料理を監修しているらしい。外で朝食を食べるのは久しぶりでワクワクする。

 

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お店は古い民家をリノベーションした造りになっている。ついた時はまだのれんが出ていなかったので、お店の前のベンチに座って待たせてもらうことにした。時間になるとテキパキとお店の人たちが準備を始め、見ていて気持ちがいい。予約順に名前を呼ばれ、お店の中へと案内された後は、お好きな席にどうぞと言われたので土鍋がよく見える位置に座らせてもらった。

全員が揃うと早速料理の説明から始まった。土日の朝食は2,750円のコース1本のみで、以下の構成になっている。

・向付
・あたたかい前菜
・土鍋で炊いた白ごはん
・本日の汁物
・本日のお魚
・お漬物

もちろんご飯はおかわりあり。これ以外に追加メニューも用意されている。追加メニューは基本的にご飯のお供になるようなもので、焼き海苔や牛肉のしぐれ煮、ちりめん山椒といったクラシカルなおかずから、卵黄エシレバターといったハイカラなものまで揃っていた。

一通り説明が終わった後は、土鍋を目の前のコンロに置いて着火していく。ガスの青白い炎がきれいだ。

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ご飯を炊いている間は、向付を食べながら出来上がるのを待つ。この日の向付はわかめと水菜の和え物だった。それぞれの折敷の上に、ひとつひとつ丁寧に運ばれていく。

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和え衣はペースト状にした春菊を出汁でうすく伸ばしたもので、さわやかな苦味が印象的。わかめのコリコリとした歯応えと水菜のシャキシャキとした食感がたのしい。

続いて粉引きの器によそわれてきたのはメニューにはない「にえばな」と呼ばれるもの。白米からご飯に変わるあわいの、この瞬間しか食べられないお米のことをこう呼ぶらしい。

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おそるおそる口に含むと、舌の上にパッと広がるおだやかな甘さに目を見開いてしまった。お米の少し芯の残ったアルデンテのような食感も美味しい。となりを見ると友人がしあわせそうに目を閉じていて、心の中で(わかるよ!)と呟く。

続いて運ばれてきたのはあたたかい前菜。この日は茶碗蒸しで、上には焦がしネギをペースト状にしたソースと、おろし金で削ったゆずの皮がかけられていた。茶碗蒸しは具なしのミニマルなタイプ。

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この茶碗蒸しも、とても奥行きがある味で美味しかった。焦がしネギのペーストの風味を卵が抱きしめている、包容力にあふれた茶碗蒸し。柚子の香りは清涼感があって、ともすればぼやけそうな味をパキッと引き締めていた。この茶碗蒸しに柚子の皮をあわせてくるやり方は、いかにも京都らしいなぁ。

そうこうしているうちに目の前の土鍋からもうもうと湯気がたってきて、ご飯が炊けるいい匂いがお店いっぱいに広がってきた。折敷の上には炭火でじっくりと焼かれた鯛と、同じ鯛の骨から出汁をひいて作った潮汁、ピカピカの白米にべったら漬けとごぼうの醤油漬けが運ばれてくる。

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なんともいい眺め!丁寧に盛り付けられたお料理と、それに併せられたうつわがとてもいい。同じく鎌倉にある「うつわ祥見」のセレクトに近いセンスを感じるなと思っていたら、どうもここのうつわはそのオーナーが監修されたらしい。気に入ったうつわをお店に見に行くのも楽しそうだ。

鯛の炭火焼は香りがよく、身はふわっとしているのに皮目はパリッとしていて食感のコントラストがすばらしかった。潮汁はキレがあって清らかな味。大根にもしっかり味が染みていて、仕事の丁寧さを感じる。

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白米には追加注文でお願いしていたちりめん山椒をかけて。炊き立てのご飯は、煮えばなよりも粒がふっくらとしていて弾力があり、より甘い。噛めば噛むほど旨味が広がる。

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この時点でお腹がいっぱいだったものの、まだ追加メニューでお願いしていた、温泉卵とすっぽん昆布が控えていた。さすがにお茶碗いっぱいにご飯をおかわりするのは諦めて、少なめでお願いする。すっぽん出汁とお醤油で炊き上げられた昆布は、それ単体で食べると強烈な旨味が舌の上に広がった。卵と一緒に食べるとちょうどいい塩梅だ。最後はお漬物を食べて、口の中をさっぱりとさせた。

お米を主軸にしたコースの構成は、他とかぶらない独自のストーリー性があってとても面白かった。ゆっくりと朝食を食べ、五感を使って味わい尽くす贅沢。ごちそうさまですと言ってお店を後にした。

Information
店名:朝食喜心 kamakura
住所:神奈川県鎌倉市佐助1-12-9
URL:https://www.kishin.world/kamakura

お店を後にしたあとは、少し散歩をすることに。おなか苦しいね、と笑いながら人通りが少ない道を歩く。せっかくなので、この近くにある鎌倉文学館を目指すことにした。

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重厚な門をくぐってチケット売り場で入場券を買う。しばらく林の中を歩くと、本館が見えてきた。

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工夫が凝らされた瀟洒な造りのファサードを抜け、靴を脱いで館内に入る。館内は撮影禁止。中に入ると係りの女性に「今おみくじをやっているから、よかったらひいていってください」と声をかけられた。サイコロを振って出た数を告げると、文豪のひとことが書かれたおみくじを手渡される。私がひいたのは夏目漱石だった。芥川がいいなと思っていたので思わず「夏目かぁ」と言うと友人が「あまり好きではない?」と言う。好きだよ、あなたはどんなところが好きなんだっけ、と尋ねると「日本語をこねくり回しているところが好き」とのことだった。友人らしい答えだなと思う。

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展示をみた後は庭園に出て、建物の全貌をのんびりと眺めた。旧前田公爵邸の元別邸ということもあり、見所が多いすばらしい建築。5月には庭園のバラが咲き、とてもよい眺めなんだそう。状況さえ許せば、またその時に訪れたい。茂みにはシジュウカラが潜んでいて、ツピーツピーと鳴いていた。

鎌倉文学館を満喫した後は、そのまま由比ヶ浜大通りに出て鎌倉駅方面へ。

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途中気になる建物があったので写真を撮った。元は1972年に旧鎌倉銀行が建てた出張所で、今は1階部分がバー、2階部分はイベントスペースとして使われているらしい。

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途中には気になる看板も。友人が「コーヒーとウィスキーって面白いね、飲み物推しなんだね」と言い、確かにと笑う。

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御成通りを歩くと五叉路に出た。左手には大正13年に建てられ、鎌倉市景観重要建築物に指定された旧安保小児科医院が残っていた。当時の面影が残る建物は、御成通りの景色をより情緒豊かなものにしていた。

そのまま小町通りへと出る。最後に鶴岡八幡宮で参拝していくことにした。人通りを避けて、表参道を歩くことにする。由比ヶ浜からまっすぐ伸びた参道は、マスク越しでも潮の香りがはっきりとわかった。

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ふと狛犬を見るとマスクがかけられていることに気がついた。一昨年の最初の緊急事態宣言の時に、民家の軒先にある動物の置物などにマスクがかけられていて、戸惑ったことを思い出す。一見するとそれはユーモラスにも見えるけれど、自らの生活に新しい規範を導入しようとするだけでなく、他者の生活にも積極的に介入することをよしとしているようにも思えたのだった。

「過剰な従順さというか。何よりそれをメタファーを使って伝えてこようとする様子がしんどかったんだよね」と言うと「わかるよ」と友人が言う。あの時のあれは同調圧力のように感じて怖かったと友人が言い、あぁ、確かにねと返す。隣をおだやかに通り過ぎてゆく芝犬を眺めながら、マスクをしたくてもつけられない疾病がある人だっているのにね、ヘルプマークみたいなものがあればいいのかな、などと話した。
そんな話をしていたからか、通りすがりのおじさんがまじまじとこちらの顔を睨みつけて通り過ぎていった。マスク反対派だと思われたのかも、というといやうちらめっちゃマスクしてんじゃんと友人が笑う。友人という関係に何もかも分かり合うことは求めていないけれど、やはりこうして話をするだけで、心にあった整理のつかない何かが落ち着いていく。

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しばらく表参道を歩いて八幡宮にたどり着くと何やら儀式の最中だった。結婚式かなと思っていて周囲の看板をみると、厄除け大祭があるらしい。混む前にさっさとお祈りして出よう、ついでにわたしたちの厄もさっぱりさせてこようと言って先を急ぐ。

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神様、ここはひとつハッピーな2022年でよろしく!とお祈りを済ませてすみやかに神社を去る。振り返ると遠くに由比ヶ浜のきらめきが見えた。

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駅へと向かう帰り道、ロミユニが空いていたので、留守番をしている夫へお土産を買うことにした。以前は軒先で焼き立てのクレープが食べられるようになっていたのがいつの間にかなくなっていて、空いたそのスペースはコンフィチュールの量り売りとケーキの販売に使われていた。

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ショウケースには夫が好きそうなフラン・ヴァニーユがあったのでそれをテイクアウトすることにする。ラッピングされたケーキを受け取ったあとは、付き合ってくれた友人にお礼を言って駅に向かった。

楽しい時はあっという間とはよくいうけれど、2年の隔たりを感じさせない時間に名残惜しさばかりが募る。最近読んで面白かった本の話、仕事の悩みやこれからのキャリア、恋愛や結婚生活についての話。私ばかり楽しかったので無理させていないかなと気遣いつつ、彼女の楽しかったという言葉と笑顔に安堵する。私もとても楽しかった、また会おうねといってそのまま鎌倉駅で別れた。

一抹のさみしさを胸に、車を留めた由比ヶ浜の駐車場に向かってひとりで歩く。

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思えば友人との付き合いも6年以上になる。大学時代、具合がわるい彼女を家に泊めて看病したことや、とるに足らない話をしながら終電ギリギリまで居酒屋で飲んだ日々がなつかしい。この会えなかった2年間も、そうした過去のわたしたちが会話の中に時々顔をのぞかせて、今日までをつないでいる実感があった。これからもこのつながりを大切にしよう、彼女の生活が朗らかなものでありますようにと願いながら、由比ヶ浜から吹いてくる潮風の輪郭をマスク越しから確かめるよう、胸いっぱいに吸い込んだ。

2021年 読んだ漫画振りかえり

もう2022年になってだいぶ経つけれど、年末年始じゃないと去年のことを振り返れないなんてルールはないもんね。ということで今年も2021年に読んだ漫画を振り返っていきます。ネタバレを含む感想もあるので、回避したい人にはおすすめしません。ところどころ批判的なコメントもしているので、そういうのは読みたくないよって人も回れ右でどうぞ。

*印については性行為や暴力などに関するセンシティブな描写があるのでご注意ください。

連載中の作品

黒丸『東京サラダボウル -国際捜査事件簿-』

本作は警察通訳人の有木野了(アリキーノ)と刑事の鴻田麻里(マリ)がバディを組んで、都内で起こる事件を解決していくといういわゆる刑事モノ。ただし各話ごとの被疑者が外国人という点がこれまでの刑事モノとは一線を画す。これまでの刑事モノからこぼれおちてきたマイノリティに光を当て、現実の視座を変えようとするような物語だ。

破天荒なマリと冷静沈着なアリキーノは性格は真逆なのに、マイノリティに対する向き合い方は同じ方向で、読んでいて安心できる。差別をしている側の悪意のなさの描写もうまくて、そうそうこれなんだよな…と何度も唸りながら読んだ。外国人であるがゆえに日本の司法で彼らがどのような扱いを受けているのか、それを知るきっかけとして良書だと思う。

市川春子宝石の国

人間の形をした鉱物が彼らを襲う月人と戦いながら生活する話をベースに、主人公のフォスフォフィライトの成長が描かれる物語。元々アニメから入ったのだけれど、漫画はかなり大変なことになっていてびっくりした。フォスが物理的にも精神的にも変わっていく様子が痛々しくて、アニメの頃のフォスが懐かしくすら思える。市川春子作品を読んでいる時に感じる諸行無常が好きなのだけれど、そうは言ってもこれはどうやって決着をつけるんだろう…?もう何もわからない…失い続けることが人生だとして、それを体現しているのがまさにフォスなのだとしたら、せめてフォスにとっての幸福だと感じられるものがこの先にあって欲しい。

麻生みこと『アレンとドラン』*

主人公の林田(リンダ)はサブカルチャーを愛する映画オタク。ある日SNSで知り合った男に自宅に上がられそうになっていたところを隣人の江戸川に助けられて…という話。主人公の世間知らずなのに無鉄砲なところは見ていてヒヤヒヤするんだけど、その突拍子もない行動も彼女なりに筋が通ってることなんだなとわかってからは応援したくなった。

あとこういう女の子をチョロい認定をして寄ってくる男たちの書き方がうまくてゾワっとする。どれもこれも胸糞悪すぎて、読みながら何度も血圧が上がってしまった。そういう男たちって助け舟を出そうとして女の子との間に入ろうとすると「焼きもち焼いてんの?笑」とか言ったり、お局ポジションに仕立て上げて遠ざけようとしてくるんだよね(思い出し怒り)性暴力の描写があるので辛かったり苦手な人は気をつけて。

カレー沢薫、ドネリー美咲『ひとりで死にたい』*

家系的に短命だし、いつ何があるかわからないから終活についても考えておかないとなぁと思って読んだ1冊。物語は主人公が孤独死を回避するために、職場の青年の力などを借りて、終活について学んでいくという話。重いテーマだけれど、コメディ調に書いているのでなんとなく興味がある程度でも読みやすい。読む前は孤独死ってある程度お金があれば回避できるのかなと思っていたけれど、人との繋がりが切実に大切なんだということがよくわかった。あと親に終活をしてもらうのも大切なことなんだよね…。

珈琲『ワンダンス』

吃音症を持つ高校生のカボは人に踏み込まれるのが怖くて、いつも他人と合わせてばかり。そんな時、校舎裏で踊る同級生のワンダを見て、少しずつダンスの世界に惹かれていくようになる。初めはワンダへの憧れで始まったダンスだったが、しゃべらなくても何かが伝えられるダンスの魅力に魅せられ、次第にその世界にのめり込んでいく…という話。

ダンスの描写が格好良い!題材がストリートやヒップホップ系ということもあって、躍動感ががある。何より画力で音や熱気、会場の雰囲気をここまで表現できるんだと感動した。話の展開も丁寧だし、カボとワンダが恋愛関係になるのかと思いきや、ガチのライバルになりそうなところもいい。ダンス用語の解説もあって親切なので、あまり詳しくない人でもスルスル読めるはず。

喜久田ゆい、由唯、椎名咲月『虫かぶり姫』

仕事に疲れてしまい、令嬢モノの類しか読めなくなってしまった時に出会った1冊。人生にはハッピーエンドまっしぐらな物語しか読めない時期がある。物語は彼女のことが大好きな王太子クリストファーと、本を読むことが何より好きでそれ以外には鈍感な侯爵令嬢エリアーナ・ベルシュタインが、少しずつ仲を深めていこうとするロマンティックラブストーリー。ふたりのじれったい恋愛模様だけでなく、ヒロインの頭脳を頼りに王国が繁栄の道をたどる、ダイナミックなヒストリアも見どころだ。女が政治に関わるのはどういうことなのか、という描写が他の作品より抜きん出ている。

絵柄は昔の種村有菜を思わせる美麗さで、少女漫画を読んでいるぞ!という気分が高まるのもいい。フワッフワの巻き毛と大きな瞳、繊細なレースをあしらったお洋服が出てくる漫画を読んでいる時にしか摂取できない栄養素ってあるよね。アニメ化も決まったらしいので、そちらもとても楽しみ。

尾羊英、中村颯希、ゆき哉『ふつつかな悪女ではございますが』

病弱な身体でありながら、努力家なところと素直さで誰からも愛され、皇太子の寵愛をも受ける黄玲琳。ところがある日、ライバル令嬢の朱慧月によって、ふたりの中身が入れ替わるという呪いをかけられてしまい…という話。

令嬢モノを読んでいると、皇太子が主に悪役令嬢に対して公の場で断罪するシーンが必ずと言っていいほどあるけど、この話は断罪した令嬢の中身が、実は彼が愛していた王太子妃候補だったという話になっていて面白い。そもそも悪役令嬢を追い詰めた行動に走らせる構造がおかしいし、それに乗っかって安全圏にいるだけの皇太子が、自分を省みず感情のままに断罪できるシステムも間違っているよね。システムや構造で人間の行動はある程度規程されることを、一般人ならまだしも権力者が自覚していないのだとしたら、それは学ばないといけないと思う。なので玲琳が今後それを追求していく流れになったらいいな。ベースは悪役令嬢転生ものだけど、やっていることはジャンプなので、友情!努力!勝利!が好きな人はこれもハマると思う。

柑奈まち『狼領主のお嬢様』

物語は革命のために殺された令嬢が、数年後にシャーリーという女の子として生まれ変わって、彼女を殺めた現領主に再会すると言うラブストーリー。前世の記憶を持つ主人公が、愛する人を殺めた過去を持つ現領主と、どのような関係性を築くのかが見どころだ。

もちろんメインストーリーも面白いけれど、わたしは令嬢を殺して統治権を奪った現領主が、荒廃した土地をどのように統治していくかがとても興味深かった。貴族という地位や、領主という仕事のつらさも、他の令嬢モノと比べて踏み込んで描いている印象を受けた。革命を起こして領民が飢えたら元も子もないし、一揆が起こるかもしれないものね…。舞台は共和制寄りの君主制っぽくて、ここからどのように人民共和制が生まれるのかも見どころだなと思っている。

林マキ『屋根裏部屋の公爵夫人』

よくある令嬢ものとは少し違っていて、領地ごと経営を立て直していこうとする「女領主になろう!」な物語。婚約者と結婚したら相手にはすでに寵愛している女がいて、領地の帳簿は借金まみれ。さらには使用人に横領までされている始末…という酷い状況から立ち上がる、経営改善ストーリー。ヒロインのオパールが父親譲りの経営手腕を活かして、また政治屋として経営を立て直していく描写は見ていて清々しい。(が、たまに「これ現実でやったら刺されるんじゃないかな」とも思ってハラハラしたところもあった)

彼女を見ていると適切な投資や労働者への分配の大切さ、何より穴が開くほど契約書を読んで損することはない!という経営において大事なことを学べる。余談だけれど、この話を読みながら、星野リゾートに買収された二期倶楽部を思い出した。

高松美咲『スキップとローファー』

『素敵な彼氏』が完結したさみしさに浸っていた時に友人からおすすめされ、あっと言う間にハマっていったスキップとローファー。主人公のみつみちゃんのまっすぐさは勿論、クラスメイトたちもいじらしくてたまらない。自分が学生の時はここまで人間関係に一生懸命じゃなかったなと反省しつつ、今も縁が続いている人たちのありがたさをじわりと感じるような漫画だった。

ときどき少女漫画を読んでいると、コミュニケーションの描写が強引すぎて読めなくなってしまうことがあるけれど、この作品はキャラクター同士が真の意味で出会い、関係性が少しずつ揺れ動いていくことをベースに話が展開していくので、読んでいて心地良かった。「この子嫌なやつ〜」という子も、物語が進むにしたがってかけがえのない存在になっている。この時にしか築くことができない彼らの奇跡のような日常を、次巻も楽しみに見守りたい。

あなしん『運命の人に出会う話』

女子大に入って1年が経ち、ひとりの生活には慣れてきたものの、一抹の寂しさを感じるようになった優貴。ある日出会いを求めて友人の早苗と一緒にクラブに行くと、偶然知り合った歯科学生の伊織に「男あさりにきたんだな」と言われて…という天沢聖司もびっくりな嫌なヤツ仕草から始まるストーリー。
主人公が人を愛せるようにひたむきに頑張る姿が可愛らしいし、それに絆されちゃう男子も素直でいい。女の子の手料理で男の子が喜んで…みたいな描写は、少女漫画的なご都合主義さが否めないけど、それぞれのキャラクターがちゃんとお互いにコミットしようとした結果の産物なので、納得して読むことができた。ところで伊織がつけているシェーヌダンクルの描写が毎回良すぎない?作者さんファッションが好きなんだろうな。シェーヌダンクル漫画としても(?)面白いです。

椎名うみ青野くんに触りたいから死にたい』*

今年いちばん更新が楽しみだった漫画。主人公の友里は、落とし物を拾ってくれた青野に一目惚れする。告白してめでたく付き合うことになった二人だったが、ある日突然青野が交通事故で亡くなってしまう。思わず後を追おうとした友里だったが、命を断とうとした彼女の前に亡くなったはずの青野が現れて…という物語。ホラー漫画や恋愛漫画として語られていることが多いけれど、読めば読むほどジャンルに括れなくなる。私自身怖い話が苦手なのでなかなか手を出せなかったけど、3話目からぐんぐん引き込まれてしまって、結局自分と戦いながら読むことになった。

どのキャラクターの感情にも手触りがあって、人と人との関わりに関する描写がずば抜けて上手い。杉本やみどりちゃんの普通を前提にした善意のコミュニケーションには心が何度もざらついた。友里ちゃんと青野くんの恋愛も決して易しいものではなくて、見ていてとてもヒリヒリする。相手を大切にしようともがくんだけど、なぜかお互いの傷が膿んでぐちゃぐちゃになってしまって、結局うまくバランスが取れなくて間違ってしまう切なさ。好きな人を正しく愛するってどうすればいいのかを、常に自問する主人公がこんなにも魅力的なんだってこと、私は友里ちゃんで初めて知った。ふたりの恋愛が周囲に波及していって世界を飲み込んでいってしまいそうな勢いの最終章、作者が血を流しながら書いているだろうその世界を、しっかり読者として受け止めていきたい。

二ノ宮和子『七つ屋志のぶの宝石匣』

今月16巻が出たので1〜15まで読み返していたんだけど、やっぱり面白かった。読んでいてクセになる、二ノ宮和子作品の独特なテンポのよさよ。何より読んでいると湯水のようにジュエリーが欲しくなってくる…石はロマンだよねぇ…庶民のわたしは1ct以上のルースを買おうとするだけで清水の舞台から飛び降りて骨折しそうだけど、いつかその時がきたら粉砕骨折覚悟で買いたい。

しのぶがただ婚約者っていうポジションに甘んじるのではなく、それを捨ててまであきちゃんに納得のいく形で選ばせようとするのも、すごく彼女の芯が感じられる描写でよかった。偉すぎる、美味しいものを差し入れしてあげたい。あとそれを悟らせちゃったあきちゃんは本当にダメです。大事なところで優柔不断をやる人が嫌いなので、マジでしのぶはこのままあきちゃんと別れていい人と幸せになってほしいと思うまである。

野田サトルゴールデンカムイ』*

とうとう最終章に突入してしまったゴールデンカムイ。最近はいつまでもこの物語を読み続けたいという気持ちと、全員の末路を見届けたいという気持ちで常にせめぎ合っている。今までずっと白石が推しだったけど、ここにきて鯉登の成長に感動してしまった。弱くて情けなくてブレつつも、責務に大して自覚的なキャラクターに弱い。常に葛藤しながらも、自分にとっての最善を選ぼうとする人間にきらめきを見てしまう。しかし尾形や鶴見、アチャはもちろんのこと、杉本は本当に狂っているなぁと回を重ねるごとに思う。辺見和男に対して「じゃあ一緒に煌めこうか!」の返しとか。話の中で杉本がいちばん怖ニシパでしょ。

最近は読後の心を鎮めるために野田サトルのインタビュー記事を読むようにしているんだけど、この記事がとてもよかった。近年都内の美術館でもアイヌの歴史や文化に関する企画展が増えてきて、学べる場所があることがうれしい。もっとアイヌのことを知りたい。

完結した作品

諫山創進撃の巨人』*

夫の勧めで読み始めた進撃の巨人。一部のコアなファンが熱狂しているのを見て及び腰だったけれど、読んでみたら思っていたよりずっとよかった。チャイルディッシュな主人公が他者と充分にコミットしないまま厭世観へと身を委ねていく話や、デウスエクス・マキナ的に終わる話が苦手なので、これも好きか嫌いかと言われたら後者の部類に入るけれど、それはそれとして面白い話だった。これをティーンの頃に読んでいたら影響を受けていた自信がある。

ただし、終盤から結末にかけてはやはり納得できなかった。この時ちょうど岡真里『アラブ 祈りとしての文学』を読んでいて、エルディア人が実在の民族と被ってしまったのもある。

井上雄彦『SLAMDUNK』*

自粛期間中に夫の本棚にあったのを読み始めたら、面白すぎて3日で完走してしまった。絵もいい、話もいい、キャラクターもいい。これを週刊連載で、しかも1本も落とさなかったって化物か?引っ張ればいくらでも引っ張れそうなのに、山王戦で終わっているのもあざやか。同時にこの諦念と希望を併せ持った青春を描いた作品は、やはり平成でしか生まれない物語だと思った。映画キッズリターンの名台詞である「まーちゃん、俺たちもうおわっちゃったのかなぁ」「バカヤロー、まだ始まっちゃいねぇよ」とスラムダンクの名台詞「オヤジの栄光時代はいつだよ…全日本の時か?オレは今なんだよ!」は同じ文脈と重さを持った台詞だと思う。

彼らの刹那的な青春と、ストリートスポーツであるバスケットボールの組み合わせを考えた井上雄彦はやっぱり天才だ。そしてそんな彼らが腰がいてぇ全然シュートが入らねぇと、笑いながら老いた身体でバスケをするのもいつか見てみたい。

近藤聡乃『A子さんの恋人』

やっと読めたA子さんの恋人。美大卒の友人たちが口々に勧めてくるので、ずっと尻込みしていたらいつの間にか完結していた。これは私の偏見だけど、彼らが勧めてくる作品は情念がものすごいことが多くて、気合を入れないと手を出せない。えいやっと読み始めたA子さんの恋人も、もれなく湿度と情念が濃くて、何度も古傷をえぐられながら完走した。よくぞここに着地させたな!という幕引きのあざやかさと余韻よ。この終わり方以外は考えられなかったと思う。拗れた人間関係を切り離す手段としてうやむやにするのって間違いではないけれど、こうして折り目正しく向き合うことでしか大事にできないものもあるんだよね。というか大切な人だからこそ、それはしないといけない。それぞれのキャラクターにもう会えないのが今でもとてもさみしいな。

話自体はもちろんのこと、特に印象に残ったのが東京の情景の書き方だった。U子が彼氏と帰省用のお土産を買った阿佐ヶ谷のシンチェリータ、I子が泣きながら登った谷中の夕焼けだんだん。東京って、その街のそこにしかない文化を生身で体験していくことで「我が心の東京」が蓄積されていく都市なんだなということを改めて。それぞれの人の中にある東京物語が心地よかった。

泰三子『ハコヅメアンボックス』*

ハコヅメの別章アンボックス。本家ハコヅメに出てくるカナが好きだったので、何度も唸りながら読んだ。ガンダムUCマリーダ・クルス然り、バナージ・リンクス然り、自分が属する組織に心まで捧げていない人間が狂おしいほど好き。本家ハコヅメも引き続きめちゃくちゃ面白いんだけど、最近は河合が完全に警察側の人間になっているので、もう少し斜に構えたキャラクターが出てこないかなぁと思っている。

ちなみに泰三子ってこれまで性被害を受けた人たちを描く時、彼らが具体的にどうされたのかという描写や、その人の顔を書いていないことが多くて、創作の世界とはいえその心の配り方が本当に素晴らしいのだけれど、本作だけは被害者の顔やされたこと、二次加害が描かれているので、そういう描写を見るのがつらい人にはおすすめしません。でもなぜその書き方をされたのかは、読んでいるうちに伝わってくるはず。この捜査に関わったのがカナで本当に良かった。

小川彌生『キスアンドネバークライ』*

「君はペットの作者が描いたスケートの話が良かった」ということを元アスリートの知人から聞いて読んだもの。「君ぺ」のイメージが強いので、またラブコメなのかな?と思ったらスポ根+サスペンス+フェミニズム+スポーツウォッシュと言ったテーマがてんこ盛りで凄まじい作品だった。

読後、以前同じ知人が「アスリートってアイドルと同じで偶像であることが求められやすいんだよね」と言ったことを思い出し、選手たちから奪われている言葉、代弁させてしまっている言葉に思いを馳せた。何を言ってもネタバレになってしまうので、まずは手にとって読んでみてほしい。ただ、児童に対する性的虐待の描写があるので、フラッシュバックなどの恐れがある人にはおすすめしません。わたしも途中から本当にしんどくて、何度か休みつつ完走した。

佐野未央子『日日べんとう』

友人に「この漫画に出てくる主人公があなたに似ているから読んでみて」と言われて手にとったもの。こんな四角四面な女じゃないわと思いつつ、読みながらこんな風に見えているならもう少し柔らかく生きるか…と反省したのだった。

物語は食をテーマに、主人公の恋愛模様や母親との確執、人間関係のいざこざなどが絡み合いながら、登場人物ひとりひとりがそれぞれの幸福を見つけていく話だ。不器用ながらたくましく成長していく主人公の黄理子のことを、最後は少しだけ好きになった。作中のインテリアや、おしゃれに目覚めた黄理子のファッションの書き方もセンスがいい。

食がテーマなこともあって、作中にはレシピも掲載されている。気が向いた時に作ってみたけれど、なかなか美味しかった。しかしおさんどんをしながら仕事もやって、職場のまかないも作るって、わたしには到底できそうにないな…

津田雅美彼氏彼女の事情』*

マンガParkで無料配信されていた時に読んだもの。途中までほのぼの学園ものかなと思っていたんだけど、そうじゃなくてびっくりした。合意のないセックスはマジでダメだし、それを女の子が男の子を愛しているから受け入れるにしちゃうのも賞賛できないよ。ふたりに必要だったのは、ケアができる専門家の存在だったんじゃないか…そう思って苦しくなってしまった。

何より主人公が出産後に医師としてキャリアを築けているのは、周囲にいる祖父母の協力と、義理の両親が持つ資産の力という展開には脱力してしまった。そらそうだがさぁ…そうじゃないでしょうよ…この女と経済力の構造をふわっと描いている不誠実さは、最近だと『推しがやめた』にも感じたことだった。1995年から2005年までの連載だったそうで、昔の作品だから致し方ないかと思う反面「少女漫画の名作」と言われているのは違うと思う。好きな人がいたらごめん…

山下和美天才柳沢教授の生活

自粛期間に加えて仕事が忙しく精神的な潤いが枯渇していた時に、幼なじみが「あなた好きそう!」と言って勧めてくれた。途中まで読んで気がついたけれど、小さい頃に大好きだったドラマの原作だった。確か当時、松本幸四郎が柳沢教授を演じていたはず。幼い頃はそれに影響を受けて、道を曲がる時はカッと勢いをつけてターンしていた記憶がある。

改めて読むとじわじわと胸に染み入るような話が多くて、ほろりと泣いたりしながら大事に読み進めた。過ぎていったものを取り戻そうとするのではなく、時々取り出して眺めては大切にしまうような、人生を慈しむ眼差しのやさしさ。あとで調べたら私が好きな是枝和弘と作者の対談もあって、ああやっぱりこの人好きだなぁ、この人の漫画と出会えて良かったなぁと嬉しくなった。今年はランドも読みたい。

www.moae.jp

山下和美『数寄です!』

天才柳沢教授の生活山下和美にハマり、彼女の話をもっと読みたい!と、いろいろ調べた結果たどり着いたのがこちら。わたしは近代建築の中で吉田五十八の数寄屋建築が狂おしいほどに好きで、もし機会があれば一切の私財を投げ打ってでも自分のための数寄屋造りの家を作りたいと思っているほどなんだけれど、(勢い余って去年は神戸にある竹中の資料館にも行って4時間くらい入り浸っていた)なんと作者はそれをやってしまったという…う、うらやましすぎる!!数寄屋建築ができるまでって、相場感も含めてあまり知ることができないので、土地の買い付けから、建築過程まで知ることができて本当に良書だった。わたしも数寄屋造りの家を建てたい!あるいは吉田五十八が作った家を買い取りたいよ〜!!と思いながら、時々猪俣庭園を覗くのが関の山なのだった。

よしながふみ『大奥』*

読み終わりたくなくてずっと大事にとっておいた大奥。高校生の頃に「愛すべき娘たち」を読んで泣き、上京したあとは「愛がなくても喰っていけます!」に描かれたレストランに行ったり、「西洋骨董洋菓子店」のモデルになったお店でケーキをテイクアウトしたりと、よしながふみはいつも人生のどこかで支えになっていた作者だ。なんだけど、この作品は男女が逆転した場合に子育ては誰が担うのか?という問いに答えられていないという点で、ただ男女の権力を移譲をした作品になってしまったのではないかという印象を受けた。

産みの性の苦しみ、血を絶やさないための使命を担わされるつらさ、性によって差別される悔しさ、家に囚われて生きる虚しさ、新しい家族の形という希望。これらを書いたという点では素晴らしいのだけれど、では今まさに多くの女たちが悩んでいる子育てと仕事の両立、あるいは経済的自立の困難さについて、この作品は新しい視座を示したか?というと十分ではなかったように思う。私が見落としていたのかもしれないけど、乳母ならぬ乳父みたいな役割ってあったんだっけ?(もしこのあたりの考察やインタビュー記事などがあったら誰か教えてください)壮大な物語を味わい尽くしたという読後感もあるし、これからも好きな作家に変わりはないけれど、この消化できなさは彼女へのこれまでの感謝と同時に抱え続けていきたい。

ほそやゆきの『あさがくる』

comic-days.com

朝顔は北海道に住む19歳。宝塚音楽学校の受験に失敗した後は、大学受験のため予備校に通っている。喪失感を抱えたまま日々を過ごす中、ある日ダンス教室の恩師から連絡があり、ひょんなことから同じく宝塚音楽学校の受験に挑む後輩・くるみの指導を始めることに。

「かげきしょうじょ!!」が合格後の女の子たちの話だとしたら、こちらは不合格後になった女の子の人生の話。子供の頃から<演技をすることが楽しすぎて頭がおかしくなりそうだった>ことをきっかけに、宝塚を目指して受験のための生活に明け暮れた朝顔と、両親の離婚をきっかけに北海道に来たが、馴染めない土地から出るために受験を志すくるみ。そんなふたりが宝塚という存在を自分の中でどのように咀嚼するのか、それがお互いにどのようなインパクトを与えるのか。ラストは静かな迫力に満ちていた。人生というのは失ったことを受容し続ける旅なんだよね。恨みも妬みも味わい尽くした朝顔が、納得のいく人生を歩めることを願わずにはいられなかった。

終わりに

自粛期間が長かったこともあって、人生で一番マンガを読んだ1年だった。こんなに漫画を読んだのは中学生のときに図書館で手塚治虫全集に出会った以来だと思う。友人から勧められたものをきっかけに知った作家も多くて、やっぱり人におすすめされるのって楽しいなということにも改めて気がつくことができた。自分の知らない世界にぴょっと連れて行ってもらえるありがたさ。もしあなたのおすすめがあったら聞かせてください。

何より家の中で、喫茶店で、電車の中で漫画に触れて静かな熱気に包まれている時、やっぱり創作っていいなぁとしみじみ感じる。2022年も面白い漫画とたくさん出会えますように。

過去の記事はこちらから

lesliens225.hatenablog.com

美味しい暮らし #2月編と今後の更新のお知らせ

忘れられない2月になりそうだ。何をしていてもウクライナのことが頭をよぎって胸がざわつく中で、久しぶりに行った喫茶店のテーブルに飾られていたガーベラがかわいかったとか、そういうことにばかり助けられ、そんな自分を不甲斐なく思う。

 

・2022年2月のバレンタイン

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今年のバレンタインは初めて夫に手作りの焼き菓子をふるまった。夫にリクエストを聞いたところ、焼いたいちごのタルトがいいとの事だったので、タルト型を使わない方法でベイクドタルトを作った。私は完璧主義なきらいがあるので、そんな自分を自覚させられるお菓子作りというものが苦手だ。けれど、このくらいラフなお菓子だったら無理なくできることがわかったのはうれしかった。

思えば初恋の男の子にあげたのも、六花亭にあるフリーズドライの苺が入ったホワイトチョコだった。彼はそこそこモテたので、他の人と被らなくて飽きない味のチョコレートをあげたかったのだ。今思えば当時から私は相手の男の子より、味の方に興味があったのかもしれない。結局わたしの初恋は叶わなかったけれど、こうしてバレンタインデーに好きな人のためにいちごのお菓子を焼いていると不思議な感覚になる。夫もとても喜んでいたので、これからは毎年同じものを作ってもいいかもしれない。

 

・鮭と春菊、香菜のプロフ風

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あちこちのレストランを食べ歩いた結果、春菊は他の葉野菜と合わせることでその真価を発揮するということに気がついた。理由はわからないけれど、他の葉野菜と合わせるとその香ばしさがいっそう際立つのだ。外食をするとき、こうして目の前の料理から自炊のヒントをもらえることがいちばん好きかもしれない。

写真は早速自宅に帰って、ありもので作ったプロフ風の混ぜご飯。バスマティライスに刻んだ春菊とパクチーを同量、塩鮭をほぐしたものを少量のバターと一緒に混ぜ炒め、仕上げにナンプラーを回しかけてとびっこを散らしたもの。レシピもない名もなきご飯なのだけれど、これがとっても美味しかった!レシピ通り忠実に作るのも好きだけど、ひらめきでパパッと作った料理が美味しいと自分に対して誇らしい気持ちになる。

 

・ Cafe 634のモーニングプレート

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洗足池公園までサイクリングし、バードウォッチングをしてからずっと行きたかったCafe 634へ。以前お店が東銀座にあった時にファンになったものの、その後移転されてから距離が遠くなってしまったことで、長らく訪れることができなかった。お店は東銀座にあった頃よりラフなスタイルになっていて、使われているプレートなども変わっていたけれど、居心地の良さはその時のまま。モーニングの時間帯だったので、キッシュプレートとコーヒーをブラックでお願いした。夫はチキンときゅうりのサンドイッチ。一口もらったけれど、ディルのアクセントが効いていてボリューム満点の美味しいサンドイッチだった。久しぶりに調子に乗って重めの朝ごはんを食べたせいで胃痛が始まってしまったけれど悔いはない。

洗足池も大変良い公園で、のんびりと過ごすことができた。犬連れの家族が多いので、鳥を眺めたり犬を愛でたりと忙しい。歩いていると地名の表記が「洗足」と「千束」に分かれているので気になって調べると、元は千束と呼ばれていたらしく、その由来は稲の税金が免除されていたことによるとのことだった。諸説あるが、その後この地を訪れた日蓮が池で足を洗ったことから洗足に呼称が変わったと考えられているのが一般的らしい。

洗足池の周辺は坂道で、昭和中期に建てられたと思しき一軒家が多く目立つ。なんとなく街の雰囲気が田園調布に似ているなと思って調べたところ、どちらも東急不動産が同時期に開発に関わった地区であることを知った。

・アーンドラダイニング 銀座f:id:lesliens225:20220131224325j:plain

ミールス始めはアーンドラで。久しぶりにお店に行くと、ミニプレートなるものがメニューにあったので、ありがたくそれを注文した。ミールスは好きだけれど、どうしても残してしまうのがつらかったのでうれしい。特に在宅勤務になってからは活動量が減り、結果的に食べられる量が減ってしまった。このままでは悔しいのでなんとか食べられる量を増やしたい。周りを見ても、いつまでも健康な老人はみんな健啖家なので見習いたい限り。

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この日のメニューに含まれていたサーモンのスパイス焼きがとても美味しかった。クミンなどのスパイスでムニエル状に鮭を焼いたもの。おかずとしてもおつまみとしても良さそうだったので、家でも真似してみたい。途中、店の人たちがまかないを食べていたのだけれど、するすると鮮やかなてさばきで手食をしていたのが印象的だった。

・今後の記事の更新について

去年からずっと考えていたけれど、長らく続けてきたこの「美味しい暮らし」シリーズも、これで最後にしようと思う。元々は定期的に何かを書いてアウトプットする訓練として始めたけれど、今は書きたいことの方が増えてまとまらないくらいなので、ここで一区切りにすることにした。続けることで書く責任みたいなことも考えるようになり、書きたいテーマも少しずつ変わってきた。今後はこの記事のように、心から好きだと思ったお店を残していきたい。

美味しい暮らしシリーズは「暮らしと食」をテーマにしていたけれど、自粛期間を経て「美味しいとは何か」を考えれば考えるほど、まとめて感想を書くよりも焦点を絞りたくなってきた。これからはどこに行ったかよりも、なぜその味やお店に惹かれるのかを言語化して、それを誰かと分かち合えるような記事を書いていけたらいい。

同時に自分に対する批判の目は忘れず持っていたい。例えば今食事すらままならない人がいる中で「美味しいものは正義」と言い切ってしまう浅はかさ。今こうして過去の記事を振り返って見ても自分に対して恥ずかしいやつだと思うことがたくさんあるけれど、そう思えるようになった自分は少し好きだ。そういう意味でも、更新はやめても過去の記事は残し続けていこうと思う。

今私にできることは、生活をしながら時々彼らを思い出し、世界がよくなると思うことを考えながら行動することだけだ。この胸に生まれた感情を生活の中で我がものとして触り続け、忘却から抗おうとすること。それを私は安全圏でしているという辛酸を舐めながら、考え続けようとすることが自分ができる最良の行動だと感じる。

あなたにとってこの2月はどんな月でしたか?